2004年09月28日(火) 行き先の分からないバス
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て3日目。
わたしはとりあえず東に向かっていた。
歩いていると、偶然バス停にレンガ色をした、少し古びたバスが止まったので
わたしはいそいそと乗り込んだ。(レンガ色のバスなんて初めてだった)
礼儀正しいバスの運転手はわざわざ立ち上がると、帽子をとりお辞儀をした。

「ようこそ。」
「あ、どうも。」

わたしは軽くお辞儀をすると、一番前の席へと腰掛ける。
お客はわたしひとりだけだった。
いまだに立ち上がったまま、にこにことしている運転手にわたしは問いかける。

「このバスはどこへ向かうのですか?」

わたしが聞くと、運転手はまゆげを八の字にして
困ったように、笑った。

「分からないんです。」
「は?」
「このバスの行き先は分かりません。バスの行きたい方向へ行くんです。」
「はぁ。」

わたしがそういうと同時に、ドアがぷしゅーっと音を立てながら閉まり
バスは突然走り始めた。運転手が座ってもいないのに。

「あぁ、せっかちなやつだ。」

と運転手は苦笑いを浮かべて、運転席へと座った。
わたしはあんぐりと口を開けて、運転手を凝視してしまった。

「本当にバスが勝手に動くんですね。」
「えぇ、そうなんですよ。気まぐれでね、たまにバス停も通り過ぎる、困ったやつでして。」
「はぁ。」

がたん、がたんと音を立てながら、
でこぼこした道をバスは走り続けた。
外には青い空と白い雲、道沿いには小さな花々。緑色の草原。
走り慣れているように、バスは進んでいく。なにも踏み潰さず。

きっとバスは、この道を気に入っているのね。
何度も、きっと何度も走ってるんだわ。
わたしはそっとバスを撫でた。
くすぐったそうに、カタカタと窓が鳴った。わたしは微笑む。

「気に入ってもらえたみたいですね。」
「ええ。」
「よかった。バスも喜んでいます。」

運転手はにっこりと歯を見せながら笑った。
そしてわたしはつい、余計な一言を。

「ところであなたは何を?」
「こりゃ参った、鋭い質問ですね。」
「思ったことはすぐ口にする性格で。」
「わたしは、このバスの話し相手を。」

なるほど。
妙に納得して、わたしは再び外の世界を眺める。
鼻歌を歌うようにバスのクラクションが高々と鳴る。
運転手は困ったように、それでも嬉しそうに、笑っていた。

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匿名さんからのお題「行き先の分からないバス」より





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2004年09月27日(月) いってきます。
 

思い立ったら吉日。
昔の人は、本当にすばらしい言葉を世に残したものだとわたしは思う。
カメラと食料と日記帳とボールペンと色鉛筆と。
なんだかいろいろと詰め込んだリュックを
玄関にどさりと置いて、靴を履く。

振り向くと、そこにはさっきまで台所にいたはずの母が立っていた。

「あぁ、びっくりした。やだなぁ。背後霊みたいに。」
「また行くのね。」
「うん、帰りはきっと遅くなるわ。」

引き止めるかと思っていた母は、うっすらと微笑を浮かべていた。
きっと分かっていたのだろう。
わたしがまた、幸せを探しに旅立つこと。
今度はもっと、もっと遠くを目指していること。

「分かっているわよ。自分の娘のことだもの。」
「うん、ありがとう。」
「あんたの帰る場所はわたしが守っていてあげるから。心配せずにいってらっしゃい。」

力強い母の言葉に、わたしは思わず苦笑する。
母が作ってくれたおにぎりを受け取って。
玄関の扉を開く。
涼しい風がひゅるりとほほを撫でた。

後ろ髪引かれる思いとはこういうことを言うのだろうか。
なかなかやるな、昔の人は。

「いってきます。」

こうしてまた、わたしの幸せ探しの旅が始まった。





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2004年09月22日(水) 気まぐれな午後
 

気まぐれな午後
ベルガモットの香りが漂う紅茶で、喉を潤しながら
明後日の雲の流れについて考える

憂鬱はそこらじゅうに潜んでいる
気づかれないように
気づかないふりをする

一分一秒で変化する
猫の機嫌を伺うように
君が優しく、わたしの髪を撫でていく

少し肌寒い
風が部屋を通り抜ける
途中まで読んだ本の続きに思いを巡らす

憂鬱はそこらじゅうに潜んでいる
幸せは地面の下で眠っている

わたしはそれらを気まぐれに掘り起こしながら
機嫌のよい猫のように
誰かの頬に、キスをした





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2004年09月21日(火) 再び。
 

おだやかな昼下がり。
ハムとクリームチーズをはさんだ、ホットサンドをほおばりながら
ひざの上に載せた、本のページをめくる。

開けておいた窓から、涼しい風がふく。
振り向いたわたしの頬を優しく撫でた。

CDプレーヤーからカノンが流れている。
文字を目で追っていく。
あっという間に世界が広がる。

おだやかな昼下がり。
なにげないたくさんの幸せ。
すぐ近くに感じる、家族のぬくもり。

わたしは本を閉じると、大きなあくびをした。
どれくらい大きいかというと、近くを通った猫がびっくりする程度だ。
はっきり言って、わたしは暇だった。

旅から帰って一ヶ月。
わたしは「よし」と声を出して言うと、すっくりと立ち上がった。
ふたたび燃え上がった、決意を胸に。





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2004年09月20日(月) はじめからなにもなかった。
 

ぽっかりと
あいてしまった穴から
大切だったものや
あまり必要としてなかったものまで
さらさらと零れていく

砂時計のように
流れ落ちるそれらを見て
わたしは少し切なく
だいぶん、どーでもいい気持ちになる

大切なものは
わたしから離れるとすぐに必要のないものとなった
必要のなかったものは
はじめからそこにあったかのように、散らばっていた

わたしは、何を抱えていたのだろう
さらさらと、零れ行く様子を眺めながら
わたしは少し切なく
だいぶん、どーでもいい気持ちで

からっぽになれることを望みながら
ぼんやりと、自分にあいてしまった穴を眺めていた。





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2004年09月14日(火) 押しつぶされるような空の下
 

9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。


この日は、押しつぶされるような青い空だった。
わたしは、押しつぶされるという表現が好きだ。
とにかく、押しつぶされるような青い空と照らしつける太陽が共存して
わたしを、痛めつけるようないちにちだった。

「暑いなぁ、諭吉ぃ。」

相変わらず、わたしの後ろを尻尾をふりふりさせながら
諭吉はついてきていた。愛くるしい目をして。
諭吉は鳴かない。遠吠えもしない。
たまに、くぅん。と喉の奥から声をもらしている。
最近それが、お腹がすいてるときの意思表示だと分かった。

あごやら首やらに、汗がつたっていく。
たまらなくなって。わたしは木陰に逃げ込んだ。
よっこらせ、と地面に腰を下ろす。
そのすぐ隣に、どっこいしょと諭吉も座った。

赤い糸をたどって、もうずいぶんになる。
もう今いる街の名前すら知らない。聞いても分からないだろう。
それでも一向に、赤い糸の先に近づいてないような気がする。

(まさか、逃げてんのかな。)

わたしは、かばんの中からポッキーをとりだすと。
ぽりぽりかじりながら、赤い糸を眺めた。
わたしの口元に鼻を寄せ、くぅんと諭吉が声を漏らす。
わたしは笑って、半分諭吉に差し出した。
それにしても、暑い。

(なんか、腹立つなぁ。)

なんの予告もなく、わたしは突然赤い糸の先の相手にいらだち始めた。
差し込むひざしに、ますます怒りは大きくなる。
はっきり言って八つ当たりだけど。
諭吉は無関心そうにポッキーを食べていた。

(…)

突然わたしは、赤い糸を引っ張ってみた。
なんの手ごたえも感じなかった。
もう一度、わたしは引っ張ってみる。
思いっきり、全力で。まるで綱引きのように。

すると少しだけ、手ごたえがあった。
たしかに。先に何かあった。
わたしは驚いて、赤い糸から手を離す。

まちがいなく。
この先に誰かいる。
わたしとつながっている。

確信したその事実に。わたしは少しだけ震えた。

あいかわらず、うなるような暑さだったが
わたしは立ち上がる。
諭吉も、つられるように立ち上がった。

「さ、行こう諭吉。たぶん運命のヤローが待ってる。」

待ってないかもしれない。逃げてるかもしれないけど。
わかってないなハニー。逃げると追いたくなるものなのだよ。
わたしはふたたび歩き出して。
赤い糸の相手が引っ張られて、転んでたりして。
なんていう想像をして、少しだけ心が楽になった気がした。





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2004年09月12日(日) 見えなければ。
 

9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。


ある日突然、自分の赤い糸が見えるようになったように。
ある日突然、他人の赤い糸まで見えるようになった。

「まじっすか。」

驚くことに、道行く人々すべてに赤い糸がくっついている。
おれはその光景に、目を丸くした。

なんていうか。かなり嫌な光景である。
目の前を仲良さそうに歩いているカップル。
お互いの赤い糸は見当違いのほうに伸びている。
サラリーマンにも、おじいさんにも、赤ん坊にも。
赤い糸はくっついている。
しかし、たまに切れているものもあった。
おれは、見てはいけないようなものを見てしまったような気になった。

ここ最近のおれの口癖は
「赤い糸がなんだバカヤロー」とか。
「神さまなんているか、クソッタレ」とか。
「運命がどうしたテヤンデー」とか。
「運命の相手なんてピー(自主規制)」だった。

きっと神さまの怒りに触れたんだ。
とおれは思った。

「ごめんなさい。もう言いません。」

とりあえず言ってみる。
が、あいかわらず人類の左手小指にぷらぷらと赤い糸はぶらさがっている。
誰もそのことに気づいていない。

(あ!)

そのとき、おれは向かいから来た男に釘付けになった。
その男の赤い糸は、目の前にいる仲の良さそうなカップルの。
彼女のほうと繋がっていた。
そのとき、おれは見たんだ。
向かいから来る男と、彼女がすれ違う瞬間。ふたりの視線が合ったことに。

ふたりは何事もなかったように、すれ違って。
彼女のほうは相変わらず楽しそうに、彼氏の話を聞いていた。

おれはひどく胸が苦しくなった。
ふたりに、赤い糸が見えなくて。本当によかった。
そして心底赤い糸を憎憎しく思った。
こんなものなくったって。
人は自分の愛する人と繋がっている。
こんなもの見えなくったって。
人は自分の大切な人を見つけ出せる。

おれはそう信じたいんだと、はっきりと思った。

「神さまの、ばかやろう。」

そう呟いた瞬間。目が覚めた。夢だった。
街にでても、他人の赤い糸は見えなかった。
おれの赤い糸は相変わらずぷらぷらと宙を待っていたけれど。

その繋がった先を見ながら、おれはふと思った。

(おれはこの人のことを、愛するんだろうか。)

見えなければ、何も知らなければ、どういうふうに出会って。
どういうふうに恋に落ちたのだろう。

ばかみたいだな。とおれは頭をかいて。
赤い糸を振り切るように、歩き始めた。





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2004年09月10日(金) すこしのすきまもない世界
 

すこしのすきまもない世界
わたしは君のために生まれてきたようだと
かんちがいするような、

すくって
確かめて
ぬくもりを
落として

たくさんのきれいな空気より
君が吸う空気と同じものを
おもいきり味わって

ひたいに
鼻のさきっぽに
頬に
くびすじに
雨を降らせて

震えるほど
幸せだと
囁いた。





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2004年09月09日(木) 失う。
 

こぼれた涙が止まらないのは
君のせいじゃない
わたしの体が何の役にもたたないせいだ

立ち上がるとめまいがする
何もかもが痛んでる
それでも支えてくれている
君の温かい両腕を思うと
悲しくてあったかくて怖くて涙が出る

滲んで
すべてが眩しい
誰かの背中にすがりつきたくなる
あなたは誰だっけ

刻み込んでも痛くない
ただ内側から溢れるような熱が
わたしを焼くよ

こぼれた涙も
どこかにいった言葉も
めまいも頭痛も
君のせい、なんかじゃない

そのぬくもりが
わたしを眠らせようと、しないだけ





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2004年09月08日(水) 必要のないものばかりで満たしていく
 

出入り口になにかがつまってしまったようで
苦しくて息が出来ない

すきまから
濁った空気ばかりを吸い込んで
体の中から腐っていく
そんなことばかり考える

きみはわたしの逃げ道で
その優しい手のひらでなければ
何にも感じない
痛みも快楽も悲しみも
空洞になって抜けていく

その優しい手のひらが
いつかわたしを
もう立てなくなるまで
傷つけるんじゃないか

それが怖くて
わたしはうそがうまくなる





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2004年09月06日(月) 信じる。信じない。
 

9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。


いつまでたっても赤い糸の先へはたどりつけそうにない。
わたしは大きな溜息をついた。心配そうに諭吉が顔を覗き込んだ。
もう月が顔を出している。これから世界は夜になる。
ふと道路の向かい側にラーメンの屋台が見えた。
わたしはごくりとつばを飲み、諭吉を呼んだ。

「ふはー。美味しかった。」
「それはよかった。」

スープまで飲み干し、満足そうにわたしはふぅと息を吐く。
出たお腹を撫でながら屋台のおじさんはにかっと笑った。
わたしもにかっと笑う。

「もう暗くなるぞ。お嬢さんは家に帰らないのかい?」
「うん、人を探して旅をしてるの。」
「へぇー。そいつはすごいな。」

諭吉はわたしの足元で、おじさんからもらった叉焼を食べている。
せわしなく尻尾がぱたぱたと振っているので、よっぽど美味しいのだろう。
わたしは微笑む。

「ねえおじさん。」
「うん?」
「運命を信じる?」
「おぉ、難しいことを聞くねぇ。」

おじさんはあごを触りながらそう言った。
わたしは身を乗り出して返事を待った。

「そうだなぁ、信じてもいいな。」
「へぇ!ロマンチストね。意外。」
「ラーメン屋のじじいがロマンチストだなんて可笑しいかい。」
「いいえ。すてきよ。」

なんならわたしの赤い糸分けてあげたいくらいである。

「でも運命なんて分かんねぇよな。」
「え?」
「これがおれの運命かもしれないし、違ったのかもしれない。
生きてる人間にゃあ分かんねぇってこと。」
「…そうね。」

そう。普通は分からないのだ。
だからこそ運命かもしれないと喜んだり悲しんだりする。
わたしも、分からなければよかったのに。
決められた赤い糸なんか、見えなければよかったのに。

わたしの気持ちを悟ったのか、諭吉が心配そうにのどを鳴らした。
わたしはあわてて明るく笑った。

「ごちそうさま。」
「おう、もしさ運命を感じたときは大事にすればいい。それだけのことよ。」
「そうね、ありがとう。」
「探してるやつ、見つかるといいな。」

わたしは赤い糸に目を落として。
きっと見えたのも運命なのだと悟った。
遠くなった屋台に手を振って。
目線を落とす。コンクリートに落ちる赤い線。

「わたしは、信じないわ。運命なんて。それをこの目で確かめるだけ。」

誰に言い聞かせるためでもなくそう言って。
暗闇の中、赤い糸が示す先へと歩き始めた。





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2004年09月05日(日) お仕置き
 

9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。


うーん、どうなってるんだ。
おれは本日5箇所目の工事中の看板を見て嘆いた。

「お兄ちゃん悪いね。違う道通って。」
「何の工事です?」
「水道管が破裂してね。」

(ありえねー。)

さっきは突如地盤沈下、その前は地面に亀裂。
その前はマンホールに人が詰まって大騒動だったな。
レスキュー隊来てたな。
まじですか。

おれは仕方なく来た道を引き返す。
赤い糸が続くほうへと足が進む。
運命に逆らうなという神さまのお告げ?てか嫌がらせ?
どっちにしてもこの3日間、おれはろくに進めていない。
というか街から出れてない。ありえない。

いらいらして。どうしようもなくいらいらして。
どうせお前には何も出来やしないと言われてるような気がして。
おれは思いきり赤い糸を踏みつけようとした。
が、足を振り下ろす瞬間赤い糸がハリネズミのように
棘だらけになったのを見ておれは慌てて足を止め、勢いよすぎて尻もちをついた。

「いってー!」

尻を摩りながら見ると赤い糸は元に戻っていた。
なんてことだろう。赤い糸に遊ばれている。
おれはどうしようもなく落ち込んだ。
が、ちょうど近くに止まったバスを見て滑り込むようにして乗り込んだ。

(バスに乗ったらこっちのもんだ。ザマーミロ。)

歩きがダメならバスである。なぜ思いつかなかったのか。
これで隣の街までいっちょくせーん。
と思った瞬間、道端の電信柱にどこに雲があったのか
どでかい雷が落ちたかと思うと、ぐらぐらと揺れた電信柱が一直線に倒れてきた。

爆発音みたいな鼓膜を破るような音がしたかと思うと
バスの手前に道をふさぐようにして電信柱が転がっていた。
運転手は腰を抜かしながら運転席から転がり落ちた。
泡を吹いて倒れたい気持ちである。

「まじっすか。」

そのとき、上空にあった雲が人の顔のように姿を変え
そのうえにやりと笑ったこと、おれは見逃さなかった。

やるじゃねえか、神さま。
宣戦布告だ。

おれは赤い糸を右手で切るようなしぐさをしてみせて
バスから降りた。ついでに電信柱を蹴っ飛ばす。
右足が少し痛かった。(ちょっと泣いた。)





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2004年09月04日(土) お小遣い
 

9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。


とはいうものの、どこまで続くのだろうこの糸は。
わたしは赤い糸を見つめながら大きなため息をついた。

「まさか外国じゃねーだろうな。」

赤い糸が答えるわけもなく。
もう3日間も歩き尽くめだった。
わたしは大きなボストンバックを地面に下ろすとおもいきり伸びをした。
首がごきりと鳴り、少し痛かった。

(少し休んでいこ。)

わたしは近くの公園のベンチに腰を下ろし
取り出したペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
日差しがさんさんと降ってくる。
わたしはのんびり空を眺めながら自分の小指を見つめた。

もう何度も確かめて。
嫌になるほど目にした。
赤い糸がやはりそこにはある。

(なーに、やってんだろうなー。)

知っている。恋人と別れた原因がコイツではないこと。
でも心のどこかで気にしていた。
こんなにも愛しているのに、どうしてこの人と繋がっていないのか。
何度思ったことだろう。
知りもしない赤い糸が繋ぐだけの男なんか。

(やっぱり、やめようかな。こんなこと。お金もないし。)

ひどくばかばかしくなって。わたしは立ち上がった。
と、ベンチの後ろに黒のボストンバックがあることに気づいた。
わたしは不審に思ってバックに近づき、何気なくあけてみる。
中には帯がしてある1万円札の束数十個と小さな茶色い犬がいた。

「まじっすか。」

どうやら神さまはわたしを運命の人に会わせないと気がすまないらしい。
わたしは太陽がさんさんと照らす青空を見上げ、苦笑した。

わたしは1万円札の束ひとつを自分のボストンバックに入れて立ち上がる。
小さい茶色の犬(多分柴犬?)が目を輝かせてわたしを見るので
彼も連れて行くことにした。

「よろしく、諭吉。」
「くぅん。」

諭吉と名づけられた彼は尻尾をふりふりして嬉しそうである。

「神さまもなかなかやるねぇ。」

そう言って吹いた口笛は、青い空へと消えてった。





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2004年09月03日(金) 赤い糸よ、さらば。
 

9/2からの連載になっています。まずは2日の「赤い糸のあなたとわたし」からご覧ください。


「こんなばかな話があってたまるか。」

おれは左手の小指に絡まりついている
それを見てつぶやいた。
それって。赤い糸である。

ことの始まりは今日の朝。
目玉焼きにかけようと醤油に手を伸ばした瞬間
それが見えるようになったのである。
それって。赤い糸である。

(うーむ…。)

正直とても邪魔くさい。
そしてとても鬱陶しかった。
おれはもともと弱気な性格のせいで、人生でだいぶ損をしてきた。
欲しかったものを人に頼まれ、惜しみながらもゆずったり。
頼まれたら嫌だと言えない性格だった。

でも今回だけはすっぱりざっぱり言ってしまおう。
はっきり言って運命の人までも誰かに決められるのは嫌だ。

おれは試しに鋏で赤い糸を切ってみる。
けれど赤い糸は、針金のようにかちかちで傷が入ったのは鋏のほうだった。

「さすが。手ごわいな。」

次に熱で溶かすことにした。
台所でじゅーっと炙ってみる。
なにやらいい匂いがしたかと思うとどろりと溶けた。
しかし、粘ついた納豆のように糸を引きながら相変わらず指にくっついていた。

気持ち悪い。
これは本当に気持ち悪い。

仕方がない。
おれは腹をくくって赤い糸の相手から逃げることにした。
糸のつながった反対方向へ逃げれば会うことはないだろう。

今に見てろ赤い糸。
運命なんて自分の力で壊してみせる。
愛する人くらいおれは自分で探せるのだ。

「さよなら、顔も見ぬ運命のひとよ。」

格好良く決めて、おれは旅立った。
運命から逃れるために。





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2004年09月02日(木) 赤い糸のあなたとわたし
 

物心ついたとき、突如自分の左小指に赤い糸がぶら下がっているのが見えはじめた。
赤い糸はとてつもなく長く、遠くなるにつれ透明になっていた。
だからわたしはその赤い糸がどこにつながっているのか
今でも分からない。

赤い糸は毛糸のように柔らかく太い糸ではなく
たこ糸のようなものだった。
寒くなると針金のようにカチカチになったり
夏になると腐れたのか糸を引いたり(気持ち悪い。)
とてつもなく変な糸だった。

他人には見えないものの、気になるので何度か鋏で切ろうと試みたが
赤い糸には傷ひとつ入らなかった。
そのうちわたしは諦めて、赤い糸とともに生活をするようになった。

何度か、恋人だっていた。
残念なことにその人とわたしの赤い糸は繋がっていなかった。
わたしは残念だと思うとともにいつもほっとした。
別れるたび「運命の人は他にいるんだから仕方がない」と自分に言い聞かせた。
思えば、そこまで好きではなかったのかもしれない。

とある人に恋をしたことで、わたしの運命はがらりと変わった。
死ぬほど好きだと思った。これ以上ないほど愛していた。
けれどわたしと彼の赤い糸は繋がっていなかった。
そして彼の浮気とともにわたしたちは別れた。

3日前の話である。

いい度胸じゃないか。赤い糸よ。
そこまでわたしの恋路を邪魔するなら
運命の人とやらを、自分で探し出してみせようとも。

そうして、わたしは赤い糸が続く先へと向かうことになった。

「今に見てろよ糸野郎!」

果てしなく長く伸びている糸の先。
たぶん、運命の人のもとへ。





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2004年09月01日(水) ゆりかご
 

目をつぶらなくとも
部屋はじゅうぶんなほど暗い

あなたの体温が触れているところ以外
すべてが無になる
わたしは心を熱くする

徐々に進んでいく夜
窓をうつ優しい雨
溶け込んでいく暗闇
わたしたちのささやく息

すべてが無になる
熱を持ったその一点に
神経を研ぎ澄ます

世界が今、ゆりかごにかわる





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