| 2001年11月30日(金) |
僕のマイブームはファンヒーター |
色々と取り込んでいて更新できませんでしたので、一気にUPする事をお許しください。
具体的に申しますと、取り込んでいたのは、洗濯物でした。 更新できてませんが、行進はしてます。進んでいます。 理想の自分に向かって今日も気を吐いてます。つもりです。
しかしながら、最近この日記を書くことの無意味さを少し感じてしまっています。 こんな日記なんて書いて、いかなるものか。と疑問に思う次第です。
誰かを助けるわけでもなく、誰かを喜ばせるわけでもなく、ただの自己満足。 ただのマスターベーションに過ぎないのではないのかと思っています。
自己満足ばかりしすぎると、そんな事ばかりやってていいのかって思えてきたりする。 でも逆に、他人に対してばかり時間を使いすぎてても、そう思うものです。
ようはバランスなのでしょう。バランスバランス。やはりバランスですね。 11月も終わりです。いよいよ寒くなってきました。
最近の僕のマイブームはファンヒーターです。 だって、ファンヒーターの前からいつまでたっても離れられないほど、心奪われてますもの。
| 2001年11月29日(木) |
もちろん目覚ましなんてかけません |
そろそろ普通の日記を書く時期でもあるので書こうと思う。 あまりひねらず、ただ純粋に気持ちを書いてみたいと思い、書きます。
本日は、修士論文の中間発表がありました。 そのため、昨晩は大学に泊まりました。 30分の睡眠を3回に分けてとって、なんとか乗り切りました。
しかし、発表はあまり満足いくものでは無かったです。 巧く言葉が出てこず、よく噛んでしまって、もたつき、ずれこみ、 結局はまとめの部分を、聴衆に駆け足でおおくりするしか無かったです。
「まぁでもいいや、しょせんは中間発表だし」 と思って自分に言い聞かせてますが、本番ではもっときっちりやりたいと思いました。
前々から思っていたことですが、僕はかなりあがりやすいです。 別に高価なテンプラ粉を使っているわけではないのですが、揚がり易いのです。 僕は揚がってしまうと自分の持ち味の10分の1も発揮できません。 まるでトロを揚げてしまうようなものです。
こういう人には練習しかありません。練習あるのみです。 繰り返し繰り返し練習し、体に馴染むまでやらないと駄目なようです。 したがって、もし君が、大衆の面前でスムーズに話している僕に、万が一遭遇したなら、 それは一重に僕の努力の賜物であって、僕の元々の性質なんて事は絶対に思わないで下さい。
そんな切なる願いを胸に僕は床に就きます。 もちろん目覚ましなんてかけません。
この疲れた僕の目が開いた時が、次の日の始まりなのです。 所詮日付なんて人間がただ利便的に定めた区切りでしかないのですから。
「その神戸にあるお店のビビンバね、レタスとかも入ってるし、めっちゃ変わってるのよ。 でも、変わってるだけじゃなくて、とにかくおいしい。マジでやられたわ。」
「やられたという事は、君の負けだという事だね。」
「・・・」
「即ち、言い換えると店が勝って、君は負けたんだね。 なんだかんだ言っても、君は負けた訳で、店が勝者なわけなんだよ。 このことに関し君がとやかく言える権利も無いし、言うべきものでもない。 店の勝ち、君の負け。という事実しか何も語らんのだよ。」
「あのね、ちょっといい。」
「ふむ。何か?」
「けんちゃんと話してても全然面白くない。もうしゃべらんとって」
・・・・・
明後日の僕はこんな会話をしているのかもしれない。
「茨木って外人多いね。なんでだろうね」
「メッカですもの」
「えっ??・・・」
「だって外人のメッカですもの。外人というものを初めに外人と認めた発祥地ですもの。 だから、この外人のメッカである茨木に彼らは集まるのです。お解り?」
「はいはい。もうそろそろ時間だし。帰るね」
「気をつけて帰ってね。そろそろ暗くなってきたし、それに加えてここはメッカだし。」
明日の僕はこんな会話を楽しんでいるかもしれない。
Q1:ターミーと聞いて、ターミネーターが思い浮かぶ人は正常な日本人である。→○ Q2:ターミーと聞いて、彼が思い浮かぶ人は僕と同じリクルートの内定者である。→○ Q3:彼を知っているならば、ターミーと聞くと、必ず決まって彼が思い浮かぶ。→○
ターミーというネーミングもさることながら、 人間かどうかも不確かな彼ではあるが、僕と同じくリクルートに内定を頂いている。
そんなターミーと先日、同内定者の勇志の家で飲んだ。
ターミーがターミーたるゆえんに、存在感というものがある。 彼のごつくてワイルドなイデタチからは、金色(こんじき)のオーラが発せられている。 ミスターオクレの存在感を1とすると、彼の存在感は300万はかたい。 トリプルミリオンなんてあってもないようなものなのである。
しかし、意外なベビィフェイスから繰り出される彼のトークには、一貫性はほとんど無い。 彼のトークの根本には「適当」という文字がハッキリと刻まれている。 そんな「適当トーク」ばかり聞いてると、僕は彼の内部を何も理解しえなかった。 でも、ただひとつだけ解った事は、彼はラーメンがかなり好きだという事であった。
そして、そこから解った事は、それは正にターミーがラーメン好きな人間という事であり、 「ターミーが人間である」ということの証明にもなった。
先日一晩かけて話した事の収穫は、たったこれだけであったが、 ターミーが人間だと解っただけでも大した収穫だった。
「悩んでいる事無いのよ。いつでも、どこでも、羽を思い切り伸ばしなさい」
その本は僕にそう呟いた。 僕は紀伊国屋でその本を読んでいたのだが、「これだな」と思って元気が出てきた。
店を出てから僕はさっそく思い切り羽を伸ばしてみた。 とても気持ちのいいものだ。
と、実感する前に、通行している人達は、僕が伸ばした羽をきっちりよけていった。 ある人はかがんで、またある人は肩越しにかわして行った。 だから、みんなとても歩きにくそうだった。
一人のおばちゃんが言った。 「こんな人の混むところで羽なんて伸ばさないでよ。やるなら自分の家で伸ばしなさい」
おばちゃんの理論は確かに正しかったのだが、 僕の実質5畳という狭さの部屋では、羽を伸ばすのも困難なのだ。
僕は読書家では無い。だから本を読むのは嫌いだし、長い文なら読む気がしない。 昔から僕はそういう性質で、小さい頃はゲームさえあれば満足であった。
「そんなふうに本や長い文が嫌いなあなたが、何故日記を書いているの?」 と君が疑問に思うならば、答えるけどいかがかな。というわけで、君たちの疑問に答えよう。
僕は、文章を読むのは3度の飯より嫌いだが、書くのは3度の飯より好きらしい。 ある時から僕は自分という存在を表現するための手段として、 文章を書くということで快感を覚えるようになる。
それが最初に劇的に訪れたのは、たぶん中学校の頃だろう。 僕の通っていた中学には、「お話会」という学校の行事が、年1回開催されていた。
そこでは、クラスから1人選ばれたクラスの代表は、体育館のステージ上で、 ただ一人立って全校生徒に向かって、自分の文章を読むのである。
この光栄な立場にあろう事か僕は、1年と3年の時にクラスの代表として選ばれる。 年1回のお話会が3年で3回あったから、3回中2回僕は選ばれていることになる。 3の2だから、打率に直すと.667。
これは凄い。かなり凄い。おいおい凄い。 これは、MVPをとったイチローですら、たぶん一生超えられない数字でもある。
小泉首相がこの事実を知ったら「すごい。さすがだね」と誉めるありさまだろう。 イチローがこの事実を知ったら、彼は悔しさのあまり一日の素振りを300回は増やすだろう。
だいぶ話は逸れたが、以上の経緯より僕は文を書く事が、意外に得意で好きらしい。 そして自分の書いた文章を誉められることが一番嬉しいのだ。どんな事より。
そういう訳だから僕は文を書いている。でも、僕は読むのは嫌いである。 ということは、僕は皆に文を読んで欲しいが、僕のように読むのが嫌いな人も居るはずだ。
僕はこの読むのが嫌いな人にも、読んでもらうために文章の量に気を使っている。 読むのが嫌いな人は、文章の量に敏感で、読むべき量が多いとかなりなえる。 量がかなり多いとわかった時点で、読む気がしなくなるのだ。 だから僕は、僕みたいな読者に考慮してなるべく1ページで抑えようとしている。 なるべくというぐらいですけど。
| 2001年11月23日(金) |
僕のメガネはズレやすい |
最近だんだん解ってきた 僕のメガネはズレやすい
「理由は何だ」と問われたら 「扱い方が悪いのです」
だから僕はメガネ屋へ行く 期待を胸にアクセル回す
ビジョンメガネの店内 ただ僕一人寂しいな
でも店員の笑顔は素敵 儲かってなさそうなのに笑顔は素敵
「これなんかゆるいねん。とりあえずなおして」 僕のメガネは手術中
買う気は無いけど見てる振り そうしないと中々直してくれないの
直されたメガネは僕の耳に 吸い付いたようにピッタリヒット
やっぱりメガネはそうでなくちゃ でも 僕のメガネはズレやすい
免許の写真でもズレてます だから 僕のメガネはズレやすい
| 2001年11月22日(木) |
ドラッグストアの野望 |
2001年11月12日(月)の「どうしたらいいのだ」という日記で、電気屋で薬を売っていると書いた。
がしかしだ、薬屋即ち、ドラッグストアはもっと凄かった。
薬屋はいつからか解らないが、ドラッグストアと呼ばれるようになり、 どのようなものでも売ることを可能にした。 日用品やお菓子はもちろんで、CDまで売っているのだが、それに留まらなかった。
自転車
そう、あの足でこぐ自転車。解りますよね、自転車。2つの車輪がついた自転車。 売ってるんです。今では本当にドラッグストアで売ってるんです。
これを知った日には僕は、 「将来お金が溜まっても、絶対に自転車屋はしない」 と誓いましたね。
自転車屋で働くならまだしも、自転車屋をするは、やはりきつい。 絶対みんな清潔感のある白衣を着たお姉さんの居るドラッグストアで自転車を買うだろうし、 対抗して自転車屋で薬を売っても誰も買わないだろう。
チェーンオイルで汚れたきたない作業着にスパナ持ちながら、 「お大事に」 って薬を渡されても、風邪が治るだなんて思わない。 逆に、そんなんで満足するお客さんは違うクスリをやってる。絶対に。
現在、ドラッグストアを取り巻く状況は大方こんなところだ。しかしだ。 僕の推測するところ、ドラッグストアにとって「自転車」は所詮通過点に過ぎないと思う。
ドラッグストアの野望は果てしない。 彼らは僕達の感覚を少しづつ変化させていく。 彼らは彼らが出来る領域を少しずつ広げていく。 僕達にわからないように。気付かれないように。
彼らはそのうち居酒屋を経営し、学校を建て、さらに球団を持ち、ついでに政党を作る。 そして僕は30年後、白衣を着た総理大臣の居る国で、初めての獅子座流星群を見る。
| 2001年11月21日(水) |
ある会社員(男) と 募金ボランティア人(女) |
「募金お願いします!」
と街頭で言ってる人が抱えた募金箱には、みんなの財布の紐がゆるくなるように、 あらかじめ幾らかの小銭とお札が入っている。
そんな現実を知ってしまった僕は、何を思えばいいのだろう。何て言えばいいんだろう。
たぶんこう言えばいいのだ。
「君らがみんなで日雇いのバイト行ったほうが儲かるよ」
「あ、あなたっていう人は何てことを言うの!そんなつもりでやってません」
「それならどういうつもりでやってんの? すぱっと、本音を言っちゃえばいいじゃない。 こういうボランティアをしてる自分が一番好きで、そんな好きな自分になりたいって。 それが一番の目的で、いつもそのつもりだ。って言っちゃえばいいじゃない。」
「・・・・」
「それから、そんな自己満足的なボランティアの募金が終ったら、 一日に集まった募金以上のお金を費やして、呑みに行くのでしょう。 「お疲れ様〜」って盛り上がってね。所詮そうでしょ。」
ある会社員(男)と募金ボランティア人(女)は、白昼堂々街頭でこんな会話で討論をしていた。 僕はそのそばを通り過ぎただけだが、大方話の内容は合っていると自画自賛している。
| 2001年11月20日(火) |
Webに存在するもう一人の自分 |
「Webに存在する自分とはもう一人の自分である」と僕は考えている。
僕達はそのもう一人の自分で、なんでもどんな事でもしたいと考える。
現実の世界においては自分が抱えてる責任、羞恥心、義務、臆病さ、などが交錯し、 それらは絡まった縄のように、ほどけないシガラミを作る。
そして僕達は、そのシガラミのために何もできない。
現実の口は壮大な夢を語り、頭は大いなる野望を創造するが、行動は起こせず、 結果は出ないから、結局僕達は何も出来ずに羽をたたんで、いつもの生活を繰り返すだけだ。
だが、Webの世界ではそれらを可能にする事ができる。
現実では多くのシガラミがあって不可能な事も、ここではシガラミなんて考えずに、 できるだけ正直に、最高に素直になって、羽を思い切りのばして、可能にする事ができる。
こういう世界だから僕は、羽をめえいっぱい広げて正直に素直に文章が書けるのだ。
現実の僕にはそんなことは到底出来ない。 現実の僕は、臆病で、保守的で、そしてなにせ自分にたいして言い訳がうま過ぎる。
| 2001年11月19日(月) |
「天体観測」 → 嶋田浩志 〜リンク〜 |
ローソンの仲間とカラオケに行った。
カラオケといえば嶋田君。嶋田君と言えばカラオケ。というぐらい嶋田君は歌が巧い。 ローソンの間では、その事は周知の事実であって、もはや知らない人は誰もいない。 昨日も彼は2、3プロダクションから電話を受けていたほどだ。 嶋田君、即ち本名:嶋田浩志は、まさに第2のラディンにならんかの魅惑なのである。
だからみんなは彼に歌を歌って欲しいと頼む。 「とりあえず欲しい。欲しいのよ。もっとちょうだい」 ってね。男も女も。 僕もアレコレとリクエストした。ミスチルなどなど。
そんな中、嶋田くんと同学年の山口君はこう言った。
「おい浩志。バンプオブチキンの「天体観測」歌ってや。 前にカラオケ行った時に聞いてから、この曲聞くとお前の事思い出すねん」
らしい。山口君の頭の中では バンプオブチキン「天体観測」 → 嶋田浩志 が確立しているのだ。
それから嶋田君は「天体観測」を歌った。 みんながみんな、曲本も見ずに聞きいっていた。 巧すぎて暗いカラオケの部屋はプラネタリウムではないかと錯覚するほどであった。
僕は思わず天井を見上げてしまったけれども、そこには沢山の星があった。 その星は僕に何かを語っていたけど、それは言葉にはできないものだった。 星はただ眩いばかりに輝いていた。ただ、輝いてそこに存在した。ただ、ただ。
終わり 〜「天体観測」→嶋田浩志〜
追伸:オチがオトせない時は自分でもイメージできない世界に入り込むのが鉄則です。
あっ、今世紀最大規模の獅子座流星群を見るのを忘れてしまった!
物事と物事はカテゴリーを問わずに繋がってしまう事がある。 言い換えれば即ち、無断リンク。そんな感じだ。 まぁこんな事言っても何の事だか解らないだろうから、具体的に説明することにしよう。
<シーン1> 隣に住む源さん(84歳)はお茶碗を見ると、お箸が頭の中に浮かんできました。
これはかなり納得である。というのは、お茶碗とお箸は同じカテゴリーに所属するからである。 これらはかなり直接的な繋がりがあり、即ち相互リンクでもある。 お茶碗→お箸 かつ、 お箸→お茶碗 故に お茶碗⇔お茶碗 である。
「ここまでは理解できましたかな。皆の衆。次に行って宜しいかな」 と源さんが言ってます。ということなので、本題のカテゴリーを問わないリンクを説明する。 同じカテゴリーでなくても物事と物事は繋がったりする事もある。ひとつ例をあげよう。
<シーン2> 福井はスピッツの「チェリー」を聞くと、上山を思い出す。
これは福井と上山がカラオケに行ったという歴史がそうさせているのだが、福井曰く
「俺もチェリーを歌うけど、なんでか解らんけど「チェリー」を聞くと上山を思い出すんだよ。 上山のチェリーが別に上手なわけでもなく、どっちかいうと下手やのに」
そうなのだ。こういうリンクは何故か解らないが気付いた時には、深々と脳に宿っている。 どんな原因があるのか解らないが、ふとした事で繋がってしまうのである。 福井の記憶の細胞には チェリー→上山 というログが、刻銘に刻まれているのである。
最近かなり寒いですね。チョコの季節です。 コンビニではメルティーキッスが発売してます。 僕はコンビニでこれを見るたびに「メルティーラブ」を思い出し、思わず口ずさんでしまう。
「あっ、メルティーキッスだ。 ♪メルティーラ〜ブ 放さない 放さない・・・」
スガシカオの「夜空ノムコウ」がどこかの教科書に載るらしい。 誰がこの曲を理解できるのかな。俺には解らん。
これに関し、Google検索すると、こんなことが解った。 以下の事はある個人のHPに書いてあるので、参照する。 --- ・さてスガシカオさんというお名前を初めてきいたって人。 あなたは夜空ノムコウきいたことがありますよね。 その作詞者がスガシカオさんなんです。 キムタクが「僕のこころのやらかいばしょを〜今でもまだしめつける〜」 ってうたってますが、そうこの歌詞はスガシカオさんがかいたもの。 でも本人はうたってません。 以前、スマスマにでてたとき、一晩でつくったといってましたね 北海道で、「明日までだよ、スマップの歌」といわれたらしくて・・・。 でも一日で作っちゃうところがすごい。 ---
実はそうなんですって。 教科書にも載せちゃう歌をスガシカオは一晩で作ったのです。
スガシカオにとっての「やらかいばしょ」って、 締め切りが近くてもなかなか動けない自分の心の弱い部分という事でしょうかね。 たぶん。
それとも、ただ単に「やらかいばしょ」って、中のホイップチョコのことかな。
まぁなんでもいいや。
なんだかこんな下らん事を書いてて恥ずかしくなってきた。 でも時間もないしこれでいきましょう。OK。OK。 締め切り締め切り。
| 2001年11月16日(金) |
会話においてのポリシー |
夜、阪大ボクシング部の同期の寿志と長い間電話をした。 電話終了時間は午前3時前になっていた。
僕らは最近の阪大のボクシング事情やなんやらを語った。 それから話題は2転3転した後に、お互いの己自身のキャラの話になった。 キャラとはキャラクターの略で、その人の性格、人格、持ち味、というような事だ。
それから寿志は言った。 「君は昔より面白く無くなった。昔の方が断然面白かった」 と。
それに関して確かに自分でも思うところがあるから、それは納得できた。 「そんな事は無い!」とつっぱるつもりなんてさらさら無い。
しかし、面白くなくなった原因を2人で探ると、見えなかったものが見えてきた。 自分1人だけでは全く気付かずに、解らない事柄は沢山あるが、 寿志は、局部には直接触れずに間接的に巧く僕を答えに導いてくれたのだ。
昔の僕は会話において、 「自分が喋って面白ければ良い」 と思っていて、それを正に実行していた。 だから、人の話を聞く事なんて嫌嫌嫌で、相槌すらもめんどくさかった。
だが、大学に6年弱もいると沢山な事を学ぶ。 色々な人と話をして、様々な価値観に出会う。 そんな中で僕も変わっていったのだろう。
今の僕は会話において、 「その人がやっていて、自分がやっていない経験を聞きたい」 と思っている。
これが絶対正解とかそんなこと決まってないけど、 今の僕はこれがイイのだと感じているらしい。
だから今の僕は、昔よりは一歩引いてる処があるし、その分勢いも無いはずだし、 ボクシングで毎日殴られたお陰でろれつがまわらないし、さらによく噛むし、 昔より絶対断然全然面白くない。 まったくもっててんで面白くない。
もし僕と話をする時があれば以上の事を心に留めておいて下さい。 お願いします。
コチジャンを君はご存知だろうか? これは甘辛い味噌であるが、韓国料理のビビンバや焼肉に欠かせないものなのである。
僕はこの「コチジャン」に初めて出会った時、あろうことか「ユチジャン」と読んでしまった。 「コ」と「ユ」を間違うこともわかるが、この災いはこの時ばかりに留まらなかった。
僕の頭はもう完全にコチジャンをユチジャンとインプットして、抜け出れなくなったからだ。 僕はこの後何度も何度も間違えた。
僕「あの、すみません。ユチジャン取ってくれませんか?」
店員「えっ?何でしょうか?」
僕「だから、ユチジャン下さい」
店員「あぁ、あぁ、コチジャンですね。はいどうぞ」
こんな失敗をする度に僕の顔は真っ赤になってしまった。 辛いコチジャンだけで真っ赤になっていた訳じゃない。
日曜の朝のコンビニには、ご婦人共が、家族の朝ご飯を買いに来る。
彼女達はだいたい、 「オニギリが4つ、お茶が4つ、パンが4つ」 という風に家族の人数に合うように買っていく。
僕はレジでそれを打つのだが、たまに 「オニギリが5つ、お茶が5つ、パンが4つ」 というような買い方をするご婦人がいる。
こんな買い方をされると、僕は少しなえる。 家族の中で一人だけがパンが食べられないなんて。
兄弟が多くて、ケーキなどキッチリ等分して食べていた自分の境遇に照らし合わせると、 とてもじゃないけど耐えられない。
そして、ご婦人達がそんな買い方をするたび僕は兄弟達の事を思い出す。
1番目の姉は結婚したけど、うまくやってるかな? 2番目の姉は結婚問題でゴタゴタしてるけど頑張ってるかな? 末っ子の弟はいつでもどこでもまだまだハイテンションかな?
「僕も僕なりに頑張るから、頑張ってな」
僕は、店前の道路のゴミを掃きながら、朝の冷たい風をあびながら、息を白く出しながら、 赤い朝日に照らされ赤くなった雲を見ながら、静かに呟く。
弟よ 君の目にはこの僕はどのように映っているのかな。
蹴鞠殿はBBSで以下のようなことを唐突に言った。 「君は美味いコーヒーをコニカルビーカーで飲んでたりすんだろうね」
コニカルビーカー??? 君はなぜそんな面白い事を憶測で言うのだ。
偶然か必然か解らないが、研究室の後輩の中面は、今しがたビーカーで紅茶を飲んでいた。 飲むようになったのはつい最近になってからのことだが。 しかしながら、ビーカーで飲むとは意外性はかなりあるが、僕には全くもって理解できない。
俺は中面に聞く。
「無理してない??」
中面は俺に言う。いや、叫ぶ。
「無理してないっすよ!!!」
そんなに頑張って言うと、やはり無理をしてると僕は思ってしまう。
もし中面が、
「無理ですか?う〜ん、そう言われれば無理してるかもしれませんね。 で、でも、どっちか言うと無理はしてないと思いますけど。結構イイですよ。コレ。」
なんて言えば、俺は無理をしてない事を信じるだろう。
ある事を鵜呑みに信じて、実行している人を見ると僕は、
その人が無理をしてその事を続けているか、
その人が自分が保たれないほどその事に心奪われているか、
のどちらかである。と思ってしまう。
中面の場合は前者でしかない。そう思うし、事実もそうだ。
日曜に石油ファンフィーターを買いに「コジマ」に行った。 昨年まで使っていた石油ファンフィーターが壊れたからだ。
僕はこの時初めて茨木の「コジマ」に行ったのだが、とても驚いた。 安さ世界一をかかげる「コジマ」は薬まで売っていたからだ。 電気屋であるにも関わらず。
「コジマの薬」などと銘打って、売っているのだ。 こんな事されては、町の薬屋さんはどうしたらいいのだ。
一方で、薬の「サーバー」もやらしいもので、逆輸入のCDすらも売っている。 こんな事されては、町のCD屋さんはどうしたらいいのだ。
はたまた、100円ショップFRIT'Sは100円でワインを売っている。 こんな事をされては、町のワイン屋さんはどうしたらいいのだ。
それに、こんなことをされては、町のソムリエが忙しくなるではないか。 さらに、ソムリエ育成学校が、大繁盛になるではないか。 加えて、「2001年ソムリエ革命」と歴史の教科書に載せねばならなくなるではないか。
こんなこと考えても一銭にもなりません。みなさんやめましょう。
日曜の朝、NHKの政治の討論番組で、民主党幹事長の管直人は言った。
「我々の間では、小泉首相の事を「NATO」と呼んでいるのです。 No Action Talk Only!」
管のしてやったりと言わんばかりのしたり顔は凄かった。
実はこの「NATO」は、民主党が1週間費やした結晶であった。
何故か和室で行われた小泉批判会議は、毎日深夜まで続いた。 しかしながら、一向にいい案は出なかった。 知的で、短く、それに的を得ている言葉なんて、はなかなか浮かばないものなのだ。 和室の方がいい案がでそうだという、安直な発想は意味を成さなかった。
「お前は顔だけライオンだろ!体はハイエナだろ!」 「親父の人気に乗っかった息子なんて売れないんだよ!お前がやめさせろよ!」 「サントリーが発泡酒を変える前に、お前が国を変えろよ!」
なんていう愚痴だけが、ゴミ山のように積み重ねられた。 そんな不毛な時間を重ねすぎて、みんな諦めて麻雀をしようかという雰囲気になった。
しかし、鳩山党首は諦めてなかった。 そんな雰囲気に一石を投じるかのように、鳩山は机を叩いて立ち上がった。 そして、今まで一人で考えていた構想を思いきりぶちまけた。
「小泉は、まだ何もやってない。即ち、No Action!」 そして、何もせずにただ言うだけ。即ち、Talk Only!」
管が続いた。 「 そうか! No Action Talk Only! で、「NATO」だ! 」
そこに居た民主党みんなは、鳩山と管に一生ついていこうと決心したほどの出来であった。 麻雀セットを用意し始めていた議員は思わず牌を窓から投げた。 座布団が舞った。おまけに麻雀マットも舞った。
そして、鳩山党首の胴上げで幕を締めた。
胴上げしすぎて、2度も鳩山党首は落下したが、床が畳であったから大事には至らなかった。 会議をこの和室に選んだ管は、「次回の会議も和室にするぞ」と心に誓った。
「時間も時間だしこの辺にしておこうか」
「いきなり何をおっしゃる。時間はいつも時間です。四六時中いつでも時間は時間です。 いつも僕が僕、貴方が貴方であるように、時間もいつも時間なのです。 そんな事は全然理由になってないし、そんなことで話を終られては非常に困ります」
「えぇ〜といいかな?君が暮らしている処には言葉を省略する文化は無いのかな?」
「は、はぁ?おっしゃっている事が少し解らないのですが」
「そうか。う〜ん、そうだな。マクドナルドを「マクド」という具合に省略する事だよ。解る?」
「はい。そういうことなら解りますが、だからどうなんでしょう?」
「だから「時間も時間だし」というのは、「今の時間もこんな時間だし」の略なわけなの。 「今の」と「こんな」が省略されているだけなの。解った?」
「はいはい。そうだったのですか。それなら解りました」
シーン6 〜ある会社の営業マンとある会社の部長との会話〜 終わり 全然まとまってないけど、今日の日記はこの辺で終わりにします。 時間も時間だし。
| 2001年11月09日(金) |
おじさんとの会話(昨日の続き) |
「今日は木曜ですよ」 僕は正直に答えた。
「そうかぁ。木曜かぁ」
「ところでおじさんは今何をしているのですか?」 「・・・・」
「何をしてはるんですか?」 「・・・」
・・・
「兄ちゃん。おい、兄ちゃん。タッ、タバコ持ってるか?」 「いえ。吸いませんから」 「えっ?何?」 「タバコ持ってませんよ」 「えっ?えっ?何?何??」 「だ・か・ら、持って・ま・せ・ん」
「そうかぁ。あぁ、そうかぁ」
「で、ところで何をしてはるんですか?」 「・・・」
「今なんかやってはるんですか?」 「・・・」
・・・
「おい兄ちゃん。今日は何曜日や?」 「えっっ??さっき言いましたよ。木曜です」
「あぁそうかぁ。木曜かぁ」
・・・ ・・・
「あぁっ、すみません。今日土曜でした。木曜では無いです」 「えっ?何?何??」
「きょうは、ど・よ・う・び・で・す」
「あぁそうかぁ。土曜かぁ」
・・・ ・・・
「おい。兄ちゃん」 「は、はい。何ですか?」
「兄ちゃん、タっタバコ持ってるか?」 「ないです。な・い・で・す・よ」
「あぁそうかぁ」
・・・ ・・・ ・・・
「兄ちゃん。おい、兄ちゃん。今日何曜日や?」
以下の事は自分が西暦何年に産まれたのかが解らない人は覚えていて欲しい。
昭和産まれの人は年齢に「25」を加える。大正産まれの人は年齢に「11」を加える。 その出てきた数が産まれた年の西暦1900年代の下二桁の数となる。 僕は昭和52年産まれだから 52+25=77 よって1977年産まれとなるのだ。
僕がある日出会ったそのおじさんは、「大正9年産まれだ。85歳だ。」と言った。 おじさんは大正産まれだから上の計算からすると年齢に「11」を加える事になる。 即ち 9+11=20 よって、おじさんは1920年産まれとなる。
ここで逆算すると昨今現在は2001年だから、 2001−1920=81 よって計算上は おじさんは81歳となるのである。
しかしだ。おじさんは85歳と言っている。言ってしまってる。言い切ってる。 一方で僕は、この耳ではっきりと「大正9年産まれだ。85歳だ。」と聞いている。
このように2つの情報が食い違うことに関して8つの原因が考えられる。
� ,�じさんが85歳ではない。(結構ありえる) �◆,�じさんが大正9年産まれでない。(充分ありえる) �� 単に僕の聞き間違え。(ほとんどありえない。そのおじさん程僕の耳は悪くない)
�ぁ,�じさんが80の次を85だと思い込んでいる。(真剣に) �ァ,�じさんは結構年であるしボケてしまっている。(闇で本命) �Αー造呂�じさんの故意的なボケであって、僕の突っ込みを待ってる。(盲点)
�Аー造呂�じさんは文化的英雄で、「大正デモクラシー」の引き金を担ったこと。(まさか!?) �─,修譴�事実なら本当に、「灯台下暗し」であること。(ただこれが言いたかっただけ)
元はといえばおじさんは、スーパーの入口の処でガラスに背中をもたれかけて座っていた。 そして、僕がスーパーに入ろうとした時、おじさんが僕に尋ねたのだ。
「兄ちゃん。今日何曜日や?」 と。
僕はスーパーにはもともと用は無かったので、すこしばかり付き合うことにした。 僕の本当の用はスーパーのとなりにあるレンタルビデオショップであった。 しかしビデオ屋の前まで来て解ったことだが、開店時間までまだ30分あった。 だから時間をつぶそうとスーパーへ行ったのだ。
「今日は木曜ですよ」 僕は正直に答えた。 続く・・・のかな?
理由は健康に良いから。
TVだったか誰が言っていたのか忘れはしたが、健康に良いらしい。 どこかの芸能人もそうしているらしい。 だから僕は通常全裸で寝る。 または、通常どころか意識しなくてもそうなってしまう。
とすると全裸ではない時は、通常ではなく異常ということになる。
あのテロが起こった時僕はもう寝る準備で全裸だった。 だが、これは映画ではなく現実だと理解できた時、僕はまず服を着た。
もしもミサイルが、日本に飛んできて、 あろうことか僕のマンションにピンポイントで攻撃する事もありえたからだ。
そんな事を考えて、急いで服を着て、TVに見入ったものだ。
そんな事件からもう2ヶ月弱、すなわち60日弱が経った。 アメリカの空爆ですら1ヶ月に及んでいる。 僕の生活も普段の活気を取り戻し、全裸で寝れるようになった。
しかしながらここ数日続けて僕は服を着て寝ている。 理由はちょっと寒くなったからだ。 寒さは僕には天敵であり、寒さは僕にとって異常らしい。
ある朝、急いでお客様がローソンに入ってきた。 彼は青のジーパン、白のTシャツ、そしてその上にジャンパーのMA−1を羽織っていた。
唐突に彼は、レジの中に居る僕に向かって、 「ダ、ダ、ダ、ダンボールを、くっ、下さい!」 と言った。
僕は突然の事にびっくりして、 「こっ、こっ、子猫を捨てるのでは、な、ないですよね!?」 と、何を血迷ったのか口から言葉が漏れてしまった。
「まっ、まさか!、あ、あれです!あれ、あれ、ひっ、引越しです!」 何が災いしたのか、何故か彼もシドロモドロに答えた。
僕は本当かなぁと思いながらも、店長から許可を頂きダンボールを渡す。 彼はダンボールを手にローソンをそそくさと出て行く。
僕は、彼のあとに続いて店を出て、彼の車を覗くと、助手席にノッポさんが座っていた。
「そうかぁ。そうだったのか。納得。納得」
ノッポさんにはダンボールは欠かせない。 だけど、ノッポさんはまともに喋れない。 だから彼に頼んだのだ。
後部座席にはゴンタ君の着ぐるみ一式が置いてあった。 そうなると謎はすべて解けた。
店に入ってきた彼は、今日偶然たどたどしくしゃべってた訳ではないのだ。 当然、彼らは2人だけでその場を立ち去った。
第1線から退いた彼らの後ろ姿は非常に物悲しく、僕は暫くその場に立ち尽くしていた。 この世界における光と影という存在を認識せずには要られなかったからだ。
| 2001年11月05日(月) |
フリオ・イグレシアス |
今、村上春樹の「夜のくもざる」という超短編が36本つまっている本を再び読んでいる。 超短編でだいたい1話が4ページである。
その中で僕の一番のお気に入りの話は、「フリオ・イグレシアス」である。 海亀に私と彼女が襲撃されるという話だが、村上春樹のシュールな表現がなんとも言えない。
私という主人公が考える内容が、現実と非現実(海亀が襲撃する)と両方にあり、 そのバランスがとても子気味良い。
このことは彼の小説の全てに言えることだが、主人公がとても現実的で、 そこに非現実な話の内容が絶妙にマッチしていく感覚がとても惹きつけられる。
そして、描写が非常に巧く、表現がとても解りやすい。 みればみるほど隙は無く、本当に感心する。
「フリオ・イグレシアス」は「トランプ」という話が続編であるのだが、これも本当に面白い。
私は本を読むのは嫌いで、もともとそういう性質だが、 幸いなことに村上春樹の本にはこの性質は少しも邪魔しないようだ。
そんな訳で、昨日学園祭だけど斎藤和義のライブに初めて行って、 なんか元気をもらったというのか、余計に人生を考えさせらというか、 そんな訳で、ただ、 「ステージに立って、ライトに照らされて、ファンの熱い気持ちを浴びる」 ってほんとにイイなって純粋に思って。
でも僕はミュージシャンでは無いし、今からなろうとしても無理だって思うし、 僕は音感に限らずまったくなんでもセンス無いし、ただの諦めだって言われても仕方ないし。
そんな事をうだうだ考えて、瓢箪山を下る帰りのバスから夜景を眺めてたら、 結局は自分のステージに立つことでいいじゃないかなって、 甘えでもないけど思って、そう信じています。
自分のステージはどんなところかな。 何処に行こうかな。何処に行けばいいのかな。 それは僕のつま先が知っています。 僕の踵はすぐに減るけどね。
「まだ降ってる。嫌だな。こんな雨を喜ぶ人って居るのかねぇ」独り言。 濡れた傘を入れていたナイロン袋を剥ぎ取って、店を出る時そう考える脳味噌。 僕は雨が嫌かもしれないが、誰か喜んでいるはず。と求める可能性。 さっき捨てたナイロン袋が、ごみ箱に山盛り。
「これだな!こいつだな!」と思う頭の中は、電球の発光現象。 それからいきなり唐突にこんなストーリー。
傘入れナイロン袋を製造してるレイン�蠅亮卍垢蓮�雨になる度に喜ぶ。発注が増えるからだ。 彼の頭の中はいつも降水確率で一杯である。 本当に必要かどうか解らないが、会社のパソコンは降水確率を30分毎に表示している。
これらの種類の産業は、夏に一気に天国と地獄を味わう。 6月の梅雨は正に天国。会社の電話は鳴りっぱなし。 嫌がらせかなと思うほど鳴る。鳴る。鳴る。リンリンリン。
だが、それを過ぎて、雨の降らない8月は正に地獄。電話は全く鳴らない。 電話線が切れているのではないかと思うほど、鳴らない。
この状況になると社長ですら、頭がおかしくなる。 彼は、1日に5度も電話線のジャックが入っているかチェックするのである。 抜いたり指したり、ジャックの先を眺めたり、ジャックを指す穴を覗いたり。 そんなことで1回のチェックは10分に及ぶ。
ある男社員は、そんな社長の状況を見て、机にうつぶせながら頭を酷くかく。 ある女社員は、涙が抑えきれなくなり口元を抑え、トイレに駆け込む。
僕は、会社見学でそんな状況を事細かに見て、色々大変だなって思いました。
昨日の「歯磨き」という日記で、歯磨き方法には大きく2種類あると私は言った。 口を閉じる方法(前者)と口を閉じない方法(後者)である。
ここで間違えてもらってはこちらとしても困るのであるから、それらを詳しく説明しよう。 結局私が言いたかった事は次の通りだ。
前者とは、歯磨き中に、唾液で倍増した歯磨き粉が、垂れない方法である。 後者とは、歯磨き中に、唾液で倍増した歯磨き粉が、垂れてしまう方法である。
前者にとっては、歯磨き粉が歯磨き中に垂れる事なんて考えもつかない領域である。 前者は、はっきりいって後者を全然理解できない。 前者は、洗面台の上で覆い被さって歯磨きをしている後者を観察し、こう思う。 「なんでこの人達(後者達)は垂れながら歯磨きをしているのだろう???」と。
一方で、後者にとっては、歯磨き粉が歯磨き中に垂れない事なんてありえない話なのである。 後者は、はっきりいって前者を全然理解できない。 後者は、至るところを行き来しながら歯磨きをしている前者を観察し、こう思う。 「なんでこの人達(前者達)は歯磨き粉が垂れないのだろう???」と
前者と後者にはそういう違いがあるのだ。 初めに前者を口を閉じる方、後者を口を閉じない方としたが、もう一度改める事とにしよう。
歯磨き粉が垂れない事が当たり前で、垂れる人の事を全く理解できない人達の方法が前者。 歯磨き粉が垂れる事が当たり前で、垂れない人の事を全く理解できない人達の方法が後者。
と、こんな具合に。
私は生まれながらの後者であるが、日々の絶え間ない訓練によって前者の方法も修得した。 人間は訓練でどんな事も可能にすることができる。 それがたとえ「レイク」の「イ」の文字であっても。
実は意外に「レ」も難しい。「V」になってしまうから。
歯磨き方法は人によって様々であるが、大きく2つにカテゴライズすると、 口を閉じる方法(前者)と、口を閉じない方法(後者)がある。
これは意識してなされるものではなく、物心ついた時には人間はどちらかに分けられている。 僕は物心ついた時には後者の方法、即ち口を閉じずして歯磨きをするようになっていた。
今まで僕の経験を元に統計処理にかけると、ここには2つの定理がある。
�ヾ靄榲�に日本人は前者が多いようで、後者との比率は7:3ほどである。 �⊇�はだいたい前者であるが、男には後者がいささか多い。
ということである。
僕の隣の席の福井君も実は後者で、大学で昼ご飯を食べた後に歯磨きしていた。 それも、洗面台に覆い被さるようにして。 前者には理解できないかもしれないが、後者はこうしないと服が汚れてしまうのである。
「虫歯になって歯磨きの大切さを実感した。おじいちゃんになっても自分の歯で食べたいし」 と言って福井君は、大学中でも毎食後歯磨きをしている。
以前の日記で 「楽しく生きれたらそれでいいじゃん」 って言ってた彼でも、おじいちゃんになってからのことも考えるようだ。
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