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非常勤先Bへ。打ち合わせと提出と別件の打ち合わせと。これが済めば対外的には夏休みである。8月を目前に急に暑さが増してくる。夏場になってなんとなく食指が動かなかったのだが、久しぶりにケーキを食べたくなって別件の打ち合わせは例のケーキ屋さんのイートインで。途中で寄り道したくなったので、いつもとは違う駅まで乗って家具などをふらふら見て回る。細かい収納用品を買って(またか!)帰ったら夫がもう戻っていた。 下ごしらえをして出かけたので、あっという間に準備ができてあとは盛り付けて食べるだけ。鶏もも肉を一口大に切って、片栗粉をまぶしてゆでたものを冷やし、付け合せにたたいたきゅうりを添えて酢醤油で食べる。片栗粉でややとろみのついた鶏のゆで汁は、そのまま塩コショウで味を調えて溶き卵を入れたスープに。自分でもやや物足りないかと思うあっさりした献立。 昨夜仕事帰りに同僚と外食して、いつもどんなものを調理するのか、という話になったのだが、それにしても私が作るものといえば、切るだけ、煮るだけ、ゆでるだけ、という省プロセスものが圧倒的に多い。相手は料理は趣味の一つという実家住まいの独身男性で、それに比べるとお恥ずかしいほど日々粗食である。得意料理はなに?と言われても答えられない。味も手順もしっかり覚えていていつも間違いなくできる、つまり自信があるものならいくつかあるが、結婚して何年も経つ既婚女性で「得意料理は肉じゃがでーす」「へぇ、意外と家庭的だね」などという会話は成り立たない。こんなものは言ったもの勝ちなのだが、もし突っ込まれたらと思うと無難なことしかいえない。ちなみに目玉焼きには自信がある。 日々の献立は気合と手順と遊び心だと思っている。家では料理に対してけちをつけられるということがほとんどないので、献立に頭を悩ませることもない。いつもぱぱっと作って楽しく食べるのだ。
去年配偶者を亡くした友人がいて、それ以降の生活をWeb日記で公開している。感傷的になることを禁じているかのように、新たな挑戦を鼻の先にぶらげて、ぎゅうぎゅうとありったけの日常の雑事や時に楽しみが詰め込んである。時折配偶者氏に対しても、それを読んだ彼の苦笑いが想像されるような、読む人によっては辛らつにも思える言葉が綴られている。しかし一方で一見さばさばと暮らしているように見える彼女が、思いのほか過ぎ去った時間を振り返り、立ち返り、さまざまなポイントで現実と感情の折り合いをつけながら前に進んでいる姿が、日々の率直な文章から浮かび上がってくる。それは彼女の強さでもあり、他方、それらの想いを吐き出さずにはいられない性のようなものだと思っている。 私が彼女の立場であれば、おそらくそこまで直截に書かないか、あるいは偽名を使うと思うのだが、あえて本名に近い形でそれらを公表しているのは、誤解を恐れずに言えば、よくも悪しくもとても彼女らしいやり方だと思って読んでいる。そして案の定というべきか、そういう彼女の書き方、特に配偶者に関する記述について、本来そういうことは心の中にしまっておくべきことで公表するようなことではない、という意見があったのだという。その意見はある文脈でYESであり、ある文脈においてきっぱりNOである。ご本人はよかれと思って彼女にそう助言したのだろうと思う。しかしその時その時の気持ちはパーツとしてはどれも本当で、けれどもモザイク画のようにパーツが集まって全体から見たとき、必ずしもその個々がその姿で顕れるものではない。ある一部分を切り取って、それを元に判断して意見を言う。それは、そのように思う人もいるのだということを知る上では有用かもしれないが、それ自身に振り回されることはあまり意味がない。時間が十分たったのだからそんな言い方をしなくても…という意見も、その時間はその人の時計で測った物言いである。思うところはそれぞれあるにせよ、正しいことは必ずしも一つではなく、立場によってさまざまに変わる。その人のその意見も今は心の中にしまっておいたほうがよかったのかもしれない。 という私こそ、こういうことは心の中にしまっておくべきだったか。
午前中も引き続き片付け。といっても無駄にたまっているものを捨てるだけでなかなか整理するところまで到達しない。質量は減りつつあるのだが、見えない部分が減って見える部分が増えているので、かえってモノが増えているような錯覚を覚える。錯覚だよな、錯覚だよな…ぶつぶつぶつ。 午後になって先日の健康診断の結果を聞きに病院へ。内科の診察室へ入り、「満点に近い健康体です」とのことで、正常値であることを判断する基準などの説明を受ける。唯一異常値が中性脂肪。この年代だとビールの飲みすぎで高い人はいるが、私のは低すぎ。栄養失調という自覚もないのだが、食餌療法をしているわけでもないし、何か薬を飲んでいるわけでもない。体質的なものでしょう、ということになる。ということは人よりたくさんビールを飲んでも中性脂肪は異常値を示さないことか。得なような気もするが、もともとあまりビールは好きではないので、あまりメリットなし。 前回非常勤先Bで受けた検診よりずいぶん丁寧にやってもらったが、こちらは胃カメラがないので来年も両方受けることにしよう。
ここのところしばらく気ぜわしくて実家から足が遠のいていたのだが、週末に母から機嫌伺の電話が来たので、お昼過ぎに顔を出すことにした。ぶらぶら散歩がてら近所の和食ファミリーレストランで食事。引き取ってもらった収納家具のアフターケア(業者のようだ)。配置換えをしたり、収納物のアドバイスをしたり。自分の思惑とは別の使われ方をしているものもあり、改めて道具とは人によって違う用途を発揮するものだと感心する。 母の知り合いで自然派化粧品を扱っている人がいて、私もその人から買っているのだが、彼女は1〜2年ほど前にそこから分派した新しい会社に移って今は別の商品を売りに来る。私も母も前の定番商品で気に入っているものがあるので、それを買いたいというと、「新しくて便利なものがたくさんあるのに、なんで古いものを欲しがるのよ」と呆れていたと母が苦笑していた。話を聞きながら前回のNHKスペシャルを思い出した。イギリスの南極探検隊は、いまだに木製の装備を使い、その名もスコットテントという旧式のテントに泊まり、羊の皮に包まって夜を明かすのだという。別に伝統を重んじるイギリス人だからというわけではなく、それらが過去100年に渡って多くの隊員達に実際に使われ、有用性を証明されてきたからなのだという。 「古いからいいのではなく、価値があるからいままで消えずに残っているということもある、と言っておやんなさい(-"-)」と母に言い残し、都心へ。フランス語で一緒のクラスだったマダムがお店で着物を扱っていて、遊びにいらっしゃいといわれていたのだ。半襟と肌襦袢がくっついたような簡易下着を服の上から装着し、腰紐、帯紐でささっと軽く着付けてくれる。これも定番ならではのよさ。いくつか商品を合わせて遊ばせてもらった。おくればせながら浴衣を購入。マダム、商売上手。
本格的に家の片付けものをしている。 うちは基本的に見せない収納である。家具もシリーズで買い揃えたので、ぱっと見はすっきり片付いているように見えるのだが、実はいつ整理しても常に残り5%くらいは訳のわからない有象無象スペースができてしまう。それを繰り返すうちに、見せない収納というよりは「見せられない収納」になってきた。できるだけモノを増やさないようにはしているのだが、やはり経年的な蓄積というか、自分の思いとは別に増えてしまうものもあり、難儀している。今回一念発起して高さ2mの本棚を購入した。これはスケスケ、丸見え。 加えてモノが捨てられない。モノが増えても潔く捨てられればいいのだが、「後で役に立ちそう」というモノは捨てられない。空き箱とか紙袋とかネジとか。別にきれいだから取っておくとか、コレクションとして取っておくという趣味はない。今もてあましているのは、北陸で団地住まいをしていたときの日用雑貨である。地方のセコハン団地から都心の新築マンション。必要とする装備はかなり違う。ゴミ箱の大きさからして違う(もっともゴミ箱は引っ越すときに引き取ってもらったのだが)。昨日洗面台の下を整理していたらU字の便座カバーが出てきた。換気用にガラス戸を少しあけていた雪国のトイレで、ひゃぁーっとか言いながら用を足していたころが懐かしい。が、東京にきてからはウォシュレット標準装備なので金輪際使わない。 収納用品もある。大きいものは押入れ収納ワゴンから小さいものは調味料ラックまで。そもそも今は押入れがない。調味料入れもシステムキッチンなので要らない。散々もてあましている。先日は実家と交渉して、北陸時代に使っていた家具をいくつか引き取ってもらったが、まだ細かいものが残っている。収納用品の収納場所に困るだなんてアナタ、冗談じゃありませんよ。 便座カバーにしろ調味料ラックにしろ、まだ使えるものは捨てるに忍びないが、こんなものはマンションの購入価格からすると置き場所の方が高くつく。今日こそは捨てる!と意を決して他の場所を片付けにかかると、中途半端な空間が目に止まる。ここにコーヒーや紅茶の缶が置けたら空間が利用できるのに、と思った瞬間に調味料ラックは別の用途ですっきりと収まってしまった。捨てようと思っていた箱も一つ二つぴったりはまってしまった。他にもまだ使える場所があるかもしれない。これでまた他の箱も捨てられない。
2ヶ月ほど前にマンションの配水管清掃があって、管理会社から「おたくさまは何月何日の何時から何時までの時間帯にうかがいます。一斉清掃なので時間の変更はできません」という通達があった。が、その時間帯は我が家は不在。二人とも比較的時間の自由が利く仕事であるが、その代わりダメなときは絶対にダメである。時間の変更ができないのなら連絡しても無駄なのでそのままブッチ。そして1週間前に配水管清掃会社から「おたくさまは前回の配水管清掃が未済のようですので、7月25日9:00-12:00にうかがいます。一戸でも未済住居があるとマンション全体に影響しますのでご協力お願いします」というチラシが入っていた。ご協力したいのはやまやまだがこの日は横浜でランチの予定である。(私にとっては)何度目かのようこさんの壮行会で1ヶ月も前からメンバー全員で日程の調整をしていたのだ。11時には出ないと間に合わない。直ちに平日の昼間の予定を1週間前に通知されても困る〜と思いつつ清掃会社に電話し「10時半までに終わらないとその後は出かけてしまいます」と強気に宣言をしておいた。 作業そのものは簡単に終わるらしく10時20分に作業員が来て、10時半に出て行った。その後支度をして新宿経由湘南新宿ライナーで横浜に向かうつもりが、電車の遅れで新宿到着が後ろにずれ込む。しかも南口周辺は大改装中で、乗り換えホームがわからず袋小路に入り込んだりして、痛恨の乗車見送り。次は20分後。埼京線も19分後。おとなしく山手線品川経由で行くことにする。新宿から座れて恵比寿で湘南新宿ライナー接続のアナウンスがある。この時点で渋谷から東横線に乗り換えればよかったことに気づく。またも痛恨の極み。大崎でも湘南新宿ライナー接続のアナウンスがある。敵(?)は着々と追いつきつつあるらしい。大崎まで来れば次は品川なので大差ないだろうと思って品川から東海道線に乗り換える。開始時間まで20分の余裕を見ていたので、これでなんとか間に合いそうである。ほっとするのもつかの間、しかし20分余裕があったのなら20分後の湘湘南新宿ライナーでもよかったのでは…。またまた痛恨の極みである。せっせと乗換えをせずに新宿駅のコンコース内でお茶でも飲んで待つべきだった。 大消耗しながらよたよたと目的地に着くと、仲間が二人も改札口にたまっている。一人のプリペイドカードに不都合が生じてしまい、そのまま足止めを食って10分遅れで会場着。その後は全て予定通り進み、2時半閉店のはずが気がつくと3時半。ようこさんが後の用事があるのでそこで解散し、残り数人でちょっとだけお茶をすることに。ほとんど有職主婦なのでランチとなると有休を使う。子供達は通常通りに保育園や学童保育に預けてあるので、ここぞとばかりしゃべってしゃべって気づくと5時。子供もいないのに、育児に関して耳年増になっていく私。夫は帰宅が遅いといっていたので、急遽電話をかけて美容院に寄る。カットし終わると雨。ターミナル駅につくとさらに激しくなっていたので、めずらしく買い物したい気分だったのに、そのままバスで帰ることにする。横浜方面まで行ったのに、肉まんも買わず、デパートにも寄らなかった。 ようこさんちで今日冷蔵庫の大掃除をさせた話を反芻していたら、自分の家にも数日前からシチュー用の牛すね肉を解凍してあるのを思い出した。真っ青。『牛肉は腐りかけが旨い』ともいうので、まあいいかと思いつつ帰宅して8時半ごろからシチューを作り始める。テレビをつけると「魔女の宅急便」をやっていたので見る。KIKIかわいい。大げさでなく、戦闘シーンもなく、ハッピーエンド。ジブリの作品の中ではこれが一番好きと思う。シチューもCMごとに面倒を見て、かなりよいできばえになった。ポイントは古い肉か。
先週割と家にいる時間が長かったので、うっかりセールスの電話など出てしまったのだが、一つは元の勤め先で現ローン返済口である銀行、もう一つは投資用マンション。 銀行のほうは、その数日前に借り換えを勧めるダイレクトメールを送ってきていて、週末にローン説明会をするのでどうぞおいでください、と書いてあったのだがすっかり放置してあった。ちなみにうちからその支店までは公共交通機関はなく、歩いていくと30分かかる。うちは比較的ローンの利率が低いときに借り入れをしているし、おかげさまで順調に繰り上げ返済できているので、余計な手数料を払ったり、さらに借り換えの条件となる、銀行にとって「基盤」と呼ばれる五大振替とか給与口を、不便な立地の支店に変えるつもりもない。ということを一通り説明すると、「それでは今のところあまり借り換えにご興味はないということですね。」と声のいい男性行員は低音の甘い声でいった。 「いや…ていうかね、今私がお話したような内容は、お宅様のコンピュータに全て情報が入っているわけですよ。電話かける前に顧客情報データベース調べないと、無駄な手間と時間ばかりかかってもったいないでしょ?」と説教臭いことを言うと、「すみません、ローン残高しか調べていませんでした」と白状し、「どうもありがとうございました」と言いながら電話が切れた。ダイレクトメール代だけで100円ぐらいのコストがかかり、ここでまた電話代が30円ぐらいかかっているのだ。その分を利息にまわしてほしいものだ。 そして、投資用マンションのほうは「○○大学ご出身の方にお電話もうしあげております」とかいって、都心部の住宅地にできる1ルームマンションのオーナーになり、月々のローン返済額と同じぐらいの家賃で賃貸にださないかというもの。興味がないわけではないのでこの際聞いてみようと思い、「今はいいですけど、30年、40年たって老朽化したらどうするんですか?」というと相手は絶句した。そして受話器越しに『老朽化したらどうするかって…』という小声が聞こえて担当者が変わってひとしきり説明を受ける。とりあえずパンフを送ると言って電話は終わった。 それにしても気に障るのは両方とも「ご主人様にご相談いただいて」とか、「ご主人様のご意見は」とかいう。家の資産を仕切ってるのは私だといっても結局最後は「ご主人様」じゃないとおさまらないらしい。そのことを日ごろお世話になっている年上の男性に話したところ、その方の配偶者様も非常にそれを嫌ってて、いつもその手の電話にはお怒りらしい。さらにいうと「奥様でいらっしゃいますか?」と聞かれるのも大嫌いで、そう聞かれると「いいえ、留守のものでございます」とかとぼけちゃうのだという。 まあそのお宅は都内でも有数の一等地なので、それでも違和感はないのだが、さすがである。私もそう言ってみたいものである。 「手伝いのものでございます。奥様は世界一周旅行においでで、お戻りは半年後になります」とかね。
ハレの気配はなくひたすら夫婦背を向けあってPCに向かう連休。珍しく奥様向け朝の情報番組などをつけると、ロボコップ高見盛の特集。そのまま見ているとミネリュウタが出てきた。あるときは元・石原軍団、あるときは林家三平一家の娘婿、あるときは和田アキ子の腰ぎんちゃくとして、虎の威を借る狐ポジションで息の長い芸能活動を続けている。 画面は次の話題へと移り、退院後初仕事として新作映画封切の舞台挨拶に立ついかりや長介。絶妙な話術で観客をひきつける。ミネリュウタのコメント:「いかりやさん、おしゃれですよね。最近、なんか好感持てるようになって来ましたよ。」じゃあ今までは反感をもっていたのか、ミネリュウタ。それほどいかりや長介が許せなかったのか、ミネリュウタ。 画面は再び高見盛の特集に戻り、取り組みで勝ったあとの表情がいい、とスタジオで盛り上がる。そこでまたミネリュウタが一言。「あの泣いたような顔がいいんですよね、最近の相撲ってなんか生意気なのが多いじゃないですか。」「そうそう、貴乃花なんて勝つと目をむくしね。」あれで生意気なら、先輩力士をぐっとにらみつけてウルフと呼ばれていたころの千代の富士なんて、ミネリュウタ様からしてみると市中ヒキマワシノウエゴクモンハリツケだろうか? 回転寿司や家での焼肉にささやかな喜びをかみしめる庶民派代表のような顔をしてお茶の間に入り込んでくるミネリュウタ。神楽坂の一等地の、顔の大きさほどもある表札に太々と筆文字で「峰竜太」と書いてある純和風大豪邸に住んでるのは割と有名な話である。
私たちがあの年代の頃の原宿・竹下通りみたいなもんだろか。 原宿(というより表参道)はオトナ受けする街になったけど、109の本家ですら渋谷低年齢化現象に困惑して、30代向け109もことごとく失敗。渋谷はどんどんペラペラの街になっていく。
非常勤先Lで担当している今期最後の授業で終了時に拍手をもらった。先週非常勤先Bでも思いがけず拍手をもらい驚いたのだが、今日はそれに続き2回目。実は拍手をもらうという体験は今年が初めて。 今日は、外部から講演者を招いて1コマお話していただいたのだが、その方の話が非常に面白くためになったので、学生さんも心から喜んで拍手をしたのだが、そのおこぼれが私のところにもきたらしい。そういえば先週拍手が涌いた時は何人かにプレゼンテーションをしてもらって、それに対して他の学生さんも温かい拍手を送っていたので、ついでに私に拍手してくれた感じだった。つまりノリで拍手をする時とそうでない時があるということらしい。 というわけでこれからは拍手をしてもらっても何かの弾みだということを肝に銘じておこう。それと同時に拍手がなかった時も何かの弾みだと強く思うようにしよう。
なんかいろいろあったなーと思うのは、日記を書いてないからだ。 ここ1週間いろいろあった。フランス語の試験はやはり一応合格で、でも成績はあまりよくなかった。夏休みは結局夏期講習をとるのをやめて自宅学習にする予定。非常勤先Bは今日で前期終了。あー長かった。授業評価の結果が出てちょっと落ち込む。っていうか、好き勝手なこと書きやがって「なんだかな〜」という気分。最終週はレポート提出で、どうしても出られない人は友達に出してもらうように、と言ったら代理提出にした欠席者多数。まーいいんですけどね。でもこれでやる気のない人間ははっきりわかったような。 それと平行して為替と日経平均株価が動いている。1年前に3年物定期にしたNZドル(キウイというらしい)の中間利息が振り込まれた。10円ぐらい円安になっているので、差益分とあわせてちょっといい感じ。 一喜一憂が多かった1週間で、ちょっと情緒不安定気味かも。テレビをつけたら、金スマのリフォーム番組に見入ってしまう。裏庭に放置されたボートを見て、昔これであちこちいったという老人が言う。「面白くて、楽しかったんだ。」その無邪気な言葉がとりもどせない過ぎ去った年月を感じさせる。「面白くて、楽しかったんだ。」心の中で繰り返しているうちに涙がこぼれてきた。むー。もう寝たほうがいいかも。
掲示板のにぎやかさとは裏腹に(え、掲示板?と思った方はエンピツ経由でいらしている方ですね、このページはホームにリンクしてませんからなぁ)、ワタクシ本人はテンション下がり気味です。軽度な燃え尽き症候群とでも言いましょうか、他人に過度の期待をしちゃいけないぜ、ベイベーというか。おかげで昨日一昨日と夜9時過ぎに寝てしまいました。何も考えたくないときはひたすら眠るに限りますな。 フランス語の進級試験もなんとか終わりました。準備不足で、前回は「とれびあ〜ん」とほめられた口頭試問も頭真っ白。先生には一応「じゃあ、また9月に次課で会いましょう」と言われた気がするので、私の耳に間違いがなければ進級はできるでありましょう。夏休み中に夏期講習を受けるかどうかは迷い中。何かクラスをとらないと勉強しないだろうなーと思う一方、実際一番有効なのは今までの復習をみっちりやること、というのはよくわかってはいるのですが。外に行かなければ電車賃も移動時間も倹約できるしね。お化粧もしなくていいし。さてさて。
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