4つの自転車は近く隣り合って風を切り、 酒とお菓子と笑い声を運ぶ。
久しぶりのアルコールは快く回り、 心地いい喧騒があたしを包む。
膝の寺島の頭の重さを感じながら、 藤原と竜崎君の野球論を聞きながら。 うとうとした。
大事な時間を、眠って過ごしたくない。 そう思っていたら、寝言を口走って、 藤原と竜崎君に大笑いされた。 恥ずかしいけど、 思い出が増えてよかった。
何もなかったように、寺島と仲が良かった。 そう、 愛したことさえ、幻だったように。
まだ太陽の昇りきらない、暗い冬の朝に2人を見送り、 部屋に戻ると、 本当についさっきまで眠っていたくせに、 寺島は起きてあたしを抱いた。
もう何も生まれやしない。 もう何も起こらない。
ときめきも、刺激も、 愛も、未来も、幻想も。
あたし達には関係がない。 ただ、時が過ぎてゆく。
何にも発展しないから。
今までは、少しでも、信じていたけど。 もうそんなカケラすら。 見つけられなくて。
火曜日に会って以来、寺島との連絡は一切ない。 用事がないと言えば、それで終わってしまうから。
したことをいちいちメールする習慣はなかったし、 水曜日の習慣も先週終わってしまった。
1人で見る水曜のアニメは、2回目。 いつもは電話しながら聴いていたエンディングだから。 歌詞を初めて、はっきり聴き取れた。 口ずさむことも出来た。 別に1人だって悪くない。 でも時間が経つのが、嫌に遅くて。
「もし俺から連絡がないくらいでお前が死んでたら、
お前の葬式、行かなかったよ?」
わかってたよ。 だから本当には考えられなかった。
それくらい大きかったことだって、言いたかっただけだよ。 どうしてそんな簡単なことも、伝わらないんだろう。
「たかが俺ごときで…」
あたしにとっては『俺ごとき』なんかじゃないこと。 今までもずっと。 伝えてきてるつもりなのに。
あの一週間であたしの何かが壊れた。 「理由はない」と言いきられた瞬間にも壊れた。 それが何なのか知らないけど、 大事なものだった気がする。
今日は大学へきちんと行って、 友達と大笑いして、帰って来た。 新しいバイトも、少しずつ慣れている。 部屋の模様替えを、始めた。 引越しする前のような部屋で、この日記を書いている。
いつになったら時間が進むのかわからない。 でも、そんなことを言ったら。 もしかしたらあたし達の時間は、 2003年の5月5日で止まっているんじゃないかって、思うこともある。
抱かれた後の気だるい体で、 重力に身を任すように坂を下る。 映画を見た後、流れるように、 寺島はあたしの部屋にいた。
何の言葉もなく、何の誘いもなく、 ただ、
「お父さん、何時に帰ってくる?」
という質問と、その答えだけで。 部屋に来ることは決まっている。
会話上では、何も決めていないのに、 進む道が何故かあたしの家の方向であったり、 寺島があたしの家の前に自転車を止めたり。 本当なら、「部屋、上がる?」とかの言葉があるべき場面なのに、 抱き締めたい欲求を我慢したくなかったあたしは、 それをとばした。
そう、抱き締めたかった。 その感触で、寺島を確かめたかった。 一週間、ずっとずっと。
でも、抱き締めても、寺島はそこにはいなかった。 いつの日か強く抱き返してくれた、その「何か」はなかった。 確実な瞬間は、寺島があたしの中にいたときだけだった。 確実だから、愛おしかった。
今日は、水曜日。 前までは、メールが頻繁に行き交って、電話もして。 先々週の水曜日は、盛り上がりすぎたから、 次の日の木曜日学校をサボってまで、逢ってた。
先週はそれがなくて、不安になった。 今日はあたしからもせずに。
あたし達って本当。 水のように姿を変える。 短時間に、くるくると。
「気が向いたらね」って、 抑揚のない声であなたが、曖昧な未来をくれた。 それがどうなるかなんて、 今のあたしは、考えたくもない。
けれど、心のどこかでは、 寺島の心を覗く術をずっと探している。
寺島の行動にはもうさすがについていけないと、 あたしは今思っているけれど、 一番疲れたのは、自分の中のギャップ。 こんなにボロボロでも、あたしは、 寺島に触れたい。 逢いたい。 信じたい。
だから乗り越えろ。 独りじゃ、ないだろう。
あのね、やっと、メールが来ました。 寺島君から。 けどね、何の変哲もない、いつものメールだったの。
「明日ハウル見に行ける人?」
ってね。 いつもの、突然の誘い。 あたしにだけじゃなくて、皆にね。
「一週間連絡なしで、突然それですか?説明してください!!!」 って、あたしは抑えきれずに言った。
あはは、笑っちゃうよね? 特になかったんだって。 用事がなかったからなんだって。
あのね。 用事がなかったから、あなたからメールがないのはわかるんだよ? そんなのしょっちゅうだし、普通だとも思うよ。 けど、 あたし、4通も送ったんだよ?
「テレビ見てる?」 「プラネテス見てる?」 「明日試合だね。調子はどう?」 「試合、どうだったの?っていうか連絡ないから心配なんだけど(^^;)」
その間に、電話もしてるんだよ? 前日の日記にも書いたけど、 機械の声が聞こえるまで、コールしたんだよ?
それ全てシカトした理由は、 「特にない」 んだって。
「大げさだよ、メールが返ってこないくらいでそんなに」
って、あなたは薄く笑ったけど。
そうだよね。笑っちゃう。 何でも、なかったんだね。 あたしのメールや着信をシカトするくらい、 あなたには、何でもないことだったんだね。
ねぇ、笑ってね? そうじゃないとあたし救われない。 ただの自惚れ野郎じゃない。 あはは。
あたしはここまで。 存在意義を否定されたことがない。 やっぱり、幸せだったのかもね。
何か理由があるなら、これからを少しは予測できるけど。 何にもないんだから、わからない。 でも、終わりなのかなぁって。 何となく思う。
藤原は、「わかんねーよ」って笑ったけど。 あたしは、もう、笑えない。 情けなさ過ぎて、たくさん笑ったから。 涙を通り越して、笑ったから。
だって。 理由もなしにシカトされる程度の人間なんだって。
理由を探すあたしは、間違ってる? ねぇあたし、間違ってた? それはどこから?
もう何にも、わからないよ。 何にも、考えられないよ。
ねぇ、甘えていいですか。 助けを求めてもいいですか? 元気になろうと強がって、笑う自分が情けない。 もういい加減に。 泣きたいです。
ねぇ、藤原。 傍にいてくれてありがとう。 寂しさを紛らわしてくれて、ありがとう。 君のおかげで、何とか。 パソコンを立ち上げるまでに、回復しました。
ねぇ、あたしこれからどうしたらいいですか? わかりません。
多分、大丈夫です。
電気が点いてた。 とりあえず生きて、無事にあそこにいるんだって、 ちょっと安心した。
バイトが終わって、 もうすっかり冷たくなった夜に、自転車をこいだ。 昼間、幸子に励まされて送った4通目。 返事はまたなくて、 理由を思いつけなくて、 彼女かな、という結論にゆっくり辿り着く。
試合は、今日終わったはず。 勝っても負けても、とりあえず何か返ってくるはず。 ここまで来ると、推測でしか考えられない。
自転車を、寺島の家の方向に曲げた。 怖がっている暇はなかった。 息を切らして坂を登ると、 寺島の部屋の電気が見えた。
よかった。居るんだ。 安心と共に、何故メールが返って来ないのか、更にわからなくなる。 またメールしてみようかとも思ったけど、 文章を思いつかなくて、何だか焦って、 ええいままよと、電話をかけた。 連絡が途絶えてから、3回目か、4回目。
出たら、何て言おうか。 「今大丈夫?」 「どうしてるの?」 「元気なの?」 頭が混乱してくる。 その間にも、電話は呼び出し続けている。
一体何が起こってるの? あなたはそこで何をしているの? 怖い怖い怖い。
息が出来なくなる。 倒れ込みそうになる。
ねぇ、何が、起こってるの? これからどうなるの?
「彼女出来たんだってさ」って、 また藤原から聞くなんて、私は嫌だよ?
2004年11月20日(土) |
音量を最大にしよう。 |
1人になると、苛々して。 顔にかかる髪をあげることも、しなかった。 家まで15分かかる、駅からの道。 まだ14時半なのに、夕方のようで。
音楽がなければ、15分なんて歩いていられないといつも思うのに。 CDプレーヤーを出すのも面倒で。 ただひたすら、足を動かした。
途中で、寺島が通っていた高校の制服を着た男の子が、 あたしを追い越して行った。 ラグビーのバッグをかけて。 少し、ズボンを下げて。 …寺島はあんな着方、しなかった。
ブレザーを着た腕の中は、 いつも、温かくて。 きちんと締まったネクタイが、あたしの目線で。 顔をあげると、寺島の顔で。
何故だろう。 最近、その情景ばかり思い出す。
何にも、心配することなんてなかった。 疑う必要がなかった。 不安も、嫉妬も、 抱き締められれば、全て、寺島の胸の温度に溶けて。 あたしの全ても、預けて。
必死の思いで送った、連絡がなくなってから数えて、 3通目のメール。 返信があったらすぐ目覚められるように、 音量を最大にしよう。
連絡がなくなるなんて思わなかったから。 ついこの間変えた、着信音。 まだ1度も、鳴らせてあげられてない。
電車に乗り遅れたり。 乗ってた人が多かったり。 本の中身が頭に入ってこなかったり。 全部、自分のせいなのに。 寺島陽介、って人がいないと、あたしは苛々する。
それは要するに。 あたしに常にある、何でも受け流すあの余裕は、 寺島がいて、初めて生まれるものだということ。
寺島はあたしを、マリア様のようだと言ったけど。 やっぱり、それにはあなたがいなきゃいけないんだよ。
こんな自分のことは、高校生の頃から知ってた。 寺島と付き合う前から、そうだった。
付き合う直前の、友達としての、大喧嘩。 あれだって。 寺島じゃなきゃ、あんなに怒らなかった。 別の人が寺島と同じことをしても。 あたしはきっと、怒ることすらしなかった。 そんなの、面倒だから。
『もののけ姫』 あたし達が小6のとき、地域の子ども会で、 映画館に見に行ったのを憶えてる。 あたしの席の後ろに、 寺島と藤原が隣合って座ってたこと。 確か、2言3言喋ったこと。 まだ、憶えてる。
懐かしいなぁ。
出逢い、なんて、大げさだけど。
昨日から、寺島からの連絡が途絶えた。 昨日は水曜日で、 同じアニメを見て、メールやら電話やら交わすのが習慣だっただけに、 昔みたく慌てている。
テニスの試合が近いからだろうか。 それでも、あたしのメールや電話に無反応というのはおかしすぎる。 病気かもしれないねと、母が言って、 ちょっと救われた。 そうかもね。 風邪、よく引くから。
例えば、突然彼女が出来たとか。 これはフェードアウトなのか、って思ったとき。 その方法は、寺島らしくないけど、 何も言えなくなったのか、って考えるとぴんと来る。
藤原から、 心配なら会いに行け、って言われたけど。 そんな勇気ないよ。
寂しくて、1人で講義を受けるのが嫌で、 有田君と一緒に、電車に乗って帰って来てしまった。 でも相変わらず、この人にはときめけそうにない。
寺島と同じで、 好きな漫画の話とか、高校時代の部活のこと話してくれるけど、 どうしてだろう、辛かった。
寺島の話の方が、専門的だし、 あたしがうなずく暇もないくらいなのに。
…わかりきってる理由が、 今のあたしには、辛い。
いろんなこと考えてしまうよ。 もし彼女が出来たなら、言って欲しいとか。 もし病気なら、お見舞いに行きたいとか。 あたし、何か怒らせることしたかな、とか。 試合が近くて、苛々してるのかな、とか。
あたしはよく、この関係に名前が付かなくて悲しむけど。
救えない、と、笑わないで。
一旦電話を切って、寺島はお風呂に入った。 それがどこの家も共通ではないだろうけど、 ウチでは、お風呂から上がると「おかえり」と声をかけるので、 かけ直してきた寺島に、
「おかえり」
と言った。
ら、
「ただいま」
って返ってきた。
寺島が次の言葉を発するまでの、短い間。 あたしは言いようもない、幸せを感じてた。 寺島の、上機嫌のときしか聞けない、甘えた声も。 家庭のような、やりとりも。
寺島は、 「彼女」というものは『刺激』や『興奮』を与えるものであって、 あたしには、全てを知っている『気安さ』があると言う。 それは「彼女」じゃなくて、 「家庭」だ、と言った。
その認識さえ、「彼女」が出来るまでのことだと知っている。あたしは。 けれど、 まぁ別に悪くはないか、と思う。
あぁでも、言葉にして初めて思ったけれど、 「彼女」が出来たら、寺島は、 あたしを愛したように彼女を愛するのか。 そのことは、また今度考えよう。
そう、別に悪くはない。 最悪の時期を思い浮かべれば。 あんなに悪いときもあったのに、今はこんなこと言える。 よっぽどだ、って思うし、 極論を言えば、あたしは、 寺島に必要とされるなら何でもいいんである。
しばらく抵抗するものの、応えるあたし。 こんな風だから、どんなに真剣に悩んでも、 周りの人間には、 ただのバカップルだからそのうち片付くだろうとか言われるんだろうか。
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前日の日記、追記をしています。 よろしかったら、どうぞ。
2004年11月15日(月) |
誕生日に、考えていることは + 〆 |
毎年楽しみだったはずの誕生日に、考えていることは、 2004年11月15日になってもう17時間が過ぎようとしているのに、 寺島からの言葉が無いこと。
今年の第一号はマリコで、0時ちょっと過ぎにまた歌詞送ってきてくれて、 9時ごろどかどかっと、大学の友達からメールが来た。 ありがとありがと、って打ちながら、頭は寺島のこと考えてた。 皆ごめんね。 でも本当に、ありがとう。
幸子が、リクエストあったら言ってよって言ってくれたけど、 そんな言葉だけで十分、嬉しかったよ。
昨日、寿司を前にして、せわしなく動く家族を見ながら。 あたしは何て幸せ者だろうと、1人泣いていた。 家族の前で泣いてもよかったけど、 それを恥ずかしがらずにいれるほど、大人でもないらしい。 昨日はよく笑って、よく泣いた。
理解したくないの、なんて、 また我が儘。
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この日記を書いて1時間後、 寺島からグリーティングメールが届いた。 日記を見てから書いたのか、とも思ったけど、 それでも、 あたしのために動いてくれたことは確実。
誕生日だから、素直に受け取ってしまおう。 すごく、嬉しい。 ありがとう。
やっとあたしは、今日が自分の誕生日だと信じることが出来た。 あなたで完結する、誕生日。 幸せ、です。
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BBSへのメッセージも、ありがとうございました♪
2004年11月12日(金) |
けど、否定はしてくれなかった。 |
恋人ごっこが、うまくなる。 そして必要以上に、肌が恋しくなる。
寺島が、夏の自動車学校で出会った女の子。 祥子、って呼び捨ててたときは驚いたけど、 完全に友達として見てるって、早くからわかった。
久しぶりに祥子ちゃんの話が出て、 自動車学校には行ってないのに、って聞くと、 電車が同じなんだと返ってきた。 また少し、羨ましい。
最近、冗談が増えた。 苦笑するような。
「陽ちゃんが口にした女の子の話は全部覚えてるよ?」
「じゃぁ俺がお前以外に抱いた女は?」
「祥子ちゃん」
「…何で祥子だよ(苦笑)彼氏いるよ」
「仲良しだからー」
「あのねー、祥子はもう『友達』に固定されてんの。
俺の中で」
「ふーん。じゃあたしは、
『セフレ』に固定されてるんだね」
寺島は少し笑ってくれたけど、否定はしてくれなかった。
でも、これは木曜日の昼間の会話。 寺島は、学校サボって来てくれた。 幸せのハードルを低くしたら、全部幸せになる。
下手にフォローなんてしなくていいよ。 あの頃みたいにきつく抱き締められることも、 どちらからともなくキスする瞬間も、 2度と戻ってこないって、やっと実感した気がする。 だから。
失ってから、1年以上経つのにね。 ごめんね。
言わない努力も、すごく大事だと思う。 思うけど。 やっぱり、支えて欲しいときもある。
2004年11月10日(水) |
ないのかもしれない。 |
あたしの誕生日に、 藤原が、飲み会してやろっか、って言ってくれたけど、
「いいよいいよ、気持ちだけで十分だよー」
なんて、あたしらしくないこと言ってた。
「本当?嬉しーいっ♪」
と手放しで喜んだときも、確かにあったのに。
最近感じるのは、全てが変わってゆくこと。 5月4日は戻ってこないこと。 もうあんな安くて少ないお酒で盛り上がれることは、ないのかもしれない。
去年の誕生日は、寺島に、
「今日誕生日だから祝ってよ♪」
って、 藤原になら簡単に言えることが言えなくて、 苦しかった。
今日が誕生日ってのは知ってるはずだから、 別のことでメールしたら、ついででも言ってくれるかな、って、 必死の思いでメールしたのに、 数時間後に返ってきたメールは、相変わらず素っ気無くて。 おめでとうも当たり前のようになくて。
メールを送るときは傍に居てくれた藤原も、居なくて。 寂しくてたまらなくて、お風呂場で泣いた。
最近の涙も、 いつか忘れられるかな。
電車の中で、躊躇うことなく泣いた。 終電だったから、人はあまりいなかった。 本を読み進めずに、何度も窓を見て、 風景を見るふりをして自分の顔を見ていた。
あたし達の信頼関係は、深いようで、 実は脆いのだと思う。 寺島があたしに寄せる信頼の要素には、 あたしが寺島だけを想っていることもきっと入っている。 だからもしあたしが新しい人を見つけたら、 もう心を開いてはくれないんじゃないかな。
それは少し嫌で、 そうなっても、仲良くやってられる位置にいたいのだけど。
少し思い返したら涙が出るような、 深い傷もまだ残っていて。 2月のメールも、4月の電話も、9月の告白も。 終わったことなのに、じくじくと涙腺が音を立てる。
けれど、寺島が昨日、4時間過ごした後にくれた、 「お世辞じゃなくて楽しかったよ」 って一言で、 はちきれそうになるくらい心が満たされる。 もうそれ以上のセリフは、要らない。 あなたが満たされたなら、あたしは何も言うことがない。 そんな、馬鹿。
ねぇ陽ちゃん。 彼女が出来る前に、もっとたくさんのあなたを見せて。 もっとたくさん、テニスの話をあたしに聞かせて。 あたしの中のあなたが、ずっと鮮やかであるように。
もっとたくさん、あなたを残していって。 あたしが笑えるように。
2004年11月06日(土) |
寂しさが埋まらないの。 |
寺島を送った帰り道、 兄さんに報告しようかな、と開けた携帯を、 やっぱり閉めた。 よく考えなって言われたことを、思い出したから。 1人で考えても結論は出ないけど、 兄さんが優しく教えてくれるわけもないし。 それは悪い意味じゃなくて、 自分で辿り着くことの大切さを兄さんは知ってるから。
でもやっぱり、わかんないよ。 とりあえずこれから、どうしたらいいのか。 何を目指して歩けば良いのか。
恋人にはなれない、って事実を再確認して。 ぽたぽた泣いたけど、 寺島は涙を拭ってはくれなかった。 それでも何でもなかったようにごまかしたのは、あたしだけど。
あたしは何が嫌なんだろう。 好きな人と楽しく過ごせて、仲も良くて、 抱きあえて。 何が不満だって言うんだろう。
我が儘だと思う。 欲張りだと思う。 図々しいと思う。
でもどうしても、寂しさが埋まらないの。 今も溢れる涙の意味が、どうしてもわからなくなるの。
今日はどうしてこんなに、涙が止まらないんだろう。 嗚咽が洩れるほどに。 寺島はたくさん、一緒にいてくれたのに。
過ごした時間と涙が比例してる。 こんなの嫌だ。
もっとたくさん泣いておけば、 寺島に彼女が出来ても、笑っておめでとうと言えるかな。 あたしが欲しいのは、その未来。
未来のために、今。 そういえば、そんな話を今日したね。
この間の投票ボタンに、
「今のあたしは、涙を受け止めてくれるならもう誰でも良い」
と書いていたら、 寺島が電話で、笑いながら、
「いつでも泣きにおいで」
と言っていた。 読んだでしょ、と言っても、いつものとぼけた声である。
誰でも良いけど、嘘は嫌だ。 矛盾しているかな。
今のままで、いいや。
携帯のディスプレイに表示された名前。 それをあたしが、 あたしの中にある「寺島の知り合い」から検索してる間に、 あなたが今すぐテニスに行くことは、決まってた。
テニスを選ぶことを、 あなたはすごく気にしてくれたけど、 あたしの中では、 そんなに悲しむことでもないんだよ。
あなたがテニスを選ぶことは、 もうあたしは知っていた。 あなたが躊躇わないことも、判ってた。
意外だったのは、 そうやってあなたが必死に謝ってくれたこと。 フォローしてくれたこと。 約束をたくさんしてくれたこと。
「好きだよ」なんて、 言わせてごめんね。 あんまり申し訳なさそうにするから、意地悪してみた。 でもありがとう。
いつもの強がりだなんて思わないでね。 あたしは本当に、怒っても悲しんでもいないから。 悲しむ要素なんて、ひとかけらもなかったの。 あなたと過ごす時間は好きだけど、 テニス馬鹿のあなたも、好き。
最近寺島がハマっている占いの本によると、 そんな時間を過ごせるのは今年限りみたいだから。 今は寒いし、大事にしていようかな、と思う。 結局あたしは、 寺島と仲良くやってられれば、何でもいいみたいだし。
でも寺島の性格とか、 あたしとの関係の特徴とか、 本当によく当たってて、すごく笑えた。 未来のことは、どうなんだろうな。 楽しみ。
気がついたら、 出逢いの月の10月が終わっていて、 振り返ってみて、 あったようななかったような。 とりあえずそれ以上の進展がないことは確実である。
別の雑誌には、11月3日に運命の出逢いとか書いてある。 あたしの携帯には毎朝、その日の占いが送られてくる。 少し、閉口気味。
「来年恋人が出来るらしいよ、俺」 なんてメールされても、 「ふーん」 としか返しようがない。
いいんじゃないの? 同じ、テニスしてる人で、 テニスの話が出来て、 テニスのとき逢うんだからデートしなくてよくて、 細くて。 きっと、そんな恋人が出来るんだよ。
あたしがそれまでの、 寺島のための女だとすれば、腹も立たない、別に。 愛されてもいないのに抱かれるのには、 もう慣れてしまった。 あたしが愛しているから、可能なだけ。
「まりあはね、今年はよくないけど、来年から変わるって」 あなたがいるのは、よくないことなのかな。 来年、あなたに恋人が出来て、あたしから去っていって、 それであたしの状況が変わるってことなのかな。 しかもそれは、あたしにとって良いことってことだよね。
考え付くのは早かったけど、 認めるのは、ちょっと時間がかかった。
何が悲しくって、恋する相手に、 「当たってるといいな〜♪恋したいな〜」 なんて言わなきゃいけないんだろ。 泣きたかったけど、電車だったから我慢した。
だって別にこの人は。 あたしに恋されたいわけじゃ全然なくて。 「彼氏作れ」 って言うし、 男の子の名前出したら喜ぶし。
寺島が喜ぶならそれでいいんじゃない? もう難しいこと考えるのは、疲れた。
1人で泣くことは、思いがけず辛いから。
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