2004年11月18日(木) 仲間だということ
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て11ヶ月と3日目。
ワルツを踊る猫と旅を始めてちょうど半年目。
わたしたちは、芸術の街ナントカカントカという所についた。
街には、色んな場所から集まった人々が共存して暮らしていた。

いたるところに花が溢れ、手入れされた木が立ち並び
さまざまな生地を縫い合わせたキルトを売る店があるかと思うと
その隣には、油絵や水彩画を扱う画廊が建っている。
絵描きがそんな街の様子を描写して、
子供たちは楽しそうに輪になって、様々な楽器で音を奏でている。
何から何までさまざまな芸術が溢れた、とても静かでとても賑やかな街だった。

「素敵な街…。」

わたしは街を眺めながらそう言って、隣にいる猫に視線を向けた。
猫は、わたしと同様、いやそれ以上に街をうっとりと眺めながら
わたしにちらりとも視線を流さず、「そうね」と呟いた。

わたしたちは、軽く食事を済ませ適当に街を歩いた。
どこへ行っても、芸術の匂いが途切れない。
歩きながら、次は何があるのかとわくわくした。
と、突然ある建物の前に差し掛かったとき、猫がぴくりと反応した。
そのまま、猫は立ち止まってしまった。

「ん?何?どしたの?」
「あ…、ちょっと。行きたいところがあるの。」
「いいわよ、行きましょ?」
「ひとりで行きたいのよ。あんたもいろいろ見てまわりたいところあるでしょ?じゃあ夕方宿で。」

そうあわただしく言うと、猫はわたしは絶対通り抜けられないような
建物の隙間にするりともぐりこんでしまった。
わたしは、いつものことだと苦笑した。

それは突然だった。
日が暮れてから帰ってきた猫は、真剣な表情をしてわたしに言った。

「わたし、ここにいようと思うの。」
「え?この街に?いいわよ。じゃあもう少し長く滞在しようか。」
「違うわ。そうじゃなくて。この街で暮らそうと思うの。」

わたしは、その言葉に黙り込んで猫を見つめた。

「暮らす?」
「ええ、旅をやめて。ここで暮らすの。」
「な、なぜ?」
「この街には、ものすごく大きなダンスホールがあって…、そこでワルツを踊りたいの。ここならきっと、わたしの相手も見つかるわ。」
「で、でも…。」
「わたしが旅に出た目的覚えてる?ワルツを踊るためなの。」

そう言われて、わたしは口をつぐんだ。
猫の言うとおり。彼女の目的は旅をすることではなかった。
俯いたわたしの手に、自分の手をそっと重ねて、猫は柔らかい口調で言った。
見たことがないほどの、優しい微笑を浮かべて。

「世界はもう十分知ることが出来た。わたしはきっとワルツで世界を表現することができるわ。あんたと旅をしたおかげよ。」

こうして、この夜を最後にわたしたちは別々の道をゆくこととなった。
わたしたちは夜遅くまで、ルールを作ったあの夜のように
ベランダで静かに月を眺めていた。
今までの旅の話をして笑った。喧嘩を思い出して少しだけ言い争った。
小説家や、星を降らす少女の話をして、元気かなぁと呟いた。
そして、また静かに月を眺めた。

次の日の朝早く。
わたしたちは街の入り口へと向かった。

「じゃあ、ここで。」
「ええ、元気で。」

そう言って、わたしたちは向き合う。
猫の柔らかな微笑を見るだけで、わたしはどうしようもない気持ちになった。
困った。(猫に出会ってからのわたしの口癖だ。)
最初はいやいやだったのに。せいせいすると思っていたのに。
猫と別れることが、こんなにも悲しい。
見る見るうちに、わたしの目には涙が溜まってしまった。
猫はそれを見て、柔らかい笑みで苦笑する。

「寂しいわ。」

わたしが言う。
猫は再び苦笑した。

「当たり前でしょ。」
「うん。」
「わたしたちは、旅の仲間で、悪友で、喧嘩友達で、親友だったんだから。」
「そうね。」
「わたしも、寂しいわ。」

猫は一瞬だけ寂しそうな表情をすると、すぐさまにっこりと笑った。

「ありがとう。楽しかったわ。あんたのおかげよ。」
「わたしこそ、ありがとう。」
「あんたは大丈夫。これからも世界中のいたるところに埋まっている幸せを見つけることが出来る。」
「ええ、あなたも、素敵なワルツが踊れるわ。」
「別々の道を行っても、わたしはあんたのことを思ってるわ。それが仲間ってものよね。」
「ええ。」

わたしはにっこり笑った。
街をあとにしてからも、猫との日々を思い出して少しだけ涙が滲んだ。
たぶん次に訪れるとき、猫は自慢のパートナーと踊る
幸せの溢れたワルツをわたしに見せてくれるだろう。
そんな想像をして、やっぱり、少しだけ泣いた。

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響さんからのお題「仲間だということ」より。





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2004年11月05日(金) 鼻を落としたピエロ
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て10ヶ月と2日目。
わたしは道端で探し物をしているピエロに出会った。

「こんにちは。」
「あっ、こんにちはってそれどころじゃなくって、あの、あわわ。」

ピエロは回りきらない舌でそう言うと
再び慌てながら道端にしゃがみこんだり、周りを眺めたりして
何かを探し始めた。
見るからになんとも間抜けそうな人である。

「なにを探しているの?」

そう聞くと、ピエロはようやくこちらを向いた。
陽気な化粧を施した顔。
だが眉毛だけ八の字に下がっていてなんともいえない情けなさ。

「実は、鼻を落としてしまったんです。」
「鼻。」
「ええ。」
「ちゃんと低いのがついてるわよ、あんたの顔の真ん中に。」

猫がわたしの代わりに失礼な一言を言う。
ピエロはわたわたと慌てながら、首を振る。

「ち、違うんです。ピエロの鼻です。真ん丸くて赤いの。」
「ああ。赤く塗ればいいじゃない。」
「だ、だめなんです。僕、極度のあがり症で。鼻がなくちゃピエロなんて。」

そう言うとピエロはぺたりと地面にひざをついた。
わたしと猫は顔を見合わせて、首をかしげた。

「あがり症のくせにピエロを?」
「そ、そうです。人の、笑顔が好きで、だから、その、僕が笑わせてあげれたら、幸せだと、その。」
「ふむ。」
「いつもは完璧なピエロの仮面をかぶってるから、人前でも平気なんです。」
「ほお。」
「あの鼻がなくちゃ、鼻が…、鼻、鼻…。」

そういってピエロは顔を覆ってしまった。
わたしはため息をついて、ぽんぽんと彼の肩を叩いた。

「鼻なんかなくたってだいじょうぶよ。」
「むりですよぉー。」
「鼻なんかなくたってあなたは立派なピエロだわ。」
「そんなお世辞いったって…。」
「じゃあ、どうするの?あなたを待ってるわよ。」

広場にはいつの間にか子供たちが集まっていた。
みんな、明るくて陽気なピエロの登場を待っている。
ピエロはとたんに震えだし、頭を抱えた。

「ど、どうしようどうしようどうしよう。」
「落ち着いて。」
「無理、無理、無理、無理。鼻…鼻…。」
「だいじょうぶ、鼻はあるわ。」
「だからこの鼻じゃなくて…」
「平気よ、あなたの鼻は元々とてもユニークだわ。知っていた?」
「え、そ、そう?」
「そうよ。にせものの鼻より可笑しいわ。ピエロになるために生まれたようなものね。」
「…そうかな。」

わたしはにっこりと笑った。
途端にピエロは崩れるほどの笑顔をこちらに向けて
「よーしっ!」と驚くぐらいの大声で言うと、広場に歩き出した。
その陽気な歩き方に、子供たちは大喜びで笑っている。
ふぅと息を吐いたわたしを、猫がちらりと見た。

「なに?」
「今の、洗脳?」
「人聞き悪いわね、信じるものは救われるって言って。」
「ふうん、ところであんた、さっき赤くて丸いスポンジのようなモノ拾ってなかった?」
「あぁ、まぁ、うん。」
「それ、ピエロの鼻じゃないの。」
「そうかもね。」

わたしがちっとも悪びれずそう言うと
猫はにやりと笑った。

「詐欺師。」
「人聞き悪いわね。強引に背中を押しただけよ。感謝してほしいわね。」
「あんたってなかなかやるわね。」

そう言って猫はまるで悪代官のように笑った。

広場には陽気な動きを繰り返す、弱気なピエロに子供たちの笑い声。
吸い込まれそうな青い空。敷き詰められた色とりどりのレンガ。
そして悪代官のようにほくそえむ、猫とわたし。





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