大学時代に最寄のサンクスで買ってよく食べてた。 それから結構ミルクレープには目が無い。 そして先ほど、けっこうかなり久しぶりに食べた。やはりうまいね。 なのでなのでせっかくなので日記のネタにしよう。
しかーし、「ミルクレープを食べた。美味しかった」で終わってしまう。 広げる術が見つからない。ビジョンメガネくらい見つからない。
仕方無い。別のアプローチを取るより他ない。 ガッツ石松が7ポイント差を強調しているように、 定量的に攻めるのが場合によっては良い。 むろん何事にも定石は無い。全てはケースバイケース。 でも行き当たりばったりじゃなく大事なのは仮説と検証。
定性的と定量的はどちらもあると手の幅が広がる。 「押したり引いたり結局大局観ってことだよ」
そしてミルクレープを改めてみてみる。 そこにあるのは中心角25度の13枚12層のミルクレープだ。 一層一層はクレープ生地と生クリームで構成されている。
これを建物に直すとクリーム部分はフロアにあたる。 クレープ生地は床または天井を示す。 クリーム部分を上部に持たない一番上の生地は屋上だ。
その屋上から一階の地面の生地まで垂直にフォークを突き立てて食べる。 即ちそれがミルクレープの醍醐味。
・他人の存在意義を否定することなく自分の存在意義を見つけ肯定していく。人生とはそういうものかなと思う。
・「自分の存在意義が見つからない」と嘆く人がいる。が、既にその人は家族を含めその周りに居る人にとって充分な存在意義を果たしていると思う。自信が無い時はそれを確かめればいい。
・最近人の話をよく聞こうと思う。会話には人柄の全てが出る。おしゃべりは「自分という人間はこうだ」と言って回っているものと等しい。言ったほうが得じゃなく、晒さないのが更に得、なのかなと思う。
・自分に残る物は何かと考えると、金じゃ無いし、物じゃ無いなと思う。残るのは結局自分自身だけだと思う。自分自身がどのような仕組み(システム)を作っていけてるかどうか、それがほとんど全てだと思う。金や物の価値は、手に負えない時代というものにコロコロと変えられてしまうからだ。それを必死で追うのはナンセンスだ。
・本当の価値じゃなく上っ面の価値で物事を判断する人は、単に若いか、そのように育ったかだ。
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