マイポニー? - 2004年06月22日(火) 私は寝起きが大変悪い、 という話を前にも何回か書いたが、 先日、マイハニーにこう言われた。 「みゅう太ってさぁ、朝、 生まれたての子馬 みたいだよね。」 …!!? ははは。 確かにうつろな顔で一生懸命腕を立てて 何度も起き上がろうとするけど 力尽きてまた横になる、 って動作の繰り返しだもんな。 うまいこと言う。。。 ... 最近のコンサートから - 2004年06月21日(月) 最近、コンサートの話からご無沙汰していたが(そうでもないか) 先々週にはエマニュエル・クリヴィヌ指揮のN響定期、 先週には阪哲郎指揮の山形交響楽団東京公演に行って来た。 N響はクリヴィヌがますます素晴らしく ツェムリンスキーの「人魚姫」(最近この曲流行ってますね。) では明快・精密さとR.シュトラウス的豪華絢爛サウンドがとけあって 聴いていてなんだか裕福な気分になった。 クリヴィヌの指揮するラヴェルとかメンデルスゾーンの美しさはよく知っていたが、彼がツェムリンスキーのこうした世紀末的退廃サウンド(?)を こんなに見事に響かせるとは思わなかった。 山形響は去年も感心した話を書いたと思うが 今年は個々の技量はともかく 時々バラバラになりかけるので少々ハラハラした。 もっともこれは阪哲郎の指揮(この人の自然で少々強引な、でも知的で品格のある音楽作りは、サスガにヨーロッパ一流のオペラハウスで鍛えられていただけのことはある、と感心) とちょっとばかり相性が合わなかったのかもしれない。 第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に振り分けられ、 チェロ、コントラバスが左にいるという 通常と違う、いわゆる対向配置(最近実に多くなった。) に慣れていなかったかもしれない。 それでもこのオーケストラはとてもツヤのある音をもっていて ブラームスなんか実に良かった。 それと初めて聴いたが、ピアノの菊池洋子が弾いたモーツァルトのピアノ協奏曲第17番。 背が高く、笑顔が素敵で舞台に出てきた瞬間パッと花が咲いたような雰囲気。 お客も思わず笑みで迎えてしまう、そういった雰囲気を持った人で 音楽もまったくその外見通り。 とっても生き生きとアクティブで モーツァルトの音楽から自然に愉しさがいっぱいにこぼれる。 疑いようなく一級の手ごたえをもった音楽家だった。 で、その後、先週末に さいたま芸術劇場で聴いたナイダ・コールという美人ピアニストが さらにききものだった。 この人、チラシやCDジャケットを見ても 素晴らしく美しく、 主催者もレコード会社もどうやらビジュアル系として売って行こうという思惑が大いに見られるのだが(すみません、違うかもしれない・・) 前に雑誌でみた彼女のインタビューや、 演奏の批評(なんだかピンとこないものばかり) で何人かが異口同音に述べていたある要素が気になって それに経歴で誰でも目を引くのは 世紀のヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルの指名で 彼の率いるクレメラータ・バルティカのヨーロッパ・ツアー・ソリストを 務めた、という一文だ。 どうやらこの人は、ビジュアル系とはかなり違うところにいてかなり面白そうだ、 という気がしてならなかった。 私の単なるカンであるが。 カンはあたりましたよ。 非常に冴えた知性と技術をもった とても優秀なピアニストだった。 まず感心するのは 音が美しい、という以上に冴えていて どんなにたくさん音が込み入っているところでも 早いパッセージでも 音が濁るということがない。 隅々まで音が正確にコントロールされていて ピカピカの水槽の中を色鮮やかな熱帯魚たちが泳いでいるよう。 それも一匹一匹はっきり見える。 相当な耳と、技術がなければこうはならない。 最初のショパンのソナタ第2番が、彼女の気持ちとなんだがちぐはぐなところで弾いている印象をぬぐえなかったのだが その後のリスト「エステ荘の噴水」とムソルグスキー「展覧会の絵」は打って変わって焦点がピタリと合い、グッとレベルが上がった。。 こんなあたり、彼女の資質をはっきり教えてくれたし 「この人のラヴェルはどんなに良いだろう。聴いてみたいな。」などと思っていたら コールは今までラヴェルのCDをいくつか出していて これからもラヴェルのピアノ曲を全曲レコーディングしていきたいそうだ。 この話、別に私の直感がすぐれているだろう、 なんて自慢話がしたいワケでなく このコールというピアニストの冴えた個性の強さが 誰にでも気づかずにはおられない性格のものだ、ということが言いたかったのです。 しかしナイダ・コール、 こんなに美人なのに先ほどの菊池洋子さんのような華やかさがナゼカなく、 お辞儀をしていてもなんだか恥ずかしそうな作り笑顔そしている。 真面目な人なのか? (音楽にもそんな雰囲気がある。) こういう人はなかなか売れないんだよな〜 と思ってしまったのも事実。 (← 職業病) ... 天然のDNA - 2004年06月18日(金) 以前、何回か 私の親父の天然ボケについての話を書いたかと思うが、 彼のエピソード、まだまだ留まるところを知らない。 例えば最近では 「そろそろ衣がえりの季節だな〜。大変だな〜」 と言ったとか。 (かえってどうする) フォンド=ヴォーのことを言おうとして 「フォ、フォンド=デューがさぁ…」 (チーズ・フォンデューあたりとくっついたのだろうか?) てな感じで笑いが絶えない。 そんな親父を微笑ましくも 「大丈夫か!?オヤジ」 という風にちょっと笑いものにしていた。 が。 結婚して約2ヶ月。 実家から完全に離れた私の中で どうやら彼のDNAが封印を解かれた如く 活動を開始したらしい。 先日、弟から結婚祝いとしてホットプレートをもらったのだが その話をマイハニーとしようとして 「あのさ、あれ…あれ… あの弟からもらった 電子鉄板さぁ…」 …恥ずっ。。。 (しかし改めてこうして書くと言いえて妙かも。 中国語みたい…。) 隣には爆笑して眠れなくなったマイハニーがいた。 遺伝、恐るべし。 私にその血が流れていようとは夢にも思わなかったっす。 ... 「強制」に思う - 2004年06月15日(火) 昨日の新聞に “PTA会長が「君が代強制おかしい」と言った一言が非難される” という大きな記事が載っていた。 こういう問題というのは なかなか込み入ってて安易なことを言ってはいけないのだろうが、 さりとて、これを言い訳にして何も言わない、 というのはなんだか卑怯な気がしてすごく嫌だ。 …と言いつつ、私に「君が代・日の丸」問題を論じる力などないのだが そんなことは関係なく、ものすごく憤りを感じた。 だって、聞けばその会長さんは そのことに対して断固たる態度で朗々たるスピーチをしたワケではなく 日頃の疑問を問題提起のように言ってみただけでしょう? それを周りでよってたかって 「PTA会長がなんてこと言うんだ、反省しろ!」と区議から怒鳴られ 「私たちに何の相談もなく」と周りの役員にはオロオロされ あげくのはて、校長からは辞任を要求される、など 一体どういうことさ!!?? 自衛隊の問題より、もっとあからさまな思想的脅威を感じる。私には。 私は「君が代」問題にどうしても敏感になってしまうのだが それには理由があって 「君が代」は音楽として好きでない、魅力を感じない という単純な理由がひとつ。 もうひとつは、 私はかつて教員採用試験を受けて音楽の教師になろうとしたことがあった。 音大では教育学科だったし 先生になりたかったし それが自然な成り行きだった。 で、試験は通り、しばらく中学校で講師などをし、 いざ3月に東京のある区で正採用の面接があった。 その折のこと。 面接では色々なことが聞かれる。 それは比較的ニコヤカに進行したが 出し抜けに険しい顔で 「あなたは生徒に『君が代』を歌わせますね。」 と聞かれたのだ。 こうして言葉で書くと、大したことに見えないかもしれない。 しかし実際はかなり露骨な威圧感があった。 私は「普通にやることはやりますが、イヤだという子や親がいてもそれはそれで放っておきます。」と答えた瞬間、面接官の顔色が変わった。 「じゃ、あなたは歌わせないのですね。」 こんな問答を5分くらいしたと思うが 終始彼の口調は威圧的で 歌「わせ」る、歌「わせ」ないという、あきらかに「強制」が前提にある 言い方だった。 そのことがあって、 − それだけの理由ではないが − 私は今、このように教師はしていない。 音楽をやっている人間だから 人一倍こういうことに意識的になるのかもしれないが 断じて人の心に強制などできない。 ... 夢 - 2004年06月10日(木) 昨晩はナゼか深い眠りに落ちず 眠りの浅い中、夢うつつだったり 意識が戻っていったりの繰り返しだった。 そんな中であるひとつの夢を見た。 マイハニーの横でこんな夢を見るなんて! という話なのだが (ごめんよ。。。) 何年か前に別れたモトカノの夢だった。 正確にはフラレた、というべきか。 西暦2000年を迎えた途端に別れたので 私とマイハニーの間では「ミレニアム」と呼んでいる。 (なんじゃそりゃ。) あの時は本当に突然だった。 何も前触れもなく、 つい2日くらい前までラブラブ♪だったのに デートの途中あるカフェで急に口をきかなくなり 駅で振り向きもせずに去っていった。 それから電話を何度かけても切られ メールを出してもFAXをだしても1か月音沙汰ナシ。 しばらくしてFAXで 「もう終わりにしましょう。」の主旨の長い文面が流れてきた。 もうワケがわからなかった。 電話やメールをたくさんして 「とにかく一回話しをしようよ。そうじゃなきゃ終わるにも終われないよ!」 と必死だったが 何もナシ。 結局それっきりだった。 今もその女性が私の知っている職場で元気で働いていることは知っているが 話すことはもちろん、 見たことも会うこともなかった。 なんで別れることになったのか、 一生懸命色々なことを思い出して 「ああいうところが悪かったのだ。いやこういうことかも…」 と思い当たることはあったとしても 所詮、それは未だに闇の中。 しかし人間とはよくできたもので 養老さんの話じゃないが 人間は絶えず細胞が変わっていって 物理的にも精神的にも本当に人は変わる。(悪い意味でなく) 「時間が全てを解決する。」というのも本当だ。 今では知りたいとは全然思わなくなった。(興味くらいはあるケド) そして数年後、マイハニーに会った・・・ そんな新婚生活の中、だしぬけに夢の中にでてきたのだ。 考えてみれば、B型でペガサスの彼女らしいやり方だ。 その女性は私に言いたいことを言っていた。 「あなたも結婚したのね。私も結婚したのよ。(あくまで夢の中の話) もう私たちは関係ないわ。あなたはあんなとこが悪かったし、良くなかったけどいい人だったわよ。」 みたいなことを言われ、 でもその「あんなとこ」というのが夢の中でもさっぱりわからなかった。 でも目が覚めたとき、私は妙にスッキリしていた。 清清しかった。 長い間、もう忘れていたとはいえ 胸の奥底にあっただろうモヤモヤが一掃された気がする。 マイハニー、こんなことを日記で書いたらイヤかい? 一人でスッキリしたらダメかね? これで今の幸せがさらに確かなものになった気がするんだよ。 ... クール&ホット - 2004年06月09日(水) マイハニーは一見クールに見える女性である。 またシャイである。 時々ポソッと人を切るような事を言い 「おおっ」とビビったりもするが でも実は,情のそれはそれは篤い人間で 結構甘えんぼだったりもする。 以前、彼女を連れてポリーニのリサイタルを聴きに行き、 マイハニーがポリーニのピアノに ユニークな感想を語ったことを書いたかと思うが、 それとてそんなに感動して、という感じではなかった。 が。 先日、寝る前に 「ショパンの『雨だれ』が聴きたい。」と言うので 「おし。そうだ。せっかくならポリーニのCDをかけよう」と (『雨だれ』はショパンの『24の前奏曲』の15番めの曲だ) かけたところ、 「雨だれ、ってこんなんだっけ…」と結構冷めた一言をポツリ。 この人を興奮させるのは並大抵のことじゃないな、 などと思っていたら、今度は16番めの激しい曲が始まった。 左手がギャロップのリズムで跳ね回り、 右手が上から下から、凄まじい勢いで所せましと駆け抜ける音楽だ。 「ええっ!! なにこれ! これはスゴイ。スゴすぎる!!! このテンションといい、こんな急な流れの中での音の一粒一粒のバラケ方といい!!」 とマイハニーがいきなり身をのりだした。 異常な興奮ぶりだった。 それから朝まで眠れなかったらしい。 (私は横でグースカ) 翌日私が帰宅すると、 ベッドの上にはポリーニのCDが2〜3枚投げ出してある。 「なに、また聴いたの?」 「うん。スゴイよ! ポリーニ、天才すぎ。 ねえ、ポリーニって結婚してるの?」 そこまでかい! そんなにかい! マイハニー、どこへ行く? ... 冬の旅 - 2004年06月04日(金) 先週から暑くなったり寒くなったり 嵐になったりとややこしい天気だったが このところは安定している。 少々暑いけれど、湿度は低くてカラッとしているし 気持ちがいい。 仕事は忙しいが、家に帰ればマイハニーが美味しいごはんを作って 待っていてくれる。 え?今のうちだけ? そうかもしれない。(←おい) じゃ、なおのこと今のうち楽しまなきゃな。 ところで話はコロリと変わるが 先日、ナタリー・シュトゥッツマンという コントラルト(アルトより低い声域の歌手)が歌う シューベルトの連作歌曲「冬の旅」を聴きに行った。 「冬の旅」を聴く、という行為は正直かなりの辛さが伴う。 じゃ、なんでそんなの聴くのか? といえば、ただただ素晴らしいから。(←矛盾) これは失恋した若い男の魂の遍歴をたどった24曲の歌だ。 最初は嘆きでしかなかったものが 絶望、それも出口のない深い絶望へと至り、 死や墓場でさえも彼を平安にしてくれない。 救いのない、希望の見えない音楽。 聴いているうちにその深さに自分がどんどんはまっていくのがわかる。 そして見たくない、見てはいけない人間の根源的な「哀しみ」に包まれていく。 人間は所詮、平安を得られない存在なのか? シュトゥッツマンの深々とした柔らかく広がる、 人間くさいぬくもりをもった声が そういう絶望の中にあっても、優しく見守ってくれている何かを感じさせてくれるような、そんな体験をさせてくれた。 素晴らしかった。 けど素晴らしかったという言葉では、あまりにも足りなさ過ぎるのだ。 音楽には時々こういうことがおきる。 バッハの「マタイ受難曲」やマーラーの「第9交響曲」などを聴いたとき。 しかし、それにしても最近来日する名歌手は「冬の旅」ばかり歌う。 良いのか悪いのか。 去年からバリトンのマティアス・ゲルネ、 テノールのペーター・シュライヤー、ソプラノのクリスティーネ・シェーファー、 つい先日もテノールのイアン・ボストリッジがピアノの内田光子さんと。 みんな「冬の旅」。 それらを聴きに行けなかったのは残念だが そんなしょっちゅう辛い思いばかりはしたくない。 ... ピアノのおけいこ - 2004年06月02日(水) マイハニーが「ピアノを習いたい」と言い出し、 先日から私が試行錯誤しつつ、教えている。(たまにだけど) 私は自分自身では未だによく弾くし、 毎年音大時代の仲間と発表会を開くし、 死ぬまで現役でいるつもりなのだが 今まで「教えた」ことはなかった。 でも何年か前から「教える」ことに興味が芽生えてて 定年になったら、近所の子供達でも集めて ピアノでもよし、 歌でもよし、 たまにはみんなでCDを聴いて楽しんだり、 音楽塾…みたいなものをやってみたいな、なんて思っていた。 ホントは今からでもやりたいんだけど 残念ながら時間がなくて今はムリ。 で、マイハニーは いまのところ全然譜面も読めないし 鍵盤のどこが「ド」なのかもわからないし まったくの「白紙」状態。 対する私も教えることには「白紙」状態。 はてさて、と思いつつ まずは鍵盤のどれが「ドレミファソラシ」なのか どんな姿勢で、 腕の力は抜きつつ、どこのポイントに力を集中するか なんてあたりからスタート。 彼女は今、まだ親指から小指まで「ド〜レ〜ミ〜ファ〜ソ」と弾いているだけだが、毎昼に一生懸命それだけをさらっているようだ。 正直、感心感心。 まじで弾けるようになりたいようだ。 継続は力なり、だよ。 がんばれマイハニー。 しかしかくなる私も次はどんなことを、 どんなペースでステップアップさせていくか考えなければならぬ。 今のところだけでも 自分のピアノに対して「そっか…」と気づくことも多い。 私も勉強だ。 ...
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