旅に出て4日目。 わたしは幸せが実る木を育てる老人と出会った。
老人は麦藁帽子をかぶって 首には汚れたタオルをかけて 青い花模様のアロハシャツを着ていた。
「こんにちは。」 と挨拶をすると 皺が刻み込まれた目元で柔らかく微笑んだ。
実っていた実は赤くてプチトマトのような形をしていた。 というかどこから見てもプチトマトだ。
「これが幸せなんですか?」
老人は小さく笑って首を振る。 わたしは首をかしげた。
「いいや、幸せは形あるものではないからね。 ひとつ食べてごらん。幸せが口の中全体に広がるよ。」
わたしは一粒摘んで口に放り入れる。 しゃくり。とかじって驚いて口を押さえた。 慌てて飲み込んで。老人を見上げる。
「美味しい。」 「そうじゃろう。それも幸せの形のひとつ。」 「なるほど。ところで」 「うん?」 「もうひとつ頂いても?」
老人は一瞬変な顔をしたが大きくふきだして その顔を笑みで埋め尽くした。
「ゆっくりお食べ。よく味わって。」 「はい。」
もう一粒口の中へと放り込む。 甘くて少し酸っぱくて、果汁がじゅわっと広がる。 口の中を幸せが支配する。 自然と自分が微笑んでいるのに気がついた。
(だからおじいさんの目元は、あんなにも優しい皺が刻まれているのかしら。) (きっと、幸せ食べ過ぎたのね。) とわたしはこっそりと思う。
老人は皺だらけの目元で柔らかく微笑んでいた。
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