9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。
旅に出て11ヶ月と10日目。 わたしは森の入り口で、途方にくれていた。
猫と別れてから、わたしは一本道をただひたすら歩いてきた。 一本道でよかった。 今のわたしには、どこへ進むべきか分からなかった。 そして、この森にたどり着いたのだけれど 困ったことに、入り口から道が3本に別れていたのだ。
どこへ進むべきだろう。 わたしは、大きなため息をつき とりあえずまっすぐ道を進んだ。
森の中はどんよりと暗く、ざわざわと木が騒ぐたびにわたしは恐ろしくなって周りを見渡した。 見慣れない植物に、奇妙な鳥の鳴き声。 空を覆いつくすかのような高い木々に、唸るような風の音。
あぁ、もともとはひとりで旅をしていたはずなのに。 今はひとりがものすごく寂しく感じる。 わたしは、立ち止まりうつむいた。そしてぼそりと口に出す。
「…猫のせいよ。」 「おや、道にお迷いですか?」
こっそりと言ったひとりごとに、返事があり わたしは驚いて顔を上げた。 そこには、黒いスーツを着てシルクハットをかぶった森には不似合いな男の人がいた。
「あなたは、誰?」 「失礼、自己紹介がまだでしたね。わたしはこの森の案内人。」 「案内人?」 「ええ、ここは迷いやすい場所ですからね。案内人が必要なのですよ。」 「じゃあ道を教えてくれない?一番早く森を抜けられる道を。」 「お安い御用ですよ。」
彼はそう言って、にこりと笑い どこから取り出したのか、黒いステッキをくるくると回し 道をステッキで指した。
「ここを右にまがり、少し進むと天まで届きそうな大木があります、そこをさらに右に曲がって、大岩を過ぎたあたりにある道をさらに右、しばらくそのまま進んで、大きな蜘蛛の巣の…、…を右に曲がって出口でございます。」
長い長い説明を終えた男の人は、ステッキをくるくるとまわしてにこりと笑った。 わたしはぽかんと口を開けたまま、小さくお辞儀をした。
「ど、どうも…。」 「道を間違えないよう、お気をつけて。」 「ええ、ありがとう。」
とりあえず、わたしは彼の言ったとおり道を進んだ。 すぐ先の道を曲がると、本当に空に届きそうなほど高い大木があった。 その先っぽは雲を突き破って、見えない。 わたしは驚きながらも先へと進む。 大岩は、まるでダイヤモンドの原石かのように光り輝いていて 蜘蛛の巣は、森全体を包んでいるかのように大きく通るのにとても苦労した。
その先には、小さな小さな滝があり 滝の裏側で子ねずみが昼寝をしていたり もう死んでしまった古い大木は、見るだけで不思議と心があたたかくなり 不思議な色をした蝶が、金粉を散らしながらひらひらと飛んでいたり。
「不思議な森…。」
わたしは、歩いていくうちに次に出会うのはなんだろうとわくわくした。 そしてふと思い出した。旅の目的を。 そのとき、わたしは森の出口にたどり着いた。 そこには、森の案内人の彼がステッキを持って立っていた。
「お帰りなさいませ。」 「え?先回りしたの?」
彼はにこりと微笑む。
「いえ、ここは森の入り口。あなたはぐるりと森を一周してここに戻ってきたのです。」 「え?え?どういうこと?」 「ここはまやかしの森。ここに出口はないのです。道に迷った人が偶然たどり着く現実ではない不思議な場所。わたしは、元の世界に戻すための案内人なのです。」
わたしは驚いて目を丸くした。 たしかに、猫と道を別にしてわたしはどこへ行くべきかどうすればいいのか悩んでいた。 それがまさかこんなところに行き着くなんて。 わたしは苦笑する。
「騙して申し訳ありませんでした。」 「いいえ、おかげで分かったわ。わたしは、幸せに出会うために旅をしているんだということ。」
男の人は優しく微笑し、わたしに落ち葉を差し出した。 受け取ると、落ち葉には「森のレストラン」と書かれていた。
「…?これは?」 「差し上げます。森のレストランへの招待状。この森を出た先にございますので、よろしかったらどうぞ。」 「ふふ、ありがとう。」 「さぁ、足元にお気をつけて。道に迷いませんよう。」
その言葉ににこりと微笑んで、わたしは森をあとにした。 森を出てすぐに振り返ると、もうそこにあの不思議な森はなかった。 わたしはもう迷っていない。 別れもあれば、出会いもある。それを探すための旅なのだから。
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