たりたの日記
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2005年09月30日(金) 嫁モード

今日は宮崎に住む夫の母親がこちらへ遊びに来る日。
昨日までの間に、すっかりmGのネット部屋と化しているリビングの隣の和室の本やらCDやらを何とか2階の旧息子の部屋に押し込み、義母の滞在用の部屋を整える。

掃除と夕飯の下ごしらえをして羽田へ出迎えへ。
今までは飛行場まで迎えに行かなくとも、自分でモノレールや電車に乗って来たものだったが、この5年の内に状況は変った。この間に、義父の病気、義母の骨折、そして義父の死と続き、それまでの比較的平和な日々を送ってきた義父母にとっては波乱万丈の5年間だった。一度に加齢が進んでしまったのも無理からぬこと。

義父を亡くした直後は本人も周囲も予想しなかったほど義母の落ち込みや精神的な負担は大きかったが、9月に入って、少し元気がでてきたらしい。急に思い立ってこちらへ遊びに来る気になった。都内に昔から親しくしている友人がいるので、彼女に合うことと、5年振りに我が家へ来るという2つの目的を持って1週間ほどの旅の計画を立てた。
遊びに来たいというよりは、自分で飛行機に乗り、遠いところまで出かけるということを自分に課して、昔の行動力を少しでも取り戻したいと思っての旅なのだろうと思う。

到着出口での前で待っているとどきどきしてくる。無事にここまで来るだろうか、他にも出口はあるのだからそちらへ行ったらわたしがいないと慌てることだろう。到着の案内があってからはさらに落ち着かない。もしすれ違ったらどうしよう・・・到着案内があって30分経過した頃、ようやく宮崎空港の紙袋を下げた人達が出口から出て来はじめ、義母の姿もその中にあった。
あぁ、よかった。。
宮崎空港までは彼女の通っている教会の牧師が車で送り、見送ってくれたようだった。在り難いことだ。

少し待ち時間はあったものの、羽田から大宮までは高速バスを利用したので、電車の乗り換えや階段の上り下りを気にする必要がなく楽だった。義母の好奇心旺盛な部分は健在だ。わたしが隣でうつらうつらと半分夢の中にある間、彼女はずっと同じ姿勢で身を起こして窓にへばりつくような感じで外の景色に見入っていた。そうか、バスや電車は眠るか本を読むことの他にこういう過ごし方もあるんだと思った。そう思って感心しながらも、わたしはまた眠りに落ちていたが。

さて、久し振りの嫁モード。でも昔に比べると緊張感も気負いもない。いつものわたしのままでいることができる。
この方が義母だって気楽に違いないと勝手に思っているがどうだろう。
夕食の後、いやがる同居人を二人で説得して4月のダンスのステージのDVDを義母に見せる。彼女の喜んだこと。息子のダンスする姿を初めて見ながら「よかったね〜、こんな事ができて。でも、信じられない」と何度も繰り返していた。

さて明日は、義母の希望でつくば方面へドライブ。次男が筑波大のキャンパス案内をしてくれるそうだ。ここまで書いてはっと思いだした。義母に初めて会ったのは大分大学のキャンパスだった。彼女が息子(夫)を訪ねて来た際に紹介されたのだった。あの時の義母は確か今のわたしくらいの年齢!
あぁ、時の過ぎるのの速いこと!
次男がひょっとして彼女を紹介してくれるなんていうことが明日起こるだろうか。今まで彼女いなかったのに明日はいるなんていうことはまさかないだろうな。

さて、キャンパス巡りの前に念願の筑波山へ。もちろん今回は義母がいっしょだから山頂まではロープウエイで登る。筑波山も日本百名山のひとつ。山頂からの景色は素晴らしいらしい。
そういえば、山行きにはもってこいの季節だというのに、今月は一度も山へ行ってない。最近勉ゼミの掲示板で山行きの呼びかけがないからだが、ダンスチーム山岳隊も、目下ステージを目の前に山どころではない。山はこの秋3度目の11月5日のステージが終わってからだな。

というわけで、「バルトモード」はしばらく「嫁モード」に移行します。



2005年09月29日(木) 「使徒的人間--カール・バルト」という本

宗教とは、信仰とは、神とは、イエスとは・・・
わたしにとってこれらは決して自明なことではない。常に新しい問いとしてわたしの前に立ち顕れる。

今年の春、偶然に富岡幸一郎氏に出会い、氏を通して、バルトに出会う。いえ、まだ出会ったなどと言えるものではない。まだそこへ向かって一歩たりとも歩み出してはいないのだろう。
けれども、バルトの言葉は難解ではあっても、まっすぐに強い迫りを持ってやってくる。
あぁ、これだと深く納得し、また、刺され、うな垂れる。


今日は富岡幸一郎著「悦ばしき神学」カール・バルト「ローマ書講解」と同著者の「使徒的人間―カール・バルト―」を再読していた。数ヶ月前に読んだ時よりも手ごたえが大きいのは、その時よりも、今それを必要としているからなのだろう。


カール・バルトを検索で探していたら「使徒的人間」の紹介のページに行き当たった。この言葉は著者自身によるものに違いない。
カールバルトのエッセンスがこの短い言葉に込められている。
すでに火がここに燃えている。
そこへと歩みを進めるための道を照らす松明ののように。


           *



2000.09.03
「使徒的人間--カール・バルト」講談社 富岡幸一郎著


〈20世紀の落雷〉

バルトの言葉は落雷となって
私の脳天を直撃する
旧約の神のように恐ろしい
この男は

背理(パラドックス)を説く
しかし外連味(けれんみ)なぞこれっぽっちもない
それは徹頭徹尾 鋼鉄で出来ている言葉だ

神のような謝絶
否(nein)! 否(nein)! 否(nein)!
その「否」は二千年の時代を否定し
私たちを紀元一世紀のイスラエルへ運ぶ

すべての「神」は死ぬ
ニーチェの宣告は正しい
しかし
人として死んだ神がいる
人の理解を拒絶する神がいる
正気であるためには狂っていなければならないのか

宗教とは何か
自分がどんなに惨めであるかを知るためのものである
我が生のありさま、事実を知ることである
自分の「穴」を見つめ続けることである
呪われた自由を生きることである
「神」はいないことを知ることである
生きることに絶望することである
孤独な死に至ることである

「救い」はないのか
そんなものはない
そのとき、落雷!!
迫害者サウロがパウロに変わる

それは何か
襲来である
空襲である
逃れられない運命である
自由なぞ奪われる
吊り上げられた使徒は再び地表に降ろされ
束縛された「自由」つまり「命令」が始まる

神は絶対的な束縛である
神は限定を与えるのだ
いかなる?
あるがままの生の

神とは誰か
招く人であり
迷いを許さない人である
人の死を死んだ神である

その神とは何であり、何を保証するのか
神は人の言葉を解し、語りかけるものである
しかし人ではない
何も保証なぞしない
人はうち捨てられたままだ

人が神を待っているのではない
神が人を待っている

生きていることが生きていることではないし
死ぬことが死ぬことでもない

バルトは「狂人」である
バルトは使徒である


∵ ∴ ∵ ∴ ∵

(目次)

一章 発見
二章 衝動
三章 境界
四章 接線
五章 言葉
六章 死
七章 宗教的人間
八章 自由
九章 自然神学
十章 追思考
十一章 告白
十二章 原歴史
十三章 ユダヤ人
十四章 引き渡し
十五章 虚無的なもの
十六章 創造
十七章 天使論
十八章 倫理
十九章 和解
二十章 虚空


2005年09月27日(火) 透きとおったかなしみに

今朝(28日)、HPの掲示板に八木重吉の「丘を よじる 」という詩を載せました。
そういう気分というのではなく、思い出して。


中学生の頃、この詩をノートに書き付けては繰り返し読んでいました。
今はもう、その時の気分のままには取り出せないのですが、
この詩にひどく共感していたのです。
わたしと同じ気分を持つ人がいるということが信じ難いような気持ちでした。
そして慰められました。

実際、ひとりでよく丘をよじってましたし。(苦笑)
八木重吉の詩のあちこちに、わたしに時折り訪れる、むさむさとしたかなしさ
ぬっと顔を出すさびしさをみて、あぁ、いっしょだと安堵したものです。

そういう時期の事を振り返ると今はなんとのほほんと生きているのだろうと思います。
でもきっと消えてしまっているわけではないのです。
透きとおったかなしみに出会うと心はやっぱり安らぎと慰めを受けるから。


      <  丘を よじる  >



丘を よじ 丘に たてば
こころ わずかに なぐさむに似る

さりながら
丘にたちて ただひとり
水をうらやみ 空をうらやみ
大木を うらやみて おりてきたれる



八木重吉 『秋の瞳』 より


2005年09月25日(日) 愛がなければ

たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。
たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。
全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、
わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。
完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。
幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。
それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。



            新約聖書 聖書
               
                コリント人への手紙1 13章



聖書は最も大いなるものは愛であると断言する。
その愛とは何か、言葉を持って語るには難しい。
けれども愛を感じることはいともたやすい。
そこに愛が存在するならば無条件に心は開く。暖かいものに満たされる。そして希望を持つ。
人は人を愛することができる。

しかし、そこに愛とは相反する思い、敵意、非難、嫉み、妬み、が向けられるなら、それはたちまちの内に剣となってその人を刺す。
それはとても明白なこと。
人は言葉で相手を傷つけることもできる。


今日の教会学校のテキストは上に挙げたコリント人への手紙1の13章。
愛の行為ということで、子ども達に二つの話をした。
ひとつはマザー・テレサのこと。もうひとつは知り合いのNさんが体験したこと。


みなさんはマザー・テレサのことはもう知っていますね。今、「マザー・テレサ」というアメリカの映画が日本に来ていて、わたしは見たいと思っているのですが、みなさんの中で見た人はいますか?
またマザー・テレサのことで、どんなことを知っていますか。
マザー・テレサはイギリス人ですが、インドのカルカッタというところで、貧しい人達のために働いた修道女です。「死を待つ人の家」を建て、道端で死にかけている人々を連れてきては、その人が亡くなるまでお世話をしました。そして、その時はじめに聞くのが「あなたの宗教は何ですか?」という質問でした。それはその人が亡くなった時に、その人の宗教に合わせてお葬式をしてあげるためです。
インドはクリスチャンもいますが多くはヒンズー教の人達です。ですからインドの人達はマザー・テレサはキリスト教を伝えるためにインドに来た人だと、はじめのうちは警戒していました。けれども、マザー・テレサがインドの人達を愛するためにインドに来たということが分かり、ヒンズー教の女神と讃えられるようになったのです。
聖書には、どんなに良いことをしても、またりっぱな考えを言っても、また貧しい人にあげるために自分の財産を全部あげてしまっても、そこに愛がないなら何もなりませんといいます。すべてのものは滅んでも、「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」と言っています。
そしてマザー・テレサはその事を実行しました。愛を一番大事なこととして、貧しい人達を助けたのです。マザー・テレサの愛は国の垣根も、宗教の垣根も取り払ってしまいました。

もうひとつ、国境や宗教を越えた愛の話をしましょう。
文学を学ぶ勉強会にいらしている方の中にNさんという人がいるのですが、いつか、Nさんから「良きサマリア人」とはどういう話かと聞かれたことがありました。だいたいのお話をしましたが、その後、「良きサマリア人」のことで日記に書いていたので、その箇所をお教えしました。その箇所を読んだNさんは僕も良きサマリア人のような人達に会いましたと言って、こんなお話を書いてくださったのです。このお話をぜひ教会学校の子ども達に話したいというと、Nさんはどうぞ使ってくださいと言ってくれました。
このお話はNさんが実際に体験した事です。そしてその中で愛の行為をしたのはみんなから知られているマザー・テレサのような人ではなく、みなさんと同じ少年、名もない一人の少年でした。

<ナイジェリアを旅したNさんのお話> (Nさんの書かれた文章で、転載の許可をいただいています)

7年前ナイジェリアを旅していたときのことです。
ナイジェリアは「悪魔の国」としてヒッピーに恐れられています。とにかく、警官と兵士の腐敗度がひどいのです。ワイロせびりで国境を通過するのに三時間も掛かるほどです。国境を通過しても検問でやられます。ひどいときにはライフルを突きつけられ。
草原を走るバスの中でぼくはグロッキー状態でした。精神が完全にやられて、疲れきっていたのです。夕日がもうすぐ沈もうとしています。と、行く手に小さな小屋が見えました。兵士の姿も、ぽつんと。鏡を見たわけではありませんが、ぼくは死にそうな顔をしていたことでしょう。外国人であることがばれないように帽子を目深に被り、うつむいてじっとしていました。しかし兵士はやっぱり言ったのです。「おい、そこのジャパニーズ、おまえは降りろ」
最悪です。もう夜になろうとしているのです。プッシュの真ん中です。身ぐるみはがされて、ライオンがいる地帯に放り出されたらぼくはどうなるのでしょう。兵士はバスの運転手の助手的存在である少年に命令しました。「このジャパニーズのバッグを屋根から降ろせ」
ぼくは覚悟しました、泣きそうな気分で。
ところが、少年は動かなかったのです。兵士に対して拒否の姿勢をとってくれたのです。兵士は怒鳴りました。「聞こえないのか! バッグとジャパニーズを降ろして、出発しろ!」。そのとき、一人の老人が立ち上がりました。痩せて小さな老人です。老人はぼくにわからぬ現地語で兵士に何か言いました。続いて恰幅のいいママが立ち上がり、英語で兵士に向かい「このジャパニーズが何か悪いことをしたのかい? 私たちにもわかるよう説明してもらいたいね」。続々とみんなが立ち上がり、兵士を押し出すような形でバスから降り、兵士をぐるりと取り囲みました。兵士が威嚇しても一歩も引きません。かの老人が先頭になり、兵士に何事か言っています。ぼくの横にいた中年男性がぼくに教えてくれました。「ワイロ、ワイロで、だからナイジェリアはだめなんだと長老が兵士に説教をしているんだ」と。
こうして、ぼくは助けられました。少年が、ママが、老人が、ぼくの肩を叩き、笑みをくれました。誰もが、危険なブッシュをおんぼろバスで移動する、貧しき人たちです。しかしそのバスは「良きサマリア人」で満ちていたのです。


このNさんのお話を聞いた時、わたしも、アメリカに住んでいた時、いろんな人から助けられ、親切にしてもらったことを思い出しました。
先週の教会学校では「花さき山」のお話をしました。村の人達がひとつやさしいことをするとひとつ咲く花。世界中にもっともっとこのような花が咲きますよう。そこで咲く花は天国でも咲く花、すべて人の愛の行為を神さまは心に止めていらっしゃいます。


2005年09月24日(土) 風邪かな?

昨日までは兆しすらなかったのに、今日は一日鼻水が止まらずティッシュの箱を抱えて過ごしました。薬も効かないというのは珍しい。
秋のはじめの鼻風邪?
それでも、溜め込んでいた雑誌や、資料や本の類をどっさり紐で結わえ、片付けはかなりはかどりました。

明日は教会学校、歌の集いのリード、礼拝、ダンスの練習とフルです。
今日は無理はすないことにしラテンはお休み、早々と寝ることにします。
明日はすっきり治っていますように。

どなたさまもおやすみなさい。


2005年09月23日(金) 「秋の瞳」より

HPの掲示板に昨日から八木重吉の詩を載せはじめました。
ずっと開かないままでいた八木重吉の詩集を開いて、どうして今まで開かずにいられたのだろうという気持ちになりました。

ここにもひとつ、詩集「秋の瞳」より


       秋
八木重吉

秋が くると いうのか
なにものとも しれぬけれど
すこしずつ そして わずかにいろづいてゆく
わたしのこころが
それよりも もっとひろいもののなかへ くずれてゆくのか




加えて今日のこと

母の誕生日、花を送り電話をする。
家の塗り替えが始って3日目。今度の壁の色はやさしいグリーン。
掃除というより片付け。収納しきれない本やCDや衣類をどうするか。
昼食にゴーヤチャンプルーを作る。塗装屋さんにも差し上げる。
4時から7時までスタジオFで「伊集の花」のダンスの練習。
ハートフルな言葉と旋律と踊り。眼差しは遠くへと向かう。




2005年09月22日(木) なぜ教会へ行くのかということについて ��

さて、今日でこの話題を一旦、おしまいにしようと思う。
今度はとても私的なこと。
人が教会へ行く理由は十人十色。一人として同じ理由ではないはずだ。そしてその事が取りも直さず、ひとりひとりがそれぞれ神と固有な関係を結んでいるという事の証ではないだろうか。
キリスト者という言葉で、教会という言葉で一般化して論じる事にはそれなりの意味もあろうが、わたしは人それぞれの、その人ならではの神や教会との結びつきを興味深く思う。

わたしは4歳の時、教会の経営する保育所の3年保育に入園したから、初めて習った歌が讃美歌で、初めて接した先生達はみなキリスト者だった。
東京からやってきた若い牧師さんが園長先生で、園長先生はお昼ごはんの時、子ども達の間に座って、とても大きく、元気な声でお祈りをした。年長児の時の担任のH先生は詩人で、わたしたちに浜田広介の童話を読んでくれた。大きくなって会った時、彼女の詩集を下さった。今でもふるさとの文芸雑誌で彼女の詩を読むことができる。わたしは4歳だったけれど、その人達が他の人とくっきり違うことを感じていたのだと思う。


小学校は公立の小学校だったから、学校では讃美歌は歌わないし、誰もお祈りはしなかった。小学校の先生はずいぶんこわいと思った。わたしは他の子よりもとろとろしていて、鬼ごっこやドッジボールをする時にはやっつけられてばかりいた。いじわるな子や乱暴な子もいて、学校は何かヒリヒリするところだった。

小学校2年生の時、同じクラスの女の子が、かわいいカードを見せてくれて、日曜学校へ行くともらえるよと教えてくれた。そこで、クラスの女の子たち3人といっしょにわたしは弟を連れて初めて教会学校へ行ってみた。そこはわたしが卒園した保育所の教会で、なつかしい人達がいた。わたし達5人はずいぶん歓迎された上にカードの他に鉛筆などももらうものだからびっくりしたことを覚えている。

讃美歌を歌うこと、詩編や聖書を声に出して読むこと、牧師先生から聖書のお話を聞くことはどれも好きだった。礼拝の後、教会学校の手伝いをしている高校生のお兄さん達が遊んでくれるのも、兄や姉のいないわたしにはうれしいことのひとつだった。
教会はいつも空気がふわりとあたたかく、そこでヒリヒリしたり、キュッっと心が閉まるような場面が不思議となかった。

わたしの育った家庭はまだその地域には珍しい両親共働きの家庭だったので、わたし達は「鍵っ子」のはしりだった。首にペコちゃんの人形がついていた鍵をぶらさげて学校へ行っていたけれど、わたしがあまりに鍵を失くすものだから、親はあきらめて、家には鍵を掛けないことに決めた。泥棒は一度も入らなかったけれど、時時、わたしが学校から帰ると、わたしの家に遊びに来た子たちがすでに上がりこんで、ちゃぶ台の上に布巾をかけて置いてあるパンの耳を揚げたおやつをつまんだりしていた。

鍵っ子というのは、母親がいつも側にいるわけではないから、自分で、自分に優しくしてくれる人や場所を無意識にも探そうとするのかもしれない。
習字やそろばんやバレエなんかの習い事もあったし、近所の人達もいい人達でよく気にかけてくれてはいたが、わたしは教会を癒し処と見定め、そこに通い続けた。
その教会に、何も問題がなかったわけではない。成長すればいろいろな事が見えてくる。悩むこともあった。それでも行き続けたのは、やはりそこに神がいて、わたしの魂がそこへと呼ばれ続けていたからなのだろう。

わたしが今でも教会へ行き続けるのは、その時の子どもの心がそのままに、わたしをそこへと導いているような気がする。
教会学校の子ども達と讃美歌を歌う時、祈りを捧げる時、小さいわたしがわたしの中からスルリと抜け出してわたしの隣に座っているような気分になるのだ。

最後に「わたしの中の子どものわたし」がとりわけ喜んで歌う讃美歌を記しておこう。


      ♪ かみさまのあいは♪


神さまの愛はしみとおる、
わたしたちの心に 日の光りのように。

1、山も丘もいっしょに さんびの歌を歌おう。
  海も小川もいっしょに さんびの歌を歌おう。 

神さまの愛はしみとおる、
わたしたちの心に 日の光りのように。

2、森も林もいっしょに さんびの歌を歌おう。
  鳥もけものもいっしょに さんびの歌を歌おう。


神さまの愛はしみとおる、
わたしたちの心に 日の光りのように。

3、こどももおとなもいっしょに さんびの歌を歌おう。
  男も女もいっしょに さんびの歌を歌おう。


神さまの愛はしみとおる、
わたしたちの心に 日の光りのように。

4、さあみんないっしょに さんびの歌を歌おう。
  いつまでもいっしょに さんびの歌を歌おう。


神さまの愛はしみとおる、
わたしたちの心に 日の光りのように。


2005年09月21日(水) なぜ教会へ行くのかということについて ��

さて、今日はイエスがどのように教会を指し示しているかということを書くのだったが、この事を神学的に説いていくなら、それだけで研究の対象になるような大きなテーマなのだろう。
ここで書くのはあくまでもわたしが聖書を通して今受け止めていること。

まず、イエスは伝道に先駆けて弟子達を集めた。いわゆる12弟子だが、その他にも、弟子と同様にイエスの側にいて世話をやき、イエスが十字架にかかった時には最後までそこを離れなかった母マリアやマグラダのマリアを含む、複数の女達の存在があった。その出発のところから教会が存在していたのだ。
イエスが弟子達を招いたことに関しては以前にさあ、わたしの後ろへという文章を書いている。


また マタイによる福音書18章20節には、

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

というイエスの言葉がある。
教会はどういうものかということを説明する時に、よく用いられる箇所だ。教会は建物でも組織でもない。イエス・キリストの名によって集まってきた信仰共同体(コイノニア)。キリスト者はそれが単に人の集まりだとは考えない。このイエスの言葉の通り、そこにイエスが存在すると考える。だから教会の礼拝は、学習会でもミーティングでもなく、神の前にひざまずくという行為。またイエスの十字架の贖いと赦しを繰り返し思い起こすという行為。

もっとはっきりとイエスが「教会を建てる」と述べている箇所もある。
マタイによる福音書16章18節、19節。12 弟子の一人、ペテロに対してイエスの語った言葉。

「わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。
わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」

また新約聖書の中の使徒書や書簡集には、イエスの弟子達が形成していった初代教会の歴史が書かれていて、詳しく読んでいけば、教会がその初期の段階から、さまざまな問題をかかえてきたことが分かる。弟子パウロは
エフェソの使徒への手紙 1章21節、22節の中で、教会についてこのような事を書いている。

「神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。
教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。」

キリスト教の世界では、教会がキリストの体という表現もよくする。
教会に集う人々にはそれぞれにふさわしい役割があり、それが体のさまざまな部分のように働きあっていると考える。
頭が頭の働きを、目が目の働きを、手が手の、足が足の働きをするように、自分に合ったこと、与えられている役割を果たしていくことが求められていると。

さて、先に教会はその初期の段階から問題を抱えてきたと書いた。そこに集まる人間同士の反目や勢力争い、金銭的なトラブル、子供や女達を軽んじようとする傾向、イエスへの不理解、そして裏切り。おおよそ、教会に限らず、人が集まるところに生じる様々な問題が描き出されている。そして、それに対してイエスは時に厳しい言葉で指摘し、初代教会の宣教者として世界を旅し教会を建てていったパウロは、その教会の中で起こる紛争や過ちの中で分け入っては、指導する。聖書の中には、そのパウロが教会の人々へ宛てた手紙がいくつもあり、その手紙は全く、今を生きるわたし達の社会へ向けられて書かれたような生々しさがあるのだ。

教会のみならず、家庭、職場、サークル、地域社会、国、ありとあらゆる人の集まるところには、すばらしいこと、良いことも起こるが、同時に残酷で非道なことも起こる。もともと罪を持つ人間がそのエゴのままに突き進めば、負のエネルギーが人の世界を支配し、人間は滅ぶしかないだろう。そういう人間に対して、イエスが神からのルールを示す。憎むことではなく愛すること、勝つことではなく負けること、誇ることではなくへりくだること、富むことではなく貧しくなること・・・。そしてこのルールの中で生きるには、その訓練を受けるためには一人にでなく、人々の中に身を置かねばならない。
信仰は人と交わる時にこそ育てられるのだと思う。イエスの、神の御心もそうだと確信する。


2005年09月20日(火) なぜ教会へ行くのかということについて ��

「あなたはなぜ教会へ行くのですか」「教会へ何のために行くのですか」という質問を受けることは稀なことではない。
そして、その質問をしてくる人が、どこに疑問を持ち、何を知りたいかによって答え方は自ずと違ってくる。

せっかくの日曜日に教会に行くという行為が普通ではないと考える人に対しては、子どもの頃から日曜日には教会に行くことが習慣なっているので、わたしにとってはとても自然なことなのですと答えてきたように思う。
もう少し踏み込んだ質問で、いったい教会に行くことで何を学べるのかという学問的なことに関心がある質問に対しては、日曜日の礼拝には説教があり、聖書を深く学んでいる教職の方(牧師や神父)から、聖書についての正しい知識を得ることができると答えるだろうし、スピリチュアルなことに関心がある人になら、教会では神と静かに向かいあって祈ることができるから週のはじめに霊的に自分を整えるためと答えるだろう。
また教育的な視点を持っている人であれば、教会は宗教教育の場所だから、教会学校の奉仕、子ども達への伝道に使命感を感じていると答え、また社会的な活動に心を向けている人へは、教会が様々な社会運動に取り組み、弱者の側に立った奉仕的な働きをしていることを訴えるかもしれない。
そしてそれはどれも間違ってはいない。どれもわたしが教会へ行くことの理由だ。

ところが今度わたしが受けたと感じた問いはそれらとは少し違っていた。
「本来信仰は一人で信ずるべきはずのものなのに、なぜ教会という組織に所属する必要があるのか」という疑問。
キリストを否定してはいない。信仰を持つという行為に対して否定はしない。しかしキリスト教会という組織を作り、その屋根の下に信仰者が集まる必要があるのか・・・

この疑問の背後には、これまでのキリスト教の歴史において、他の宗教を持つ国への侵略や戦争、またキリスト教内部での宗派の争いへの指摘があることだろう。確かにその通りだ。キリスト教は、他の宗教やまた国家と同様にさまざまな過ちを繰り返してきた。そして今も、宗派の争いや他の宗教への無理解、イエスそのものからかけ離れているようなキリスト教の一面を突きつけられる。
わたし自身、「なぜなのだろう」、「果たして、もしイエスが今この地上に来たとして、教会やキリスト者を自らの意志を継ぐ者として認めるだろうか」と思う。それだから、向けられた疑問に反論を述べることもできず、傷に触られたような痛みを感じたのだった。ある意味、わたし自身がその事を問い続けてきたからだ。常に葛藤があった。

しかし、葛藤しつつも、わたしは教会を離れる事はなく、常にそこにかかわり続けてきた。特別な事が無い限り、日曜日は主日礼拝に出席し、教会学校などの奉仕活動をする。
では、わたしはなぜ教会に所属しているのか。

この事を改めて自分に問うてみて、思い浮かんだ答えは、これは自分の好みや主義から教会へ行くというよりは、そこへ呼ばれ、なすべき事を与えられているからだという事だった。そしてわたしを呼び、なすべきことを与えるのは人間ではなく神ご自身。だからそこに集う人との関係がうまく行かなかろうと、その仕事を負担に感じようと、そういう人間的なものとは別の意識に促される。

キリスト教というのは、イエス・キリストの教えを信じ、それに従うということが前提としてあるわけで、教会を否定できないのは、教会そのものがイエスによって指し示されているからだ。
イエスが教会についてどのように語っているのかそれはまた次回に。


2005年09月19日(月) ダンスの発表会の日

<この日の朝、「伊集の花」BBSに書き込んだこと。>


昨夜、赤道伝説の振りつけの生まれる場面に遭遇できて幸いでした。

降り注ぐ光、
白い花びら、
あるいは純白の雪、
彼方の世界からやってくる「なにか」を手のひらでそっと受けとめる
受け止めたものはその人の心に入り愛に変るのか・・・
大人も、子供も、男も、女も、等しくそれを受け止める。
それぞれの気持ちで受け止める
しんとひとり・・・けれどもそこにいる人と人との間に流れあうもの・・・

何かとても暖かく、そして崇高なものを感じました。
今朝思い出しながら
胸がいっぱいになってきます。

さて、手のひらに受け止めたものを持って今日のステージに臨むことにします。


                *

9月20日朝

上の書き込みを書いたのは昨日、これからでかけるという時でした。
ちょうど昨日の今頃の時間(朝7時過ぎ)

そうして今はその発表会を無事に終え、一夜明け、深深とした安堵と充実感の中にいます。
ダンスを踊ったこと、がんばったことがひとつのゴールを迎えたことの達成感の他に、仲間のそれぞれのダンスや、その後の宴会での会話、キッズ(子どもたちもたくさん踊りましたから)たちとのかかわり、みんなとハグしあったことなどが心を占めています。昨夜眠っている間も、そんな暖かいシーンが頭の中のスクリーンにずっと巻き戻しては再生されていたような気がします。
もちろん、今もですけれど。

♪「今終わるひとつのこと、今越えるひとつの山」
さて、目の前にはすでに新しい山。
10月23日の「伊集の花」に向けて。



2005年09月18日(日) 礼拝の後にダンス6時間という日曜日

今日のことをメモだけ。

午前9時半から教会学校。話の中で昨日の日記に書いた「花さき山」を読む。  

10時半から主日礼拝。初めて教会にいらした方が二名。
説教題は「教会の徴」、テキストはマタイによる福音書18:1−14(下記参照)
教会とは何かという問いかけから説教は始る。ここ1週間、わたしが考えてきたことだったから、思わず身を乗り出す感じで聞く。ノートもたくさん執る。
今夜は時間がないから、このことはまた後日に。
                        
午後2時〜8時まで ダンスの練習。明日のステージのための通しと、
10月の芝居ダンスの出はけの確認と振り入れ。振り入れというのは、そのダンスの振りつけを初めて習うことだが、我等の先生は、実際にわたし達を踊らせながら、降りてきたインスピレーションに促されるように、その場で創ってゆく。今回も、そういう創造の現場に立ち会うことができた。それは厳粛ともいえる何かが生まれ出る瞬間だ。
最後のシーンの振りつけはとてもスピリチャルだと思った。
これを多くの子ども達と大人がいっしょに踊るとそれだけで感動的という気がする。

ダンスの練習の後は同居人と居酒屋で食事をして電車で戻ってくる。
二人ともかなり疲れてお腹も空いていたものだから、駅前の「長浜ラーメン」という看板にふらふらと引き寄せられてのれんをくぐってしまった。しかし、店に入ったものの、残念ながら、長浜ラーメンとは名ばかりで、、豚骨スープで細麺の長浜ラーメンを食べさせる店ではなかった。ラーメンはあきらめ、ビールと居酒屋メニューにする。ゴーヤのかき揚げはなかなかおいしかった。

明日はいよいよステージ。今日は芝居ダンスの方が中心だったから、明日の午前中に最後の仕上げをしなくては。
礼拝説教のことや、振り入れの事など書きたいことはたくさんあるが、今夜はもう寝なくては。

では、おやすみなさい。


**********************************


マタイによる福音書
18:1−14

1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。

2 そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、

3 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。

4 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。

5 わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」

6 「しかし、わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。

7 世は人をつまずかせるから不幸だ。つまずきは避けられない。だが、つまずきをもたらす者は不幸である。

8 もし片方の手か足があなたをつまずかせるなら、それを切って捨ててしまいなさい。両手両足がそろったまま永遠の火に投げ込まれるよりは、片手片足になっても命にあずかる方がよい。

9 もし片方の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。両方の目がそろったまま火の地獄に投げ込まれるよりは、一つの目になっても命にあずかる方がよい。」

10 「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。

12 あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。

13 はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。

14 そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」


2005年09月17日(土) 苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を

今、金曜日の深夜、あさっての日曜日に教会学校で話す話の準備をしています。
テキストは、ローマの信徒への手紙5章の1節〜5節まで。


『このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、
このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。
わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。

希望はわたしたちを欺くことがありません。
わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。』


という箇所です。
子どもの頃、といっても10代の頃、「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」というところがとても好きでした。というより、身に沁みて、そして励まされていました。
どういう理由からか、わたしは中学生の頃、とても生き辛さを感じていました。人間関係もあったでしょうし、生徒会だの、部活だので、子どものくせに、果たすべき仕事や責任があり、手に負えないほど忙しいと感じていました。何とかこなしていたのでしょうが、夜布団に入ってから、なんて毎日苦しいんだろうとつぶやいていた事を思い出します。

そういえば、子育ての時もそんな日々がありました。これはわたしだけでなく、すべての母親達に言えることでしょうが、子どもを産み育てることには必ず苦難が伴います。子どもの病気、事故、学業や友達関係でのつまづき、それは自分のことよりつらく、ほんとうに心を痛めます。けれども、そういう日々の積み重ねの中で母親達は我慢強くなっていくのだと思います。わたしなどはとても忍耐強いとは言えませんが、若いお母さん達の姿の中に、わたしが忘れてしまっている忍耐強さを見てはっとすることがあります。
そして、その忍耐が母親をして逞しく、様々な事に対処できる力を付けていくのでしょう。そういう練達は書物からでは学べない、知識とは別の力です。
母親に成り立ての頃、すべての母親が自分よりもはるかに熟練していることを感じ、尊敬の念にかられたことを思い出します。
そして、密かに希望も持ったのです。やがてこの小さな我が子も一人立ちする日が来る。どの母親も、みなそうして子どもを一人前にしているのだからきっとわたしにもできるに違いないと。

さて、子ども達への話はなんとしましょう。
きっと小さな子は小さな子なりの苦労があるに違いありません。きっとぐっと我慢することもあるでしょう。あっ、そうだ、「花咲き山」という絵本があったことを思い出しました。サヨは小さな弟たちの子守をする長女ですが、サヨがひとつ我慢をする度に花咲き山にひとつ花が咲くというストーリーでした。
苦難は花を咲かせるために神様がくださる贈り物。苦しいことの先に光りがある。
この絵本はそんなことを教えてくれていたのだと、今になって分かるような気がします。

そうだ、この本を読もう。
まだ、我が家の青年たちの本棚にあるかなぁ。それとも誰かにあげてしまったかもしれない。

読者のみなさま、わたしのお話の準備におつきあい下さりありがとうございました。

追加

この日記を書いた後、「花さき山」の本を見てみると、いろいろ記憶違いのことがありました。まず書名は「花さき山」斉藤隆介作・滝平二郎絵、岩崎書店
主人公の名前はあや。
あやは一面の花が咲く花咲山に迷いこむのですが、そこで出会ったやまんばから、ここの花は村の人間がやさしいことをひとつすると一つ咲くのだと聞きます。
そしてあやの目の前には、あやが昨日咲かせたという花を教えられます。
それは、あやが自分が欲しいのを我慢して妹に新しい着物を譲った時に咲いた花・・・とこういうストーリーでした。


2005年09月16日(金) 優しい朝に

ひさしぶりの優しい朝だ。
心がふっくりふくらみ、広がっていく感じ。
あぁ、霧が晴れている。

昨日はいくつかの笑顔をもらい、
いくつかの言葉をもらい、
いくつかのメールをもらった。
そのどれもがわたしの内側に染みこみ、
わたしを引き上げてくれた。

へっこんだところが埋まったんだな。
自分の力ではどうにもならない感情を、引き上げてくれる人達がいることは何と有り難い。
今日はそんな笑顔と言葉を何度も思い起しながら過ごそうと思う。



2005年09月14日(水) この世はすべて舞台だ

去年の4月の日記に古楽音楽家、アントニー・ルーリーの「内なるオルフェウスの歌」(有村裕輔訳・音楽之友社)の本の事を書いているが、その本のことをひょんなことから思い出させられた。

この本の帯には

「この世はすべて舞台だ!
人はみな自らの内にオルフェウスを宿している。
その歌声に耳を傾けるとき、人生はひとつのパフォーマンスになる。
―古楽界の奇才が繰り広げるパフォーマンスの錬金術」
とある。

この文もその時の日記に書いたが、あの時は本を出す前で、その言葉が響いたのだが、今はダンスや芝居をするパフォーマーとして、この言葉が響く。


――ここでは私が定義している「パフォーマンス」という言葉を定義しようと思う。ここで示すのは、ひとつの哲学的見解であり、パフォーマンス以外の何物でもないということだ。私たち各人が、ひとつの役や複数の役をある程度、自らの意志でもって、意識的に、自らの能力によって演じているのである。すべての行動、すべての種類の追求行為は「「パフォーマンス」と見ることができる。ややもするとこういう見解は、それからすべての自然さを取り去るように見えるかもしれないが、結局はこのことだけが、さらに大いなる自由へと導いてくれるかもしれない発見なのだ。私たちが自らの役割を、気配りと愛を持って、気楽に、意識過剰にならずに演じれば、己の芝居の中で自らが開花し、私たちの周囲も同じように開花するかもしれないのだ。――
<中略>
正式な「パフォーマンス」というものは、平凡な日常から私たちを引きずり出すための促進剤とか、有益な刺激剤としての役割を果たしており、同時に人間に体験がいかに並外れて豊かなものであるかを気づかせてくれる。すべての行為には驚異の感覚がつきまとうということを私は確信している。………

(以上、抜粋)

優れた「パフォーマンス」は、意識の高揚感、静止したかに思える時間、永遠へと繋がる感覚をもたらすことができるとルーリー氏はその本の中で語っている。

パフォーマーとしての自覚をしっかり持って過ごさなければ。
人間関係のつまづきなどに心を捕らわれてはいけない。


2005年09月12日(月) 「悦ばしき神学」を再読する

今日は家事とクラスの準備の合間になんとか、19日のステージのためにダンスを練習しようとしていたが、できなかった。
時間というより、気持ちが他の事に占められてしまった。
気持ちの切り替えができないというのは良くない。
けれど、そのお陰で、カール・バルトをまた読むことができた。
と言ってもバルトそのものの神学書ではなく、それを分かりやすく解き明かしたもの。富岡幸一朗氏の「悦ばしき神学」―カール・バルト『ローマ書講解』を読む―という書。
とても良く分かる。
わたしが漠然ととらえている事がはっきりと言葉で書かれてあるからだ。
信仰とは何か、教会とは何か、イエスの十字架とは。そういうことに関して、わたしなりに理解し納得しているのだが、それを他者にも納得がゆくように十分伝えられるかといえば、それはなかなかむずかしい。
バルトや冨岡氏の言葉は良く分かるが、それをそのまま語れば、それは受け売りに過ぎない。わたし自身から出て来る言葉でなければ・・・
とても時間が必要だ。
でも今は目の前の課題を優先させる必要がある。ステージは1週間後だもの。
まずは気持ちを整えなければ。
この問題はしばらくおあずけにしよう。できるかなぁ。


2005年09月11日(日) 今日の若者たち

昨日、どろんこになって遊ぶ幼稚園のことを書きましたが、それを読んでくれた古い友人のSさんからメールが来ました。
Sさんとはここ5、6年、会ってないんじゃないかしら。メール上ではありましたが、久し振りの再会を喜んだわけです。

Sさんも二人の男の子の母で、子育て時代に知り合った友人。Sさんの下の子がうちの長男Hより一級上で、同じどろんこの幼稚園に通っていたのでした。
で、その男の子が通ったどろんこ幼稚園の高校版というような、自由でユニークな制服のない公立高校に、うちの次男のMが通いました。
ということはSさんちの子は、我が家の子どもたちの幼稚園と高校のセンパイということになります。

で、そのセンパイが今や青年Yとなって、実におもしろいメルマガを出していることを知りました。
世界の中心でハエにさけぶ
というサイトにまとめられています。
愉快!アッパレ!笑えます。そして、我が家の子たちのセンパイがあのどろんこ幼稚園と、ゆかいな高校の卒業生にまったく似つかわしいなあと思いました。
HとMに教えてあげよう。

旅で思い出した!やはり我が家の子たちの幼馴染のRくんが、帰る時期になっても旅先のインドから戻らないと友人のJが心配していました。明日にでもメールしてみよう。
Jの心配を聞いて、数年前、Hがヤップ島へ行き、どうにも連絡が取れず、すったもんだした時の事を思い出しました。

心配は心配。でも青年たちが旅する事を大切な事だと思っています。高率的にストレートに上昇してゆくのが決して良いことではないと、ほんとうの幸せにはつながらないと思いますからね。

親のすねをかじることなく、自分でお金を工面し、自由に生きるのであれば、問題ないです。どうぞ旅してください。ひとり暮らししてください。大変だろうけれど、得るものは大きいはず。
さてさて、それぞれの青年たち、それぞれどんな旅をして、何を見つけてゆくのか、楽しみなことです。


2005年09月09日(金) アメリカンインディアンの教え

このところ、訳詩が続いていますが、もうひとつ。

10月23日の芝居とダンスのコラボの中で、わたしはこの「アメリカンインディアンの教え」を暗唱する役になっているので、久々に台詞を覚えることになりました。

この教えに出会ったのは、まだ子育ての真っ最中の頃でした。
当時、我が子達はどろんこになって遊ぶ幼稚園に通っている時で、同じ幼稚園に通わせている近所に住む友人がいい本があるよと「アメリカンインディアンの教え」の本を貸してくれたのでした。


通わせている幼稚園の理念がまさにこういうもので、我々親達もしっかり教育を受けていたのです。
規則や躾のようなものはなく、自分を大切にしているか、相手を愛しているかが唯一の規範のような幼稚園でした。

その幼稚園の後、そのままアメリカの小学校だったのですが、そこもまるで、その幼稚園の小学校版というところでした。
競争の原理の全くない。遊びの中で学ぶというようなところ。
今さらながら、親も子も良い教育の場で、育てられたなぁと感謝に思います。






  <アメリカンインディアンの教え>   D.Lノルト作 吉永宏 訳

批判ばかり受けて育った子は 非難ばかりします

敵意にみちた中で育った子は 誰とでも戦います
 
ひやかしを受けて育った子は はにかみ屋になります
 
ねたみをうけて育った子は  いつも悪いことをしているような
気持ちになります 

心が寛大な人の中で育った子は がまん強くなります
  
はげましを受けて育った子は 自信を持ちます
 
ほめられる中で育った子は いつも感謝することを知ります

公明正大な中で育った子は 正義感を持ちます
 
思いやりのある中で育った子は 信仰心を持ちます

人に認めてもらえる中で育った子は  自分を大切にします

仲間の愛の中で育った子は  世界に愛を見つけます


                                                                           Children Learn What They Live
          
                  D.A.Nort   

If a child lives with criticism,
  He learns to condemn.

If a child lives with hostility,
  He learns to fight.

If a child lives with ridicule,
  He learns to be shy.

If a child lives with shame,
  He learns to feel guily.

If a child lives with tolerance,
  He learns to be patient.

If a child lives with encouragement,
  He learns confidence.

If a child lives with praise,
  He learns to appreciate.

If a child lives with fairness,
  He learns justice.

If a child lives with security,
  He learns to have faith.

If s child lives with approval,
  He learns to like himself.

If a child lives with acceptanceand friendship,

  He learns to find love in the world.

  


2005年09月08日(木) イエスが電話に出てるんだ,ほしい物を言いなよ

昨日の日記のテーマがSailingのことを書いた。この歌は音楽的なジャンルから言えばこれはロックだが、歌詞の内容からすれば、紛れもないゴスペルソングだ。ところで今日、おもしろい事を発見した。

”Jesus Is On The Mainline ”というゴスペルソングがあって、その歌を訳して日記に載せたことがあったが、googleでJesus Is On The Mainlineを検索すると、日本語のページ 約 672 件中 のうち、「たりたの日記」がトップに出て来る。いったいどういう訳で、わたしの書いたこの歌の記事が他の671件を差し置いて、一番最初に来ているんだろうか。まったくなぞだ。
ちなみにsailing の検索では1,110 件中 4番目。ロバート・ブラウニング の検索では18,500 件中3番目。不思議だなぁ。

”Jesus Is On The Mainline ”ずいぶん長い歌詞なのですが、こんな具合です。興味のある方は
グーグルの検索でどうぞ。



<イエスが電話に出てるんだ>


分かってるさ、イエスが電話に出てるんだ
ほしい物を言いなよ
イエスが電話に出てるんだ
ほしい物を言いなよ
イエスが電話に出てるんだ
ほしい物を言いなよ
呼びかけて、ほしい物を言いなよ

・・・・・・・・


     Jesus On The Mainline
(Traditional Negro, also done by Ry Cooder, a White man)


I know Jesus is on that mainline
Tell Him what you want
Jesus is on that mainline
Tell Him what you want
Jesus is on that mainline
Tell Him what you want
Call Him up and tell Him what you want

・・・・・・・・・・


2005年09月07日(水) あなたのそばへとゆくために、そして自由になるために

今日から始った「英語で歌おう」♯4の1日目、無事終了。
このクラスの準備も夏休みの課題だったから、これで、ほぼ夏休みの宿題が出揃ったことになる。

前回はミュージカル”The Sound Of Music”の中から5曲を歌うというクラスだったが、今回は前半の6回が、「英語でカラオケ」、後半の6回が「クリスマスキャロルを歌おう」

第一回目の今日は、ロッド・スチュアートが歌った”sailing ”
わたしの声ではとってもロッド・スチュアートのようには歌えないけど、この歌、何度歌っても好きだし、元気になる。
以前、この歌の日本語訳がラブソングになっているのが気に入らず、自分で訳したことがあった。
この歌はピアノやオルガンよりもギターの伴奏の方がいい。
ギターはコードをジャカジャカ弾くだけしかできないが、簡単なコードであれば、何とか伴奏は間に合う。
不思議なもので、ギターを弾きながら歌うと、どうしても熱っぽくなる。ノルのである。リズムを刻むためだろうか、それともその昔、弾き語りをしていたころの気分が戻ってくるからだろうか。


このクラス、他のクラスと同様、始る前は落ち着かず、前の日から不安が高まってくるのだが、一旦始れば、不思議と落ち着いてやれる。
ヴォイストレーニングなどは、その瞬間、瞬間の対応なのだが、その人の声を聞いて、こうしたらもっと良くなる、課題はここだという事がインスピレーションで不思議に分かる。で、そうやって歌ってもらうと、声が力強くなったり、その人にとっても気持ちの良い声になったりする。そんな時は何ともうれしい。

自分が受けたヴォイストレーニングが、ずいぶん役に立っているが、それでもひとりひとりの声や声の出し方、課題が違うので、必ずしもわたしのトレーニングが当てはまらないし、マニュアル通りには行かない。どうしても自分で見つけなくてはならない。一回一回のレッスンがわたしにとっても貴重な実践になる。

でも、わたし自身、もっとトレーニングに励む必要があるな。
地道な練習が苦手なわたしだが、このクラスを持つことで、必然的に歌の練習やギターやピアノの練習をせざるを得なくなる。仕事とはいえ、良い訓練と学びの場をいただいていると思う。






  sailing 

I am sailing        
I am sailing
Home again
Cross the see
I am sailing
Stormy waters
To be near you
To be free

I am flying
I am flying
Like a bird
Cross the sky
I am flying
Passing high clouds
To be near you
To be free

Can you hear me
Can you hear me
Should I talk like
I'm far away
I'm dying
Forever crying
To be with you
Who can say

We are sailing
We are sailing
Home again
Cross the see
We are sailing
Salty waters
To be near you
To be free
Oh Lord,to be near you
To be free
Oh my Lord,to be near you
To be free
Oh Lord・・・・


わたしは漕いでいる
わたしは漕いでいる
ふたたびふるさとへと
海原を越え
わたしは漕いでいる
荒れ狂う海を
あなたのそばへとゆくために
そして自由になるために

わたしは飛んでいる
わたしは飛んでいる
鳥のように
大空を渡り
わたしは飛んでいる
高い雲を越え
あなたのそばへとゆくために
そして自由になるために


わたしの声が聞こえますか
わたしの声が聞こえますか
もっと大きな声で言いましょうか
わたしはもう死にそうです
ずっとずっと泣いています
あなたといっしょにいたいと
誰にもそんなこと言えないけれど


わたしたちは漕いでいる
わたしたちは漕いでいる
ふたたびふるさとへと
海原を越え
わたしは漕いでいる
塩辛い海を
あなたのそばへとゆくために
そして自由になるために

あぁ、主よ
あなたのそばへとゆくために
そして自由になるために
あぁ、我が主よ
あなたのそばへとゆくために
そして自由になるために

(訳 たりた)


2005年09月05日(月)  小山清「落穂拾い」を読む

         

小山清の「落穂拾い」をはじめて読んだ時、不思議な作家の不思議な小説を読んだと思った。
なぜなら、良い人ばかり、優しい人ばかりが出て来るからだ。それでいて、そのことが少しも鼻につかず、また退屈にもならない。絵空事のようでもあり、よほどリアリスティックでもあり、今まで読んだどの小説にもない方向と味わいがあるように思った。

この小説は、良い気持ちで最後まで読み、読み終えるとまた最初から読みたい気持ちにさせられ、何度も読んだ。好きな絵や好きな音楽なら何度も繰り返し見たり聴いたりしたい気持ちになるが、小説にはそれは珍しい。どうしてそういうことが起こるのだろう。読み心地が良いのだ。ストーリーを追うというよりは、そのエネルギーを楽しむといった感じがある。

作家そのものが良い人、側にいて心地よい人なのかもしれない。いえ、こういう言い方は御幣がある。わたしはこの作者会ったことはないのだから、作品からその人の性格や人格の全体を決めつけるべきではない。あくまでも彼の作品の中で、彼が表わした作家自身というべきだろう。

小山氏の作品の中で感じとれる作家の在りようというのは、気持ちの穏やかな人、高ぶったところがない人、自然体で自分を受け入れている人。他人に敵意や詮索やあるいは過度の関心を向けることなく、長すぎも短すぎもしない正しい計りで、きちんと相手の全体を把握する人。さらに言えば、その人も気がついていないような良いところを見つけ、感じ取れるような人。そういう人が傍らにいると誰でも心をゆったりとほどくことができるに違いない。そしてまた、作者がこの作品の中で、取り上げている「好きだった人」というのが、どれもまたそんな感じの人達だ。他人は自分を写す鏡というが、作者が描き出す人物一人一人の中に、作者そのものの性質や在り方、また理想や願いを見る思いがする。

自分の自画像に「ひょっとこの命」という題名をつけている夜店の似顔絵画家。
「凡の真実は語るに適せぬことを、いわぬがよいことを承知している」F君。
「卵から孵ったばかりの雛のような目をしている青年」を思わせる隣の窓辺の本を読む青年。
正直という徳で縁飾りをされているような芋屋のお婆さん。
苦境に在って高邁の精神を失わない古本屋を経営する少女。「僕」はその少女の眼差しのうちに未知の自分を確認するような気さえすると言う。
そして、自分と人との関係についてこんな願いを語っているのだ。
「その人のためになにかの役に立つことをぬきにして、僕たちがお互いに必要とし合う間柄になれたら、どんなにいいことだろう」と。
この願いは何かせつない。この言葉の向こうには人間関係で少なからず傷つき、それでいて人を求める孤独な心がすかして見える。

小山氏の人へ向ける眼差しはいい。暖かいが、きちんと本当のところを見分ける眼差しだ。うわべだけではなく、その人の内側にある美しさや哀しみも見えている。同時に、作者は自分自身の気持ちに対しても実に正直だ。どれも嘘偽りのない本人の真ん中を通ってきた言葉だということが不思議に分かる。だから、その描写を信じることができる。その人物が実在したかどうかとか、そういう事実があったかとかそういうことではなく、作家が自分の心に嘘をついていないことは明らかなことだ。

小山氏はやがて師事することになる太宰治を訪ねた時に持参した作品「わが師への書」にこのようなフィリップの言葉を引用しているが、これが、小山氏の作家としての立ち位置であることが分かる。それはこういうものだ。

「芸術家とは、つねに自らに耳を傾け、自分の聴くことを自分の隅っこで率直な気持ちで書きつける熱心な労働者なのだ。僕は、自分の思ひどほりの木靴を作るために働く村の木靴工と、人生を自分が見るがままに物語る作家の間に差別を認めない。」

落穂拾いの中で、小山氏は自分も含め、さまざまな職種や年齢の人間を同じ線の上で描いている。同じ尊厳を見出している。その眼差しの公平さに非凡を感じてしまう。それほど、人間は人を偏り見てしまうものだから。
書くという作業はこういうことでもあるのだと、新しい発見をしたような気持ちになった。

小山氏はキリスト教徒の親の元で育ち、加川豊彦や内村鑑三から影響を受け、18歳の時に高倉徳太郎から洗礼を受けている。後に教会から離れるが、小山氏の生涯の「生命」となっていたのは太宰治とイミタチオ・クリスチの精神であるあったと、斉藤末弘氏は語っている(近代日本キリスト教文学全集9、解説)が、イミタチオ・クリスチというのは、14世紀の宗教家、トマス・ア・ケンプの「キリストのまねび」という本の原題で、この「キリストのまねび」という本が、「聖フランシスの小さき花」とともに、「落穂拾い」の中に出てくる。キリストに倣って生きるというのが小山氏の行き方、理想だったのだと思う。
そして、小山氏の作品を読む時、このイミタチオ・クリスチの精神の片鱗がどの作品にも見え隠れしている。小山氏がキリストに倣って、少なくとも、小山氏が思うところのキリストの視点で人々を見つめ、描写したのではないだろうか。
「誰かに贈物をするような心で書けたらなあ」とこの小説の書き出しのところで書いているが、読む人の心に明かりを灯すような小説をこつこつと書くということが、彼なりの精一杯のキリストに倣う生き方だったのだろう。

靴屋が丹精こめて靴を作る。母親が髪振り乱して子供を育てる。本屋が本を慈しんで本を売る。そんなささやかな、日々の一生懸命が、そんなちょっとした思いやりのある行為こそがキリストに倣う生き方だと知らされるような気がする。
誰も彼もがキリストのようにすべてを捨てて十字架につけられなくてよい。イエスが人に望んだことはそういう「行動」ではないはずだ。まずは自らの貧しさに気づくこと、イエスに決して倣う事などできないと、そのことに痛みを覚えつつ、それでもなお倣おうと自分の器に従って誠実に自分に与えられた務めを果たすこと。小山氏のこの小説の中から、そんな励ましが聞こえてくるような気がする。


2005年09月04日(日) 新しい歌を主に向かって歌え

今日は大きなことが2つありました。
ひとつは礼拝の中で証詞(信徒がする信仰の話)をしたこと。
もう一つは、10月24日の芝居ダンス「伊集の花」のステージリハーサル。

証詞は数えてみれば16年ぶりの事になります。
わたしの所属してきた教会では礼拝では特別な事がない限り牧師が説教をし、信徒が話すことはほとんどありません。そういう意味では貴重な機会をいただいたことになります。
そして話を準備する中で、今まで途中まで分かるけれどその後が分からないというような事が少しづつ見えてくるような、また、点と点とが繋がるようなそんな内的体験をすることができました。

そして今日話しながら、その最中に、まだその先があることも見え、ここから先はまだ分かっていないということが分かったりしました。
後で牧師と話したのですが、そういうものだそうです。
何だか話が見えなくてごめんなさい。

興味がある方はどうぞ。今日わたしが話したことの原稿です。
長いです。。


      <新しい歌を主に向かって歌え>

教会学校では8月の第2週から今日まで4回に渡って詩編が題材に選ばれていました。教会学校のお話をKさんと交代で担当しているので、子ども達に話すことの準備のためにここ一月ほど、取上げられている詩編を読んだりその言葉について考えたりする機会が多かったのです。

改めて詩編を読んでみると、詩の言葉は生き生きとしていて、とても3000年ほど前に書かれた言葉とは思えないほど、新しく感じられました。昔から現代に至るまで、古今東西、無数の詩人たちは新しいスタイルを、誰も書くことのなかった新しい言葉を見出そうと努力してきました。そして世の中には優れた詩、出合えて良かったと思える詩が数多くありますが、詩編にはそれらの詩にはない新しさや力強さがあると感じました。

今日、わたしが選んだ詩編は、詩編第96編です。
この詩編のはじめの部分を読みます。

   < 詩編96編 >
新しい歌を主に向かって歌え。
全地よ、主に向かって歌え。
主に向かって歌い、御名をたたえよ。
日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。
国々に主の栄光を語り伝えよ。
諸国の民にその驚くべき御業を。


この詩編の始めの一行は大変有名で、様々な讃美歌や巻頭言に用いられています。さきほども、「新しい歌を歌え」というブラジルの讃美歌を讃美しました。わずか一行の「新しい歌を主に向かって歌え」という言葉なのですが、このフレーズを口にすると時、新しい力のようなものを呼び起こされるのを感じます。何度くり返しても、古びずに、ますます新しくなるという言葉があるのだなあと思い、讃美の力、聖書の言葉の持つ力に今さらながらに気づかされるのです。そしてそのような事がなぜ起こるのか、「新しい歌を主に向かって歌え」というこの詩編の最初の言葉をわたしなりに掘り下げて考えてみたいと思いました。

聖書の中でこの「新しい歌」という言葉がどのくらい出てくるか調べてみると、詩編の中に六回、ヨハネによる黙示録の中に一回出てきます。また、この「歌」というのはどれも、神に向かって歌われる歌、つまり讃美のことです。それでは「新しい歌」の「新しい」というのはいったい何を意味するのでしょうか。

まず考えられる事は、文字通り新しい讃美歌、つまり、今まで誰彼が歌ってきた歌ではなく、その時の気持ちを歌いこんだ新しい讃美歌ということが言えるかと思います。先週の礼拝の中で、タミが自作の讃美歌を2曲披露してくれましたが、これはまさに「新しい歌」です。また先週の礼拝の前の讃美の集いでは、韓国の讃美歌「ウリエイウッソン」という歌を韓国語と日本語で歌いましたが、わたし達の知らない原語で讃美歌を歌うというのも、新しい体験で、これもまた「新しい歌」と言えると思います。この教会でも、ビデオを見ましたがフランスのテゼー共同体やスコットランドのアイオナ共同体は、次々と新しい讃美の歌、祈りの歌を世界に送り出しています。そういう働きはまさに「新しい歌を主に向かって歌え」ということの実践だと思います。

けれども、これは詩ですから、それぞれの言葉は象徴としてまた比喩としても用いられていると考えれば、この新しいというのは文字通りの「新しい」という意味の他にもっと別の隠された意味があると思いました。そしてそれはひとつの姿勢なり心の状態を示唆しているのではないかと思ったのです。
どのような姿勢かといいますと、過去でも未来でもない、たった今の、この瞬間の新しいわたしを持って神に向かい合う在り方です。過去において洗礼を受けて新しくなったわたしとしてではなく、これから信仰告白をして新しくされるかもしれないわたしというのではなく、のっぴきならない今というその先端のところで新しく神に対面する、対面し続けるという在り方です。

このことで思い出すのはルカによる福音書23章の記事です。イエスが十字架にかけられたとき、両脇に同じように十字架にかけられた犯罪人がいましたが、一人の犯罪人が「イエスよ、あなたの御国においでになる時には、わたしを思いだしてください」と言った時、イエスが「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われました。犯罪人は死刑されるほどの犯罪を過去において犯したことでしょう。神を恐れぬ極悪非道の道を歩いてきたに違いありません。ところが十字架につけられたその時、死が目の前に迫ったその時に、彼はイエスが神の子だという事に眼が開かれたのです。その犯罪人はこの瞬間にはじめて神の存在に、そして永遠というものに触れたのでしょう。犯罪者は「わたしを思いだしてください」という表現でイエスに信仰を告白します。そしてイエスは、彼の信仰をしっかりと受け止め、「はっきり言っておくが」と力を込めて、天国を約束しておられるのです。問われるのは「過去」ではなく「今」です。わたしはこの記事の中に救いの本質を見るような気がしました。そして、今、お前はイエスに向かってわたしを覚えてくださいと言っているのかと問われているように思うのです。

キルケゴールは、「人間は時間的なものと、永遠的なものの総合である」と言っています。人間がいま生きているということを実感するのは、時間的なものと、永遠的なものがひとつになる時だというのです。そして、この時間的なものと永遠的なものが総合される時を「瞬間」、と呼び、この「瞬間」とは、時間の流れに永遠が突入する時だと説明しています。

この事で、忘れられない一つの体験があります。
わたしが子どもだった時の事です。小学校2年生の時、教会学校に初めて行くようになった頃です。いつも礼拝の後に小さなカードをもらっていました。
その時にもらったカードをポケットに入れ、帰り道、寄り道して公園で弟や友達と遊んだのですが、その時ふと、ポケットのカードを取り出してみる気持ちになりました。
そのカードには男の子と女の子がいて、落ち葉の舞う中で踊っているような絵が描いてありました。そしてその脇には
「花は枯れ草はしぼむ。しかし神の言葉はとこしえに枯れることはない」
と記されていました。これは旧約聖書、イザヤ書の40章8節の言葉なのですが、この言葉を読んだ瞬間、衝撃がありました。時間が止まってしまったかのような、人間がどういうもので神がどういうものなのか、その関係のようなものが強い衝撃と共に分かったのです。これは後で大人になってから理解したことで、その時にはただ大きなものに打たれたようなそんな感じでした。そして、人間は死ぬのであればなぜ生きているのだろうとその頃芽生えていた不安がさっとひっくりかえされるような感覚を覚えたのです。花や草のように人間が死んだとしても永遠に変ることのない存在がある。そのことがとてもうれしいのでした。
これはキルケゴールの言う、「時間の流れに永遠が突入する時」だったのだと、新たに知らされます。

コヘレト人への手紙3章11節に
「神はすべてを時宜にかなうように造り、また永遠を思う心を人に与えられる」
とありますが、わたしたちは、時間的な流れの中で生きながら、確かに、時間が止まってしまうかのように感じられる瞬間、永遠の中に投げ込まれるような瞬間を体験します。そのような時には今ここに確かに生きているということを実感するのですが、同時に、この瞬間がある意味で自分にとっての終わりだという事も感じます。なぜなら、限りある時間の中で生きるわたしたちにとって、今より先の時間の保証はどこにもないからです。永遠なものが突入することで、つまり神が入り込んでくることで、自分にとっての今がまた終わりである事にはっきりと目覚ざめさせられるのだと思うのです。そんな心の状態を、また「新しい」という言葉の中にくみ取ることができるように思いました。

このことを考えている時、興味深い資料に出会いました。
「新しい歌を主に向かって歌え」ので出しの言葉は、ラテン語で「カンターテ・ドミノ」と言い、「カンターテ・ドミノ・カンティクム・ノヴム」と続きます。この「ノヴム」というのが新しいという意味です。そして、この「ノヴム」の最上級は、「デ・ノヴィシマ」となり、「最も新しいこと」と言う意味になりますが、この「デ・ノヴィシマ」という言葉は中世のキリスト教神学において、終末の教えを意味する言葉になるそうです。
最も新しいことは、同時に終末のこと。最も新しいこととしての終わりのことというわけです。
この資料を見つけた時、今まで漠然と感じてきたこと、まだ暗闇の中に形も見出せないでいたものに、光りに照らし出されて、いくぶんはっきりと見えてくるような気持ちになりました。


「新しい歌を主に向かって歌え」
詩編が語る新しさとは、時間と共にやがては古びてしまう新しさではなく、永遠の神と出会う瞬間、そして同時に、今という新しい先端が同時に意味するところの終わり。そうするなら、そこにはもう神しかおらず、おのずと神の方向へと押し出され、神に向かって歌うのです。
「神ははじめでありまた終わりである」故、わたしたちが神に向かって歌う歌は新しい歌であり同時に終わりの歌でもあるのです。


わたしは最近山登りを始めたのですが、登り始めるとじきに苦しくなってきて、ほんとうにあの頂上まで登りきることができるだろうかと思うのですが、一歩一歩足を動かし、歩数をかせぎようやく頂上に立つと、何とも言えない晴れ晴れとした気持ちになります。登ったことの達成感や山頂から見る山の景色の素晴らしさもあるのですが、それよりも、その先端のところでさっき申し上げた「瞬間」が訪れるのです。永遠が入り込んでくるのです。登りつめたこの先端にはもう登るべき道はないのですが、その先にはより広い世界が広がっています。そしてここから先は人間の努力や時間の及ばない永遠なる神の領域です。
いっしょに山に登る仲間の多くはクリスチャンではありませんが、どの人も、山の上に立つ時には同じように永遠に向かって心が開いているのではないかという気がします。そして、誰もがそれとは気がつかずに、永遠なる神と接する瞬間を繰り返し求めているのではいかと思うのです。

今までは山登りは人生のようなもので、登り始めが人生のスタート地点、頂上がゴールとすれば、「今」というのは登山入り口と頂上の間のどこかの地点という感覚があったのですが、実はそうではなく、「今」というこの時こそが山の頂上ではないかと思えてきました。
別のイメージで言えば、下からのびてくる時間を表わす棒のその先端にわたしたちは立たせられているというイメージです。「今」は限りなく新しく同時に終わりです。そういう場所に立っているのが、限りある命を持つ我々被造物ではないかと。そしてその先端のところで、永遠なる神に限りなく接近しているのではないかと。

「今」という、神と出会いまた同時に終わりを意味する山頂にいながら、日常の中ではそれがそうと認識できない。あるいは忘れてしまう。
十字架の上でイエスに対面した犯罪者のように今という時に目覚めるよりは、イエスが受難を前にゲッセマネの園で一人激しく祈っている最中、イエスが捕らえられる直前という緊迫した最中に、眠り込んでしまった弟子達のように、眠りの中に落ちているのです。
けれども、神は聖書を通して、また日常の中で起こるさまざまな機会を通して、わたしたちを永遠が入り込んでくる瞬間に立たせます。
自然との出会いの中で、人との交流の中で、さまざまな創造的な活動の中で、
一人の時間の中で・・・


今もこうして週の初めに神の家に集まり礼拝を守っていますが、礼拝は神に向かって歌う事から始まります。眠った心は揺り起こされ、はっとしてまた神に立ち返り、先端であり最後でもある今の中で新しく主に向かいます。

新しくはじまる週も、新しい歌を主に向かって歌い、この瞬間に命をいただいて生かされているということに目覚め、神に聞き、答えていく者でありたいと願います


2005年09月02日(金) 瞬間 ― 時間の流れに永遠が突入する時

今日は一日家にいて、今度の日曜日に礼拝で話す証詞の原稿書きをした。
ここ1週間、そのための調べ物などするうちにいろいろと興味深いサイトに出会うことができた。

逍遥の人、セーレン・キルケゴールというホームページもそのひとつ。
「キルケゴール 瞬間」という検索で行き着いたサイトだった。で、わたしが知りたかった事も見つけることができた。

わたしが知りたかったのはキルケゴールがいうところの「瞬間」の概念。
とても興味深いところなので、抜書きしておこう。



HP逍遥の人、セーレン・キルケゴール「不安の概念」(2)より

<キルケゴールは「人間が時間的なものと永遠的なものの総合である」という。ここでいう「人間」という言葉には、「いま生きているということを実感している実存」という意味が込められている。つまり、いま生きているということの実存感は、時間的なものと永遠的なものが総合されるところで生じる、と言っても良いかもしれない。そして、この時間的なものと永遠的なものが総合される時を「瞬間」という。瞬間は単なる時間の規定ではない。瞬間は時間における永遠の反映であり、時間の流れに永遠が突入する時をいう。
 通常、人は過去から未来へと流れていく時間を考え、「瞬間」も「永遠」も、その時間の流れの中で理解しようとする。だから、「瞬間」と言えば「ごく短い時間」を示し、「永遠」と言えば、その時間が未来永劫に続いた未知の時間を意味するものと思ってしまう。時間の延長が永遠であるならば、そこには「未来」はあっても、「永遠」は存在しない。それ故、死すべき生命をもっている有限な人間は、「永遠」を考えることができないのである。だが、「永遠」が時間の流れに突入する「瞬間」を感じ、また考えることができる。
 たとえば、何かに熱中した時、人は時の流れを忘れ、時間を感じない。まるで時間が止まったかのように思われる。そして、そんな時の人は、実存の充実感にあふれている。生きている喜びにあふれている。それは精神のエクスタシーであり、「瞬間」とは、まさにそのような「時」に似ている。>



2005年09月01日(木) モロッコインゲンの天ぷら

昨日の日記で、友人のYから北軽井沢の畑の収穫物をいただいた事は書いたが、今日は、そのモロッコインゲンの一番おいしい食べ方という天ぷらをした。

そういえば、天ぷらを揚げたのは、この春に勉ゼミメンバーのSさんからいただいた山ウド以来だ。あの時もなかなか手に入らない旬の山菜だったから、普通は面倒で決してしない天ぷらを山のように揚げたのだった。

夕べもモロッコインゲンだけにしておけばいいものの、どうせ揚げるのだからと、カボチャ、ナス、えびといかのかき揚げと、どっさり揚げた。
困ったなぁ、太るよと言いながら、二人で大皿2枚分の天ぷらを平らげる。これって一人四人前くらいの分量じゃないかしら・・・
確かに、ずいぶん大きなモロッコインゲンの天ぷらは普通のインゲンより柔らかく、それでいてサクッとした歯ざわりがあってとてもおいしかったのだ。


今日のジムでのメニューは、ヨガ、ラテン、カロリーバーナー、太極拳の4つ。
4つとも身体を動かすということ関しては同じだが、その気分というか、得られるものはそれぞれ全く違う。もちろん、身体や心への働きかけもそれぞれ違うのだ。

そして大切なのは、その動きの中にストンと自分を落とすことだと思う。ヨガなら深い呼吸と瞑想、ラテンなら熱狂と解放、カロリーバーナーは躍動とスピード感、太極拳なら気の流れと自分の中心を意識すること。


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