いつもの日記

2006年06月30日(金) 課題設定と3つのパーツ

「物事を良くしていくには課題を解決すればよい。あらゆる物事は全て、inputと処理とoutputの3つにパーツに分けられる。ここでいう物事は、本当にあらゆるものを指している。人間であったり、仕組みであったり、だ。
課題を解決するためには、まずその課題がこの3つの内のどこで起きてるかを特定する必要がある。input方法に問題があるのか、処理に問題があるのか、それともoutput方法に問題があるか、だ。
もし、その課題がこれらのパーツを横断している場合、基本的には、その課題は分けて考えたほうが良い。逆に言えば、一旦捕らえた課題設定が大雑把であったので設定し直しをする必要があるということかもしれない」
グレーのスーツを着た中堅風サラリーマンが、同じ会社の新人君に言ってるようだった。
「もう少し具体的に言った方が解るかな。この物事を人間としよう。そうするとinput方法はコミュニケーションの聞き方及び情報の吸収方法。処理は思考。価値観や前提知識がかなり影響を与える部分だ。output方法はコミュニケーションの話し方及び情報の伝達方法。具体的にいうとこういう感じ」
僕はソファーの席で本日のコーヒーのアイスのトールサイズを飲んでいた。



2006年06月21日(水) 先生

スケジュールのレビューにてエスノ先生に手痛い指摘をされた。
さすがエスノ先生だ。やるべきことを解かっておられる。

だから僕はエムガワ先生からアドバイスを貰いつつ、
テイムラ先生に別の観点でヒアリングをした。

その時、後ろの方でワイダ先生はトラブル先生でエスカレーション先生もままならない程のドタバタ先生だった。
ビルの外は車先生が何百台も行き交い先生で晴天先生だった。

後日ある裏のラインから聞かされることになるのだが、その日のある瞬間にこの世界の全てが「先生」になっていたらしい。
目的は何かと尋ねると「悪ふざけ」らしい。

「さて」と思った。とりあえず仕事するか。



2006年06月19日(月) 「ノルウェイの森」感想文2

<上巻・212P>
「いちばん大切なことはね、焦らないことよ」とレイコさんは僕に言った。「これが私のもうひとつの忠告ね。焦らないこと。物事が手に負えないくらい入りくんで絡みあっていても絶望的な気持ちになったり、短気を起こして無理にひっぱりたりしちゃ駄目なのよ。時間をかけてやるつもりで、ひとつひとつゆっくりほぐしていかなきゃいけないのよ。できる?」
(最近仕事をしていても良くこのように思うことがある、丁寧に着実に投げずにやっていかないと結局余計に絡まって遅くなるのだ)

<下巻・170P>
「自分に同情するな」と彼は言った。
「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」
(その通り。永沢さんの言葉)

<下巻・227P>
直子の死が僕に教えてくれたのはこういうことだった。どのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみを癒すことはできないのだ。どのような真理も、どのような強さも、どのような優しさも、その哀しみを癒すことはできないのだ。
(この哀しみをいつか経験する時この言葉を思い出すのかな。それとも陳腐だと思うのかな)



2006年06月18日(日) 「ノルウェイの森」感想文1

4年振りに再読。
最初に読んだ時より面白かった。
レビューは別途書くとして、心に残った文をここに記しておく。

<上巻・18P>
「ねぇワタナベ君、私のこと好き?」
「もちろん」と僕は答えた。
「じゃあ私のお願いをふたつ聞いてくれる?」
「みっつ聞くよ」
直子は笑って首を振った。「ふたつでいいのよ。ふたつで十分。」
(ユーモアがある素晴らしい回答だと思う)

<上巻・49P>
深刻になることは必ずしも真実に近づくことと同義ではない
(深刻になる時と、真実に近づく時を状況にあわせて巧く切り替えなくてはならないことが難しいのだと思う。早すぎては「冷血」に見られ、遅すぎては「引きずり過ぎ」だと思われるからだ)

<上巻・105P>
「自分がやりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのが紳士だ」
(その通り。永沢さんの言葉)

<上巻・144P>
「ある種の人々にとって愛というのはすごくささやかな、あるいは下らないところから始まるのよ。そこからじゃないと始まらないのよ」
(愛には色々な始まり方があるのだろうと思う。だから始まり方よりそれが如何に変わっていくのかの方が重要だと思う。緑の言葉)



2006年06月07日(水) フォルクスのサラダバー

最近のランチはフォルクスによく行く。
ハンバーグランチセットならサラダバーがついて700円弱だ。
悪くない。

しかしサラダバーの皿は小さく全ての野菜を一度に盛るのは難しい。
なぜなら盛るべきものが10種類もあるのだ。
たった直径15cm程度の皿で何ができよう。

僕はランチを共にしたエスノさんにこの不満を爆発させた。
「なんでこの皿もっと大きくならないんですかね。僕基本、何度も取りに行くの嫌いなんですよ。できるなら一度だけにしたい。あんな作業は」

エスノさんはしばし考え笑顔で答えた。
「確かにそうかもしれない。でもさ、これ以上サラダバーの皿を大きくするとテーブルが一杯になってしまう可能性があるんだよ。解るだろ、いつもライスと肉とサラダバーの皿でテーブルの上がほとんど支配されているのを。だからおそらくサラダバーの皿のサイズは、そのテーブルの占有率も考えた上での最適なサイズなんだと思う。フォルクスを侮ってはいけないよ」

確かにほんとにその通りだと思った。
フォルクスを侮った僕が馬鹿だった。
そして僕の不満は一気に解消された。
何事も相談することは大切なのだ。



2006年06月05日(月) 神保町にて再び

「新宿線はこっちでいいですか?」
と背の低めで普通の体系のあまり今っぽくない女子高生に尋ねられた。
神保町の三田線ホームで電車を待ってた時だ。
僕は「えーとあっちだよ」と次は正しく答えられた。

その1週間後これまた神保町の三田線ホームにて、
「これは御成門にいきますかね?」
とおばあちゃんの手を引いた80歳くらいのおじいちゃんに尋ねられた。

僕の降車駅の次の駅が御成門であるなぁと思い、
「はい。これで行きますよ」
と正しく答えた。これで2−1。この打率にはイチローも舌を巻くね。

おじいちゃんたちは安心して電車に揺られてるようだった。
帽子をかぶってリュックを背負って朝からどこに行くんだろ。
でも僕もいつかはこうなるんだろうなぁ。

しかしながら近頃、神保町で尋ねられることが多すぎる。
おそらくホームで行き先を聞かれる人生のピークなんだと思う。



2006年06月04日(日) 短冊

「主張することや押し売りしても存在価値は産まれない。自分に関係するできるだけ多くの人を幸せにするために僕らは生きてる。生きる意味ってそういうことだと思う。自分の存在価値はそうすることで産まれる」

今日お台場のヴィーナスフォートに行った。
そしたらたまたま平井堅の新曲「バイマイメロディー」のプロモーションをやってた。それは、「七夕の願い事を短冊に書こう。願い事が平井堅の目に留まった人を七夕の日のライブにご招待」というものだった。僕が笹に結んだ左上の方に「世界平和」と書いてる短冊があった。

「世界平和」と書いた人がどういう想いで書いたのか僕は知らないけど、それを投げるのではなく主体的には実践するには、少なくとも自分に関係する周囲の人を幸せにできなくちゃならないだろうな。そんなことを考えていた。そしてそれが自分の存在価値となるんだろう。

でも、もし当たったら、ライブのある7/7(金)は会社を休んで福岡にいかなくちゃならない。それも大変だ。さてどうしようか。当たっても辞退するか。悩ましいなぁ。



2006年06月01日(木) ひいおじいちゃん

ひいおじいちゃんのルーツを調べるため一之江の国柱会に行く。
石原莞爾や宮沢賢治も在席したところだ。
事務所は村の役場の雰囲気で人も七人くらいしかいなかった。
何故来たのかを説明するとひいおじいちゃんのことを調べてくれた。

僕は若い感じの女の人が入れてくれたお茶を飲んで待った。
女の人の格好は区役所にいそうなノーマルな格好だった。
僕の会社は私服だから意外に新鮮だ。

そんなことを考えながらお茶を飲んで調査を待った。
でも時代は大正のことだ100年は経っていないがやはり古い。
データベースも無いしグーグルも無い。
昔の紙の資料を目で見て探すしか無いのだ。

難航しているようで、僕も少し諦めお茶を飲み終わろうとしてた頃
「もしかして、これですか?」
と係りの人が国柱会の百年史という本を開けて持ってきてくれた。

ひいおじいちゃんの名前は確かにあって与謝局長となっていました。
携帯で父に電話をすると、
「局長をしていたことは知らない」
とのことだった。新事実でした。

宮沢賢治の辞世の区がある庭にでた。(庭といっても墓地でもある)
いい天気で気持ち良かった。
芝生と木々の緑と空の青のコントラストが気持ち良かった。

帰りに駅前にあるモスバーガーで昼ご飯を食べた。
こちらも冷えたトマトと熱い肉のコントラストが効いて美味しかったです。


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