あぁ、そうだったんだ。 ごめんね。 私、勘違いをしていた。
これまでのように、 君が自分の理想を押しつけてきたんだと思った。 私は私なのに。 君の思い描いた通りの女でいろと言っているんだと。
それで私のことが好きだなんて笑わせるじゃない? 昔は散々気持ちが重たいとか消極的過ぎるとか言ってさ。 自信を持てとか働けとかね。 それを私が実行に移して、その結果変わっていったら、 昔の私がよかった、なんて、勝手すぎる。
それでも手放したくない一心で煙草を棄てた。 会う約束をして、可愛い服を着た。 丁寧にブローをした。 化粧をした。
テニス以外のことで悩ませない。それが目標で。 最近は実現できてると思ってた。 寺島寺島ってうざくなくて。 バイトにも精出して行って。 でもそんな自分への酔いと。 昔みたく2日おきに傷つけたりしない寺島への甘え。 それが悪くでちゃったみたい。
昔の私は、いつ別れの話が出るかとびくびくして。 何かあればすぐ落ち込んで。 そんな自分が嫌だった。 寺島も嫌なんだと思ってた。
今の私を、少しだけど好きになれる自分がいて。 だから昔よりいいと思ってた。 昔よりは、しっかりと足を踏みしめて。 寺島を支えられていると思ってた。
でもその結果が「一緒にいても癒されない」
昔の私が癒せていた自信はなかった。 だけど間違っていなかったみたい。 今は間違ってるみたい。 また否定。
強くなったと思っていた。 でも今は。 否定された自分から逃げていただけなのかもしれないと思う。
「最近男っぽくなったよね」
「昔はもっと包容力があった」
「変わっちゃったよね、まりちゃん」
「今のままなら、別れたい」
「今の君は、嫌い。」
それで本当に私のことが好きなの?と言いたいのが今の正直なところだ。 だけど今までのあなたが薄っぺらかった実感はないから、 きっとあなたは悩んでくれたのだ。私のために。
もう一度頑張るチャンスをくれるところは。昔と違う。
もう早々に別れたほうがいいのかもしれないと思う。 こんなに簡単に嫌われるなら。 悩んでくれたのだと信じながら、こんな矛盾が口を突く。 逃げる癖がついているようで、嫌だ。
煙草をやめたら。 何か違うかな。
寺島に突き放されて震える私は変わらないのに。 いつだって寺島のこと考える私は変わらないのに。
うまく、いかない。 歯車が回らない。 いつだって、うまく回せていた気がしない。 私が回せない分君が回してくれてると思ってた。 それが愛だと。
一体どんな私を目指せばいいの? わからない。
「告白するとね」
「うん」
「ユミちゃんとは……」
「…」
「Bまで」
「Dまで?」
「…Bだよぉ」
「B!!」
「…」
「AをクリアしてB!!!」
「何その驚き方(笑)」
「だってAをクリアしたほうが嫌!!」
「えええーー」
「てかBねぇ……ユミちゃんの車の中で?」
「んん〜」
「(想像中)……ふぅ〜ん……」
夜中の電話。 メールのフォルダの真相を追及して、この話。 フォルダのロックは既に外されていて、 中身は、高校時代のテニスの先輩の女性からのメールであった。
散々、ちょっと好きだったんだろうだとか正直に告白しなさいだとか、 昼間に追求したのだったが、 何にも感じていない、お前を驚かせるためだけだったの一点張り。 どうにも納得がいかない私であったので、 電話でも持ち出してみた。
嘘か本当か、察しあぐねていた。 可能性がゼロということもない。 が、信じる私の反応を面白がろう、という思惑もありそう。 ここ最近何かを隠している様子は、見られなかった。 合コンに行ったことも素直に言ってしまう人なのだから。
口調は、確かに本当のことを言うときのそれだ。 嘘を言うときは何かしら違ってわかるものだが、 口調からは今回はわからない。
そんなことはあるわけがない、という安心感のなかに、 ぴりっと、もし本当だったら、という痛み。 かと言って嘘だったら、馬鹿なことを信じてしまった女ということになる。 プライドの高いあたしは、 どの反応をするべきか悩んでいた。
80%くらいで嘘だろう、と踏んでいたのだけど… 20%を無視することは出来ない。 一応、本当だった場合の心がまえをしておく。
あたしに対する態度は何も変わっていず、 むしろ昔より優しかったけれど、それはもしかしたら罪滅ぼしなのかもしれない。 冷たくなった、なんてことはなかったけれど、 魔が差したようなものなら納得もいく。
そんなことを考えながら、
「嘘やろ?嘘やろ?」
と笑いながら寺島に問い掛けている。 寺島も笑って答えるだけ。
しばらくその無意味な掛け合いが続いた後、 寺島が別の言葉を出した。
「嘘やろっていうけど、本当のところはね」
「うん」
あたしの眼を見ただけで、 落ち込んでるとわかるのだから、 4年という月日は、数字から受けるニュアンスより長かったのだろう。
浮気出来る人じゃないし、 そんな時間があったとは思えないし、 私に対して嘘は吐かないのが基本だから、吐いたらすぐわかる。
だから浮気なんてしてないとは思うけど。
新しく増えた受信メールのフォルダ。 名前はスペードの絵文字のみ。 そしてロックされているとなれば、 怪しいことこの上ないじゃない。
基本的に寺島を信じている私は、 浮気なんて欠片も思わなかったけれど。 生理前の鬱には効果的。 なんだかいつもより寺島の所作がおかしい(気がする)。 「浮気じゃないよ!」と笑って否定する様子も、なんか怪しい(気がする)。 (気がする)で簡単に落ちてしまえるのもこの時期。
毛布にくるまってただ寺島を見つめていたら、 私の眼を覗き込んで、 「何落ち込んでるの?」って。 疑っているような演技をしていた私は驚く。 思わず寺島の胸に飛び込んでしまう。 「落ち込んでなんか、ない」
ねぇ、ごめんね? もうあなたがいない人生なんて考えられない。
でもそう望む分、 あなたを飽きさせないように努力するから。
いつまでも、 「俺のこと好き?」 って聞かせてあげる。 そしていつまでも、 「大好きよ」 って笑顔でいてあげる。
2006年03月07日(火) |
ただ静かにゆっくりと薄らいで。 |
咽るような霧と雨があがり、 暖かい日差しと冷たい風が入り交じる、春の空気。
雨でテニスが出来ない、と舌打ちした昨日とはうって変わって、 満面幸せの笑みの寺島と過ごした今日。 最近の鬱々とした私を打ち明けたら、涙が出て、 あぁまた余計な心配をかける、と思ったのに、 寺島は「どうして泣くの?」と聞いて、抱いていてくれた。 どうしても欲しいときには手に入らないのに、 何気ない日常にふと見つかる優しさが、 だからこそか、愛しい。
一昨年の、今ごろ。 お互いに傷つけ合って、ひどかったっけね。 私はあなたを求めるだけで思いやらず、 あなたはそんな私にうんざりで思いやらなかった。 どっちもどっちで、ドロドロのまま縁を切った。 日記も散々だよ。 2年経った今笑えるなんて…あの頃は思いもしなかった。 本に書いてあることって本当なんだ。 この実感のために、日記ってあるんだね、多分。
何度も同じことを繰り返して、 日付も、起こったことの詳細も、 涙の記憶も、ただ静かにゆっくりと薄らいで。 それほどまでに時が経っても、 あなたの笑顔が見れるなんて。 そしてそのことが未だに、私にとって、 涙が出るほど嬉しいことだなんて。
未だ道が交わり、 確かに手をつないで歩いているから。 初めて同じ景色を見た明日を、 カウントしてもいいですか。
「私達の受験は…一昨年かぁ。 あの頃ひどかったね」
「そうだっけ?もうよく覚えてないな」
明日のことは覚えているか、 明日聞いてみよう。
明日から、5年目の日々だ。 今年は恋人同士で迎えた記念日。 って書き方はおかしいと思うけど(笑)
私も、元気出していかなくっちゃ。
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