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2007年12月29日(土) 年末休業

私の北陸時代にできた現地の知り合いは、T口家と温泉の近くの大衆割烹の店のマスター。先年代変わりで、幹線道路沿いに新装開店したというので、お昼はそこへ行ってみた。例のお米を使ってランチを出しているという。大衆割烹の時代とはずいぶん雰囲気が変わっていて、これなら金沢のほうからも客が尋ねてくる感じ。マスターにあうのは3年ぶりで、例のお米を東京でさばいているといったら、「一味やね。」と笑われる。
夫の体調が絶不調なので、お餅つきは早めに退去して、T口家にもどり、夕方の電車で金沢へ。香林坊あたりの電飾が美しい。金沢は世界遺産入りを目指しているらしく、町は再開発の真っ最中らしい。夫の体調が復活してきたので、デパートでお土産を見繕って、ゆるゆると待ち合わせ場所へ。途中21世紀美術館前を通って見ると館内真っ暗。かろうじて執務室だけ明かりがついていてレストランも休んでいる。よく見てみたら今日から年末休業に入っていた。そうか、暮れも押し迫ってるもん、当たり前だよな。
夜はみんみんさんとリーさんご夫妻と、いつもの和食の店に行く。ご夫妻とこの店に行くのは3回目。Kくんとじゃれながら、お座敷で気兼ねせずに楽しく食事をする。リー氏に「れいこなさんの日記、非常勤のことしか書いてませんよね。」といわれる。確かに。大学の愚痴ばっかりだ。これからは着付けのことばかり書くぞ!(←ちょっと違う)ここのマスターはもともとフランス料理の修業をした人で、野菜は能登の実家から送られてくるものを使っていて、素材の味を生かした組み合わせの妙が楽しめる。この店に行きだして10年以上になるが、いつ行ってもがっかりすることがない。ちょっと客あしらいがなめらかになっていたのは唯一残念。
今度はまたいつ来られるか。

昼にいった店:二兎 http://www.2to.jp/index.html
夜にいった店:旬菜焼 はざま http://gourmet.yahoo.co.jp/0006711554/M0017000472/


2007年12月28日(金) もちつき1日目

昨日は夜T口家に10時前にたどり着き、お風呂に入ってビールを一杯飲んで寝るつもりが、夜1時までお母さんと話し込んだので、朝はゆっくり起きる。
しかし、T口家の人々はすでに5時ごろから活動開始している。
昨日は仕事だった夫の到着を待って、お昼過ぎにもちつき会場へ。みんみんさんと赤ちゃんKくんにもその場に来ていただいて1年ぶりの再会。私の知らない間に山のほうを通る山側環状(金沢外環状道路)というのができていて、それで30分近く行程が短縮されるのだとか。赤ちゃんはずっしりと育って表情も豊か。ぺったんぺったんつくそばから辛味餅、あんころ餅と食べ、つく前のもち米をくすねておむすびにして食べ、外のかまどで炊いたぼたん鍋を食べ、満腹。
散々食い散らかしてT口家へ戻りお茶。T口家のニューフェースSくんとKくんを対峙させてみる。去年KくんがT口家に来たときは、Sくんはまだお腹の中。Sくんをお腹に宿したママがずいぶんKくんのことを可愛がってくれたのを覚えている。言葉は発しないけれど、お互い通じるものがあるらしく、なにやら交信している様子。人の出入りが多い家で育っているせいか早々保育園の集団生活に慣れているせいか、攻めるSくん受けるKくん(←やや表現が違う)となっている。物怖じせずニコニコと近づいてくるSくんに対して、ややKくんたじたじとなっているのが面白い。月齢を重ねた分、照れることを覚えてしまったか。
みんみんさんをお見送りして、私達は車を借りて近くの温泉に行く予定が、夫が死体のように眠り込んでしまって起きず、結局夜まで寝てT口家の内風呂にお世話になる。内風呂といってもかまどの薪で炊いたお風呂だ。こっくりと温まって湯冷めしにくい。
夜は宴会。新鮮なお刺身、ぼたん鍋、甲箱ガニ、京都伏見の発砲酒。お腹が一杯でおいしいものは入る。もちつきのドンも地酒をぶら下げてやってくる。町内といってもひろうござんすが、車で10分ぐらいのところに住んで気取らず行き来するっていいなぁ。会のお米をどうやってこれから広めていくか、なんて話も結構真剣にする。「生産者の顔が見える」ことばかり大事に言われているけれど、生産者にとって「消費者の顔が見える」ことも大事だから、毛嫌いせずに東京に視察に来るよう誘う。


参考サイト:おいしいお米はこちら。→http://www.sangoukai.net/


2007年12月27日(木) 乗換え案内様

クリスマス会をやるお宅は東京よりの埼玉、乗換え案内で調べていったのより一つ前の電車に乗ったが、乗り継ぎが上手くいかずに結局同じ時間になる。年賀状がまだかけていないので、早めに家を出てどこかで書こうと思ったが、支度をしているうちに初産のともだちから出産報告が来て吹っ飛ぶ。おめでとうおめでとう。42歳で不妊治療の末にやっと成功。よくがんばりました。年賀状は電車の乗換え時間にちまちま書いたり。書き終えた分を出そうと思ったが、家の近くで出し忘れ、目的地ではポストの位置がよく判らず結局ずっと持ち歩いたまま。
クリスマス会のお宅に着くと、なぜかトルティーヤの皮を伸ばしている。狭いテーブルの上はトルティーヤの具が盛られたお皿で一杯。野菜スティックとバーニャ・カウダ(アンチョビのソース)もある。ターキーを焼くといってたのに…??と思っているとターキーは今オーブンの中なのだという。デザートのタルトタタンの具、ターキーにかけるクランベリーソースも作成中。主催者が作りたいものを作っているらしいのだが、どれもこれも量が多くないですか?ターキーもヤングサイズだというし、パンも沢山あるし、全てが10人ずつある。ディップを少なめにしていってよかったけどパンは余計だったかも。こういうときは、全部を人数分で用意するのではなく、4人前ぐらいずつ何種類か用意したほうがいいんですよ、とアドバイスすると、「私田舎者なので、テーブル一杯になっていないとやなんです。」との答え。なるほど。
なんかぐだぐだだがまあ、たまにはこんなのもいいか。私は部屋にあった「美しいキモノ」の春号を読みふける。着物姿を企てている人って案外近くにいるのね。ホットプレートとオーブンとコタツをつけているので、途中でブレーカーが落ちたり、いろいろあって結局トルティーヤをホットプレートで焼きつつ、やっと宴会が始まったのが2時15分。ちなみに集合時間は1時。
CD聞いたり、料理の感想を言ったり、あっという間に2時間ほどが過ぎ、私は北陸行きを目指してお暇。
これから空港まではたっぷり2時間かかる予定。しかし乗換え案内つくづく便利だわ。ルートの最適解を探すための頭は確実に使わなくなっている。しかもどこにいくのもパスネットなのでいくら使ってるかもわからないまま。
1時間ぐっすりと車内で寝て、池袋から山手線。浜松町から久しぶりにモノレールを使ったが、最近は羽田直行なんていうのがあるんですね。20分もかからずに空港へ。
ラウンジで数枚書き続ける。飛行機は定刻どおりに搭乗口を離れたものの、
タクシーの時間が長くウロウロとずっと走り続ける。水平飛行になってひたすら年賀状を書き続け、なんとか着陸までに書き終わり、空港で投函。空港の投函口は年賀状とその他に分かれていなかったが、大丈夫なんだろうか。


2007年12月26日(水) 畳紙とりかえ

着物を包む畳紙(たとうし)は古くなるとカビを呼んでよくないらしい。母や伯母のところから来たものは、いずれも黄変していて一部朽ちているところもある。多くは京都や銀座の呉服屋の名前が印刷されて「おあつらへ」「○○さま」と書かれている。それ自体が母達にとっては思い出なのだろうが、私にとってはそのことを知っておけばよいことなので、デジカメで生地の画像と畳紙の表書きを画像に収めつつ、じゃんじゃん入れ替えていく。格闘すること数時間。先月呉服屋さんの歳末大売出しで買い占めた畳紙18枚(3枚×6パック)を全て使い、もともと持っていた不織布の着物袋を全部使って収まった。あとは防虫効果のあるウコン色の風呂敷に包んでごまかしてみたが、これで正しいか年明けに着付けマダムに見てもらおう。
あっという間に夜になってしまったが、明日は夜から北陸行きでその前は明日は同業者が集って遅めのクリスマス会。雪はまだ心配なさそうだが、普段は着ないフリースなど冬用の衣類をキャリーケースに詰め込む。ユニクロのヒートテクすばらしい。
クリスマス会(主催者がターキーを焼いてみたかっただけとも言う。)の方は、久しぶりにクラブモールド(かにのディップ)を作る。中に入れるマヨネーズも手作り。お鍋一杯に出来上がるがこれが10人分なのだという。明日はこどもも入れて10人集まるそうだが、これじゃあまりに多いよ。たまたま六花亭のストロベリーチョコの容器があったので、それに詰められるだけ入れることにする。荒熱が取れたら冷凍庫に入れて、食べる数時間前に出すらしい。
へーそれは名案。


2007年12月25日(火) 母の着物に赤が多いわけ

「七緒」を読んでいたら、祖母や母の箪笥の中身を見てみるという特集があって、やはり昭和30年〜40年代の着物は赤が多いという話が出ていた。祖母の着物は戦時中にほとんど食べ物に化けてしまったので、確かめようがないのだが、昭和20年代後半に買ったという娘時代の母の着物は赤系統ばかり。
結婚してからの母はほとんど着物に袖を通すことはなく、昭和40年代半ばの私の幼稚園の入園式や卒園式、小学校の入学式でも、ほとんどのお母さんが羽織り姿だったのに、母だけは一貫して洋服を着ている。
単純に娘時代のものだから赤が多いのかと思っていたのだが、母にその話をすると、戦争中はもんぺに暗い色の服ばかりを着ていたので、戦後になって物資が豊かになってからは、皆が明るい色のものばかりを着たという。だから私が黒・紺・茶といった地味な色を好んでしているのを、不思議な思いをしてみていたのだという。そういえば、義母も私にもう少し派手な色を着たほうがいいと言ったことがある。
平和になって爆発的に明るい色味のものが流行ったのか。暗い色が流行るのは、その分平和だということなのだな。


2007年12月24日(月) サンタさんのプレゼント

サンタさんはこどもの頃から我が家には来ず(親から手渡し)、こてこてのミッションスクール育ちの夫にとっては、クリスマスはどこか他人事の宗教行事なので、二人とも商業的クリスマスには乗っからない。これでこどもでもいればまた別なのだろうが。
結婚して初めてのクリスマスは、二人ですき焼きを食べに行った。古い民家風のすき焼きやの広い座敷に通され、車なのでビールも飲まずにもくもくとすき焼きを平らげた思い出。
ケンブリッジにいたときはアドベントだクリスマス・キャロルだとそれなりに盛り上がり、東京に住み始めてからはほとんどとりならべをしていたので、とりならべを11月にやるようになってからはなんとなく手持ち無沙汰。
今日は二人で出かけて、貴金属を見るわけでもおもちゃを見るわけでもなく、なんとなく本屋へ。私のところに来たサンタさんは着付け関係の本を2冊くれた。着付けを始めて3ヶ月、まんまとハマった感じがする。
夜になって繁華街のライトアップを見て早めに帰宅。年賀状に載せる画像を加工しようと思ったら、なぜだかPicasaのインストールから始まり、ウィンドウズアップデートだの、画像スキャンだので時間がつぶれる。結局仕上がらなかったよ。

サンタさんがくれた本たち
君野倫子『きもの便利帖』河出書房新社,2007.
村林益子『美しいきもの姿のために』筑摩書房,2007.

このほかに、七緒(プレジデント社 http://www.president.co.jp/nanaoh/index.html)のバックナンバーを出回っている分だけ大人買いし、年明けから定期購読するのはナイショだ(誰に?)


2007年12月22日(土) 冬至

本当に今年最後の授業。
雨がぱらついているので冬至と言う実感はなかった。
非常勤先Lで予約をしていた本が貸し出し可能になったというので、のこのことりに行く。非常勤先Lは、教員談話室に週刊誌や英字新聞などが潤沢にあったので、それを読もうと思って行ったらカラ。先月から購読はやめたらしい。世知辛い世の中よのう。
図書館の新着本のコーナーにテロ特措法に関する本があったので、借りる。テロ特措法、特に給油活動を推進する側の本だ。電車の中で最初の数ページを読む。今のところわかったことは、資源を輸入に頼る日本の安定は、世界の平和が不可欠なので、テロリストに対抗することが大事。給油船と被給油船が数時間にわたって数時間航行して行う給油活動には、高い技術が必要で、それができるのは日本以外に数カ国しかないから日本がやるべき。国際社会で一目置かれたいなら、貢献していることを他の国にも認めてもらわなければならず、湾岸戦争時にクエートから感謝すらされなかったことを忘れてはいけない、などとが書かれている。しかしテロリストはいかにしてテロリストになりしかということは書いてない。インド洋上で作業中の甲板は70度にもなるのだという。そんな過酷な状況で働いている人達がいるのは事実だ。
西国から牡蠣届く。電子レンジに殻ごとかけると美味ですわ。牡蠣に追いやられてかぼちゃの出番無し。ゆず湯に入る。

防衛知識普及会 『テロ特措法 [海上自衛隊の給油活動]』 内外出版。


2007年12月21日(金) 着付けマダム8回&えびたい

非常勤先Bは今年最後の授業。
ここに限らず、年明けに盲腸のように1コマないし2コマのが普通。2コマになるのは、冬休みと祝日がぶつかるとか、何かの拍子で間が3週あいた時になる。ここは年明け1回で終わる。あけましておめでとうございますといいながら始まり、今年度はお世話になりましたといって終わる。
師走で道路渋滞してバスが遅れ、遅刻しながら教室に。2コマ目は早く切り上げたかったのだが、学生さんはそのようなつもりはさらさらないらしく、質問やら提出物の確認やらやっていたらベルがなった。図書館にいって延滞していた本を返し、目当ての本を借りるべく書架へ。なかなか面白そうなのでよしよしと思いながら貸し出し手続きすると、なんと禁帯出。あれぇ、見た目からは判断できなかったよ。コピーをとってもよかったのだが、時間もないし、興味のありそうなデータ部分だけ、携帯のカメラでデジタル万引き(いや、万引きじゃないか)。思いのほか時間がかかってしまった。
大急ぎでケーキやさんに寄って、ケーキを3人分買って帰る。他の人が着付けているのをみるといい勉強になるというマダムの意見で、今日はようこさんがゲストとして参加するのだ。ここでもちょとと時間がかかる。
バスは帰りも渋滞して、通常なら10分少々のところが20分以上かかる。鋭意片付けしているとマダム来訪。えーと、まだ2時です。お茶など出しつつ、箪笥を発掘した成果などをお見せしつつようこさんを待つ。ようこさんお着物で登場。マダムは一目ぼれらしい。ようこさんのher historyを聞いてますますファンになってしまった様子。むべなるかな。
二人でお互いの着付けの手順を観察したり、薀蓄を拝聴したりしながらお稽古は進む。マダムに頼んでおいた底の部分がウレタンになっている草履、マダムが気を利かせて2足用意したのを、ようこさんも思わず買う。マダムの勝ち。
二人で今期最高の着付け姿になり、ケーキとようこさんおもたせのマドレーヌなどを食べて、おそろいの草履で外出。全然異業種じゃない異業種交流会でお世話になっている先生のお宅に、クリスマス用のパンを頂戴しに伺うのだ。時間的に晩御飯も頂く予定。途中で最中などを買って、先生宅の最寄り駅まで。なんとご夫妻でお出迎えだった。思いがけないご夫妻の姿にびっくりするわれわれ。そして思いがけない服装のわれわれにびっくりするご夫妻。
てっきりお宅に向かうとかと思ったら、商店街を抜けてすっきりとしたおすし屋さんへ。着物でお寿司っていいよね。大変においしかったが、具合が悪くならないように用心しながら飲んだり食べたりする。やや控えめ。
その後、お宅に寄ってコーヒータイム。写真をばちばち撮っていただく。お土産に約束のパンをいただき、ぽんかんをいただき、りんごをいただき、デザインのいい中国製のお玉をいただき、銀座くのやの和風ハンカチのセットをいただき、夫用に竹とんぼと逆立ちゴマをいただき、大荷物になって帰る。ごちそうになった上にこんなにしていただいてよいのでしょうか。先生にお返しするとまた倍返しになるので、pay it forwardと参りましょう。


2007年12月15日(土) 捻出

二週続けて午後〜夜は専門学校の集中講義。
成績のつかない一般教養的な授業だし、本業の勉強が忙しく、仕事と勉強の二束わらじの人も多いので、やっているうちに彼らの集中力が途切れてくるのは仕方がない。ここで彼らの気力・体力を慮って軽薄短小にするか、授業料分みっちり授業をするかはどちらが正義なのか、けっこう悩ましい。結局のところ、授業料分みっちりコースを選んでしまうので、彼らの気をそがないように歩き回ったり、気を引くようにボケてみたりして、その分こちらがどっさり疲れた。
真っ白な灰。
休み時間中にすこし気を許してきた30代の学生さんから、普段はどこで仕事しているのか聞かれて「大学で教えています。」と答えると、「おおっ大学ですかぁ。」と軽く驚かれたあと「オレも大学行ったらなんとかなりますかね。」と聞かれて、ややたじろぐ。その問いを発する彼の気持ちというか今おかれている状況はわからないでもないが、なんという漠然とした曖昧な問いかけ。
彼が、というわけではなく、大学に行ってもなんともならない人は沢山いるし、大学に行かなくてもなんとかなる人もいるだろう。しかし現在、職に直結する国家資格をとるために専門学校に通っている人からその手の質問を受けるとは思わなんだ。たじろいでいるうちに「オレでも大学は入れますかね。」という質問もされたので、とりあえず、今の大学はかなり入りやすくなっていること、社会人学生を積極的に受け入れている大学も増えているということを伝える。その先がどうなるかは私には何も言えないしわからない。
だいたい20代の学生と30代の学生(妻帯者)がいるクラスなのだが、忘年会を計画しているらしく、30代の学生たちがぼそぼそと忘年会に参加するかどうか相談している。昼間働いているとはいえ、学費も払い、生活もし、ということで、宴会のお金を捻出する余裕がないらしい。

こういう人達の学費で私の給料はまかなわれているのだよなぁ。体力はめちゃくちゃ消耗するが教える内容を考えると割のいい仕事だ、とか勝手なことを言っている自分が申し訳ない。


2007年12月14日(金) 手ぬぐい

着付けを習い始めて以来、和モノの合理性に興味が出てきた。風呂敷と手ぬぐいは使いこなしてみたいところだ。
夕方銀座に出る用事があったので、思いついて東銀座の大野屋に行ってみる。しかし、それにしてもクリスマス間近の銀座は華やかでいいですなぁ。たまにはこういうところに来ないとね、といつもながら思う。
大野屋は、歌舞伎をよく見に行っていた頃から存在は知っているのだが、見るからに老舗然としたたたずまいになんとなく自分が場違いの気がして、足を踏み入れたことはなかった。近づいて行って見ると、店内はにぎわっているし、店の外には観光客の好みそうなものも売っているので、安心してがらがらと引き戸を開けてみる。狭い店内にぎっしりと手ぬぐいやら足袋やら小物類が並んでいて、手ぬぐいは大体600円台。
普段のタオルハンカチ代わりに使いたいと思ったので、モダンな柄を目指していたのだが、いろいろ見て回るうちにやはり昔ながらの可愛い柄に心動かされ、来年の干支のねずみのものを1枚、鈴の柄のものを1枚買うことにした。
昔ながらの帳場に五代目だというおじさんが座って客をさばいている。おじさんにお勘定を頼むのはちょっと恐れ多いので、きびきびと働く若い女店員さんにお任せ。買い物を済ませてから、時間つぶしでお茶をしようと思ったが、メニューを見るだに高い。非常勤先Bの近所であればケーキセットが1コインなのに、銀座では札が必要なのだわ。興がないと思いながら結局スターバックスに行ってしまう。隣の人の話に聞き耳を立てながら(←悪趣味)遅れているクリスマスカードを書いていたら、知らないうちに時間が過ぎていて次の用事に間に合わないことが発覚。あわてて地下鉄に乗る。

夜は異業種交流会。
やはり全然異業種じゃない。

参考サイト:
銀座大野屋 http://www.ginza-oonoya.com/


2007年12月13日(木) さささっ

朝、ターミナル駅から出発を待つ電車内で。ホームに下りるときにドア付近の人にぶつかってしまったらしい女子大生風が、「あ、どうも、ごめんなさい。」とニッコリ笑ってぴょこんと頭を下げた。とっさにこの行動、なかなかできるものじゃない。

シルバーシートのあたりで、なにやら「いやいやいや。」「どうもどうも。」という声。見ると白髪の紳士が席に座ろうとしているところだった。そこの席はさっきまでOL風の人が座っていたところ。「シルバーシート座ってら。」と冷ややかに見たのだが、どうやら彼女、ただちに席を譲ったらしい。
ところが着膨れのこの時期、シルバーシートは4人がけなのだが、白髪の紳士は体格がよくて、OLさん跡地には体が入らないようす。「これはちょっと無理ですな、はははは。」と立ち去ろうとする紳士を、他の人達がおしとどめて席を詰めあって、4人キュウキュウと座って出発。

平地にあるがゆえにバリアフリーでない某非常勤先。授業に向かう移動中、階段の下で「せいの〜っ」という掛け声。車椅子を使うクラスメートを数人で車椅子ごと持ち上げている。授業が終わって戻るときはまた車椅子ごとそろりそろりと下りてくる彼ら。毎週見かける風景。

急行の待ち合わせをしている電車内で、車椅子の若い男性が降りようとしていた。介助の人もいないし、ホームでスロープ用の板を持って待つ駅員もいない。いつもこうやって一人で移動しているのだろうか。電車とホームの段差が上手くクリアできないらしく、ちょっと人が滞留したが、誰かが車椅子をホームに押し出した。男性はそこからホームの反対側で待っている電車に乗り込もうとするが、やはり上手く段差を上がれない。発車のベルが鳴る。既に車内で座っていた学生風の人がさっと立ち上がって、ホームに下りて男性を車内に乗せた。何駅目か過ぎて私が降りるとき、もうその男性の姿はなかった。誰かが手伝ってスムーズに降りたらしい。


2007年12月10日(月) お宝発見

着物に興味が出てくると、街中に着物姿の人と呉服屋さんが目立ってくる。案外、着物姿って多いものだ。若い人もけっこういる。電車で着物姿の人と乗り合わせると、さりげなく近づいていて観察したり。いい具合になじんでいる人もいれば、何がどうとはいえないけれどちぐはぐな感じの人もいる。
電車に乗っているぐらいなので、めちゃくちゃ豪華だったり、ぐずぐずに着崩れたりしている人はさすがにいないのだが、形が決まっている(=制約が多い)のに、これだけバリエーションがあるって面白い。
先日、畳紙を買った商店街では浪漫風というかKIMONO姫というかコスプレというか、なんだかすごい格好の人も歩いていた。レースの半襟とか、ギンガムチェックの帯とか、ちょっとこれはついていけない…と思っていたが、実家に行ってクローゼットをあさっていたら、母の帯締めが入った箱が出てきた。これはKIMONO姫垂涎(?)のレトロ趣味。母の娘時代のものなので、着物自体も赤い系統のものが多いのだが、帯締め然り。しかし、ターコイズブルーとショッキングピンクとか、朱色に青と黄とか、大胆な色使い。帯飾りも3つぐらい入っていた。これはこれで可愛いし、今あるものを活用するには、めざせKIMONO姫なのかも。


2007年12月08日(土) よくはたらきました。

午前中に非常勤先T、夜に専門学校の勤労日。

少し早めに家を出て1月からのフランス語教室の申し込みをする。週2回コースなので3か月分まとめて払うとかなり青ざめる。受付のお姉さん、悪気はないのだろうが、ちょっとやさしくなくて凹む。そりゃあなたは毎日この細かいカリキュラム表を見慣れているでしょうけど、私は年のせいか眼が弱ってきたので、そんなにすぐ対応できないのよ。

授業開始ぎりぎりに大学に着き、すぐに授業。学生さんの発表を聴く。こちらも生半可な気持ちで参加していた人達がドロップアウトしてしまったので、少人数でゼミのようで充実している。いろいろと気づかされることが多く、こちらが勉強させてもらった思い。お昼を食べて、専門学校。非常勤先Tは都心にあるので、どこへいくにも便利。専門学校から家に帰るときは電車を3〜4回乗り換えて1時間ぐらいかかるのだが、非常勤先Tから行くと乗換え1回で30分で着くのでお得な感じ。

専門学校の集中講義、今月は準初心者クラス。先月の授業の後でテキストを細かく全面修正したので、かなり進めやすくなった。順調に予定をこなして、4コマやって終わり。控え室でお茶を頂いていたら、給与明細を渡された。昨年度はもらった記憶がない。今年度から1コマあたりの報酬が低くなったのだが、今年度は源泉徴収分上乗せで提示額がまるまる支給される計算になっていた。前年度は提示額から源泉徴収されていたのだが…。行き始めてからまだ1年足らず、一度として同じだったことがない不思議なところだ。
なんにせよ当初あてにした額より多くなってちょっとにっこり。でも、交通費の記載がない。交通費は払われるのかな、また問い合わせしないと…。

さすがに朝から晩まで働いて、真っ白に燃え尽きはしないが、ぐったりした。


2007年12月07日(金) 着付けマダム7回

非常勤先Bと着付けマダム。
なんかだれていて、いきもかえりも地域の巡回バスを利用してしまう。教室に行く途中、同じ方向に歩く学生のにぎやかな声を聞きながら後ろを歩いていると、突然「先生だれ?」「れいこさん、なにがしれいこ先生」という声が聞こえてきた。へぇ、私って学生からファーストネームで呼ばれてるんだ。面白い。私は大人気ないので「それは私のことですか。」と後ろから声をかけ、話に混ぜてもらう。授業回数も終盤。授業に身の入らない人達はすでに挫折してすでにドロップアウトしてくれたので、最近はかなり集中して授業に取り組めるようになってきた。

急いで家路に着く。着付けマダムのお茶請けには乗換え駅で最中を買うことにしたので、今日はケーキやさんは素通りして巡回バスに乗った。が、時間帯が悪く、急行の待ち合わせとか特急の通過待ちとかで時間がかかり、結局歩いて駅まで行くのとあまり所要時間の変わらないことになってしまった。
それにしても街路樹の公孫樹の美しいこと。今年はいつまでも暖かくて葉が落ちきらないでいたのを、12月の声を聞くやぐっと冷え込んできたので、このように鮮やかに紅葉したのだろうか。午後の角度の低い日差しを浴びて、はらはら、はらはら、と舞い落ちている。葉が枝を離れるその瞬間は誰が決めるのだろう。
帰宅してからご飯をかきこみ、大車輪で部屋を片付け、お道具を…と、しているとマダム到着。定刻10分前。お茶を出して最近買った着物の本をお見せする。長くこの業界で仕事をしてきたマダムはこの本の執筆陣のほとんどの人と面識があるらしく、マダムお喜びで話が弾む。
あちこち掃除が行き届いていないのはいつものことなのだが、初冬の日差しは窓ガラスの汚れを目立たせるのだな。私が長じゅばんを羽織る間に、マダムが窓越しに見える街路樹を鑑賞していて、決まりの悪い思いをする。
箪笥の中のものをどんどん着ましょうというマダムの意見で、空色の紬に青っぽい紅型の帯を合わせて着てみる。母の箪笥から持ってきた古い染みだらけの絞りの帯揚げがクリーニングから戻っていたので早速それをあわせてみる。全面にある細かい染みはクリーニングでは落ちなかったそうだが、表に見えるのはほんの少しだから気にしないでどんどん使うべしとのこと。絞りがとれてもいいのできれいにして下さいと伝えてあったのだが、絞りもきれいに残っていた。帯揚げは少ししか持っていないので、数のうちと思って甦ってよかった。短めで幅も狭いので、却って扱いやすい。今日締めてみた紅型の帯はかなり短めなので、扱いにはちょっと工夫が必要のよう。
前回よりも更にスムーズに進み、マダムもご機嫌だったので、お稽古の後に箪笥の中身を少し見ていただく。母の娘時代の銘仙やお召しなどがあるのだが、それにあわせるには普段使っている長襦袢では袖の長さが合わない。マダムと一緒に発掘して、半襟の付け替えや袖の始末など指示していただく。それにしても昔の長じゅばんの華やかなこと。マダムによると、やはり母の着物はデザインが古いらしい。古臭いと見るかレトロと見るかだが、着物の移り変わりがあるというのは考えてみればあたりまえ。ちょっとした衣装史の一端を見る思いがする。
年内はもう一度お稽古があって、後は月1回ぐらいのペースで見ましょうか、という話になる。そのぐらいのペースで季節ごといろいろ学ぶことができればこちらもありがたい。お正月は着物だ。

NHK出版編『一人で着るデイリー着物―基本の着付けと帯結び (別冊NHKおしゃれ工房) 』日本放送出版協会,2002.


2007年12月06日(木) 歳末

木曜日。
クリスマスカード買わなきゃな、と思いながら例のほっこりカフェへ向かう商店街を歩いていると、呉服屋さんの前でワゴンセール。この呉服屋さん、店構えは立派なのだが、ショーウィンドウに訳アリ訪問着とか訳アリ振袖とかよく掛かっている。格安で着付け教室などもやっているようなので、着物初心者の販路拡大にも力を入れているのだろうなとは思っていた。歳末大売出しで3割引と書いてある。さいまつ?さいまつ?あーもう年末なのかorz
ワゴンセールの中身は、たたみ敷き紙(着物マット)、腰紐、畳紙(和紙・不織布)、クリップ、晒し布、足袋、半襟、うこん色の風呂敷、帯板など。母や伯母から譲り受けたもので、古い畳紙に包んであるのがけっこうあり、着付けマダムに新しいのに変えるように言われていたのだ。着物の枚数をちゃんと数えて、必要な数を申告すればマダムが送ってくれるといっていたのだが、送るのも手間だしと思ってマダムにその場で電話してお伺いを立てる。果たしてマダムの答えはOui。風呂敷はいらないけど、畳紙は持ち帰るのが大変でなければ買いなさいという。3枚500円といったら「あら、けっこういいものなのね?」ということだったが、この3割引になるのでOK。小さい帯板も買った。
お店に入ると、姿見を前にして反物を胸に当てている女性二人。中年男の店員さんがちょうどそろばんならぬ電卓を叩いている真っ最中で、あの手この手でお客さんを口説き落とそうとしているところだった。おそらく予算をかなりオーバーしているか、全然買う気がなかったらしい。迷うお客さん、押す店員さん。その傍らでさっさと帯を包むおかみさん。男性の店員さんが多かったが、なんだか鬼気迫る様子だった。ちらと耳に挟んだところによると、仕立てが18万だとか。こうやって買ってもらわないと商売は成り立たないんだろうな。
おとなしくお金を払って出ようとすると、青年店員さんが「歳末セール始まったばかりなので、ちょっとごらんになりませんか?」と誘ってくるが、きっぱりと「いえ、これから出かけるのでけっこうです。」と断る。店員さんは「それじゃ、お荷物になって申し訳ないです。」といいながら渡してくれた。用事があってよかった。
あちこちの店で「歳末大売出し」のポップを見る。もうそんな時期なのよねぇ。うちの近所の商店街はさびれつつあるが、この商店街は古本あり、カフェあり、八百屋あり、肉屋あり、ケーキ屋ありで昔ながらの商店街と言う感じで面白い。ほっこりカフェにまたもよってしまう。今日はカフェオレ。うまいっ!店員さんはそろそろ私の顔を覚えているようだが、特に話をするでもなく。私は世間話をしたり店員さんと仲良くしたいわけではなく、ただひたすら癒しの時間を過ごしたいだけなので、これがいいのだ。

えーと、クリスマスカードを買うのは忘れました。それにしても毎日のように起こる人身事故は困ったものだ。


2007年12月02日(日) 秘密のお店

先日、オンライン古書店で本を注文したときのこと。
加入している各書店がそれぞれ自店の在庫データを出し合って検索できるようになっていて、注文後は直接各書店から連絡がくる。全国津々浦々の書店が集まっているので、思わぬところの書店とやりとりすることになる。
目当ての本を見つけた後、支払い条件などを見ようとして驚いた。店の所在地が隣の町内になっている。この辺に書店があったか、と考えて、Google mapで確認すると、いつも行っているスポーツクラブとうちのちょうど中間地点ぐらい。ますます近い。そういえば、この場所に古書店があったような気もする。昔は小規模な商店街だった面影は残っているのだが、次々と店じまいして今は文字通り仕舞た屋が並んでいる辺りだ。お蕎麦屋さんみたいな造りなのに、ショーウィンドには丼ではなく本が飾られているのを見た記憶がある。ちょっと前に店子が変わったと思っていたが、あれか。とても営業しているようには見えない。上はアパートのようだが、奥のほうででも営業しているのだろうか。
狐につままれた思いで注文を送信しておくと、翌日、先方から確認のメールが来た。確かに在庫があることと、近所なので郵送ではなく直接届けてもいいと書いてあった。店の営業時間は不定期で、週末のこの時間帯なら店にいるという。どうせスポーツクラブに行くので「取りに行きます」と返信しがてら入り口はどこにあるのか聞いてみると、折り返し来たメールには「シャッターを半分開けておきます。」
というわけで、今日、午前中にさっそく本を買いに行ってきた。近づいていってみると、果たしてシャッターが開いている。変わったと思っていた店子は実はその隣で、長らく空いていたところに新らしい店子がはいったのだった。蕎麦屋風の引き戸を開けると、中はどう見ても普通の古本屋。児童文学がやや多いか。声をかけるとニコニコと愛想のいい女主人が奥から出てきた。お客さんから連絡があるときぐらいしか店は開けないのだという。ふらりと立ち寄るのが書店の味だとすると、連絡してから開けてもらうというのは、プレシャーがあるな。お金を払って商品を受けとり、ちょっと秘密めいた思いを抱きながらお店を後にした。


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