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2004年11月30日(火) うつうつ

最近、なんだか妙に気ぜわしくて論文がすすまない。
おちついて仕事せなばならんと思いつつ・・・・。


某学会誌事務局からは、おびただしい数の記述ミスを指摘するメールが。
もう、ほんとうに自分の強迫性のなさにはへきえきするざます。

夜、早々と暖房がきれてしまった研究室をでて、喫茶店を転々としつつ論文の修正なぞ。今日はなんだかんだとお昼を食べる時間がなく、夜にいいかげん腹がへってご飯をたべる。すると、たべたらたべたで眠くなる。眠くなると、自分がいったい何の作業やってるのか急にわからなくなることが多くなる。いらいらいらいら。

いいかげん嫌になって12時前に帰宅。
しかし、もう11月も終わり。もうちょっとやらねば。


2004年11月29日(月) 専門委員会と、改訂新版

朝から滋賀県総合教育センターへ。
規範意識に関する調査についての委員会。

項目作成から分析結果の検討まで、これまで何度かひらかれてきた会合であるが、今回でいちおう最後。先生方が子どもの行動からなにを感じ、どのようなことを求めておられるのかがわかったという意味では、大変勉強になった。

報告書の作成(書くのは僕ではないが)が残っているので、まだまだ僕の仕事は終わらないのではあるが、とりあえず一段落。

専門委員会は昼に終わり、とってかえして1時に学校につき、3限、4限と学生相談。今日から1年生の実習の担当ではなくなったのでなんとなく気楽。

研究室に帰ってみると、大学院のころ指導教官にはじめて書かせてもらった辞典の改訂新版が発刊されるということで、原稿を改訂してほしいという依頼が来ていた。なつかしい文章。当時は、若気のいたりというか、なにか怨念がこもった文章だった気がする。。いろんなことに不満があったんだな。

これはこれで別に僕以外の人が読んでもどこがどうなのかわからないだろうけど、まあ、なおしたほうがいいね。



2004年11月28日(日) 質的研究の研究会

立命館大学で質的心理学研究の研究会。立命の臨床系大学院生の修士論文中間発表を題材に、質的研究についての理解をふかめようという主旨。

で、僕はコメンテーターとして、立命館で研究員をされている荒川さんとともに呼ばれたというわけだ。

四名の発表者の皆さんお疲れさまでした。

この会は去年からはじまったのだが、質的研究を学ぶにはとてもよい場だと思う。ひとつには、質的研究というのは手続き的な知識だから、実際に研究をみて、それにコメントするのを聞くというような過程をふまないとうまくならない。

それだけではなくて、量的研究と違って、質的研究はその結果の見方も質が違っているように思う。時間をかけて、じっくりと。研究者が記述せんとする現象を、会場全体で浮かび上がらせつつ、それを共有しつつ、議論していくというスタイルがあっているのではないだろうかと思う。

1111111111と10がそれぞれ同じものであるとするならば、こういうのって単に冗長ということになるのだろうけれども、1が10回繰り替えされるということ自体に、10とは違うなにかがあると思うわけである。

ともかく研究会の前後を通じて、僕はなんども手をかえ品をかえ、同じようなことをくり返してしゃべっていたような気がする。たぶんしゃべりながら自分に語っていたのであろう。これだけ研究のことについて人前でしゃべれたのは本当に久しぶりな気がする。だから、本当は一番勉強になったのはこの僕かもしれない。

ありがとうございました。



2004年11月27日(土) 語りと、推薦入試と、パワーポイント

江口先生の講演会。

野口英世の母親(しか)の手紙はなかなか感動的だった。ほとんど満足にひらがなも書けないのに、我が子の成功を喜び、心細いから早く帰ってきてほしいということを綴った手紙だ。

われわれは、ナラティブという観点からみれば、まったく上手でもなんでもないシカの手紙を、どうしてこんなに感動的に読むのだろうか。それは内容だけではないだろう。平板でうまく語られたものよりも、ごつごつとしておうとつや空白のあるナラティブのほうに迫力を感じるのかもしれない。

終了後、Mさんと、推薦入試の受験生はどうしてあんなに暗唱したみたいに語るのだろうと嘆く。上手に語られたものよりも、われわれはその人が生きた痕跡がきざまれているような言葉のほうが聞きたいのに、、、という話。これもまた今回の話と通じるかもしれない。

また、Mさんからは「パワーポイントは忘却をさそう。1枚前の内容を忘却させる装置なんだ」という名言もいただく。なるほど。

パワーポイントは自分の話を組み立てる時には便利な道具だが、かえってそれに縛られてしまう時がある。また、パワーポイントには自分の主張を視覚的にパッパと呈示していくには便利だが、例えば事例研究のように「味わう」というのか、長い時間をかけてじっくりと内容を共有しなければならない内容を呈示することは極端に不得手だと思う。パワーポイントの内容が無時間的なものだからしょうがないともいえるが・・・。

うまいプレゼンを考えていく必要がある。




2004年11月26日(金) 脱「忙しい」宣言

 質問紙実習もようやく発表会にこぎつけた。
みなさん、苦しみながらもかなりまとまった結果をだしている。
おつかれさまでした。ま、まだ個人レポートがあるけどね。

 「忙しい」というのは、目的があいまいなまま、無計画に動くからおこることであり、自分がふりまわされているということからくる徒労感の表現であるという気がする。で、計画をちゃんとたて、いろいろな事態を予測しておけば忙しいということにはならないのだ、ということを考える。

もっとも、予測をたてようにも、いろいろな用事が急にぽんぽん入るので仕方ないといえば仕方ないのであるが、、、。ま、やってみるべし。・・・・というわけで、今日からしばらく「忙しい」という言葉を使わないように努力してみようということになる。

なんかずっと前にもそんなことをいってた気がするな。あ、でも、あのときはほんとに暇だったんだけども・・・・・。

 


2004年11月25日(木) 幼稚園にて講演会

朝から車にのって多賀町の大滝幼稚園まで。
お母さんの勉強会の講師を頼まれたのであった。

別に僕が指名されたわけではなく、うちの専攻に依頼があって、なんとなく僕がひきうけただけ。幼稚園児のお母さんの講演会なんていうのは初めてでどのようなことをいったらうけるのかわからないから準備にはとまどった。

とはいえ、語れることも少ないということで、幼稚園の頃の子どもにとって家族というのは、癒しの場であるのと同時に、頑張るための足場をつくる場なんですよーみたいないい加減な話を1時間弱。

子育てといったって、お母さんの寄与率は実は少ない。もともと育てにくい子は、育てているうちにだんだんそれっぽいお母さんになっていくものだから、鶏とたまごみたいなものだ。でも、関心事なのである。

お母さん方は子どもの世話をしつつの参加で大変そうだったが、その後の質問コーナーではいちおう役員さん(つまり、質問がでないときの質問要員)以外のお母さんも質問してくれたし、まあまあよかったのではないか。

しかし、どのお母さんも子育ては大変そう(でも、楽しそうでもあるが)。僕が心理学的になんたらかんたら言っても結局しんどいのはかわらないわけであるから、「大変なんです」といわれたら「はあー、大変ねえ」といっているのが一番なのかという気もしつつ、まあ、そういうわけにもいかないね(ま、そういう役割をとるのもひとつだとは思うけれどもね)。

それから「お母さんは子育ての専門家で、僕はなにも知りません」なんていっても、「でも、お前はべらべらしゃべってんじゃねえか」ということだし、講師料をもらうのは僕だけだからリアリティもなにもない。せいぜい僕の話を聞いて、心理学者でもわからなくてあの程度なんだから、私らもけっこうやってるわよねというふうに自己評価を高めてもらえればいいのではないかと。『必殺死んだふり』である(またもや自虐ネタ)。


2004年11月24日(水) 2者関係←→3者関係

今日も朝から家探し。というか、昨日の物件を確認に。日照確認し、うん、これでいいよねということになる。

んで、とってかえして昼から非常勤。

なんだか仕事がいっぱい。


内界でおこっていることは豊かなのはよくわかるからそれはそれでいいのだrけれど、外的な枠組みにあわないことが我々の仕事にはたくさんある。その外的な枠組みにもっとも近いところで仕事をしていると、内界にばかり目をむけてもいられないという気にもなってくる。

しかし、先日、北山先生が講演でおっしゃったとおり、我々は2者関係に焦点をあてて仕事をしており、3者関係のなかで求められる枠組みに盲従するわけにはいかない。その一歩手前でふみとどまってみることが必要だ。

ただ、そのなかでは、しらずしらずのうちに当事者の視点が忘却されていき、これまたしらずしらずのうちに周囲の人が当事者になりかわって代弁しはじめる。その声はときにとても正しく、とても大きく響く。

だから、それに従うのがあたかも正しいことかのように思えてくる。誰も当事者の小さくゆっくりした声に耳をかす余裕がなくなってくる。しかし、そんな時こそ当事者の小さな声に耳をすませることが大事だと再確認した、そんな一日。





2004年11月23日(火) リジリアントなチキンライス

朝から新居探し。
いろいろある。物件がではなく、妥協すべき条件がであるが。
できるだけ住み心地の良いところと思っているのだけど、さて。
どっちにしても引っ越しって面倒くさい。家ごと持っていってくれるようなのがあればいいのに(そんなの、ないって)。

ーーーーーーーーー

テレビで歌番組をみていたら、槙原とダウンタウンの浜ちゃんがコンビをくんだ「チキンライス」というグループが歌っていた。作詞は松ちゃんらしい。

貧乏を笑いのネタにするというのは、関西の芸人ではけっこうある気がするが松ちゃんはそういうのもやりすぎるのはちょっとなあと思いつつ、この詞をかいているようだ。

松ちゃんがしゃべると哀れというよりネタにしかならないし、我々も聞いていてなにも罪悪感をもたずにゲラゲラ笑ったりできる。

しかし、聞きようによってはかなり可哀想な話ではある。同じような人生を、涙なしには語れず、周囲の人もそれをちゃかしたりできないような芸能人もたくさんいるだろうに、松ちゃんはそうではない。

リジリアンスという概念を思いだした。たしかフロイトは、死刑囚が、朝、監獄からだされて死刑台にいくというまさにその時に、その日の天気が良いことに上機嫌になるという場面を描きつつ、このように逆境にあってもその状況自体を笑い飛ばせるような力が人間には備わっているのだと述べていたのだった。

まあ、だから何が言いたいかというと、松ちゃんはリジリアントな人なんだなーーと思ったのであったということ。


2004年11月22日(月) 人に何かさせるための言葉

学生相談に実習。知り合いにインタビューしてもらい、それをまとめるという経験をしてもらう。インタビューするという経験はとても緊張するもので、僕はすっかり忘れていたが、あらためてそうだったかと思う。

学生のを聴いてみるとかなりギクシャクしていて、「ああ、そんなものかな」と思わされる。来年は、もう少し焦点をしぼったインタビューをさせないといけないかな。

ーーーーー
内田先生の本には、ラカンの言葉がたくさん引用されているが、そのなかで人が難しいことをいうときは、その言葉を単に伝達するのではなくて、その言葉を通じて人に何かをやらせたいからだというようなことが書かれてあってなるほどなと思う。

セラピーの言葉っていうのは全部そうなのかもしれないな。昔は、ロジャース派のような受け答えがよくて、認知行動療法みたいな冷静なのはちょっとなと思い、相手を怒らせるようなものはなんなんだこれはと思っていたけれども(そして学生に話してもだいたいロジャースみたいな人に話を聞いてほしいということが多いけれども)、そういうことはどうでもいいとは言わないけど、本質をとらえそこなっているのかもしれない。


2004年11月21日(日) 声の文化と、文字の文化

昼から推薦入試。ひとり10分弱とはいえ、20人以上も面接したらかなり疲れる。何度も反復学習したであろうセリフをよどみなく話しつづける受験生さんをみていると疲れも倍増である。

そもそも面接というのは、対面してお話するものであろう。こちらのあいづちとか顔色とか関係なく、「私はー」と弁論大会かのように話しはじめ、脈略なくつっかえて「えっと、なんだっけ」といい、こちらが話の切れ間かと思って<なるほど>というと「あ、まだあります」という。

しかし、「まだ、あります」ってすごいね。
あれはあれでいいのかねー、、、である。

声は人の印象をかなり重大に左右していると思うのだが、コントロールされた話し方からは彼らの素顔をみることはなかなか難しかった。ま、そんなこと必要無いという意見もあるかもしれないけど。

そうそう、声といえば夜になってとあるサイトをみていたら、有名な大山のぶよさんらが、アニメ『ドラえもん』を来春降番するというしらせ。なんとまあ。うーん。ちょっと反応できない。

いつかそんな日がくるとは思ったが、、、。原作者が亡くなっているのだから、もう、永遠におしまいにして欲しいような気もするな・・・。


2004年11月20日(土) タイヤ交換

遅めに起き、部屋の片づけやら洗濯やらしてから、愛車のマーチ君のタイヤ交換にイエローハットへ。スタッドレスタイヤに変えてもらう。

少し早いかと思ったが来週から土日にはなんか用事が入っているから今日いくしかない。でもいってみたら予約がいっぱいはいっててけっこう待ち時間があった。去年はタイヤも買ったからけっこうお金がいったが、今年はタイヤ交換だけなのでそうでもなかった。あと何年かはこのタイヤを使いたいところ。

タイヤ交換してもらってから大学へ。ちょっとだけ仕事。そして内田本読了。哲学は難しいのではない。現実が複雑すぎるのに、哲学は単純だからわからないのだという箇所に納得。

明日は推薦入試のお仕事だから靴を買って帰る。






2004年11月19日(金) 質問師(まま)

午前中は原稿なおしとか、授業準備とか。

午後から、質問紙実習。2年生は学祭とかさなってやはり作業がすすんでおらず・・・。来年度の大学のパンフの写真をとるのに、今日の発表風景でもとってもらうといいかと思ったのだが、急きょ来週まわしにする。

で、しょうがないのでみんなで学部情報室に移動してSPSSと格闘す。30人以上の人にいちどにパソコンで分析の仕方教えるのってとても大変。TAがほしいと思う今日この頃。そんな人も金もないか、、、。

ちゃんとした質問紙ならそれでもなんとかなるが、なんせ実習でつくったものだけに信頼性が低すぎるものもあり、、、。別に俺は統計のまわしものじゃねえぞと思いつつ、しっかり信頼性係数について説教してまわる。

3限おわってあわてて帰ってみると研究室の前にはすでに、総合教育センターのK先生がお待ちになっている。今日も相談がてらよられたのである。バタバタしていてろくにお話できなかったが御苦労されている様子。また原稿をみせてもらうことに。

なんか今日は暖房運転初日だからかどうも目が痛くなる。というわけで家に帰ったあとは寝てしまい、いまのそのそ起き出して日記をかく25;21。






2004年11月18日(木) 声と言葉と、お弁当

授業準備、ほんの原稿の修正、そして授業。
我が大学もようやく明日から暖房がはいるらしい。
どうせなら今日の5限からいれてほしいぞ。
学生がかわいそう。

お昼は、いつもこの日記をよんで、ひんそな食糧事情を哀れに思った方からさしいれ。ありがとうございました。おいしかったです。

内田樹せんせいの「他者と死者」「死と身体」を読む。どうやら後者の本は前者に書いてあるようなことを、先生がカルチャーセンターでしゃべったのをテープ起こししてできたものらしい。話題は思いっきりかぶっている。口語体か文語体かの違いか。読み比べてみるとどう違うのかわかるかな。

まだよく読めてないのだが、ラカンをひきながらの、先生の定義をされるところはなるほどなと思った(これは両方の本にでている)。自分の論文でも倫理うんたらかんたらといっている手前、レヴィナスはさけてはとおれない。

正直いってレヴィナスの原著はまだ読んだことがなく、熊野先生の本で得た知識しかない。内田先生の解説を読んで少し理解を深めたいところ。



というようなことを書きながらもうおなかがすいたので帰ることにする。


2004年11月17日(水) 寒い一日。

昼から非常勤へ。今日は、朝からとってもさっぶい。
社員の皆様は、会議に出る前にジャージを重ね着しはじめる。
むむ、すごい。

我が大学も最近、かなり寒い。はたして明日の授業は大丈夫か?。僕はしゃべってるうちになんとなくあったまるからいいけれども。

非常勤がおわってから大学へ。
たまってた書類とか片付け、来週の講演会の準備。
幼稚園のお母さん方に何を話せばよいか迷うような、1時間だからあっといってる間に終わるような、その狭間でどうも身が入らず。

というか寒い。思わず暖房機具を発注。

で、うちに帰り、内田樹先生の本が2冊届いたので読みすすめる。
2冊とも同じことが書いてあるっぽいがおもしろい。

読み終わったらまた読書日記アップします。










2004年11月16日(火) 卒論発表会

会議と、卒論発表会。

ひとりの持ち時間が短いからなんともいえないが、ゼミ生は人前で話すことでなにかつかんでくれたのではないか、と。竹下ゼミは全体的に完成度高し。さすが少人数教育。ま、言うても最終的にいいものができればそれでいいんだから、ね、頑張ってください。

しかし、やっぱり口頭発表というのは時間的制約もあって難しい。2月の卒論発表会はポスター発表にしよう。在籍時間1時間の2時間のセッションを2会場でやれば大丈夫ではないか?。ほんとは今回それをやればよかったのかもしれない。ポスターでは、何回も時間をかけて話ていくうちに、自分の言いたいことがわかってきたりするものだから。もっとも、今回はみなさんまだまだモノができていないからしんどかったかもしれないな。

それが終わって授業準備などしつつ、「は」心理学会の原稿を企画者様に送る。まあ、学会原稿なんて締め切りがあってないものだということは、これまでの経験からわかってはいるが、しかし、それが当たり前になってしまってもいかんと思う訳で・・・。

しかし、最近、さっぶい。明和先生のお部屋にいったら、暖かそうな温熱ヒーターが。いいな。しかし、なんで僕より後に赴任してるのに、僕の研究室よりモノがいっぱいになるんだろう。僕が買わないだけか?。

とにかく研究室にも暖房買わねば。



2004年11月15日(月) 時間って大事

あるMLで、この前の研究会でご一緒した阪本さんが発言された。その発言は割愛するが、とりあえずなにかとても大事なことをいっている気がしてとても考えさせられた。で、考えたこと。

最近、「質的研究」の発表で、時間をかけてひとつのものをじっくりと検討するというのは捨てたもんじゃないなと思いなおしている。大学院に入ってからというもの、毎週のようにケース報告をして、2時間、3時間をかけてひとつのケースについて議論するということを繰り返してきた。

そこでまず資料が読まれ、ついで議論が行われる。以前の僕には、この、資料が読まれるということの意味がそれほど重要でないと感じられた。たしかに「読み上げるその人の声音が違う」といわれればそうかもしれないが、それは一体自分のなかでどう位置づけてよいかわからなかった。これは僕だけに限らず、新人には共通することだとも思う。

しかし最近、とくにそれは大事だと思うようになってきた。ケース記録を単なる情報ととらえ、それを伝達するという目的に限定するのならば、資料はかいつまんで話したほうがいいし、分かりやすさを考えてできるだけキャッチーに書いた方がいいに決まっている。

だが、そうではないのだ。ケース会議でおこなわれていることは、その場でケースの意味をたちあげるということだ。自分がまとめた資料を、読み上げるという行為を通じて、時間的な冗長性をともなって<いまーここ>にケースの意味がたちあがるということ、このことが大事なのだ。

そこではケース発表者と、聞き手との単なる情報のやりとりがあるのではない。ケース発表者と、聞き手が、その場によみがえらせられたケース(なにか魔術的なイメージもあるが)をはさんで語りあうというところに意味があるのだ。

研究者が現場に役立てるというのも、おそらくこうした「ケースをたちあげること」を、現場の人とのあいだでつくりだせるかどうかということではないだろうか。それは現場について何か発見するということよりもずっと時間も労力もいることに違いない。質的研究に時間が必要なのは、発見するためではない。


2004年11月14日(日) 記憶喪失?

わけあって母の実家へ。親戚一同会するなか、出席できない母の代理で出席。小学生のころからまともに帰っていないので誰がだれかわからない。

・・・・わからない。・・・困った。

にもかかわらず、向こうはバッチリわかっている。
猛然とニコニコ近寄ってきては、確信をもって、どうしてわかるのかというくらいに私の名前を呼ぶ(え、どうして知ってるんですかと聞いてしまいそうになる)。

むむ、・・・まずい。

「○○(母の名前)の息子さん?」「○○さんによう似とるね」
「3歳くらいのとき、一緒にあそんだんよ」なんだ、かんだ、と、そんなこといわれても、そう言われればそうかもしれないが、そう言われなければそうでないような気もするようなことばっかり言われる。

うーん、記憶喪失の人はさながらこんな世界を体験しているのか。次々と自分を知っているという人に紹介され、自分にはまったく覚えのないことを複数人から指摘され、「ああ、どうやら数十年前の俺はそうだったらしい」となる。


2004年11月13日(土) メリットとデメリット

(仮定の話をかいておりますので、作者の実生活についていろいろ心配されなくても大丈夫です)

結婚になんのメリットがあるのかと聞かれても困ってしまう。もちろん結婚というのは自然ななりゆきではなく、ある種の制度であるから、誰しもが結婚する気にならなくったっていっこうに構わないとは思う。

しかし、そもそも結婚って何かメリットがあるからするものか?。というかメリットとかデメリットという発想そのものがなんか違うんじゃないか?。

メリットとかデメリットって、予見可能な未来があるからそのようにいうのだろう。こっちの未来とあっちの未来のどちらも実現可能っぽく、そのどちらかを天秤にかけた結果、ああ、こっちの未来にしとこと思うわけだと思う。そんな予見可能な未来がずっとあるとは思えない。はじめてのことばかりなのだから、お互いしっているつもりで知らないことばかりなのだ。結婚には不定な要素が多すぎる。今の生活が大事だったらデメリットしかないんじゃないだろうか。もっともそれは、どんなんことするのにしてもそうだけど。

百歩譲ってメリットがあるとして、それは当人同士にのみ了解されるようなもので、これがメリットですと言われても「はあ、そうか?」と思えるようなものかもしれない。お互いどこがよくてつきあってるのかわからないカップルにインタビューしても、お互いそれなりの答えはかえってくる。

メリットとデメリットを秤にかけた結果、イーブンだったらどうするのだろうか。どちらでもいいなら結婚しなくてもいいじゃんというなら、どちらでもいいなら結婚してもいいじゃんというのも納得してほしい。別に僕はメリットがあるから結婚するわけではない。結婚したいと思ったからするというそれだけのことである。

反対の立場の人は、結婚したくないとか、する気にならないとか、それだけ言えばいいではないか。メリットが・・・などと言わなくても。


2004年11月12日(金) すすまん、すすまんぞ

大学は学園祭まっさかり。ゼミ生は明日コンサートらしく、ゼミ室でリハーサルをはじめる。

あのー、最終学年で緊張するのはわかるけどさ。
頼むから静かにしてくれ。

朝からパソコンに向かうも1文字も書けず。ネットサーフィンしてしまう。
むむ。

そうこうしているうちに来年の学会のために原稿を書かねばならないことが判明して激しく動揺。この前の研究会にでたとき、急に企画の変更を告げられたのだった。

しかし、ラウンドの指定討論から、別のシンポの話題提供になっていいのか?。ちゃんと話はついてるんだろうな。でるのはいっこうに構わないけど、学会的にはいいのか(あんまり良くないだろうな)?。俺は知らんぞ。もう1件のラウンドとバッティングした時にはぶっちぎらせてもらうからよろしく(読んでないか)。


そうこうするうちに明日から急用がはいって出かけなければならなくなった。仕事がはいってない時でよかったのか・・・・。急用なんておこらない方がいいんだけど。






2004年11月11日(木) 未来日記

明日から学園祭。雨のなか、実行委員の学生さんはテントはりとか忙しそう。んで、今日は昼から全学休講なので授業もなし。

でも僕らは午後から卒論ゼミ。来週の卒論中間(という季節でもないが)にむけて指導。まあ、なかなか前途多難だけど、僕が困ってもしょうがないので学生さんに困ってもらおう。そして「僕、どうしたらいいんでしょうね」というような学生さんには『未来日記』をつけてもらおう。1週間後、自分はまあまあ頑張ったなと思える発表ができた。そこでは○○と、△△というようなデータ分析ができていた。・・・・と、できるだけ近未来の成功したイメージを具体的にかくのだぞ(要するに、タイムマシンクエスチョンである)。

今週はちょっと暇だから、僕も書かなければならない原稿をさきにすすめよう。


2004年11月10日(水) うざくていいじゃん

日曜日の研究会で、ある方が「現場にとって研究者の存在はうざいんじゃないでしょうか」といった発言を冗談まじりにおっしゃった。

それに対して僕は「うざくてもいいんじゃないかな」とつぶやいたのだが、それをちゃんと聞いておられたフロアの方から真意を聞かれた。

僕はこう思っていたのである。

現場の人が感じるネガティブな感情を一種の「抵抗」と考えれば、そのような抵抗がおきることは悪いことではない。

このことは例えば青年期の人々には大人の言葉が、将来的には「役にたった」「あの時いってもらってよかった」というものになるにも関わらず、しかしその当座はたまらなく侵入的でうざったいということを想起すれば了解される。

そもそも、現場にとってうざくない研究なんてあるんだろうか?。現場になんの抵抗もなく受け入れられたり、その通りですと言う事をきいてもらったりする人は、その現場がまったく主体性なく動いているのでないとしたら、面従腹背、うまいこと手玉にとられているだけとさえ思う。また、本当に喜ばれて受容されているとしたら、その研究者がさった後のその現場はどうなるのか。いつまでもそこにつきあい続けるつもりだろうか?。そんなことできないんだから、それはそれで心配である(まあ、そんなことはめったにない)。

つまり、言いたいことは、喜ばれるにしろ、うっとおしがられるにしろ、そこで何が起こっているのかを理解しないことには先にすすめないということだ。喜ばれることがよくて、うっとおしがられることが悪いなんていうのは、その現場を理解する努力を途中でほっぽりだしているのではないか、なんて思うわけである。

もっともこういうことを言うと研究者はごう慢だと言われるかもしれないし、安易に自分がフィールドからうける仕打ちを正当化する説明につかわれるのは悲劇である。あの研究会で山森さんが「責任をとる」とおっしゃったり、ある方が自己省察をともなわなければならないとおっしゃったのはまったくその通り。うっとおしがられるよりは、喜ばれるほうが気持ちいいのも言わずもがなである。上記の意見はそれを前提にしたものである。




2004年11月09日(火) 情報過多

朝から、またまた総合教育センターのK先生とお仕事。昼からは会議にゼミ。そして、その後、昨日のレポートを採点。

なんか学外でも学内でもいろいろこまごまとやらなければならないことが多くて頭が混乱している。

<欲しいもの>万能スケジューラ、どんなはんぱな書類でも即座に整理してくれる引き出し。


2004年11月08日(月) でてばっかりではいかん

今日も学生相談に実習。土日と東京いってたので準備もバタバタだったがなんとかまにあってよかった。来週は学祭で授業はお休み。学生にはインタビュー実習をしてもらうことにした。再来週が発表。どんなのができてくるのか楽しみ。

しかし、東京にいって5時間も研究会でたら、なんかえらい疲れた。昨日は今日の準備がずれこんで眠れなかったのでそれもある。今日は、朝から準備で忙しかったのに加えて、いままで姿をあらわさなかった卒論生がぷいと姿をあらわして指導に訪れる。普段なら「なんだ、意外とちゃんとやってるんだな」とちょっとは感心するところだが、今日はそんな余裕なし。おかげで(というわけではないが)昼飯を食べそびれる。

終わってからレポートに目をとおしたり雑用したりしていたらふいに電話がなり、研究会の講師の依頼がまいこむ。若手に断る権利なし。

しかしなんか出稼ぎばっかりしている気がする。本学が誇るある先生には「いつも遊んでばっかりね〜」とからかわれてしまった。もちろん、研究会にでていることは理解されてるのであるが、データをとり、論文を書くのが研究者の仕事。研究会でとびまわるのなんて遊びのうちということか・・・。まあ、発表するならまだしも、ただ研究会に出てやっている気になってしまうのも避けたいところではある。ちょっと最近、出過ぎてると自覚しているので痛いお言葉。

とびまわってばかりで研究しないといわれないように論文もかかねば。ねば。

しかしM先生は、我々の研究会の前に、校内研修会をひとつやってきたという。その前日には理論心理学会で発表をし、夜は私たちにつきあって飲み会に来てくださっているというのに・・・。まったく恐ろしいことだ。

若手が弱音をはいてる場合ではない。












                          


2004年11月07日(日) 存在論的問い?

第12回の次世代研。存在論的な質的研究は保育研究にどう役にたつのか?というようなテーマで、高崎短大の岡本さん、早稲田の清水くん、白梅短大の無藤先生が話題提供され、それに弘前大学の砂上さん、九州大の坂本くんが指定討論するという形式で計4時間。僕は司会。

岡本さんは保育場面における音楽性、清水くんは「遊び」について、それぞれの論を展開した。
両者に共通するのは、外在的な視点から現象を記述するのではなく、その現象に参与している当のメンバーの視点内在的にその現象を再記述してみようというものだったと思う。

外在的な視点にたつということは、例えば遊びとは何かを定義したうえで、その「遊び」が他のどのような要因と関連しているのか、それにどのようなバリエーションがあるのかといったことを問うありかたである。これに対して、存在論的問いというのは、ほかならぬ目の前でおこっているこれが「遊び」として私たちのまえに立ちあらわれるとしたら、それはいったいどのようにしてかということを問おうとする。

これは僕は非行少年の「問題」というラベルについて問うたのと同じタイプの問いであって大変了解可能なものである。ただ、しかしこれは現場にとっては、大変に重い問いである。おそらくこうした問いをもつことで導かれる答えというのは、現場の誰しもがおそらくは(表立っては)否定できないものでありながら、いざやりましょうとなるとなかなか実行できないものなのである。

無藤先生は「再投入」という言葉をつかって、このタイプの問いがどのように現場でいかされるのかということを論じられた。いわく、現場と研究者のコミュニティーが重なる部分がある。この重なる部分をいかにつくり、現場の実態をふまえながらいかに研究者の知見を共有していくのかということが問題になる。

この場をつくるというのもまた難しいものがある。私はスクールカウンセラーをやっているなかではこの手の問題に直面することは多い。もちろん、これまではたかだか大学院生のカウンセラーがやってきて何かをいっても聴いてもらえないということが大きかったのだが、それだけではなくて学校の先生が直面している多忙さという問題がある。いきおい「次の時間にどうすればいい」という短期的な問題に対する答えが求められてしまう。そういうときにこの学校に内在する根本的な問題に言及しても、それはうけいれられない。

火事のときにはまずその火事を消すことが大事で、出火原因について分析的にさぐっていくのはその火事がおさまって一息ついたときである。たとえ、出火原因についてあらかじめ知っており、前々から心配していた火事がおこったとしても、である。消防士にそれを語りかけて何になるだろうか。そんなこという暇あったらバケツのひとつももってこいといわれておしまいである。

こういう日常的話題にすれば、いつでもどこでも存在論的に問うことのナンセンスさ(そして危険さ)はすぐにわかりそうなものだが、不思議と研究者が研究するときはそういうことは忘却されるのかもしれない。ハノイの塔は、コーヒーカップになおすととたんに正答率があがるという研究がある。

現場には現場の時間があるし、役にたつとかたたないとかいうことも、単純ではなくて、まさに文脈のなかで役にたつということが意味をもたなければならない。存在論的に問うということは、先生にとってみればこれまで自分が教師としてやってきたことを崩されるような経験だ。教師は存在論的になんか問わない方がよい。午前中の休み時間に存在論的に問うてしまったために、昼からの授業では、授業することの意味がわからなくなったら大変なのである。いつでもどこでも誰にでもやれることではないのだ。山森さんがいみじくもいっていたが研究者は無責任に結果を返すからうっとおしがられるのである。先生が安心して教師であることを棚上げして問えるような場所を確保できるまで、研究者はつきあわなければならないのだと思う。

 討論の終盤では、慶応大学の鹿毛先生が、「役に立つのか、立たないのか」と問うことの不毛性について熱っぽくお話になった。僕は、このお話がすべてだと思った、がしかし、それで黙ってしまうということになれば、そもそもこの研究会はいったいなんだったのかという気がしないでもない。で、、、どうするのか。自戒をこめつつ、その先をもうちょっと頑張らねばならないなと思う会であった。



2004年11月06日(土) ひさびさのアメフット

明日の研究会のために前日からきた。夜には打ち合わせをかねた飲み会がある。今日はちょっとお休みをとってアメリカンフットボールの関東学生リーグをみにいった。全勝で今日勝てばプレーオフ確定の専修大学と、後がない中央大学の試合。試合はたがいに守備が強くてなかなか満足にドライブできずにパントの蹴り合いが続き、わずかに専修大学がフィールドゴールでえた3点をリードして終了。後半になると中央大学は専修大学のわずかな守備のほころびをみつけてタフなドライブを継続し、タッチダウン。結局、このタッチダウンが決勝点となって6−3で中央大学が勝った。

 関東学生リーグは身体能力は高いのであるが、システムとしてはまったく機能していないという印象がある。特に今日の試合はそんな思いを強くした。

 アメリカンフットボールは11人すべてがある作戦に基づいて合目的的にプレーするから、他人のプレーをみている余裕はない。だから、グラウンドレベルにいる選手は、なぜこの攻撃プレーがすすまないのか、なぜ一生懸命やってるはずなのに自分たちの守備はすすまれるのかということがわからずパニックに陥ることがある。

 そのこともあってアメリカンフットボールの試合では、スタンドの高いところからプレーを全体的に俯瞰して、どこに穴があり、どこが詰まっている原因なのかを診断して伝えるスポッターという役割の人がいる。日本のトップにあるチームはこのスポッターの働きがずばぬけており、前半にどれだけやられても後半になればきっちりと作戦をいれかえてアジャストしてくる。このような側面をもっていることがアメリカンフットボールを頭脳ゲームと呼ばせるのである。どうも専修大学のスポッターは何をやていたのであろうか。準備がたりなかったという感は否めない。

夜はシンポのメンバーで新宿で飲み会。すごい人手。彦根になれた僕には、もうお祭りにしかみえない。
あ、そういえば、なんていうんだろうあれ、乾燥したリンゴのお菓子。とてもおいしかったです(ここで書いてもしょうがないか)。
 


2004年11月05日(金) 案外、我々が異常だったりして?

夕方からここから研。
『自閉症児の社会的認知に関する発達認知神経科学的検討』という題で、東京大学大学院総合文化研究科の千住淳さんがお話された。

自閉症は発達障害のひとつであるが、彼(女)らに特徴的にみられるののは「心の理論」欠如説である。これは昔からいわれていることで、さして新しい話ではないのだが、千住さんはそのなかで相手の視線をどのように理解するのかということに着目してご研究されていた。

まずは、目が何をみているのかをどのようにわかるのか、という話。

目はとても大きな情報量をもっている。目のちょっとしたズレによって我々はいろいろなことを感知することができる。目はとても小さな刺激でありながら、しかし、目の少しの変化が我々にはとても大きな情報になる。

自閉症者も、視線がある方向に注意をむけることはする。しかし、健常者は
健常児は反対側に注意することが教示されても、思わず視線がある方向に目をむけてしまう。また、自閉症者はしばしば、目でなくても矢印でも同じ効果をもってしまう。

次にEye Contactの話。自閉症の特徴として目があわないというのはしばしば言われることであるが、そのことである。

自閉症児も、定型児も、いくつもある目のなかから、自分を見つめている目を探り当てることは同様にできてしまう。しかしながら、斜めむいた実際の顔で、自分をみている目をみつけさせるという課題では、顕著に差がでてしまう。

以上のようなことから、健常者と自閉症者では、目線の検出に差はないものの、その処理のメカニズムには大きく違いがあるのではないかということだった。

目線には、しかし、実験で提示できるような絵よりもはるかにリッチな情報がふくまれている。本当は目と目を見合っているときには、単に目の白黒だけをみているわけではない。この微妙なところをなんとか定量化したいのだができないと千住さん。

たしかに。西村ユミさんの「視線がからむ」ということや、川野先生の介護者のインタラクションの研究でも、結局、最終的に間主観性が生じるように思えるのは、目線がとても関係しているということはわかるのだが、それを記述するとなるととても難しい。西村ユミさんは、それを現象学的な記述ということでやってしまったのだが、僕は川野先生の言うようなもっと客観的な行動におとして記述したいという思いがある。それができれば、千住さんらの研究にも役立つことであろう。エレガントな実験条件というのは、そのまま質的研究でとりだせる心の構造のようなものだから。

懇親会では、小嶋秀樹先生のロボットと人間のインタラクションの話がおもしろかった。バックで人間があやつってコミュにカティブにしたロボットと人間を相互作用させたところ、小嶋先生らの当初の予想を180度うらぎって、ロボットと最後まで熱心にコミュニケーションし続けたのは自閉症者であったという話。

結局、自閉症者にとって人間は複雑すぎて怖いのだという話におちつく。イルカセラピーなんていうのも、案外そこらへんが効いているのか?。




2004年11月04日(木) 心配症

論文を発送し、だしましたとメールを送る。

その間、学生さんが相次いであらわれていろいろお話。まあ、就職やら、論文やらいろいろあるわね。まあ心配なのはわかるけど、心配する人はいいのよ。本当に心配なのは、本人が心配せずに、指導教員が心配する人だからね。

前にも書いたような気がするが、ひそかに「心配量保存の法則」なるものがあるのではないかと思っている。

例えば、卒論の締め切り直前とか、終電に間に合うかどうかというタイミングだとか、当人が焦らなければならないような場面で、「どうしよ〜♪」「まにあわんかな〜♪」なんてのんきにやっている人をみると、周囲は必要以上にあせってヤキモキするというような場合がそれにあたる。

もっとも、心配量の分配には非対称生があって、個人の要因が強いような気もする。などと、こむずかしいことを言うほどのことではない・・・。






2004年11月03日(水) 強迫性と、存在論

朝から洗濯とか、論文の修正とか。

ほんとに自分の強迫性のなさには嫌気がさす。

雑誌の編集者とか、校正を担当する人とか、おおよそ僕にはその才能のカケラもないと思われる。もっとも、あんまり固い人をみると「そんなにキチキチせんでええがな」と思ってしまったりするのであるが、僕はもうちょっとキチキチした方がいいような気もするようなしないような。

これも「うらやまし」なのか・・・。

週末の研究会にむけてみなさんの発表資料が送られてくる。
みなさん面白いので、実際にはやく聴いてみたいものだ。
ただ、唯一の懸念は、みんな哲学的な言葉が並んでいるので難しいところ。

「へ?、そんざ いろん、って何?」みたいな、全くわかりませんとか、いや、そのまえに、そんざ、いろんじゃなくてそんざい、ろんなんだけどみたいなそんな展開にならないことを祈るばかりである。

結局は、そんな難しい話ではないはずなので・・・。




2004年11月02日(火) 昔からあったんだか、なかったんだか

12月に企画している臨床心理士のワークショップのポスターをつくった。

以下は白黒バージョン。

できるだけ多くの方に来ていただいて質的研究のよさを感じてほしいところでもあり、そう簡単に質的研究が受容されるのも考えものでもあり。ナラティブも同じ。

臨床家にナラティブといえば、まずそれを探求することに反対する人はいない。そして、次にこのように言う。「そうよね、私たちが今までやってきたのはナラティブなのよ」。

これは半分違っていて、半分当たっている。

違っているというのは、上記のように言われる場合のナラティブとは単にクライエントの語りを指しているからである。そうではなくて、ナラティブとは従来のセラピスト、クライエントの関係を大きくかえてしまうような思想を内包したものであって、単なる技法の問題ではない。

関係がどう変わるかというと、クライエントがセラピストに効果のほどについてコメントしてもよくなったということだ。セラピストは昔は権威をバックにして解釈を告げればクライエントはなおったのであるが、現代のクライエントはそんなことではなおらない。だから、セラピストも説明責任を求められるわけである。

一方で、当たっているというのは、従来からのセラピーであれ、ナラティブであれ、セラピストは言葉をつかいながら、言葉そのものがその人に正しく伝わることを志向しているわけではない。言い換えれば、言葉を薬のように処方しているわけではない。そうではなくて、言葉を相手を動かす手段として使っているのである。だから、セラピストがある語りをクライエントにしたからといって、別にその内容がよかったからクライエントはなおるのではなく、その語りを媒介としておこった2人の人間関係の変化が、クライエントの外的な行動の変化に結びついているのである。このように言葉を扱いながら、身体にアプローチしている点でナラティブは従来のセラピーと同じだし、ナラティブがむしろ劣っている点とさえ言える。



2004年11月01日(月) 「うらやましいでしょう」と言うこと

学生相談に実習。

今日は、米原高校のみなさんが大学見学ということで、いらっしゃっていた。わが実習にも見学においでになった。しかし、180分かかる実習の5分程度をみても、「あれ、何やったん?」というものである。湖風祭でも見に来た方が本校の実態はわかるんじゃないだろうか?。

まあよい(あ、そういえば実習では、杉浦さんの「説得納得ゲーム」(もどき)やりました)。

さて、昨日の北山先生の話にはつづきがあって、
「最近は、大人のことをうらやましいと思えるような社会でなくなってきたのでは?」という質問に対して、北山先生はそうかもしれないといいながら、臨床現場において「先生っていいなあ。先生みたいになりたい」と言われるときの重要性について語っておられた。

患者でも、クライエントでも、治療が進展してくると、それまで自分の世界にひきこもっていたのが変わってきて「先生みたいになりたい」といい、臨床心理士なり精神科医をめざすようになるのだという。なるほど。たしかに、そういうフェイズがあるような気もする。

んで、そういわれたときに、例えばクライエントにそういわれたセラピストは、「この人が学会で横にすわってたらどうしょう」とリアルに想像してしまい、その言葉に対応しかねてしまうことが多いらしい。うん、たしかにそうだ。それはかなり怖い話だよね。

でも、北山先生によれば「そういう時こそが大事なのだ。外に目が向いてきたその時に、治療者なり指導者がその芽をどうあつかってあげるかが問題なのだ」とおっしゃる。「そういわれて、とたんに私の仕事なんてつまらないものだから。とか、つらいばかりでそんな生易しいものではない」などといってしまいがちになる。たしかにそれは正論である。

なのであるが、心配しなくても、例えば、ちょっと真剣に心理士をめざそうと思ったら、すぐにそんなに生易しい世界でも、華やかな世界でもないということに気づいて去っていくものである(笑)。だからまずは、「そうでしょう。うらやましいでしょう」とうまくうらやましがらせてあげることが大事だという。

なるほど。うーん、まずは、僕が学生が「なりたい」と思うような教官にならねばならぬね。そして、僕の方はというと、ああなりたいと思うだけで、実際のところ能力がついていかない人がたくさんいすぎて困るわけである。


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