「腹が立ったら自分にあたれ、悔しかったら自分を磨け」村上春樹
確かにかっこいい言葉で、「なるほど」とは思うが、改めて考えてみる。 後者の「悔しかったら自分を磨け」は、まさしくその通りで、自分を磨くために努力をすれば良いのだと思う。 しかし、前者の「自分にあたる」って具体的にはどうしたらよいんだろう?簡単に言ってるけどこの具体化が難しい気がする。村上春樹がよく小説内でやってる、自分の未熟さやくだらなさをリスト化するってことだろうか。
例えば、 「原因に早いうちに気づいて対策を打てなかった責任は僕ではなく担当者にあるだろう。でも、自分がもっと物事を広く積極的に見れていれば防げたかもしれない。だから自分が未熟であることも原因なんだろう」 と考え、その未熟さをリスト化し、自分へ責任転嫁する。 こういうことを「自分にあたる」ということとすると、それなら一旦納得な感じがする。
しかし、結局はその自分の未熟さを埋めるために自分を磨く必要がある。だからこれも具体的な対策でいうと、前者と同じく自分を磨くために努力するってことだと思う。
とすると、結局はこういうことかもしれない。 「悔しかったら自分を磨け、腹が立っても自分を磨け」
うーん。結構かっこいいな。 これを座右の銘としようかな。
なんだか今日昼ぐらいに一気に何もかも嫌になって仕事したくねーと思った。そして海の底に沈んだように、どんなこともプラスに考えられない日が続いてしまうのかなって思った。いつ頃そこから回復するのかもわからないトンネルに入ってしまうのかもという心配になってとても不安になった。
昼からは会議があり特に役割は無くて発言する必要は無いんだけど、人に会いたくもないなって思った。所詮、揚げ足の取り合いなんでしょ。って思ってね。
やばいなぁと思いつつ、昼休み時間にTUTAYAに行ってミスチルの「箒星」を買った。前から欲しかったっていうのもあるし、ちょっとでも早くに救い上げてくれる何かがきっかけがあるかもしれないって思ってね。
でもそれは即効的には何も与えてくれなかった。そんなもんだよねと今までしてきた経験に照らし合わせてもそう思った。
そんな浮かない気持ちのまま会議に入ったのだが、意外に会議が良い場となって、揚げ足取り合いなんて全く無くて、どうすれば良いかを皆でちゃんと話し合えてた。終わった時には、なんか海の底に沈んでしまう不安は吹き飛んでた。
捨てる神あれば、拾う神ありだなって思いました。
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