こんなに体が痛くなって、 こんなに自然に涙が零れることが、久しぶりで。
足が、手が、胸が、ズキンズキンと痛む。 体の内側から痛みがしみてくる。 寺島は目と鼻の先で動いて、笑っているのに。
別にひどいことを言われたわけではないのだ。 でも常に優しく包まれているわけでもない。 そうであることを望んでいるわけでもないのだが、 優しさが見えないと、 その後の行動が全て私を遠ざけているように見える。
一種の被害妄想。 寺島の笑顔は何も変わらないし、 私に心の内をさらけ出すことも変わらない。 嘘を吐けば私にはすぐわかる。 浮気を隠せる人でもない。
どうして、今日の私の涙腺はこんなにも弱いんだろう。 とるべき道は決まっていて、とらなくてもきっと後悔したのに、 とったらとったで涙が止まらなかった。 だからって寺島に抱きしめて欲しいなんて思えなくて、 ただ、私を受け入れて欲しいと思っていた。
距離があってもよかった。気持ちさえあったら。 でも気持ちも、私には見えなかった。 あなたの想いは今、ただまっすぐにひたむきに、 コートの上の黄色いボールに向かっている。
それが悪いなんて言わない。 むしろそうじゃないあなたなど魅力がない。 だけど同時に、私への配慮がなくなるあなたは嫌だ。 それでいて私以外の人には何も変わらないあなたが嫌だ。 ある意味私はとても近くにいるのだけれど、 なんだか甘えられているようで、情けなくなる。
私は私なりに最大限に、寂しいことを伝えたのに、 あなたは一緒にはいてくれなかった。 その後謝罪されても、みじめなだけ。 謝罪が欲しかったんじゃない。 最近不安定だから、わがまま言ってごめんね、と言った私を、 そうかと受け止めてくれればよかった。 いつもなら、容易いはずなのに…
しばらくはこうなんだろう。 様子見、だ。 我慢だ。
釘鎖しとかないと。
日付は変わって既にバレンタイン。 昨日はレジを打っていても、 女子高生達が板チョコレートを大量に買っていったり、 生クリームはどこも売切れだと言いながら親子が出て行ったり、 なんとも微笑ましくて、みんな大事な人がいるんだなぁってジンとした。 常連の女の子もガーナを買っていって、 照れた可愛い笑顔をあたしに見せてくれた。
そんなあたしも、 今日に大きな期待をかけている誰かさんのために材料を買い込む。 作るってバレバレだなぁと思いながら自転車をこいだ。 ちなみに、あたしが買いに行った大きなスーパーも、 生クリームは売切れだった。
寺島は最近、祥子ちゃんで練習してるらしい。 今まで人付き合いのために人を褒めたことがなかったから、 やってみてるんだって。
「告白してうまくいかなかったときもさぁ、
あんまりその人のこと褒めてなかったよ。
やっぱ褒めてオトさなきゃね」
「そうそう。
あたしみたいに勝手にオチてくれる女なんていないんだから」
言い終わってはっと気づいた。
「あ、いや、だから大事にしろって言ってるわけじゃないんだけどさ」
あたしが言い終わらないうちに、寺島がかぶせてきた。
「うん、だから大事にしてるんだけどなー」
最近そのセリフが真実であることが悔しい。 この会話は寺島がバイト先に迎えに来てくれて、 すれ違ったもののなんとか合流し、ファミレスに行った帰り道だった。 それぞれ片手にはこれから私の部屋で食べる物を持って、 片手は寺島のジャケットのポケットの中で繋がれて。
ポケットに入れていてもちっとも温まらない寺島の手。 子供のときから温かくて人気だったあたしの手は、 最大限に役に立っている。 素直に嬉しい。 寺島は喜ぶより、不思議がっているけれども。
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長い長いキスの後、強く強く抱きしめられて。 酔っていた私の頭は、それ以降の記憶が曖昧だ。 眠そうにしていた私を見て、寺島が帰った。 布団に倒れて、私はまさしく泥のように眠ったけれど、 9時には起きた。 「昨日の続き」 そう言って、寺島が来たから。
こんな安心感は、いつぶりだったのだろう。 いつまでも寺島と布団の中で、温かく過ごした。 昨日以上の喜びはないと思っていた。 何も怖くなかった、既に。
しかし、寺島は私にとどめを刺す。 彼は最初言うのをためらったけれど、私がせがんだ。 まさか、 2度と寺島から離れたくなくなるセリフとは思わずに。
「ねぇ、まだバカな幻想にとらわれてるみたいだけど…」
「ん?何?それ。何のこと?」
「ん、いや、やっぱやめとく。言わない」
「言ってよーー、気になる気になる気になる」
「んー…言いたくないなー」
「気になるー」
「んとね」
「うん」
「もしもね、これから先」
「うん」
「梅宮さんから告白されても、『彼女いるから』って、ちゃんと断るよ。
大体俺、あの人の顔も声も覚えてないんだよ?
すれ違っても気づかない。
だから、もうそんな幻想、気にしないで」
しばらく声が出なかった。 代わりに、お決まりの涙がこぼれてこぼれて、 「あーやっぱり泣いた、だから言いたくなかったんだ」 と寺島に言われながら、抱きしめられた。
天地がひっくり返った気がした。 寺島の中で梅宮さんは、誰も越えられない人のはずだったのに。 いつのまにか寺島の中で時が過ぎて、今は私がいるみたい。 どんなに寺島が私を好きになっても、このセリフだけはもらえないだろうと思ってた。
2度と傍を離れたくない。 ずっと手をつないでいたい。 そんなことを、怖がらずに思えるようになった。 そのために歩いていきたいと思えるようになった。
私、あなたに必要とされてるんですね。 本当に。 頑張っていいんですね。あなたとの未来のために。 そんな自信すらなかったの。
「ね、好きよ」
「俺も」
そんな短いセリフが、ずっと欲しかったの。
私が、他の男に必要以上にベタベタしたり、 他の男の話ばかりしたり、というようなことが原因で喧嘩したことは、 これまでに何度もあった。
その度に寺島は私をシャットアウトして、 私の声など何も聞かないし、何も働きかけてこない。 数日したら怒りがおさまって、普通になって、 後はその話題を少し話す程度。 機嫌もよくなって、いつもどおり。
元のように仲良くなるわけだけど、 私がしっくりいくはずない。 これって仲直りっていうの?って。 いつも思ってた。 いつも「?」がついて。 どうなるの?これ?って。 どうなるの?私の気持ちは?って。
そうやって寺島が私と向き合ってくれないことは、 不安を生み出す最大の原因で。
好かれてる自信なんかなかった。 隣でいつも笑って、好きよって言って、 寺島を満足させるために置かれてるんだと思ってた。
それは極端な話であって、 多少なりと寺島が私を好いてくれてることは知っていたけど、 この日の発言も未だ頭から消えていなかったし、 いつか、 もっと愛せる人をこの人は見つけるんだろうと思ってた。
だから。 寺島がこんな風に、ずっと私と向き合って話すことがあるなんて。 思ってもみなかった。
私を腕の中に入れたまま、 じっと私を見ていた。
その瞳に、私がまだ混乱しているうちに。 寺島が口を開いた。
「もう、忘れた。
お前が今夜何をしてたかなんて。
でも。
今度やったら許さない」
あ。
許して、くれた。
私のしたことに怒りつつ。
それでも私との未来のために。
怒りを抑えて。
忘れると。
あぁ、そんな風にあなた自ら。
あなたの感情を抑えてくれることなど、初めてだったの。
私といるために私のしたことを許してくれた。
それを私の目を見ながら言ってくれた。
そんなこと本当に初めてなの。
私は初めて。
あなたに、ありのままの私の全てを受け入れてもらえたような気がした。
「ありがとう…」
私が泣き出しそうになったのを察知して、 泣き出す前に、寺島が話し掛けた。
「お前は、誰の女だ?」
涙で脳がぐちゃぐちゃになっているのを感じながら、 「寺島陽介の女です」と答えた。
こんなキス、いつ以来だっけ。
「ごめんなさい………」
2006年02月02日(木) |
こんなはずじゃなかった |
いつもだったら、もう家に帰っていたところだ。 私の顔など見ないところだ。 現に私の腕は振り払われた。
「侮辱されたのと同じだ」
そこまで怒っている。
「別れようか?」
返事はない。 けれど帰らない。 部屋に行こうという私の提案に頷く寺島は、今までの寺島じゃなかった。
ストーブがつく。 酔ってぼうっとする頭に、熱が気持ちいい。 ストーブの後ろの椅子に寺島が座った。 微妙な距離で私が喋りだす。
「嫉妬してるのは知ってたよ、今までだって。
だけどそれはあたしが好きだからだ、なんて思えなかった。
そんな自信が持てるような言動は、あなたはしなかった。
メールも簡単にシカトするし、八つ当たりするし…
…あたしは、確認したかっただけ。
あたしが寺島陽介の女だって、確認したかっただけよ…」
口がよく回る。 いつも頭にあったワードが飛び出してゆく。 意外と思えるほど早く、寺島が口を開いた。
「…悔しいんだ。
相手を殴りたいほどに嫉妬する…そこまでお前を好きなことが。
出したくないんだ。
こんなはずじゃなかったから。
最初はこんなにまで好きじゃ、なかったのに」
そう言って立ち上がって、 私の目の前にあったストーブを動かした。
用意はほどなく終わった。 3分後には、毛布の中で、寺島の腕の中だった。
まだ私の頭は混乱している。
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