I create you to control me
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この日記をご覧のみなさま、本年もお世話になりました。 昨日、ふりかえっちゃったから今日はなにも書くことがな〜い。
ということで来年もよろしくお願いしま〜す。
今年もあと1日。
年始にいろいろ仕事があるから振り返るという感じでもないのだが、、。
とりあえず、今年はいろいろな人に誘っていただいて研究会やら学会やらでることが出来たが、そのかわりというか、一つ一つにかける労力が少なくなっているような気がする。
来年はもっと自分で面白いと思える研究なり、論文執筆に時間をかけたい(といいつつ、今年度なみの学会発表がすでに決まっている私。学内の仕事も徐々に増えてきたし)。他の同業者がみたら「時間があったら自分でもそうしたいわ」と思われるかもしれないけど、是非そうしてみたいものである。
というわけで来年は<いまーここ>を大事にして生きるということを目標にしたいと思いま〜す。
バフチンの「発話の宛名性」などとコ難しいことをいわなくても、いわれてみれば当たり前のことだ。人は誰と一緒にいるかによって語ることも違えば見せる表情も違う。
それは当たり前のことなのだが、それを目の当たりにした時、「ああ、この人にはこんな側面もあるのだ」ということが、どんな理屈を並べられるよりもリアルに迫ってくる。「分かっている」と思っていた人が、実は自分には理解の及ばない「他者」だったのだなと感じられる。
で、自分には見せない顔があるということを知った時「自分にはこんなことできない」と自己卑下して考える人もいれば、「あの人にはこんなところがあったんだ」と相手の可能性をみつけて、任せられるようになる人もいる。
この差は大きい。いったい何がこの差をうんでいるのだろうか?。
2004年12月28日(火) |
ちりもつもれば山となる |
いろいろ事務手続きをしたりして一日つぶれる。わが研究室のプリンタは、毎回、USBケーブルを抜差ししなければ認識されなくなっているんだが、あれは困る。なんかエプソンからダウンロードすればいいんだろうか。
ああ、プロシーディングもださなければ。 しかし、このままいくと校閲されずに出すことになる公算が強い。 400wordsとはいえ、あまり英作文得意ではないので、なんとも・・・・。
おお、そういえばこれを書きつつ思い出したが、辞典の改訂版の原稿どうしようかな。某学会誌の校正原稿もおくらねばならないのだが、しかし、あれ、どこの段ボールに入ってるのかな・・・(自分が詰めたくせに)。それから学会の企画もたてるんだったな。
なんだか細々したことが多くて困る。もっとも、そうであっても、ちゃんとやらないと相手はそのこと一つだけのつながりなわけで、こちらの事情とか斟酌してくれるわけでない。
というわけで頑張ります。
「痴呆」が「認知症」という呼び名にかわるんだそうな。 なんだか一般的な名前で、統合失調症のときほどはピンとこない。 統合失調症はたしかに、病気の性質に対するイメージを名前によって動かすことのできた例だと思うのだが、今回もそのようになるのだろうか。
どういう経緯でこうなったのか知りたい。
まあ、たしかに「痴呆」という言葉は、漢字からしてよくないし、病気自体がいろいろ負のイメージでばかり語られてきた歴史があるから、ともかく改名したのはいいのかもしれない。
実際、痴呆といえば、精神病院や老健施設といった選択肢がすぐに考えられるのだが、このこと自体が痴呆に及ぼす影響もあるだろう。
あまり専門ではないが、外部記憶と痴呆との関連についての論文を讀んだのを思い出した。お年寄りにとって例えば施設などに入所させることは、これまでの環境が提供していた情報を一切とりさってしまうという点で、痴呆の症状をより深刻化させるというものだ。「記憶」というような個に閉じられたようにみえるものでも、実際には環境との密な相互作用があるわけである。
(痴呆などからすれば次元が低い話になるが)日常生活において記憶力を高めておくというのは、生活をしっかりと構造化するということではないかと思う。それなりにみんな生活は構造化しているのだが、大事な情報はしっかりと残るようなかたちで構造化しておく必要があるのではないか。方向音痴の人は、前にその場所に駐車していた車とか、永続性のない対象を目印として覚えているので、環境が変化してしまうとまるで対応できなくなってしまう。このことと似て、記銘しようとした時に、変化に弱い環境の構造化(例えば、書類をそのまま積んでおくとか)をしてしまうと、こちらは覚えたつもりでも環境が少し動いただけでもう、その履歴を辿れなくなってしまう。
などと、いろいろこむずかしいことをいっているが、結局は「あの書類どこにいったかなー。大事なことが書いてあったような」といったことが気になっているだけなのだ。
怒濤の引っ越しは無事終了。 しかし、新居にいってみるとなんと水がでないではないか。 おーのー。なんなんだ。 忙しい中転居先まで手続きにいった意味ないやんか。
朝からパンひとつしか食べてないので腹ぺこなうえに、疲れがたまってなんだかブルーになってくる。ああ・・・・。というわけで、引っ越しうつ病予防のため、新居からほど近いホテルにお泊まりしました。なかなかよかったっす。さすがに、「ご住所」欄には彦根の住所書きました。だってヘタすりゃホテルから見えるもんね。
いや、しかし意外とよかったかも。疲れがどっぷりたまっているから、ガヤガヤしたところで寝るとよけいに疲れるもんね。おりしもホテルでつけたテレビでは「あるある大辞典」をやっており、脳にはポジティブ思考の脳と、ネガティブ思考の脳の部分があるというのをやっていた。ある部位を使いすぎるとうつっぽくなるらしい。フムフム。
「安易に脳にもっていきよって」と悪態つきつつ、左脳・右脳クイズやったりして、、、。よけいに脳が疲れるっちゅうはなしやね。
そうそう、テレビではCNNの放送もみてたんだが、インドで起きた大津波のことをやっていた。津波って英語でもTSUNAMIっていうのね。知らんかった。
2004年12月25日(土) |
オリジナルのクリスマスはどこへ? |
もともと、サンタさんはフィンランドの妖精(?)かなんかだったそうな。 その昔に讀んだレヴィ・ストロースの本には、青いコートを着た気持ち悪い人の挿し絵がのっている。
いまのようなサンタさんになったのは、コカ・コーラの戦略があるらしい。なるほど、サンタの服とコーラの缶の模様って似てるよね。んでもって、昔のサンタはスリムだったが、いつのまにかあのようなデブいおっさんになったとのことである。フランスかどこかでは、その昔、アメリカに魂をうったサンタさんは、子どもたちを堕落した方向に導くということで教会からおとがめをうけて火あぶりの刑になったとか・・・。
南無・・・。
それだけではなく、ラジオで聴いたところによれば、ケーキとチキンという組み合わせも、実は根拠のないことらしい。チキンは七面鳥の代わりでは?という意見もあるが、アメリカではそもそもクリスマスに七面鳥を食べる習慣自体がないそうである。はて、ではなんでなんでしょう。アメリカでもクリスマスにはケーキは食べるようであるが、これもあんまり根拠があることではないらしい。
してみると、日本人は無宗教なのに、クリスマスだクリスマスだって、騒いでけしからんなんて人もいるが、そもそもクリスマスのオリジナルという概念自体が世界中のどこにあるのだろうかねえ。
世の中はクリスマス。子どもたちはサンタクロースが来てくれるか楽しみにしているのだろうが、我が家はというと、サンタクロースならぬ空き巣にでも入られたようなありさまである。
臨床心理学の講義は、なんとなく精神論に陥っているようでつまらない。 「共感してあげなければならない」「障害を理解してかかわってあげなければならない」などなど。
別に「〜ねばならない」なんてメッセージを与えているつもりはないのだが、学生さんはすぐに反省モードに入る。「自分のこれまでをふりかえると〜、これからは〜」となる。
しかし、実際に問題の渦中に入ってみればわかるが、世の中そんなに簡単なものではない。「理解してあげなければいけないのはわかってるけど腹がたつのよ」なんてことはしょっちゅうだろう。
もちろん、障害にある人のことを理解してあげなければ、関係がたちゆかなくなるのは道理なのだけれども、「理解してあげることが大切です」などといわれても、「そんじゃあ、どうしたらいいの?」ということになる。気づいたら「理解して」いたような、そんなアドバイスがないものだろうか。
2004年12月23日(木) |
スロースターターなんです |
毎度毎度、引っ越しには精神がつかれる。
神経つかわないで身体つかった方が生産的なのは間違いないが、身体を使うのがめんどうくさくてついつい先回しにするので、精神的につかれてしまうのである。
大学院では6年間同じところに住んでいたから、片付けようとしてももはや根をはっていて、なかなか進まず難儀した。しかも前回は発達心理学会の前日に引っ越しというかなり無茶なことをやったので余計だ。
しかし、今回はそのときのワンルーム暮らしから広い部屋にうつっただけでいっこうに持ち物が増えていない。むしろ、研究室に本をもっていったので減っている。今日も冷蔵庫と電子レンジを研究室に寄贈してきた(自分から自分へ)。これでますます荷物はなくなった。
しかも、今回も頼りになるアリさんたちが迎えにきてくれる。それに、某M教授のたびかさなる引越でつちかったノウハウをいかんなく発揮する仕事人が今日到着したので、むかうところ敵なしである。
・・・・と、こんなことばかり考えているので、いつまでたってもエンジンがかからないのである。
非常勤先の忘年会。宴の席では、普段はみられないような社員さんの素顔が垣間見えたり、語られないようなとっておきの話が聞けたりするので出来るだけ顔をだすことにしている。
忘年会というから、かなりはじけるのかと思って覚悟していたのだが意外につつましやかに宴は進む。 年配の女性社員の方が多くいらっしゃるのもその一因か。なんとフランス料理のコースをいただく。すげー。前の会社では考えられないことだ。
しかし、みなさんは飾ることがない方ばかりだ。コース料理についてきたパンを、「あ、これおいしい」「でも、さめてるわ」「ちょっとボーイさん、チンしてきてっていおか(笑)」「あー、なんか私らおばちゃんになってるわ〜(笑)」。
こういうところにも地域性というのはあらわれるのだなと思ったそんな宴でありました。
2004年12月21日(火) |
ナラティブってなあに? |
原稿がすすまないので、先日のナラティブ研について思いかえす。 ナラティブといってもたくさんのナラティブがある。 単なる手法としてとらえているものもあれば、なんらかの思想を内在したものとしてナラティブをとらえる立場までたくさんある。 とてもまとめきれるものではない。
すくなくとも、従来のようにナラティブと社会構成主義的思想を近づけて、現在ドミナントになっている実践への批判理論としてのみナラティブをとらえていくということを確認するだけなら、別に多くのメンバーが集まることはないのではないかしら。
メンバーのなかには、ガーゲンやらホワイトやら、社会構成主義的なナラティブ観というものを、自分的には乗り越えた人も、乗り越えたと思っている人も、そう思いたい人もいるわけだから、それを繰り返してもいったい誰のメリットになるんだかわからない。
要は、ナラティブという言葉の使われ方を整理するところからはじめろってことかしら。
先日の臨床心理士のワークショップで、もと中央大学の加藤さんに抜き刷りをいただく。
『反学校的な生徒文化の形成に及ぼす教師の影響:学校のあれと生徒指導の関係についての実証論文』。(財)社会安全研究財団の平成14年度優秀論文であるという。
ははあー。優秀論文などと誰かから表彰されたりしたことがないので、優秀論文などというだけで尊敬してしまう。
論文の内容のなかで印象に残ったのは、ダブルスタンダードな指導に注目して、学校が荒れたときほど、むしろ問題生徒よりも一般生徒が大事なのだという提言である。
ダブルスタンダードな指導とは、つまり学校の枠組みから完全にはずれてしまった非行化した生徒については、教師は学校に来て、学校行事に参加するだけで肯定的な反応をとるのに対して、それほど非行化が進んでいない生徒に対してはこっぴどく叱って規則を遵守させるというようなものだ。
読者のみなさんも中学生の時に経験があるのではないか?。「荒れてる子には甘く、我々には厳しい」といった批判を教員にしていたかもしれない。もちろん、「先生は大変だなー」と思った人もいるかもしれない。そういう生徒だったとしたら、あなたは教師にとっては掌握しやすい「味方」の生徒であったはずだ。しかし、中学生の年代で、荒れた生徒には学校に来ることだけでも教育的な価値がある(と、少なくとも教師は思っている。僕もそう思う)ということはなかなか理解されない。だから、「ずるいじゃん」ということになる。
加藤さんは、こうした不公平感をひきおこすがゆえに、荒れた学校ではむしろ一般生徒との人間関係をつよくもたないとますます反学校的な生徒文化がきずかれてしまうというものだ。
学校をひとつのシステムとしてみて、<荒れ>という出来事に対してシステムで対処するということを考えれば、臨床心理学がこれまでやってきた荒れをひきおこしている張本人(とされる人)への介入がいかに不毛かということがよくわかる。それを実証的に示しておられるのはすごい。
ただベテランの先生は別にそのことを知らないわけではない。わかってはいるけど止められないということもあるのだと思う。
そもそも、<荒れ>はというのは教師が完全に後手に回っていることが多い。これまで平和でたいした生徒指導的事件もおこらなかった中学校であっても、いや、そういうところの方がむしろ、突如として<荒れ>をひきおこしたりすることがあると思う。
どうしてかというと、平和な学校で築いたシステムが破綻し、新たなシステムに変化しなければならないのだが、それは一朝一夕には実現しないからである。
中学の教員というのは大なり小なりチームワークで動いている。いわばサッカーのディフェンダーのように、一人で守るのではなくて、3人、4人のバックと足並みをそろえて守るのである。このようなディフェンスはふいにサプライズな攻撃をされて足並みが崩れた時は、何人いても一人の平凡な選手の突破をまったく止められないということが起きてくる。荒れた学校もこれと同じである。
だから荒れた学校に必要なのは、問題生徒に関わることよりも、むしろ教員同士が仲良くなって、生徒との取り組み方について足並みをそろえることだろう。
スクールカウンセラーが役立てるとしたら、教師に余裕と自信をもってことにあたれるようにエンパワーするということになるだろうか。さながらピンチにタイムアウトをとるようなものである。
あ、でもサッカーにはタイムアウトないんだっけ・・・。
研究会にいく。名古屋まで。なづけてナラティブ研究会、の準備会。 ナラティブっていっぱい言われだしてるけど、百花争乱のような状態でなにがなにかわかんな〜い。整理しましょ、何がいえるのか吟味しましょというような主旨の会。1年間は続けるつもりで、あとは発展的に解消するなりなんなり、集中的にやってみようという会。
ダブルK先生のご指名で、僕も世話人をおおせつかる。が、正直なところ、お客さま気分でいた。なにせ、この準備会には、ヴィゴツキーとか内部観測とかやってるT先生、社会学的見地から物語論をやってるA先生、心理療法の大家なのにヴィゴツキーとかも興味があるM先生など、僕としては素朴にお話が聴きたい人が参加していてなかなか分厚い。あくまでお客さま根性で楽しみだった。そのために、K先生のプレゼンが細かいので焦ってpptをつぎたす始末。
さて、会の主旨としてあげられていた「ナラティブは百花争乱のような状態で、議論もなかなかかみあわない。だからまとめてみましょう。」というのはよくわかる。しかし、ナラティブにしても、なんにしてもそうだが、インパクトのある言葉ってだいたいその外延が指し示されておらず、「お、なんかこれってナラティブちゃうの〜?」みたいな感じで盛り上がっていくものではないか。
定義したり、まとめたりするようになったら、あとは勤勉性を発揮して、すでにだいたいの着地点がわかった研究を生真面目にこなしていく未来しか残されていないのではないかとふと思った。
ナラティブと社会構成主義の微妙な違いについて、妄想のようなことをしゃべった。果たして僕の話は理解されているのだろうかと心配だったが、以外とK先生は「ナラティブに語り手を呼び戻そうキャンペーンみたいなの考えないといけないよね」みたいなことをおっしゃっていて意を強くする。うん、それならば「フィールドワークにフィールドワーカーを呼び戻そう」キャンペーンもはらねばならぬね。
とかく、研究法として定着し、その認識論の話になっていったりすると、どうもその現場に入り込み、もがいたり動いたりする人が捨象されていくような気がしてしまう。フィールドに入り、他者と対話していたら自然とできることが、脱文脈化され、形式論理的な世界にはいった瞬間、<偽ー問題>がたちあらわれてくるような気がするんだよね。
2004年12月18日(土) |
質的研究のワークショップ |
青山学院大学へ。質的心理学会のワークショップ。臨床心理学に質的研究がどういかせるのか、なぜ必要なのかといったテーマで合計5時間。僕は司会。はあ、長かった。
そして、ここまでの道のりも長かった。企画をたてたのが9月後半、それから急ピッチで準備をすすめ、今日にこぎつけた。短い宣伝期間でどうなるかと思うこともあったが、ワークショップはおかげさまで100名以上の参加者を集めて成功におわった。僕のなかでは、今回は行うことに意味があり、内容は2の次だったのだが、望外にいろんな議論ができたのはよかった。
印象に残ったのは岩壁先生の、インテーク面接に関しての、クライエント自身へのインタビューをまとめた研究発表。手法はシンプルで、インテーク面接のあと、そのインテークについての評価面接を行うというもの。岩壁先生もおっしゃっていたが、これ自体が「クライエントもセラピーについて語ってよいのだ」というメッセージになっているという意味で、従来のセラピーの場にある権力関係を脱構築する試みといえる。案外、このインタビューが治療的になったケースというのもあったのではないだろうか。
年明け早々には関西で二度目のワークショップがひらかれる予定である。なんとか、ここも成功におわらせたいものである。
大学で雑務をこなしてから、新幹線にのって東京へ。
東京駅前にあらたにできたというOAZO(オアゾ)というビルにいってきた。 1300円のカレーうどん。カレーうどんに1000円以上かけるおれってリッチ。
入ればカレーうどんという響きににつかわしくないおしゃれな雰囲気。 そしてウェイターさんはみな紳士。席につこうとすると椅子をひいてくれる。そして「どうぞ、ゆっくりとメニューをお決めください」といってくれる。
いや、ゆっくりっていってもうどん、4種類しかないじゃん。しかもみんな1000円以上する。さすがオアゾ。さすが東京駅前。
悩んだ末にたのんだのは、バナナカレーうどん。 相方はもちカレーうどん。
ん。バナナ。なんとなくトロピカルな感じなのかと想像しつつ、これを注文。 そしてでてきたバナナカレーうどん。むむ。カレーうどんのはいったどんぶりのよこに、カラッとあげたバナナとアスパラの天ぷらが2本。そしてリンゴをうすくきったものがのっている皿が。
おお、まさしくバナナだ。うん、まさしくバナナ。 予想通りというか、東南アジア風麺をまねたとみた。
おずおずと食す。 カレーの汁がとぶからだけではないぞ。 むむ。これは!。 甘い。熱をとおしたバナナがなんともいえずいいかんじの甘さに。 ええ、あくまでも単体ならば。 ならば、まぜてみようじゃないの。 バナナの天ぷらをカレーうどんのどんぶりのなかにチャポーン。 おおーーーー。 この甘さとカレーのピリっとした辛さがなんとも ・ ・ ・ なんとも ・ ・ ・ うーん、なんともである。 カレーはおいしくて最後まで飲んでしまったし、麺もよかった。 バナナもかなり甘くていい感じ。
でもまあ、とりあえずおいしかったのはおいしかった。
午前中は喫茶店で勉強。
最近、いまごろになってというか、いまごろだからというか卒論生がたくさん部屋にやってきてあれこれ相談していくことが増えた。 ので、僕の心配のたねは少しずつ消えていくのであるが、かわりに僕の集中力も少しずつ奪われていくのである。
きりがない。慌てふためく卒論生をよそに、外で集中してお勉強。懸案だった論文も少し進んだ。毎日この調子が続きますように(誰にお願いしてんのよ)。
昼からアポをいれてた卒論生の一言。 「先生、卒論ってしんどいねんな」 ・・・何をいまごろ悠長なこというとんねん と、思わず「当たり前なんじゃボケっっっ」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ と心で叫びつつ(いや、実際はちょっと言語化されてたかも) 「別に、慌てんでも、今から1年かけてもでもええで」というと 「いや、それは勘弁」とのこと。
そんじゃあ、頑張ってくれよ。 やってることは面白いし、それなりにやればできるんだからさ。
2004年12月15日(水) |
抱える人が抱えられてない |
昼から非常勤。
この業界もそこそこ長くなると「まあ、そんなもんよね」と思うことも多くなる。つねづね、1年1年、次の年はないものと思って仕事しろとはいわれることである。それはそうなんだよ。
とはいえ未来展望が制度的にみえない中で仕事するというのは辛いなり。
少なくとも、お客さんは3年間とか6年間とかの契約で入ってきてるわけだから、せめてその範囲だけでも変わらぬサービスを保障して欲しいわけである。社員としても、「このお客さんが3年後、6年後にどんな姿になっていてほしいかな」というような展望をもちながら1年間をすごすわけだし、それが職業的な専門性にも結びついているのだから。
実際問題、自分の通う大学が来年にはつぶれるかどうかなんていうのは、学生にとってはとても重要な情報だろう。年度末になって「えー、学長からお知らせがあります。来年からの予算なくなっちゃったから、この大学、来年からはなくなりま〜す。みんな他の大学にいける実力つけるように今から頑張りましょうね」なんてなったら世間的には大問題にちがいない。
同じことだ。 もうちょっと、想像力をもってほしいなんて思ってしまう。 何と同じなのか、誰になにをしてほしいのかなんてことはあえて問わないでいただきたい。
頼んでいたDVDが届く。
「実録・家族療法:3人のセラピストによる家族面接ドキュメント」
心理教育の枠組みを、家族療法にひろげた後藤雅博先生、 精神分析的家族療法の狩野力八郎先生、 システムズアプローチの吉川悟先生。
3人の先生が、ロールプレイとはいえ、かなり綿密に計画をたててシナリオを準備して、本番さながらに練習したクライエント夫婦に面接するという設定。やる先生もすごいが演じる人らもかなりすごい(まあ、それは今回どうでもよい)。
DVDはそれぞれの治療者につき2枚ついていて、実践編と解説編にわかれる。 解説編では、実際のセッションの映像をみながらそのときのセラピストとクライエント双方の感想がはさまれるという形態。
いやー、これは面白い。ついつい見続けてしまった(現在水曜日の12:30)。
もっとも自分のスタイルに近いとおもったのは後藤先生、もっとも真似したいけれども真似できないなと思ったのは吉川先生であった。
ネタばらしで批難されることを覚悟で書いておくと、家族の関係調整をする必要があるとリファーされてきた家族に対して、家族の関係調整はしないとのっけから言い放ち、いややっぱり我々が変わった方がいいんじゃないかと言い張る家族を説き伏せるという形をとりながら、結果的に家族を変えている。これはとっても真似できない。
しかし、よく考えたら非常勤を前にしてこんなのみたらかなり自分が揺り動かされそうである。たぶん、それで後悔しそうなので、明日の非常勤までには忘れているようにしようっと。
2004年12月13日(月) |
人の話を聴くこと、が相手に伝わること |
昨日の疲れがのこっているのか眠い。午前中はコーヒー館でコーヒーのみつつ本でも読もうと思ったのだが、なんとなくひざをついてぼーっとしてしまった。午後から学生相談。
カウンセラーなのにこんなことをいうのはあれだが、人の話を聴くというのは難しい。うちの指導教官は「聞く」ではなく、「聴く」というのがこだわり。5感を総動員してきくのだという。
聴くのが難しいのは、相手の話が共感できないときだけではない。もちろん共感できないときは本当に聴くのがおっくうになってしまうけれども、同じくらい大事なのは、相手にも聴いてもらっていると思ってもらえること。
こちらばかりわかっても相手が情報をひきだされているとばかり思っているならば、そういうセッションは長続きしない。むしろ、こちらは適当に聴いてても、聴かれている側が話してにこにこ帰ってくれるならそれはそれで素晴らしいことだなと思う。
ある後輩カウンセラーは(僕なんかおよびもつかないような、たいした腕の持ち主なのだが)、「ああ、この人のことが理解できた」と思ったら、もれなくそのクライエントは中断にいたるという時期があった。
たぶん、それは理解してしまったということが相手にも伝わったのだと僕は思っているし、彼女もそう思うといっていた。理解するのはセラピストではなく、クライエントの方だ。でなければクライエントは自分の人生に対していつまでもセラピストの後を歩かねばならなくなる。あるいはセラピストにとっての病理の理解は、自分が安心するためのもので、クライエントのためのものではない。クライエントは安心できないのに、セラピストが勝手に安心してしまったら、クライエントはいたたまれなくなるだろう。
上記のような例から思い出したのは、来談者中心療法のロジャースだ。彼は晩年になって専門家はいらない、診断も心理テストも役にたたないというような不可思議な発言をくり返している。それはたぶん字義通りとってはいけなくて、上記のような理由なのだと思う。
2004年12月12日(日) |
話してよかったという体験 |
昨日にひきつづいて書けんの研究会。午前中は会議で午後からオーラルヒストリーの会。
能智先生のご発表は、普通、語ることが前提となっているライフヒストリーにおいて、語れないはずの失語症者たちの語りをどう聞くかということがテーマであった。で、結果としては写真をつかったり、それをもとにしてキーパーソンの語りを聞きとったりすることで、不在の中空としての失語症者の語りを析出しょうという試みというふうに理解した。
能智先生は、その立場には反対されているのだが、ライフストーリーにおいて語られることだけに注目し、沈黙を無駄なものと考える立場があるということには少々驚いた。
そもそも、沈黙というのは単なる音がないという状態ではない。沈黙とは音符でいうところの休符記号のようなもので、なにも演奏しないのではなく、そこには音がないということが即ち演奏になっている。
「あるべきところに、ない」ということでなければ沈黙にはならない。つまり、沈黙というのは、語り手が黙ることだけではなく、そこに「今度話すのはあなたの番ですよ」あるいは「あなたがしゃべってもいいんですよ」ということで語り手が再び語り始めるのをまっている聞き手がいる。このように考えれば、失語症者に沈黙を読み込むという作業は本当はけっこうしんどい。失語症者はしゃべらなくて当然なのだから。
それから、本人の語りがある場合にくらべて、本人の語りが明確にならないときには、聞き手がそこにいろいろなものを補ってしまいがちになる。どこまで本人の志向性を観察可能な指標から読みとれるのかということが大事だと思う。
石井先生のご発表は、沖縄で終戦直後、みよりを失った女性たちが60×90センチという狭いスペースに2やま分のたんものを広げて営業していたという市場で活躍していた女性たちへのききとりであった。
発表とは関係ないようだが、とても大事だと思うこととして、石井先生はとてもよい聞き手だということがある。懇親会でお話したときも「もっと話したくなる」気持ちを僕によびおこす。おそらく石井先生はそんなことを意識しておられないだろうし、別に僕にお世辞をおっしゃっているわけでもないのだろうが、なんとなく話して気分がいいし、話してよかったと思える方というのはいるものである。
沖縄のおばあ達がいきいきとしゃべっている理由がなんとなくわかった気がした。
そういえば石井先生は東北大学の大橋先生の門下生である。大橋先生はつねづね「聞き取りするなら、相手から何かおみやげでももらってこれるくらいでないといけない」とおっしゃる。要するに「話してよかった」と思える体験がないといけないということだろう。その教えが見事に実践されているということかしら。
その後もいろんな人に、いろいろ自分の話をきいてもらって、おかげで停滞していた自分の原稿も少しすすみそうな予感がする。
2004年12月11日(土) |
すっぽん、社会構成主義、ナラティブ |
書けんの研究会。懇親会のすっぽんは案外うまかった。しかし、いきなりふらーっと板前さんがすっぽんの首をひっつかんであらわれたかと思うと、まな板のうえに押さえつけて首を切り落とし、お酒を首のつけね(があったところ)にそそいでいったのにはびっくりした。なんとまあ、見せ場はまったくなんの前ぶれもなく、いきなりやってくるということか。
社会構成主義と、ナラティブ、フィールドワークについて考える。しばしばナラティブ的認識は社会構成主義的認識論だといわれる。フィールドワークもそう言われることが多い。例えば古賀先生のなんかそうだ。
しかし、両者は似て非なるのではないか。以前はあいまいに使っていたが、両者を互換可能なものとして扱ってはならないのではないかと思い始めている。
重要だと思うのは、社会構成主義というと、一般的な世界の認識の仕方について語っているようであり、単なる認識の問題のように思えてしまうのだが、後者は抽象的ではあれ、なんらかの活動・実践に根をおろしたものであるということだ。
ガーゲンの本を読んでいると、社会構成主義が決して相対主義ではないし、現実を「〜にすぎない」などと主張するものでは決してないということが力説されている。しかし、そうはいっても、社会構成主義の主張の強みは現実を相対化することだろうし、実践者に常に省察をせまることにあることには違いがないと思う。とすれば、それは、今あるものが違うということはいえても、そこから何か新しい実践をたちあげるということは直接的には結びつかないのではないだろうか。ガーゲンが単なる相対主義ではないということを力説するときに、もちだす例のひとつひとつはたしかに相対主義におわっている話ではないと思う。しかし、それは社会構成主義に触発されて考案されたその実践がうみだしたことであって、社会構成主義そのものがうみだしたことではない。
つまり社会構成主義的でありながら相対主義にならないのは、全てなんらかの実践にアンカーをもっているからなんだろう。実践をおこない、現実にコミットして、なんらかの現実をつくり−つくりなおそうとする活動があること自体は、この認識論にしたがう人々にとって自明の前提になっているのかもしれない。
ナラティブ的認識論、フィールドワーク的認識論というときも、社会構成主義と似ているようでありながら、「ナラティブにならないものも大切にしよう」といってみたり、「当事者のことを理解する」とか「<出来事>にであう」などと、ともすれば実体化されかねないことをうっかりいってしまうのは、それが単なる認識枠組み(それは<いまーここ>では直接観察できるとは限らない)であるということをこえて、何らかの観察可能な行為にアンカーをもっているということに起因するのだろう。
会議に、規範意識研究の打ち合わせ(まだやるのか・・・)にここから研。 ここから研は、所用で中座したので内容はフォローできず。 ごめんなさい。
しかし、所用が終わって大学に帰ってみると、今日はここから研、今年最後ということで忘年会をやるという。彦根駅前の八千代でうどんすき。 うどんすきだと聞かされていながら、「これってうどんと、雑炊と選べたりするんだろうか」とあほなことを考えている私。言わなくてよかった。
そして、明日からは書けんの合宿。宿題がまだできてないので居残り。 ぐすん。もう、自分の原稿もいいかげん書き進めたいのだが、なかなか気がおちつかない。うーん。といって、逃げてるだけのような気もしつつ。
明日は「すっぽん料理」で懇親会の予定。もう、研究会とかいっぱいあって何がなにかわからん。すっぽんとかどうでもいいから、早く終わってひとりになりたい気分。
2004年12月09日(木) |
人生について語る若人と、現実的なおっさん |
研究室で人生について語る若人たち。けんけんがくがく。
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ほんとうの自分ってなんなのだろう?。 世間的によくみせようと思う自分はほんとうの自分なのか?。 △△ってするのがよい生き方。 いや、 ○○ってするのがよい生き方だと思うよ。 いや、うーん、俺はそうは思わない。 いや、君のは間違ってる。だからうまくいかないんだよ。
けんけんがくがく・・・・。
ーーーーーーーーーー
それをはたで聞きながら「なんか、昔の自分はこうだったような・・・。」などと少し思いつつも、会議やら、授業の予定やら、ひからびるほど現実的なメールをしかめっつらでうちつづけるおっさん1人。こういう話にはおっさんは加わらんほうがよろし。
昔はずいぶんと悩んだような記憶もあるが、何だか知らないうちにそんなこと考えなくなったな。若い頃に自分のアイデンティティをかけて守りたかったようなことも別にどうでもいいじゃんと思うようになった。
こういうのを成長したというのだろうか。
藤子A先生の短編漫画に、「劇画おばQ」というのがある。 オバケのQ太郎が大人になった正ちゃんらと再会するエピソードを描いたものである。なかなかせつなおもしろい漫画である。若い人の話をききながら、それをふと思い出した。
最後にQちゃんが空にかえっていく時のセリフが印象的。
朝からどうも目と鼻の調子がよくない。 花粉症か、風邪か・・・。ぐずぐず。
昼からの非常勤でも鼻をぐずぐず。しかも、こんな日に限って予約がいっぱい。鼻声でしゃべってたら社員さんに「あどでー(あのねーの鼻声)」とおちょくられてしまう。うぅ。
過労うつになるまで働いたことないので、「うつ」になった人のことはわからない。けど、世間的にみて働き過ぎの人は、働くのが好きでしょうがないか、もしくは働かないであまったその時空間から沸き出してくる虚無感に耐えられないから強迫的にそれを埋めようとしているわけで、そのような人に働くなといっても、それは酷なことでごんす。僕は一日中オフだったらいいなーと思うけども。
2004年12月07日(火) |
自分の講義に教えられる自分 |
遅めに起き出して学校へ。 ゼミ+アフター(何?)。
ゼミは最初は言葉のことだったのだが、なぜか結局のところ対象関係論のことを話す。「2人いるから1人になれる。1人であるからこそ2人でいられる」というウィニコットの不可思議な言葉についてとうとうと語る。語ってからゼミ生に報告の続きをやってといったら「先生がさっきいったようなことがその後に書いてあるんです」とのこと。なんだ、そうか。悪いことしたな。
語りというのは不思議なもので、語っているうちに自分がわかっている以上のことを口が勝手に語ってしまうことがある。そして、外にでた音を聞いて、それで自分がびっくりするのだ。今日も、「そうか、そうだったんだ」と思うことがあった(ゼミ生には言わないけど)。
そういえば先日の江口先生の講演会でご一緒したK先生は、自分が授業で即興でつくった板書を自分でノートに記録するといってたな。
自分の講義に教えられる自分ってなんか不思議。三宅なほみ先生のミシンの話を実感する今日この頃。
2004年12月06日(月) |
あなたへの社会構成主義 |
ガーゲンの「あなたへの社会構成主義」ナカニシヤ出版を読んでいる。 このところ僕のまわりでは、相対主義、変化を求めてばかりと旗色の悪いガーゲンであるが、僕はそういう人のいうことも分かるけど、そう捨てたもんでもないんじゃないかと思う次第である。
で、この本は1999年にでた"An Invitation to Social Constructionism"の訳本ということで、ガーゲンの思考の最前線に近いところを知ることができると思う。
内容的には、社会構成主義が相対主義であるという批判に対するコメントが多かったと思う。ガーゲンは「現実が社会的に構築される」ということと、「現実は構築されたにすぎない」ということとは違うといっている。「〜すぎない」というのは僕らが読み込みすぎなのであって、社会構成主義は最初から、「社会的に構成される」ということのみをいっている。「に、すぎない」といってしまった瞬間に、「に、すぎない」ものではない何らかの真実を仮定してしまうのだ。
社会的に構成されているかもしれないが、だからといって、それぞれの人がやっていることはかけがえのないことであるには違いがない。単なる「ゲーム」にすぎないといえばそうかもしれないが、それは「真剣なゲーム」をやっていると思えばよいということなのだそうだ。
このように現実への積極的な関与とか、自らの立場への省察を含むのであれば、僕は社会構成主義についてまわる相対主義とか、なんでもありというような、いかにも無責任な人というイメージは妥当しないと思っている。ただ、社会構成主義者はときに欲がでて、「〜にすぎない」とうっかり言ってしまうことがあり、それが誤解を招いているのかもしれないなとは思う。
それから、現実への積極的な関与ということを述べ、ナラティブセラピーを例にとって現実を変革していくことを主張したとしても、社会構成主義は今ある社会的現実を相対化することが目的であって、そこから新たななにものかを作るということには関心がないのではないかと思うのだがどうであろうか。
本書にもでてくるが、マイケルホワイトは、ナラティブセラピーのなかで重要なのは、例えば「個人的失敗」という概念にあるように、さまざまなレベルで帰属できそうなシステム内の齟齬が、なぜか個人の人格的問題として語られてしまうということをとりあげて、それを相対化することだと言っている。
そして、その際に彼が注目するのは「ユニークな結果」だ。人生をみわたしてみれば、いつもいつも人は失敗しているわけでも、困難におしつぶされているわけでもない。ごくまれに例外的にもみえるような成功をおさめていることがある。つまり「ユニークな結果」をひきおこしている。ソリューションフォーカス的にいえば、こうした「すでにおこっている解決」に目を向けて、「それをひろげていく」作業をすることがナラティブセラピーの具体的な展開である。
こうした具体的な作業の指針として、社会構成主義は役にたつのであろうか?。もちろん、最初にそのような考えをしらなければそもそも相対化しようということにはならないだろうが、それ以上になにか役にたつようには思えないし、もっと別の論理にしたがっているような気がするのだが、さてどうなのであろうか。
ま、とにかく全部ちゃんと読めっちゅう話しやね。
2004年12月05日(日) |
熟達者、自プレーを語る |
昨日は立命館と関西学院が甲子園ボウル出場をかけてプレーオフを闘い、立命館大学が2年連続で甲子園ボウルに出場を決めたらしい。
アメリカンフットボールに興味ない人にはまったくどうでもいい話だが、立命館の選手は、その動物的なセンスと肉体の能力を評して「アニマル・リッツ」というニックネームがついている。
僕は卒業論文ではアメリカンフットボール選手がどれだけ熟達化にともなって状況判断能力を向上させるかに興味をもって、それをあつかっていた。
当時の指導教官が「そんなんするんやったら、オールジャパンくらいつれてこなあかんなー」と言った言葉をまにうけて、僕はつてをたよって当時のオールジャパン級のスター選手を被験者に集めてしまった(指導教官のほうがびっくりしていたようだ)。
で、そのなかに当時からアニマルリッツの代表格のようにいわれていた選手も含まれていた。彼らの内省報告はすごい。どうしてプレーを判断しているのかと聞くと、そもそもそういうことはしていないというのである。とりあえず、前をみてボールのあるところにいく、それだけである。
アメリカンフットボールをやっていなくても、かなりの高評価をえられる選手になれたであろうリッツの選手たちは、僕らが想像できる範囲をこえた次元でものをみているらしかった。
対照的に、当時、強豪校の仲間入りをはたした東京大学の選手に内省報告をもとめると「まず〜をキーマンとして、彼が○○すれば〜と、○すれば〜〜というふうに動く」というように、きめ細かく自分の判断の根拠を理路整然と語っていたのが印象に残っている。
僕らがなにかをできるようになる過程では、しばしば自分自身で自分自身をコントロールするための言葉を僕らは使う。「前で前で」とか「もっと歩幅をひろげて」といったような格言めいたものもあれば、システマチックな語りの場合もある。
いずれにせよ、類い希なる運動能力を武器にした立命館と、体力的なハンデを知力でカバーしようとした両チームは、自分のプレーについての語りも好対照なんだなーと感心したものであった。
まあ、当時は当時でおもしろかったのであるが、適当な実験するよりも、もっとこういう内省報告とよばれる話をきいておけばよかったと思う今日この頃である。
昨日は昼から友人の結婚式のために名古屋へ。 これで独身はわたしひとりとなった。
僕は、披露宴でサンタクロースになって、たくさんきてた子どもにプレゼントを配り歩いたのであった。以前に、別の友人の披露宴にまねかれた時は、みなには小さく切ったフランスパンがふるまわれる中、僕の皿にはバゲットが一本ゴロンとおいてあったことがあった。このように場を盛り上げるだしに使われることの多い僕。良いのか悪いのか。
会場の外でスタンバイし、会場の司会の女性の「あら〜、なにか聞こえますね〜。なんでしょうね〜」の声とともにドアがあいて入場というのはなかなかに緊張するもんだね。
ところでサンタクロースって、あの大きな白い袋のなかにたくさんのプレゼントをつめているという設定であるが、今日やってみて思ったのは、きちんと仕分けしていないと、いざその子のそばにいってもどれがどれかがよくわからなくて、ひととおりゴソゴソ探さないといけないということだ。
サンタクロースの整理整頓力おそるべし。
もう最終回だなどと日記に書いていたのをしってか知らずか、K先生から電話がかかってきて調査報告書の文面について相談会。朝から。全然、終わってへんじゃないか・・・。
数値を示して、批判的によめる余地を残すべきか、ほとんどの統計なんてあんまりわからない人へのわかりやすさをとるか。難しいところね。
僕としては、行政を代表してやった調査なんて概してうさんくさいものだと思っているから、学校教育、家庭教育への指針なんてメッセージ性が高いものはどうも信用できない。数値が示されていないとよけいにうさんくさく感じてしまう・・・・・・・って、そんなこと当事者がいってちゃダメか^^;。
先生、本研究の課題のところなんてどう書きましょうときかれたので、もっと詳細に質的な調査も必要とかってどうでしょうとかいってしまった(もちろん、もっとましなことも言いました)。まあ、そんなの無理だろうな。 前例ないですから。
3限は2年生のゼミの相談会。そうこうしているうちに学生が次から次からやってくる。
夕方。あるMLの投稿に脱力。いや、研究会っていうのは相互の利益のためにやるのであって、忙しいとか理由にならないでしょ。みんな忙しいなかやってんだからさ。自分のことばっかり考えてたら成り立たないよっ・・・・・ってまあ、こういうことは直接いえって話しやね。
本の原稿がようやく完成した。私の担当章の論題は、いつものように
「私」の発達の縦断研究、縦断研究における「私」の発達
というわけのわからないものになった。これを縦断研究といっていいものかどうか、若干の危惧をいだきつつ、まあ、縦断研究にうるさい編者がそうだというんだからそうなんだろうという、なんとも主体性のない話なのだがともかく書かせてもらいました。自分ではけっこうおもしろくなったと思いまふ。
細かいところはまだこれから変わるかもしれないけど、論題をみておもしろいなーーと思った方は、3月の発達心理学会のときにK書房からでる西●くん編の『構■構■的発達研究法の理論と実践―縦断研究法への体系化に向けて』を買いましょう(それじゃわからんて・・・)。あんまりおもしろくないなーと思われた方は、それはたぶん論題だけだからだと思うので、内容を読んでみることをおすすめします。
ま、とりあえず言えるのは、本全体のタイトルは長くて漢字が多くてカクカクしてて難しそうだけど、中身は意外とやわらかということです。
2004年12月01日(水) |
身体の取り扱い説明書 |
先日、授業をしていたら感想に「自分の身体とはながいことつきあってきたが取り扱い説明書が欲しいと思う」というようなことを書いてきた学生がいた。感情の起伏がはげしい自分をふりかえって、もっと落ち着きたいと思ってのことのようである。
同じようなせりふをこのまえテレビできいた。若い男女が世界中を車にのって旅しながら、恋をはぐくんでいくという番組でである。自分が本当は恋していたにもかかわらず、その恋を相手に伝えきれずに失恋し、そのことに呆然自失状態のヒデという男性が、「今日ほど、自分の身体の取り扱い説明書がほしいと思ったことはない」といったのだ。
学生はこのテレビをみてまねしたのかどうかしらないが、この身体の説明書という言い方はおもしろいなと思う
自分の身体がいうことをきかないようになってしまったような辛い体験の最中にあっては、その体験を乗り越えるというようなしんどい表現よりも、「取り扱い説明書をよむ」というような、知性的な答えを用意した方がなんとなくその人が直面する辛さをやわらげられるような気がしないでもない。その意味で、外在化の道具にもなるだろう。
しかし、取り扱い説明書ってねえ。ビデオでも、パソコンでも、とりあえず使ってみたらなんとかいける時はいけるし、わからないときは読んでも、よけいにわけがわからなくなる。
少なくともただ取り扱い説明書を熟読して、それから動かそうと思ってもなかなかうまくいかず、操作しながら説明書を読むとわかりやすいというのはあると思う。ということは、身体のほうもいろいろな体験をして、それから「これはこういうことなんだよ」と考えるということが大事だということかしらね。
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