sasakiの日記
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2002年12月27日(金) 2002年、最後の金曜日。みんなお疲れさまでした

 エム山さんから電話で、彼女のデモテープが欲しいと言うことだが、まだ早急には出せない旨を言う。焦っているのは向こうの事情でこっちは悪いが関係ないもんね。それにまだおおっぴらに人前に出す時期ではない。人の才能だし、みすみす人生の先を安易に決めるものでもないような気がする、というようなことを言うと角が立つので黙っていたが、こっちの気分はおおよそそういった感じで、この業界大体は雰囲気できまっていく。○○ちゃんもあの後どうなったのか?プロデューサーやデイレクターとの出会いも運不運みたいなものがかなりあるので、裏に当たるとツライ目に遭う。オッサンが若い子をいじりすぎる嫌いがある。
 時々言葉も教えられるのでは?と思うことがある。

 徳ちゃん、妙子昔話楽しかったね?
 たしかに昔話というのはおおよそ話すと後はネタ切れになるんだけどいくらでも話というのはつながるもんだ。それはね、多分僕がおばさん化しているせいだと思うんだ。この頃の僕ときたら埒もないことをくどくどと話すことが出来るようになってきたので結構嬉しいんだ。
 白幡は相変わらずアロハ着て店の名かぐるぐる回っていたし。それにしても最近必ずノースリーブねーちゃんと言うのを見かけるようになったなあ。人好きずきなんだけど、どういうもんなんだろう?高校生の女の子がどんな厳寒の中でも生足で気合いいれてんなあと感心してたら、お姉さん達もだ。僕は時々疲れてしまうのだ。気合い入ってる人を見ると。
 最後は逃げるように帰ってしまい本当に申し訳ない。酔っぱらって眠くなるともうどうにもこうにもいかない。ひたすら寝床のことしか考えられなくなってしまう。根性の問題なんだといわれると、そうそうなんだよなあ?と項垂れるしかなく
、つくづく自分の身勝手を思い知るんだけど、心を入れ替えようと言う気持ちは湧いてこない。この間の旭川だって、小樽だって途中もう眠くなって逃げ帰ってしまった。勿論済まないなあとは思ってるんだけど、気持ちの中では完全に開き直っている。普通の人はそこで戦ってるらしいんだけど、僕の場合は銃殺覚悟の逃亡。
 これからだってきっと変わらないんだろう。そんなこんなんで最近はあまり酔わないようにという思いでビールを飲むことにしている。そうすると今度は家に帰ってもう一度飲み返さなければならないので、手間がかかる。
 面倒くさいからもう酒もやめちゃおうか?と出来ないことを考えてる私。

 今日の歯医者はとても痛かった。時々気を失うんじゃないだろうかとまで思った。基本的に愛と言うことについてはあまり考えていないみたいだった。サービスには益々熱が入ってきているように思われる。そんなに一心不乱に奥歯を磨かなくてもと思うんだけど。そんなにバキュームを奥にいれないでくれーーーーー。
 ゲロゲロゲーーーーー。涙が止まらない。イスの脇を思い切り握りしめる。もう昔の新婚初夜妻状態。涙まで流しちゃってまったく、もう”!

 兎に角忙しい。オーディオまわりを整理していたら半日かかってしまった。水回りという言葉もあるのだからオーディオ回りというのもあながち間違いとは言わないだろう。訳の解らないMDが多くてイヤになる。テープ整理もなくなってヤレヤレと思っていたら。こんどはこれだ。こまめに整理しない限りはついて回ると言うことだ。
 それをそこそこにやって昨日からの続き、年賀状作り。絵は昨日出来たので、色塗り。これが結構大変。
 今年はひつじ年らしいが羊はあまり可愛いくないので、ながーく伸びをしている猫の絵。なかなかいいかも。
 
 きーちゃん、もしこれを読んでいたらお願いがあるんだけど。
 もう一度住所、ウチに流して貰えないかなあ?
 保存していたと思うのにどこかに行方不明になってしまった。
 ごめんなさい。

 僕はこれから何をするかというと、メール書き。
 一日中、通信士。やれやれ。

 さて、これからしばらく冬休みに入ります。日にちは決まっていませんが正月休みみたいな、冬休みのようであり、休暇のようであり。
 
 今年一年ありがとうございました。
 
 来年も皆様にとって良いことがある、素敵な一年になることを心より祈っております。
 

 ふあいと!

 一足先に・・・♪ほたーるのひかーりーーー  まどのゆーーきーー♪
 


2002年12月24日(火) 旭川、小樽打ち上がった。謝々。

 
 さぼる口実を考えていたらクリスマスのイヴも終わりそうになっていた。
 取りあえずクリスマス用のリースを玄関に飾り、一日経ったら今度は正月用の小物をそのリースに差し替えて正月の準備で私はホントいそがしいのよ。ある時期から玄関ドアにリースを飾るような男になってしまった。僕ははこのまま黙っていると果てしなく西洋人になっていってしまう。近々暖炉をこのマンションにしつらえ、ロッキングチェアーなどを揺らしながらパイプをくわえるハメになりそうだ。
 結構クリスマスは好きかも?
 
 今日は歯医者の日。たっぷり可愛がって貰い、少し行くことを辞めようかと弱気な気持ちが湧いてくる。あんなにほじると歯まで抜けてくるんじゃないだろうかと思われるくらい元気にやってくれる。サービスのつもりか?なかなかサービスは断れないのが実状。こっちの抵抗はせいぜい相手の手を時々押さえるくらいが関の山か?それだってかなり勇気がいるんだけど。
 やり残したから27日もくるように言われたけど、今日の様なサービスを考えると何か行かない口実を考えなけりゃいかんな。直してもらいにいってるのに、ズタボロにされているような気がそっとする。それにしても僕の所の歯医者は本当に世間話というのを一切しない。基本的には歯の話しかしないと決めているんじゃないかと言うくらい見事に無駄口を叩かない。最初は少し不満みたいなものがあったけど今になってみると、これはこれでなかなか素敵なことだ。変にお互いが馴れ馴れしくなる必要はないのだということがよく解る。僕の関心はそこでは歯だけだし、向こうだっておなじだ。多分サッカー場で会ったのは僕の気のせいだったんだろう。

 ああ!まずい、もう24日が終わってしまう。
 早く、昨日と一昨日のお礼を言っておかなけりゃ。
 みんな本当にどうもありがとうね。風邪がどう絡んでくるか、かなり不安ではあったんだけど、どうということはなかった。色んな人、慣れ親しんだ人、初めて合うひと、いい出会いでした。歌唄って、楽しく話して、とても良い時間をありがとうございました。また来年も、僕はそんなに大きくは変わらないとと思うけど、仲良く付き合ってください。

 もう少しで日にちが変わります。

 今日中に

 メリークリスマス 

 を言いたかったので。

 良い夜でありますように。


2002年12月20日(金) 寝てたわけじゃない

 つまりこういう訳なんだ。

 僕はとても焦っていた。
 あと何日かすると旭川、小樽が待っている。
 ヒェー喉が痛い、少し鼻が詰まっているような気もする。よく考えると咳も出そうだ。
 大変だ!たいへんだ!タイヘンダ!風邪ひいちまった。
 よりによってこんな時に。
 何となく肝臓も痛い。もしかすると飲み過ぎで肝臓も悪くなってるんじゃないだろうか?息も少し苦しい。心持ち背中も痛い。気胸の気もあるのでは?
 そういえば前に自然気胸をやったのもこの季節、12月。丸2年。
 次破れるとしたら右の肺ですからね?とか医者は言ってた。
 
 病院に行こう。
 
 「佐々木さん、この用紙持ってレントゲン室に行ってください。レントゲン室はその赤い線に沿って歩いていくと自動的つきます。撮り終わったら、また写真を持ってここに戻ってください。」
 言うとおりに赤い線を歩いていくとレントゲン室。
 病院の空気は特にこの季節とても良くない温度をしている。風邪の菌が充満しているように思われとても気持ちが悪い。
 「軽く脱いで、その機械を抱えるようにしてください。そうしたら息を大きく吸ってしばらく動かないでください。」
 この間破れたときのことを思い出してしまった。
 そういえばこの間ここで息をしたときは深呼吸が出来なかったなあ?と。
 ここで僕は気がついた。
 断じて肺は健康に膨らんでいると。
 楽々深呼吸が出来るし、いくら息を止めていてもどうっていうこはない。
 それでも久しぶりの病院なので記念に、それと確認のために一枚とって貰おうと思った。
 出来上がるまで待っていると、
 「佐々木さん、もう一度取り直します。何か変なものが写っているので。」
 ギョエッ!なんだ、なんだ。もっとシビアにとらなければならないくらいの状況なのか?突然、余裕が消えた。
 「背中に何か写っています。何か貼っててます?ああ、服はそのままで結構です。」
 しあっったーーーーーーーーーーーー。
 久しぶりに貼ったピィップーーーーーーー。ププププ。
 人はどこで恥をかくか解らないものだ。
 はじめから言えよな。おどかさないでさあ。

 「ええ、この写真を見る限りにおいて大丈夫ですね。今のところどうということはないので、また何かあったら来てください。」、そうなんだよなあ、何かないと来られない病気というのは結構厄介なのだ。
 まあ、何はともあれ、無事だということで風邪薬と睡眠剤をもらって帰宅。
 この風邪薬が良くなかった。
 安心して次の日からは早、風邪引き男に変身。そして冒頭の一節に戻る。

 今日。僕は全精力をつぎ込んで完治した。よくぞここまで。
 諸君!僕のことを根性の人、強い意志の人、窮地からの帰還男と呼んでくれ。
 
 僕はこれから鮭茶漬けを食う。
 もう少し栄養がつくものを、という声が聞こえるが。
 4回目の食事だ。
 もしかすると前から風邪なんかひいてなかったのかもしれない。
 よくわらん。

 電話の鳴る日だ。
 2件も日時を違っておぼえていた。危ないチョンボするところだった。
 
 うがいをやめて手を洗おう!3点。

 


2002年12月17日(火) や・や・や・

 風邪気味で根性注入中。
 
軽いうちに済ませようと鋭意奮闘しております。 
 お父ちゃん。お粥が出来たわよ。
 いつもいつもすまないなあ。父ちゃんからだ弱いばかりにお前達には迷惑かけっぱなしで。
 何いってんのよ。親子じゃない。
 
 いいかげんにして布団に戻ります。

 まさかや・がこん風になってしまうとは夢にも思っていなかった。

 昨日、また気胸をやってしまったと思って病院に行ったら、大丈夫ということで一安心。

 なにはともあれ、別の日に先送りします。


2002年12月14日(土) や・や

 や・や・とくれば次は×・×・とつながるのだが佐々木さんは早冬休みを画策しているみたいです。12月は楽しい季節です。
 クリスマス、年の瀬、そんなものはどうでもいいわけで、リセットボタンに指をのせているみたいで、なんだか毎日がとても晴れ晴れしている。
 おかげで小樽と旭川のライブそれと秘密の地下密室ライブなどまでもがとてもウキウキ気分だ。どんなもんだい。僕にはもう誰よりも早く正月が来ている。
 気がせわしないので毎年このあたりからもうとってもいい感じ。
 酒なんかなくったってオゥ!イェッ!!なのだ。
 
 それにしても今年は振り返りに年だったなあ。そろそろ首のねじれをとり、また前を向いて進まなければ引きずり男になってしまう。
 「ストリッパー」ようやく2番まで書き上がった。発作的なスタートなものので2番以降の展開がまだ見えず、もしかするととても困ったことに陥るのでは?と一抹の不安がある。岡野玲子の安倍晴明みたいに闇に取り込まれてしまうのか?
 それにしても岡野版陰陽師は完全に一般読者を置いてけぼり。不思議な漫画になってきた。

 札幌はどうやら1年で1部に上がろうと本気になって思っているみたいなんだけどさあ?その前にもう少し土台を叩いて堅くするべき何じゃないかと思うんだけど。安定したチームを作ってよね?お願い。

 百章のレコーディングも地味ながらスタートした。

 最近は爪が伸びるのが異常なくらい遅い。二月ほど前に切った足の爪が一向に成長しない。苦髪楽爪という言葉があり、最近はあんまり楽をしていないのだろうか?自覚があるほどのツライ目にあったという記憶もないので少し困っている。僕が困っているのはこの程度なものだから本来であればもっと伸びても良いのだが。これも年と関係あるのか?そうであればそれはそれで悲しいことではある。

 僕はこういった埒もないことを延々とこの日記に書いていていいのだろうか?
 ああ、そうだ、鼻毛も切らないと。眉毛もドンドン伸びるし。うーむ、矢張り年と関係があるような気がしてきた。
 それにしてもらちがない。
 なんだかだんだん明治の文豪の随筆みたいになってきた。


 ハード・トゥ・ファ印度の徹に昨日留守番電話を貰ったので今日の夕方かけたところ呼び出し音だけ。さて?仕事中か?早くしないと腐るよ。

 ぼくはいつから冬休みにするか今考え中。

 今テレビで厨房ですヨをやっている。
 堺正章は料理の腕を上げないように努力しているとしか思えない。一度この番組のレシピで牛丼を作ってみたらとんでもないものが出来たので、それ以来この番組は信用しないことにした。

 また埒もないことを書いてしまった。
 


2002年12月13日(金)

 本日休場。
 明日かも?


2002年12月09日(月) Tの青春

 
 人生を途中で 降りていったTへ
 届くだろうか  僕のレクイエム

 好きだった歌を あいつのところまで
 静かに悲しく  唄ってやれ

 あれや これや みんな  数えてゆけば
 生きてゆく意味なんか  見つけられずに
 時はぬくもりだけを  心に残す

  
 Tは夜中自分の家に帰り、親戚の家を律儀に回り、僕の家にも挨拶に来た。
 
 僕はこのころかなり痩せていて、そのせいかどうかは解らないけど人の守護霊がよく見えた。一度地下街でドラムのOが後に鎧武者を連れて歩いているのを見たときにはさすがに驚いた。そんなことがよくあった。
 20歳までに見ない人はその先にも見ないというのは本当だと思う。
 この唄は随分逡巡し、出来たのはずっと後のことだ。
 人が死んだことを直接的に唄って良いのだろうかという迷いみたいなものがあった。ただ若くしてこの舞台から忽然と姿を消すというのがロマンチックなもののように感じていたのも事実で、兎に角しばらく厄介な問題として僕の中に残っていた。
 
 


2002年12月06日(金) 地下鉄のハッピーマン

 「朗読者」は矢張り想像したような終わり方だった。この間の「スキッピング・クリスマス」みたいなことにならないで良かった。文学に向かってオフビートなどといった下世話な表現方法を使っちゃいけないんだけど、抑制が利くというのは気持ちがいい。
 逃避というのは、逃げ去ることではなく、到着することでもある。
 なるほどな。おぼえておこう。
 孤独というのは本当に悲しいことで、泣けた。劣情に羽交い締めにされ、途中で滂沱の涙オヤジに変身。タイプとしては恋愛小説。コードで言えばテンションがかったBのイレブン・サーティー。なのか?

 昨日、若者達に僕の好きなビル・ウィザース、ジェイ・ジェイ・ケール、ジェームス・テイラー、ケニー・ランキン等をたっぷり聞かせた。侘びさびの解らないボンズどもはものの見事にあられもなく気絶するように寝た。ふん。思った通りだ。このわたしに好きなレコードについて語れ、などと注文するからそういう目に遭うのじゃ。眠れ、眠れ世の中全て、寝さらせ。これからはハメルーンの笛吹男になって騒々しい音楽が好きな人種を皆、海の藻屑にしてやる。ケッケッケケケケケ。

 新しい眼鏡を使って今これを打っているのだが、確かにパソコンを打つときにはとても重宝する。ある程度の距離までは自由に焦点が変わる。近いところ見て少し離れたところを見る。かなりバッチリと合う。
 ところが本や新聞などを読むと、幾分状況が変わる。まあ、本は大抵右から左に進むのだが正面からずれるほど焦点が怪しくなる。焦点が合わなくなってきたら、改めて自分で焦点調整しなければならないような気がする。大体において本が菱形に見える。これってアリなんだろうか?
 想像するに、この眼鏡のガラスの中に色々な焦点に合うための走査線みたいなものが無数に走っていて、それを各脳味噌が柔軟に対応しているのでは?どうだろう?人間生理の手品みたいな眼鏡だ。わかりにくい説明のような気がする。焦点に、惑わされ、最早ノイローゼが現れたか?
 ウルトラマンと言うより横浜銀蝿がサラリーマンに更正したような眼鏡である。ベイビー!

 昨日、地下鉄でハッピーマンにあった。遠くからひたすら「ハッピー」「はっぴー」「HAPPY」「happy」だけを人に問いかけてくる。社内は一種の緊張状態に入る。勿論、聞かれた人が「thank you,i`m happy」と答えるわけはないわけで、一様にドキドキしている。僕だって当然のようにドキドキする。日常、何のイントロもなしにいきなりサビから選手権。幸せかどうかを問いかけられることってそう多くはない。それも全く見ず知らずの人に。それに少しコワイ。
 でもよく考えてみると、その男はひたすら幸せについてしか興味がないのだ。文学づいている今の僕が言うならば、もうあまりにも実存的な領域で哲学的でさえある。もうこうなったらドキドキしている場合ではなく、態度を明確にしなくてはいけない。
 聞かれたら答えようと構えていたら、当然のようにそういった人間は相手にされない。なにごともなく通過。
 「ハッピー」「はっぴー」・・誰かが困っている。
 でもそれは答えなければならない質問だから、そこが地下鉄の中だろうと、道端だろうと答える責任はある。これからの最重要課題でもあるのだ。

 喉が少し痛い。個人練習に入ってきているのでそのせいか、はたまた流行の風邪かまだわからない。そんなに声を無理して出しているわけでもないのに季節か?喉がやられる。
 HAPPY?


2002年12月03日(火) 尽きぬ想い


 貴方は 静かに 私のまわりを 漂う
 沈みがちの その横顔
 仄かな化粧疲れ 淡い影を落とす

 まるで まるで あふるる 熱い
 恋心に とまどうように

 装い 密やかに 私を震わせる 衣擦れ
 乱れ髪を 掻き上げ
 仄かな残り火を 窓の闇に映す

 まるで まるで 尽きせぬ 想い
 心の中に 塗り込むように


 この歌は作った動機がとてもはっきりしていた。
 基本はとても古くさい風景、とても古くさい詩。まるで障子に映る影のような歌詞。明治ほど古くはなく昭和ほど近代じゃない時代。情念とか未練とか哀惜とか執着とか、そんな中途半端な心が説明もなく日常を闊歩していた時代のようなものが書けたらと思って手をつけた曲。
 どうもバックボーンまでもが時代がかってしまった。よく読んでみると古い日本の典型的な男中心に物事が進んでいく傾向がこの中にはある様な気がしてしようがない。当時、身勝手な男と呼ばれていたことに関係があるか?
 差別的というのじゃないけど明らかに無意識の日本がある。
 ほんの少し前まではこれで十分やっていけたのに、いつの間にか男が壊れ、女が壊れてしまったところで暮らす社会になってしまった。
 僕は今大変なことに気がついた。
 家の前で年端もいかない女の子が氷に足を取られて、パンツ全開で転げ回るのを見るようになって僕のセクシャリティは忽然と姿を消してしまった。
 誤解を恐れずに言わせて貰えば、僕はやっぱり差別や区別は必要なんじゃないかと思う。いろいろなモノをぶっ壊して平等に、などというバカが世の中こんなにしちゃったんじゃないかと。偏見かもしれないけど男と女に引かれていた線を女が跨ぎ、男が越境し始めるようになってホワイトホール状態になってしまった。
 もうじき機微というものが暗号の様になるのかもしれない。
 
 果たして僕は何かに怒っているんだろうか?
 言い出せばキリがない愚痴がこの世の中にある。
 昭和すらも遙かかなたのイスカンダル。放射能除去装置、コスモクリーナーを取りに行かなければ地球は滅びてしまう。

 情念かあ?確かに今は流行んないね? 
 


sasaki