9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。
旅に出て11ヶ月と3日目。 ワルツを踊る猫と旅を始めてちょうど半年目。 わたしたちは、芸術の街ナントカカントカという所についた。 街には、色んな場所から集まった人々が共存して暮らしていた。
いたるところに花が溢れ、手入れされた木が立ち並び さまざまな生地を縫い合わせたキルトを売る店があるかと思うと その隣には、油絵や水彩画を扱う画廊が建っている。 絵描きがそんな街の様子を描写して、 子供たちは楽しそうに輪になって、様々な楽器で音を奏でている。 何から何までさまざまな芸術が溢れた、とても静かでとても賑やかな街だった。
「素敵な街…。」
わたしは街を眺めながらそう言って、隣にいる猫に視線を向けた。 猫は、わたしと同様、いやそれ以上に街をうっとりと眺めながら わたしにちらりとも視線を流さず、「そうね」と呟いた。
わたしたちは、軽く食事を済ませ適当に街を歩いた。 どこへ行っても、芸術の匂いが途切れない。 歩きながら、次は何があるのかとわくわくした。 と、突然ある建物の前に差し掛かったとき、猫がぴくりと反応した。 そのまま、猫は立ち止まってしまった。
「ん?何?どしたの?」 「あ…、ちょっと。行きたいところがあるの。」 「いいわよ、行きましょ?」 「ひとりで行きたいのよ。あんたもいろいろ見てまわりたいところあるでしょ?じゃあ夕方宿で。」
そうあわただしく言うと、猫はわたしは絶対通り抜けられないような 建物の隙間にするりともぐりこんでしまった。 わたしは、いつものことだと苦笑した。
それは突然だった。 日が暮れてから帰ってきた猫は、真剣な表情をしてわたしに言った。
「わたし、ここにいようと思うの。」 「え?この街に?いいわよ。じゃあもう少し長く滞在しようか。」 「違うわ。そうじゃなくて。この街で暮らそうと思うの。」
わたしは、その言葉に黙り込んで猫を見つめた。
「暮らす?」 「ええ、旅をやめて。ここで暮らすの。」 「な、なぜ?」 「この街には、ものすごく大きなダンスホールがあって…、そこでワルツを踊りたいの。ここならきっと、わたしの相手も見つかるわ。」 「で、でも…。」 「わたしが旅に出た目的覚えてる?ワルツを踊るためなの。」
そう言われて、わたしは口をつぐんだ。 猫の言うとおり。彼女の目的は旅をすることではなかった。 俯いたわたしの手に、自分の手をそっと重ねて、猫は柔らかい口調で言った。 見たことがないほどの、優しい微笑を浮かべて。
「世界はもう十分知ることが出来た。わたしはきっとワルツで世界を表現することができるわ。あんたと旅をしたおかげよ。」
こうして、この夜を最後にわたしたちは別々の道をゆくこととなった。 わたしたちは夜遅くまで、ルールを作ったあの夜のように ベランダで静かに月を眺めていた。 今までの旅の話をして笑った。喧嘩を思い出して少しだけ言い争った。 小説家や、星を降らす少女の話をして、元気かなぁと呟いた。 そして、また静かに月を眺めた。
次の日の朝早く。 わたしたちは街の入り口へと向かった。
「じゃあ、ここで。」 「ええ、元気で。」
そう言って、わたしたちは向き合う。 猫の柔らかな微笑を見るだけで、わたしはどうしようもない気持ちになった。 困った。(猫に出会ってからのわたしの口癖だ。) 最初はいやいやだったのに。せいせいすると思っていたのに。 猫と別れることが、こんなにも悲しい。 見る見るうちに、わたしの目には涙が溜まってしまった。 猫はそれを見て、柔らかい笑みで苦笑する。
「寂しいわ。」
わたしが言う。 猫は再び苦笑した。
「当たり前でしょ。」 「うん。」 「わたしたちは、旅の仲間で、悪友で、喧嘩友達で、親友だったんだから。」 「そうね。」 「わたしも、寂しいわ。」
猫は一瞬だけ寂しそうな表情をすると、すぐさまにっこりと笑った。
「ありがとう。楽しかったわ。あんたのおかげよ。」 「わたしこそ、ありがとう。」 「あんたは大丈夫。これからも世界中のいたるところに埋まっている幸せを見つけることが出来る。」 「ええ、あなたも、素敵なワルツが踊れるわ。」 「別々の道を行っても、わたしはあんたのことを思ってるわ。それが仲間ってものよね。」 「ええ。」
わたしはにっこり笑った。 街をあとにしてからも、猫との日々を思い出して少しだけ涙が滲んだ。 たぶん次に訪れるとき、猫は自慢のパートナーと踊る 幸せの溢れたワルツをわたしに見せてくれるだろう。 そんな想像をして、やっぱり、少しだけ泣いた。
---- 響さんからのお題「仲間だということ」より。
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