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同業者で親しくしている人が、在外研究で1年間海外に行くというので、内輪の壮行会に呼んでもらった。うんせ、うんせと浴衣を着ていく。会場に早く着いたので、デパ地下でフリーズドライのお味噌汁を10個ほどお餞別に買っていく。心が弱った時に飲んでもらおう。 待ち合わせに場所に行くと、みんなに「どうしたんですか」「気合が入ってますね。」といわれる。主賓にも「何かあったんですか。」とか聞かれたので、あなたのために着てきたのだというのと、驚かれた。あまり浴衣ぽくないからかな。 この間マダムの浴衣ショーに行ったときに、浴衣の衿に伊達衿をつけるとよいと聞いたので、薄紫のシーチングを買ってきて縫い付けてみたのが効いているのかも。それといつもの紅白リバーシブルの帯を白い面を出してヤの字に結んで、帯締めはこの間300円で買った青い鴨川組み。 浴衣に伊達衿をつけるメリットは、アクセントになること、浴衣に汚れがつかないこと、伊達衿にやわらかい衿芯を通せば衿がすっきり立つこと。紺地の浴衣は涼しげでシックだが顔うつりが悪い。特にマダムのオリジナル浴衣は半身が無地のものが多いので、襟元が華やいだほうがいい。加減がわからずに分厚く縫い付けてしまったので、少しがばがばしてしまうので、改良の余地がある。 壮行会は少人数だったが、普段会えない人、友達の友達であまり話したことがない人も来ていて楽しかった。 海外生活が有意義なものでありますように>該当の方。
今日まで3日間集中講義。 4年目なのでペース配分もわかっていて楽。授業自体は淡々と進めたが、この非常勤先は今年度限りなので、集中講義もこれで最後だなーと思いながら、別のところでいろいろ思うところあり。 毎日1限〜4限だったので、涼しいうちに家を出て夕方涼しくなってから家に帰るストイックな生活。冷房がギンギンに効いた中で2コマ授業、持ってきたお弁当を食べ、インスタントコーヒーを飲み、また冷房がギンギンに効いた中で2コマ授業というサイクル×3。ついでに夫は出張中。 ある時、授業をしていたら突然に顎関節が痛くなっていることに気づく。たぶん寝苦しくておかしな体勢で寝ているうちに寝違えたのだと思う。しっかりとかむことが出来なくて辛い。おとなしくしていればそのうち直るだろう。 その他、この3日間の成果としては、帯締め3本とカキ氷。 カキ氷は、講義の後どうしても食べたくなって、大学から駅の反対側にある老舗甘味処へ。シンプル氷あずきを食べる。が、これが絶品。欲を言えば、氷がもっとふわふわした削った氷だといいのだけれど、なんのてらいもない白蜜が絶品。あんこは少し白っぽくなっていてこれもなんとも言えずおいしい。 カキ氷だけで8百円ぐらいするのも納得。 カキ氷を食べてから夕飯も外食。急に貧乏臭くなって、モ○バーガーでこれまたシンプルなテりヤキバーガーとドリンクのS。終わり。 帯締めはリサイクル着物の店のワゴンセールで。近くでお祭りをやっていて、商店街がこぞって大売出しをしているのだ。どこのどなたさんがお締めになったものだったのか。濃い青と薄い青と白のグラデーションの鴨川組が3百円。煉瓦色の平唐組、ラベンダー色の冠組が各千円。こうやって最初の誓いとは裏腹にどんどん物が増えていく。 通りににはお祭りに向かう、ぴらぴらした浴衣すがたのお嬢さんたちが多いが、同じくてれてれした若者の姿も。きりりとした若衆というのは、なかなか見かけないものだ。年配の人々の浴衣姿はくつろいでいていい。場所柄花柳界のお姐さんたちもいて、その迫力ある美しさに思わず振り返る。 おばちゃんが1人、浴衣の腰紐だけを結んだ状態で、前をはだけてすたすた通りを渡っていった。今のはいったい夢?幻? この町にも「たん○屋」というリサイクル着物のチェーン店があるのだが、ふらりと寄ってみたら、さっきのおばちゃんが帯を結んでもらっているところだった。店員のお姐さんに「カルタ結びにしますか?貝ノ口にしますか?」と聞かれて「もう年だから貝ノ口でいいわ。」と答え、まだまだいけるといわれてそうしてもらっていた。あの年恰好や雰囲気で帯結びを知らないとは思えないので、加齢で後ろに手が回りにくくなったのだろうか。こういうお助け的な存在が町にあると便利だと思ったり、でも、そもそもこの店は「た○す屋」になる前はなんだったんだろうと思ったり。 あと、この3日間のショックなこととしては、大量に作っておいたビシソワーズがダメになったこと。熱を加えると暑いからってんで、低い温度で作ってたら冷蔵庫のなかで逝っていた。いくら冷やしてから食すものでも一度はしっかり熱を通さないとだめなのよね、じゃがいもはいたみやすいんだし。反省。
夫の研究室にいる留学生の1人がお国のカレーを振舞ってくれるというので、彼の住むお台場の学生会館まで出かけた。彼は来日して数年になる。初来日の頃から手料理のカレーをご馳走するからといわれていたのだが、それじゃいつ呼んでくれるのかというとまだ練習が必要だからもう少しうまくなってからといわれ続け、やっとこの日を迎えたのだった。 せっかく郷土料理をご馳走してくれるのだから、こちらも民族衣装(浴衣)で行く。今年は浴衣大活躍。帯を貝ノ口にするがこの時点で汗だく。遅刻決定。 手ぶらで行くつもりらしい夫に意見して、31でアイスクリームを調達していくことにしたが、人数がわからない。全部で何人になるか問い合わせてみろと言うが、あと2人呼ばれてるはずだから全部で5人だと言って聞かない。人数がわからないならアイスクリームケーキにしようかと提案したが、却下されて「種類が選べるから」とレギュラーカップを半ダースを頼んでいた。フレーバーは適当にばらけさせるのかと思いきや、たった6個の中にマンゴー味2種類を入れてある。 …この男が考えていることが未だによくわからない。 彼の家を訪ねると、果たしてガールフレンドが来ていて、早くも予定より人数が増えていた。全部で6人になると聞いて安堵(したのは私だけ)。 お台場の学生会館は思ったより広くて、快適なつくり。彼が住んでいるのは単身者用だが、他に子無しカップル、家族用とあり、日本人の院生もお世話係として各フロアに住み込んでいるらしい。通学の交通費はちょっと高くつくが、家賃格安なうえに周辺施設の優待が受けられたりして、うらやましい。 カレーは、辛さを3段階にしてチキン、野菜、ビーフと用意してくれていた。彼の国はヒンドゥー教ではないのでビーフカレーはOK。他にグリーンサラダ。お米はネットで取り寄せた本国のもの。私が辛いものが苦手なので普段ロクなカレーを口に出来ない夫、大興奮。私も苦手ながら一番辛いカレーにも挑戦して大変においしかった。 デザートにアイスクリームを食べ、おしゃべりをして、他に呼ばれていた学生さんの車で送ってもらって帰ってきた。それにしても最近のカーナビはすごい。電車も乗り換え案内とプリペイドカードを使うようになってから、ほとんどルートを考えないようになったが、車のルートはもっとすごい。これからいく先で起きている事故や渋滞をカーナビは既に知っているし、臨機応変にルートを変えてきたりする。こんなにすごいカーナビが発達したのは、交通事情の厳しい日本ならではだろうな。
夏になるとあちこちで一時帰国の人が増えるので、忙しくなる。 兄達の家族も一時帰国中で、久しぶりに姪や甥に会ったらすっかり友達との付き合いを優先する人になっていてさびしかった。遊んで欲しがっていつまでもついてくる時代は終わったのだな。 会社に勤めていたときの同期の一人が一時帰国するので、ランチタイムにひさしぶりに会うことになった。東京に住んでいる同期より会う機会は多くなるのだな。4人で集まる予定になっていて、そのうち1人ははじめての赤ちゃんが生後半年なので、彼女の家の近くで食事をしてから彼女の家にちょっと寄ることにする。 着付けのお稽古で先週習ったばかりの格好で行く。汗だく。着物で出かけるとどうも見積もり時間より10分遅くなるのが常。準備不足もあるが歩く時間を倍にして見積もらないといけないということにまだ慣れない。 マダムに「夏に着物姿でいる人の義務は、どんなに暑くても涼しげな顔でいることよ。」と厳命されていたので、がんばる。着物はもちろん洋服より暑いのだが、もともと暑いのが当たり前なので、案外ストレスがない。布を重ねているので案外日差しが和らぐというのもあるかも知れない。がんばったかいがあって、褒めてもらってよかった。 集まった4人とも女子高〜共学私大というルートなのだが、そのうち2人は3年間家庭科があって、和裁で浴衣を作ったことがある。そうすると着物のつくりとか各部の名称とか、なんとなく覚え知っていてうらやましいと思う。もちろん今からでも覚えることはできるが、頭の柔らかいうちに手を使って覚えたことは、苦労した思い出とともになかなか失っていかないだろうと思う。 私の出た学校は、自分の進路にあわせて履修科目をかなり自由に組み合わせることが出来たので、受験に必要がない科目はどんどん切り捨てていってしまい、家庭科は1年しかやった記憶がない。私大文系志望だったので、理系科目しかり、倫社政経しかり。 確かに受験には有利だったが、今になってみるともったいなかったなと思う。 新米ママは赤ちゃんにメロメロ。献身的な育児ぶりがほほえましさを通り越してちょっと心配。比較的近所に両方の実家があるので大丈夫と思うけれど。
夫の仕事仲間の1人が来日しているので、一緒に晩ごはんを食べることになった。せっかくなので浴衣を着る。帯締め帯留もしてちょっと大人につくってみたが、どうだろう。伊達衿をつけるともっといいらしいのだが、まだ縫い付けていない。 海外からのお客さんが来ると、初回はいつも西新宿の高層ビル群の中にあるすき焼きやにいく。ここはオフィスビルの地階にあって休日は閑散とするので、休日限定のお得なコースがあるのだ。掘りごたつ式のお座敷もあって、着物姿の仲居さんがつきっきりでお給仕してくれる。先附から小鉢、牛の握り、デザートまでついて5000円ちょっと。 彼が泊まっているホテルは東新宿なので、ホテルに迎えに行くのに副都心線に初めて乗った。電車は今までの有楽町線や東上線なので新鮮味はないが、ホームが、あかるーい、ひろーい、あさーい。明治通りの真下を通ってるせいか、思ったより浅い。その代わり水平方向に歩く距離が長いかな。 すき焼きの予約までまだ時間があったので(というか何も考えずに時間を決めたらしい)、ホテルから猥雑な歌舞伎町を抜け、高層ビル群を抜け、常に変わり行く町のコントラストを楽しみながら、大体30分ぐらい歩いてすき焼きやさんに到着。 メニューを貰うと料金体系が今までと変わっている。休日のお得なプランもあることはあるのだが、ちょっとずつ高くなっていて、ここにも例外ではないのだなぁと実感。数年前は、1人ずつに敷き紙があって、細工も細かく、牛の握りも大きかったのだが、いつの間にか敷き紙省略、握りも小さく、と実質的な値上げが行われていたのだが、ついにこの時がきたか、という感じ。 お料理もすき焼きも今までどおり変わらずおいしく、サービスも行き届いていて結果的には大変結構。お客さんも喜んでくれてよかった。 ずっと先のことだと思っていた地下鉄も開通したし、値上がりもしたし、世の中変化しているのだなぁ。
付属あがりと推薦が多いせいか全体的に幼く、大学生と言うよりもむしろ中学8年生と呼んだほうがいいような非常勤先Mの2年生。 反抗的な学生ではないのだが、必修授業なのにクラス内の仲がよすぎて、時々学級崩壊寸前。授業中のおしゃべり携帯いじりは当たり前、教室を歩き回る、寝そべる、歌う、教員に世間話を振ってくる…etc 世間話の一例 「ねえ、先生、先生、先生ニコ動とか見るんすか?」 「一応、見ますよ。Youtubeもチェックします。」 「えー何見んの?何見んの?」「『歌って見た。』とか?」「『踊ってみた』!」 (『おっくせんまん!、おっくせんまん!』と背後で歌う声) 「いやそれはあまり…」 「コメントとかする?」「『うp乙』とか?」『乙!』とか?」 (『おーつ!』、『うp乙』、『うぽつ!』と口々に叫ぶ) … 呆れるを通り越してむしろ楽しい。 で、そんな風になつく彼ら。 授業に行こうとしたら、いつも特に騒ぐ一団が目の前を通りすぎていった。期末なので他の建物にレポートを出しにでも行くのだろうか。声をかけようとしたが、気づかれなかった。 授業に当然遅れて入ってきた彼ら。 「さっき、○○君たちを建物の前で見かけましたが、シカトされました。」 というと、 「えーウソ、今?マジ?どこで?」と大騒ぎ。 1人の学生が 「あ!やっぱり先生だったんだ!さっき、○ちゃん(愛称)が言ってた!」 「○ちゃんとは誰ですか?」 「後期この授業とる××君です。」 「で、何て言ってたんですか?」 「『きれいなオバサンがいた』って。『あの人、若い頃はきっとモテただろう。』って言ってた。」 …絶句。 学生たちも「それはビミョー…。」とか言っている。 彼らとは親子ほどにも年が離れているので、オバサンと言われることには異論はない。が、「若い頃はもてただろう」という言葉に軽くダメージ。 「今もモテますよ。」なんていうと大変なことになるだろうから、オトナの配慮で黙っていた。 以上自慢話でした(←ほんとか。)
マダム大荷物でふうふう言いながら登場。 先日お願いしていた付け帯と袖丈をつめた振袖・襦袢、それに夏の着物に合わせる小物類を持って来てくださったのだ。付け帯・振袖・襦袢の加工賃はそれぞれ6千円。6千円で箪笥の肥やしが生き返るならば安いもの(←ちゃんと着ればね)。 小物類は、マダムが私に合わせて選んできてくださったものなのでどれも選びがたく、結局持って来ていただいたほとんど買っちゃう。帯揚げ4枚と帯締め3本。夏用の小物と言っても、盛夏と残暑では季節感が違うので、この数になるのも無理は無いが、夏向きはこれで一生買わなくてもよさそう。ちょうど義母が誕生日祝いを包んでくれたので気が大きくなったせいもあるが、マダムが正札より2割引いて下さったので、ほくほく。 で、先週の金曜日に届いたシルック(R) 東レ。「私が行くまでそのまま置いておきなさい」という言いつけを守って、梱包を解いただけでしつけも外さずにおいたのを着てみる。 まずは単衣の着物。モスグリーンがかった白に草花文様が縦縞のように入ったもの。生地がするするしているし若干丈が長めなようで、滑って難しい。おはしょりに苦戦。ぎゅぎゅーっと腰紐を締める時に左側をやや下げるように言われる。もう一通り着られるので、すでに習ったことばかりなのだが、なかなか大変。これに京袋帯を締める。帯は黒地に博多献上柄。一見渋い色合いだが、黄土色、エンジ、白、と様々な色が入っているので、案外着物を選ばなさそう。本体は軽くていいのだがこれも丈が長く、お太鼓を作るのに汗だくになる。ペールブルーの帯揚げにペパーミントグリーンの帯締め。(これらの色の和名はなんというんだろう) とりあえず両方に袖を通してみることにして、次は絽。シルックの絽なんて、ちょっとまがい物ぽくないかと言うと、マダム「洋服だったら化繊着て恥ずかしいなんていう人いないでしょ。着物もおんなじよ。」と一刀両断。確かに。絽は薄い紫がかったピンク地に香道で使う源氏香の図となでしこをモチーフにしたとび柄。 これに早速できあがったばかりのサーモンピンクの付け帯。この帯はしつけがついたままの状態で母の箪笥から持ってきたもので、おそらく昭和20年代後半のもの。マダムがおっしゃるには、昔の帯だからだから丈も短いだろうし、なにより芯がしっかりしていて重いので断然付け帯にすべき、と太鼓判を押されてこの度めでたく生まれ変わった。 付け帯は、予想以上にすばらしい。ぐるぐると帯を胴に巻いて、お太鼓部分を胴にクリップで引っ掛け、帯揚げ帯締めをしたら振り返るともうお太鼓ができているというのは、一種マジック。結んでいる間の汗かきも半減。夏は付け帯に限ると思う。 草花の模様が入った少し深い色合いのピンクの帯揚げに、ペールブルーの帯締め。甘い色なので帯揚げはややふっくらと仕上げる。 というわけで一挙にモノが増えて箪笥がそろそろパンパンになってきた。浴衣や小物類など桐箪笥にしまう必要がないものは、出してしまえばいいのでは?といわれる。シルックも当然箪笥外通知。 ついでに軽く箪笥の中身チェック。大叔母から母に形見分けされた泥大島は、私には小さすぎるが、おはしょりをつけないで民芸風に着るとよいといわれる。よく見ると裾がこすれて傷まないように裏側にきれいなリボンが縫い付けてある。昔の人はこういう手間を惜しまずに着物を長持ちさせたんだなぁ。 この間、悉皆やさんから帰ってきた義母の大島は、丸洗い13650円(税込)という大枚を払ったので少し凹んでいたのだが、マダムのお見立てによると品がいいので高い手間賃をかけただけのことはあるといわれ、ほっとした。 他の単衣の着物にも手持ちの帯揚げや帯締めをいろいろあわせて遊んでみる。今さらながらコーディネートの面白さに感じ入っている様子のマダム。 マダムお帰りになってから諸々をマダム宛に振込み。ちょっと青ざめるが、今回は夫からもお誕生日祝いとして補助金が出て、着物一着分ぐらいは出してもらったので、青ざめ分は少し軽減。
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