いつもの日記

2001年08月31日(金) 巨人

巨人はもう死んでいる。
滅亡している。

近年巨人はプロ野球史上に類を見ない程の大型補強をした。
最高に強引であって、最低に単純な手段で。
だがこの様だ。

巨人はもう死んでいる。
滅亡している。

ヤクルトに追いつけるはずが無い。
優勝なんてほぼ無理である。

バカしか本気で考えない大型補強は監督が長島茂雄だったから可能であったといえる。

長島茂雄は引退する時にこう言った。有名な言葉だ。

「巨人軍は永遠に不滅です」


そう願いたいのだろうが。

巨人はもう死んでいる。
滅亡している。

そもそも君が原因なのだが。
解っているのかね。

彼は引退する時こういうべきであったのだ。

「長島茂雄は永遠に不滅です」


それなら大きく納得である。
君なら必ず不滅です。認めます。
セコムも全力で君を守るでしょうから。



2001年08月30日(木) そうめん会議

そうめん会議はその日の昼に行なわれた。
基本的にそうめん会議は昼に行なわれる。
朝や夜には行なわれない。
みんなが基本的に昼が一番集まりやすいからだ。
私達の会社からは私とナガサワが出席した。

今までのそうめんの減り具合と残っているつゆの量と8月末という時期を踏まえて私達は
「1人1束・つゆ残し」
を主張した。
そうめんの残量はピーク時の半分くらいで、つゆの残量は指2本分くらいであったが、
つゆ残しは妥当といえる選択だったと思う。
でもなにせ私達の会社の出資者であるフクイが、ちょっと南国の島に1泊2日の羽を、
伸ばしているから思いきった行動が取れない事も一因としてあった。

会議は難航を極めた。
フクイはリゾートで楽しんでいる場合ではなかったのだ。
私は立ち上がり叫んだ。
ナガサワは机を叩いた。
フクイの車が当て逃げされた事などそもそも関係無かった。
私はメガネを取った。
ナガサワは上着を脱いだ。
フクイは南国の島へ行くと言ったが、車で行ける南国の島など何処にあるというのだ。
私はストレートを放った。
ナガサワはタックルした。
しかし会議は無常にも
「1人2束・つゆ完全使いきり」
という結果をもたらした。

つゆが入っていたビンはぴったりカラになり、もちろん捨てられた。
会長のフクイのためにそのビンを持ちかえリたいと主張しても無駄だった。
私達は泣く泣くそうめん2束を胃の中にほうり込んだ。
悔しさのあまりナガサワの口から嗚咽が漏れた。
僕達はあの時の悔しさをたぶん忘れないだろうし、あの味は絶対に忘れない。

そうめんはもともとは9束あったが4束減って残り5束になった。
私達はその5束になったそうめん箱をしっかりと抱え会社に持ち帰った。

午後からのお米会議は水の量が多すぎて決裂したらしいが、我々には関係のない事だった。

→ 続編 〜そうめん会議の後日〜 ←



2001年08月29日(水) 院試の打ち上げ

本日は院試の打ち上げがあった。

BBQの途中で原因不明で気分が悪くなり、研究室のソファーベッドで休憩することにした。

時刻は夜20時である。
私は少しだけ休憩を取るつもりであった。

が、しかし次に起きた時にはなんと早朝3時半であった。

約7時間30分の熟睡であった。ビックリした。
ピリ辛とんこつうまかっちゃんよりビックリした。
ビックリでは無くてドッキリかと思って何度も時計を確認しても正確な時刻のようだ。

なにせカメラが無いし看板が無いしヘルメットが無いからドッキリではないらしい。
もうしょうがないし世知辛いから帰るのよしてプログラミング。



2001年08月28日(火) 久々の 普通に日記で 非常ベル

茨木の贔屓屋で飲む。
メンバーはバイト仲間。
皆さんバイトへの忠誠心が旺盛で我々の店に関する参議、異議を激論していた。
それから道はいくらか逸れてなぜか非常ベルの話になり、タカハシさんが語った。
昔マンションに住んでいた時に非常ベルを押してしまってとても叱れたことがあると。

タカハシ少女は謝って非常ベルを押してしまった。
マンションじゅうにけたたましいサイレンが鳴リ響いた。
なんとか騒動が終了してからお母さんはとても怒って言った。
「ヨシコ!そんなところ押しちゃ駄目じゃない!
押しちゃ駄目って書いてあったでしょ!なんて書いてあったの!」
「'強く押す'ってボタンのところに書いてあった」とタカハシ少女は素直に答えた。

こんな最高のオチに私は心底参ってしまった。
だから今回の日記のオチが無いのはカンベンして欲しい。
こんな逸話の最高のオチの前ではどんなオチでも野暮になるからだ。

その後のカラオケではサワッチのチュ!夏パーティはとりあえず最高だった。
もちろん嶋田君の歌声は素晴らしかった。
とてもほんとに久々に楽しかった。あぁ〜よかった。



2001年08月27日(月) 小説6 777

彼女はサンドイッチを2つと生茶と焼きプリンを買った。
僕はそれらを丁寧に一品ずつバーコードスキャナーに通した。

レジを打ちながら横目で彼女を眺めた。
背は高くなくカジュアルな格好の彼女は、どこかしら僕を弾きつける魅力を秘めていた。
彼女は髪が長く少し背の低い女友達と一緒だった。
2人はそれほど見た目は変わらないが、背の高い彼女のほうが僕は気に入った。

「合計4点で777円です」

僕は商品を全て袋に詰めてレジを打ち終わり、合計金額を言った。

「きゃー、見て見て777!」

お気に入りの彼女は背の低い友達を叩いて言った。

「今日絶対なんかいいことあるわ」

気に入った彼女はほんとに無邪気に喜んだ。
そんな彼女を一層僕は気に入った。
みんなが嫌がるレシートを彼女は大切にきっちり受け取って「ありがとう」と言った。
そして、そのレシートを眺めながら店を出ていった。

そんな彼女を去った後を見ながら、自分まで幸せな気分になってしまった僕は、
しばらくの間ポワ〜ンとしていた。

いかんいかん。仕事をせねば。
と思い直した時に、商品が詰められた袋がしっかりとカウンターに居座っている事に気づいた。

僕はすぐにその袋を取って店を飛び出した。
気に入った彼女が777のレシートを気にし過ぎて、買った商品を忘れて行ったのだ。
100mほど走って彼女に追いついた。

「すっすみませんが。わっ忘れてますよ」

僕は息をきらしながら言った。

「あっ、すみません。ありがとうございます」

彼女はくいっと頭を下げて申し訳なさそうに言った。

「でも、さっそくいいことあったわ」


最後のセリフを彼女がどういう意味で言ったのか今でも解らない。
でも解らなくていいんだ。勝手にうぬぼれてしまうのは僕の悪い癖だから。



2001年08月26日(日) 小説5 日本指相撲協会

今日は休日だから茨木の私の家の近くに支部がある日本指相撲協会に訪問する。

知らない人には断っておくが、指相撲とは自分の親指と相手の親指を戦わせる遊びである。
日本指相撲協会は発足より今年で55年を迎えてますますいよいよ盛んである。
本部を東京渋谷に構えて、全国各地に300支部、会員も100万人はいるらしい。
なぜこの協会が発足したのかは現在でも専門家の間でも議論になっている。
今のところ戦後の復興のための競争心を駈りたてるために、
日本政府が政策の一貫として発足させたというのが通説となっている。

しかし、ついこの前テレビの討論番組で誰かが
「指相撲はアメリカが日本の外への圧力を内に逸らす為に持ち込んだのです。
  我々日本人はGHQの作戦にただはまっているに過ぎない」
と言っていた。
私は、ほう。そうかもしれんな。と感心してしまった。

ともあれ、ガラス張りで5階建ての茨木支部にお邪魔する。
私が1Fの受付のお姉さんに支部長の中山さんと会う事になっているんだと説明していると、
わざわざ中山氏がじきじきに1Fまで出てきてくれた。
「どうもはじめましてシバヤマです」
「こちらこそ支部長の中山です」
そして、がっちり握手。

のハズであったが、
その握手の瞬間に中山氏は、僕の親指を、自分の親指と人指し指の間にきっちり挟み、
したたかに数を数えた。当然早口で。
「・・・じゅう」
という中山氏の言葉を聞いて私はようやく現実に引き戻された。
「シバヤマ君甘いよ」と中山氏は言った。
「いかなる時でも気を抜いちゃいかん。この世はいつも戦場なんだ」
やはり支部長ほどになられるお方だ。
映画のタイタニック以来久しぶりに感動した。
素直にこの男をかっこいいと思った。
私はその場で即決で弟子入りした。
指がササクレで痛いことなど忘れていた。
痛みなどデカプリオと一緒に深海に沈んでしまっていたからだ。



2001年08月25日(土) リンスインシャンプーのリンス

(意味)
効いているのかどうか本当にわからない様。
かといって全くナンセンスというのも断言し難くかなり輪郭が曖昧な様子。

特別な用法として、
活躍が段違でバランスのとれていないお笑いコンビを批評する時に最近用いられる。

「君っていう人は、まったく―だね」
「爆笑問題の田中って結構―かもしれないよ」



2001年08月24日(金) マンションと石塀との隙間

今日も快晴である。
起きたのは10時であるからしてそれから散歩。
散歩というとチンタラ歩くイメージがあるからウォーキングとしておこう。

今日は北に向けて歩を進める。
私の家の北にはR171が走っている。
そしてすぐそばにそれと府道14号線と交わるところに茨木ICがある。
そのICの周りにはラブホが沢山ある。
なぜだかは不明だが、ICとラブホは切っても切れない仲だというのが彼の理論らしい。
散歩中だからそんなおじさんの言うことにはついて行けない。
すまぬ。

せっかく歩くのだから知らないところを歩いてみたい。
探求心・好奇心が旺盛なのだ私は。
しかし知らないところを歩くと行き止まりに遭遇する確立も高い。
この日も行き止まりっぽいところに遭遇してしまった。
退き返そうかと思ったが、また同じ道を帰るのも釈由美子。
思いきり攻めてみた。

予想通り確かに行き止まり。
でも退き返したくはなかった。
だから突き当たりのマンションの駐車場を抜けた。
マンションに隣接した一般の家の石壁とマンションには幅50cmほどの空間があった。
充分に人が通れるだけの空間であった。
その空間はマンションで太陽の影になっていて長細い闇を形成していた。
その闇は40mほどで終わってその先には光が指し車が通りすぎていくのが見えた。
私はイケルと思った。。
いや、行かねばならぬと思い直した。
学校の頃にやったかくれんぼのように慎重にその闇を進んでいった。
ミキヒト君に鍛えられたお陰でこういうのは得意なほうなのだ。
かくれんぼがこんなときに役に立つとはな。
私はほくそえみながらその闇をくぐった。
40mの闇から開放され光の中に再び立った時は自分の見とおしの良さを自分で褒めた。

しかし冷静になって考えてみた。
23歳にもなってこんな時間にこんな隙間をかいくぐっている自分って何者なんだろうか?
と疑問に思った。
その反面、私と同じように、23歳でありながら、
こんな時間にこんな隙間をかいくぐっている奴は世界に一人は居るだろう。
と勝手に思い込んで、そういう人達に共感を投げかけた。

こんなこと好きでやってる訳じゃないよね。
せねばならなかったんだよね。君らの気持ち解るよ。
と私は言った。



2001年08月23日(木) 友達の家

小学校からの友達である彼の家は瓦と壁がはがされ、それは見るも無残な姿になっていた。

僕達が小学や中学時代に、
バスケットや庭球野球をして遊んだテニスコートが2面は入る広々とした庭には、
時間を止められたように自然の赴くままに草が乱雑に生い茂り、
バスケットゴールはその中に倒されうもれていた。

その庭の奥には、はがされた瓦が積まれてあり、
小型のショベルカーとその彼の家と土地を買った山添電気の白いバンが止まっていた。
僕は庭を歩きながらこの状態にかなりショックを受けたが、
彼がこの家の姿をみて受けた衝撃を思うと胸が痛くなった。

あの頃のように彼の家に遊びに行って、正面玄関を開けて、彼の名前を呼んでみようと思い、
片開きのおごそかな扉に手をかけて引いてみたが開かなかった。

このぐちゃぐちゃに取り壊されて秩序のない姿とはうらやはらに、
しっかりと頑丈にカギはかけられていて扉を開いて彼の名を呼ぶことはできなかった。

「あの頃とは全て変わってしまったのだよ」

とその固く閉まった扉は僕にささやいた。

すべては年をとり変わっていくのだ。
年をとらずに変わらないのは思い出だけだ。



2001年08月22日(水) 小説4 サンガリア

散歩を始めた。
早朝約40分。
家の近くを4kmほど歩く事になる。

散歩をすると多くのことを発見する。
こんなところに炭火焼肉長寿苑ができている。
そんなところでおじさん達が住んでいる。
あんなとこには60円〜100円激安自動販売機がある。
ジュースが60円とは安い。
ほんとに安い。
しかし60円なのは甘ったるいサンガリアコーヒー190mlであった。
なっちゃんやジョージアは相変わらず100円である。
心底納得。
フムフムうなずく私。
けんちゃんとフムフム。

20分ほど歩いたので折り返すことにする。
折り返したところにおばちゃんが立って待ち構えていて缶ジュースをくれる。
ありがとう。
朝から補給係も大変ですね。
もらった缶ジュースをズボンのうしろポケットにしまってあとは帰るだけのウイニングラン。

川端通りのところで信号が赤。
はやる気持ちがもうはじけそうだが待つ。
小学3年生の女の子2人組の直子と香苗も信号を待っている。
彼女達の話す声が聞こえる。

「前に美喜ちゃんが野口君に告白したって聞いたやろ」
「うんうん」 
「あれどうなったか知ってる?」
「ううん。あれから聞いてないし、全然知らんわー」
「あれな。作り話やねん」

誰がなんのためにこんな恋バナを創作したのだ!
私は心から疑問に感じ、あたふたと視線をうろうろさせた。
すると気づいた。
彼女達の右手にはあのサンガリアコーヒー190mlが握られていたのだ。
そうか!これは悪の組織サンガリアの仕業だ。
狂ったデマを流して甘い言葉で純粋な子供達を囲い込もうとしているのだ。
多分この作戦を指揮しているのはサンガリア参謀長・山田雅人に違いない。
そうでなければあれほど多弁でごきげんに面白い彼が、
ここ最近わざわざレギュラー番組を減らす訳はないからだ。
サンガリアに毅然とした態度で対応していく事を心に秘め私はマンションまで戻った。

マンションの階段を登っていく私のうしろのポケットには、
もちろんサンガリアコーヒー190mlが入っていた。
サンガリアの作戦は甘ったるいコーヒーのように、いやらしく私にまで忍び寄っていた。



2001年08月21日(火) あぁ痛い

昨日の夕方から痛み出した。
それは腰。
なぜだかは解らないがすごく痛い。
だからこんな夜は君に会いたい。
あぁ痛い。

なんとか朝を迎える。
でも腰の痛みは退いてない。
退かずに向かってくるのは台風。
とは言っても台風だろうが、腰痛だろうがローソンはそこにある。
去っていったり、退いたりしないのがローソン。
だから行かねばネバネバネバーギブアップ!
腰痛のおかげでかがめないが無事バイトを終える。
まだまだ腰があぁ痛い。
そんな時は君に会いたい。
あぁドクター。

接骨院の先生は親切だったよ。
とてもね。話し上手だしね。
ちょっと痛みが取れた気がする。
腰痛には歩行が一番と聞きそのまま15分ほど歩いて美容院へ。
切られた毛を袋に詰めて包装してもらいリボンもつけて記念に一枚ハイポーズ。
そんな美容院があるなら行ってみたいが1度きりだよ。
切った頭を原茶のヘルメットに詰め込んで、そのまま大学院の研究室へ。
接骨院→美容院→大学院と来てるから、次は正倉院か!?
それではなくて、もしかして伊集院!?(存在価値が掴めない太ったタレント)
もしや意外なところで大豪院!?(ジャキ:男塾3号生筆頭株主)
かなりちょっと強引だけど退かないでね。
早く腰痛は退いて欲しいけど。



2001年08月20日(月) パイの実

先日小説3を書いたが評判が良くない。
良くないというよりみんな読まないのだそうだ。
Webページであれだけ字を並べられても読む気がしないのだそうだ。
やはりね。
誰だってそうだ。
PCの前に座り長い長い横書き文を読むのは苦労する。
それも文章がへたくそでイメージの湧きにくい僕の文章だからなおさらだ。
僕は少し考えた。
自分の望むものと他人の望むものは違う。
だから短くてちょいと脇をくすぐるような事を書かねばならぬのだ。
それが1番難しいことだが、やらねばならぬ。
僕が僕であるために。

ランドセルを背負って僕は一目散で家に帰って来た。
今日の体育はマラソンだったからもうおなかがペコペコだ。
「おかあさん。今日のおやつ何?」
「今日はね、パイの実よ」
「まっまじでっ!わ〜いやったーやったー」

僕のイメージの中でなぜかゴージャスなお菓子であり続けたパイの実。
そんなパイの実のようなささやかな喜びをこの日記ではお届けしたい。



2001年08月19日(日) ノルウェイの森

帰省している時にノルウェイの森(村上春樹)を読んだ。
主人公の渡辺と同じ寮に住んでいる永沢が、渡辺が寮を出る時に渡辺に言った。
「自分に同情するな。同情するのは下劣な人間がやることだ」

自分がそうありたいと願い、それを目指すならこういう気持ちが必要だろう。
この世界の全ては己に有る。己に勝つとはこの世界に勝つということ。そういうことだ。



2001年08月18日(土) 戦場の盆

「くっそ〜!よくもよくも大介を!」

機関銃で撃たれて先ほど息を引き取った大介の体を抱えて、唐辛子警部は叫んだ。

「くそ!あのアメリカやろうめ〜」

こうなると唐辛子警部をもう誰も止められなかった。

彼の血は逆流し、更に顔は真っ赤になっていた。
そして彼は、我々のバリケードを飛び越えて、アメリカ本隊目掛けて突っ込んで行った。
私達のバリケードの周りには先ほどアメ公が地雷を仕掛けていたことを、
唐辛子警部を含め我々は知っていたにもかかわらずにである。

「やっやっやめろ。そこは地雷地帯じゃないかぁ!」

私は声が出るだけ出した。一生のうちでこんなに叫んだ時はなかった。
これほど声が出る自分に驚いたほど声を張り上げた。

しかし、唐辛子警部にはこの声は届かなかったようだ。
彼には耳がないのだ。仕方あるまい。

私があきらめた時、バリケードの前方で大きな爆発音がした。

「盆!」



2001年08月17日(金) ちょいと酔っちゃう洋菓子の盆

ウィスキー盆盆



2001年08月16日(木) スタンド・バイミーの盆

♪ ラーリパップ ラーリパップ ラーリラリラリ
   ラーリパップ ラーリパップ ラーリラリラリ ラーリパップ ポン ぼ盆盆盆



2001年08月15日(水) 盆休みはまだまだ続く

盆休みはまだまだ続く



2001年08月14日(火) 盆休みの中だるみ

盆休みは中だるみ



2001年08月13日(月) 盆休みでいいですよね

盆休みでいいですよね



2001年08月12日(日) 盆休みでいいですか?

盆休みでいいですか?



2001年08月11日(土) トントン

私がコンビニでバイトをしているのは誰しもが解っていることなのでもう敢えて言わない。

早朝の客で一番多いのは会社に向かう男性サラリーマンで、
その他の学生やOLや主婦はトントンである。

トントンというのは、数がだいたい同じだという事であって、
靴がなかなか履けないからつま先を地面に打ちつけている訳ではない。
むろん、トイレにかけ込んだらカギのところが赤になっているにもかかわらず、
戸を叩く音でもない。

でも奥に開いていると思って開けたら、掃除ボックスだったりするほど焦ってはイケナイけど、
カギのところが青になってると思って飛びついて開けたらすでに伊藤のおっさんが入っていて、
彼のただのカギのかけ忘れであってカギをかけてない伊藤のおっさんがイケナイのに、

「なっ、何ですか!」

と言ってキッと睨まれた時には、もう次からトイレの扉なんて開けられなくなってしまうよ。

そんなわけでこの世にはトントンというのが多くあるが、僕の好むトントンはこれだ。


ピリリリリリリ、ピリリリリリリ
おっと、時間だ。起きねばならぬ。仕事仕事だ。

クンクン、クンクン。
もう既になにやら味噌汁の良い香り。

タンタン、タンタン。
寝室を出て、階段を降りる。

トントン、トントン。
朝の光を浴びて彼女が人参を刻む。

これが僕の好むトントン。

でも仕事のあとにはうしろから肩のトントンも良いものだ。



2001年08月10日(金) 小説3 便利な世の中

「めっちゃしんどーい」
私は自分の部屋の扉を開けて3歩歩いただけで倒れこんでしまった。
ほんまこんな生活が続いたら死ぬかもしれんわ。僕はそう思い、声に出してみた。

「ほんまに死ぬかもしれん。おとう。おかあ。ありがとう」

独りで悲劇のヒーローになるのは良いもんだ。
悲劇であればあるほど、この世界の自分の主人公度は増していくからだ。


時刻は11時前。
車の通りも少ない茨木のこのあたりでは音を出すものと言えば、
JRの電車とそれとがかみ合う線路くらいだ。
私のマンションは線路の隣にあるから騒音は仕方ないのである。

マフラーを取ったバイクの音も聞こえず、
茨木に多く生息するヤンキーも今晩は少ないようだ。
月に恐れをなしたのだろう。三日月、満月関係無く彼らは本当に月を嫌う。
以前もその事に関し、コンビニの前でヤンキー達が議論してたほどだ。


ヤンキーのいない夜はとても静寂を極めたが、
それを突き破るように遠くのほうからピーポーピーポーと救急車の音が聞こえてきた。
しかもそれはだんだん大きくなり、それが最大をとった時音は止んだ。
自分のマンションの前に止まったようだ。

このマンションの誰が病人なんだ?と思っていたら、
消防士の階段を駆け上がる音が聞こえたのち急に私の部屋のドアが開いた。

「しばやまさん!大丈夫ですか?しばやまさん!」

土足で上がり込んで来て、私の肩をつかみ激しく揺らして消防員Aは言った。

「はい!???なっ何ですか、いきなり」

「だって、さっき「死ぬかもしれん」って言って我々を呼んだじゃないですか!」

「えぇ、確かに言ったけど、ちょっと疲れてるだけで、救急車は呼んでないよ」

「はい。そうですね。たしかに電話では呼んでないかもしれませんが、
 今は便利な世の中になって、いちいち電話を掛けなくても様態が悪化した人がいれば、
 その情報を救急センターが即座にキャッチできるようになっているです。」

と彼は言った。彼はしたり顔で得意そうだった。
そして、こちらに遠慮することなく更に続けた。

「このサービスは8月からテスト期間として茨木限定で行なっているですが、
 これによってもう8名の命が助かっているんです。
 だからイタズラで呼ぶのは本当にやめてくださいね。
 しかし、これで今日イタズラ4件目だよ。ほんとに勘弁してよ。
 こっちは体がいくつあっても足りやしないんだから、それに・・・」

「でも、僕はただなんとなく思った事を口に出しただけで・・・」

いつまでも続く愚痴をのさばらせるほど、俺は暇じゃない。
風呂に入って歯を磨いて寝て、明日のローソンに備えねばならぬ!とばかりに口をはさむ。

「それがイケナイって言うの!近頃の大学生は本当にことが解らないね。それに・・・」

土足でも入りこんでるし、きゅうに大学生全員に拡大する理論も気に食わなく、
かなりむかっ腹は立っているが、ここはおとなしく聞いておこう。
これは口答えするとやばく長くなりそうであるからだ。そ
れに反省してるフリをするのは私の得意とするところだし仕方ない。


彼はその後5分ほど独りで話し続けた。
救急車はどうなっているのか気になったが、それどころではない。
真面目に反省してるフリをし続けねばならないのだ。

長い長い説教が一段落し、彼の話がまとまって少しとぎれた時に私はすかさず割って入り、
彼の右手を両手で取り、申し訳なさそうに言ってやった。

「はい、すみません、すみませんでした。確かにそうですね。
 このサービスは老人が多くなる社会には無くてはならないものですね。
 私が間違っていました。これからも頑張ってください。心から応援してます」

「そうだろそうだろ」

俺の態度にかなりご機嫌そう。満足かね。

「はい、これから自分も気をつけますし、友達にも言っておきます」

「おう。ほんとに頼むぜ!」

「はい。わざわざご苦労さまでした」

彼は笑顔で出ていった。
私も苦手な笑顔で答えた。
救急車が帰って再び静寂が訪れた。


「便利な世の中っていうも色々大変だな」

その静寂の中で言葉を確認しながら私は言った。



2001年08月09日(木) チューブがミリオンセラー

私はいつものようにレジを打っていた。なぜならコンビニでバイトをしているからである。

コンビニバイトの仕事の約60%はこの作業と言っても過言ではない。
お客様が持ってきた商品からいち早くバーコードを発見し、
それをセンサーに読ませねばならない。
それによるタイムロスがあっては、お客様と店員との信頼問題に繋がるからこちらは必死だ。
こちらがそのような気持ちでいることは、
早朝からアイスクリームを買いに来るカップルなどは知る由も無いだろう。
ほんとにいい気なもんだ。

私はこういう客には少し無愛想になってしまう。
だから、もしあなたがカップルに無愛想になっている店員をコンビニで見かけたら、
それは私かも知れないと疑って掛かってもよいだろう。

もしもその店員が私なら、あなたは「日記みてますよ。応援してます」
とアプロって良いだろうし、遠くからチラチラ観察しても良いだろうし、
はたまた「ロッピーの使い方が解らないんですよ。教えてガリレオ」
とか言って、私をレジから引っ張り出して、
自分の真横でロッピーの使い方を吐息の掛かる距離で伝授してもらってもよいだろう。
「教えてチョンマゲ」と言った方は、ごめんやけど教えられません。むろん理由は聞くな。

君が私だと疑ったのならどんな方法でもよろしい。何かアクションは起こせるはず。

それがコンビニ。まさにコンビニエンス。やっぱりコンビニでやんす。

そういうものだ。

しかしながら、君が「この店員は私かもしれない」と疑ったしても、
それは必ずしも私とは限らない。
っていうより、それが私でない確率は、
このさきチューブがミリオンセラーを記録する確立より低いだろう。

疑わしきは罰せず。昔の人は巧く言ったものだ。



2001年08月08日(水) 中村おばちゃん

私が散歩から帰ってくると、マンションのゴミ捨て場で中村おばちゃんがゴミを整理していた。

おばちゃんとは1度も話した事もないけど、僕は彼女のことを中村おばちゃんと呼んでいる。
名前をつけたほうが親近感が湧くし、他人に説明するのも楽だからそのほうが幾分よい。

私の住む茨木ではゴミを出す日は月・木である。

しかし、今日は水曜日であるのにゴミ捨て場にはゴミがいっぱい積んである。
納得できないから事情を聞くために意を決しておばちゃんに話し掛ける。できるだけ笑顔で。
私は笑顔は大の苦手だが、致し方あるまい。温故知新である。

「おはようございます。今日ゴミの日ですか?」

ごみの整理を中断し、こちらに振り向き中村おばちゃんは答える。

「はい。おはようね。今日は資源ゴミの日でね、カンやビンなどを収集する日なのよ」

朝の光を浴びた思いきりの笑顔は俺を少しドキリとさせる。
当然ながらトキメキのドキリではなく、すがすがしさのドキリではあるが。

「へぇ。そうなんですかぁ」
「うん。そうなのよ。第2第4水曜の朝10:00に収集車が来るのよ。
 他には第1第3金曜日に粗大ゴミね。
 でも金曜の粗大ゴミは夜に取りに来るから、出すのは土曜の朝でも大丈夫よ」
「はぁ、はい。わかりました。とりあえず今日の資源ゴミ取ってきますね」

僕は小学生ほどの子供達には意外に怖く見られるが、上の人にはいい青年に写るようで、
この日もこの特典が効を奏したのか、ゴミ整理の作業を中断させているにも関わらず、
中村おばちゃんは笑顔で結構親切にお話をしてくれた。

でもただ僕の住んでいるマンションが学生中心のために、
話し掛けてくれる住人が僕が1年半ぶりで、
中村おばちゃんにとっては意外な来客であり嬉しかっただけなのかもしれない。

こんなことは僕が考えても到底解る範疇ではないから、もうよしておこう。
それより一番問題なのは、粗大ゴミの収集車が金曜の夜に取りに来るのに、
「土曜の朝出せば大丈夫」って言った中村おばちゃんの真意である。



2001年08月07日(火) ファミ中

子供の時ほど僕がゲーマーであった時はない。

本当に僕はゲームが好きで3度の飯が抜きでもずっとゲームができれば納得できたものだ。

僕達が子供の時にはゲームと言えばファミコンであった。
彼は時代にとって東京タワーであったかもしれないが、僕にとってはマリアナ海溝だった。

それほど僕は彼の魅力の溝にどっぷりはまってしまった。
彼の作り出すワールドに僕は心底感服し、そして僕はのめり込んだ。

しかしながら過ぎたるは及ばざるが如し。僕は彼であるファミコンに中毒なってしまった。
一日中、朝から晩まで繰り返させるスタートボタンに、夢をつぎ込んで命を燃やした。

こんな様子をうちの「おとう」は
「ファミコン中毒」略して「ファミ中」といって、全力で更正に掛かった。

彼のする行為は残虐非道であった。

彼は僕達が決められた時間より長くゲームをしているところを見つけると、
画面が進行中でありながらも寸分も迷うことなく、
抜き出しボタンを押さずにファミコンカセットを直接抜いた。

ロールプレイングゲームを途中で抜かれた時の静止した画面は、
縦や横に色々な線が何本も入りぐちゃぐちゃになった僕の頭の中を静かに映し出していた。



2001年08月06日(月) リンゴの味

時が経つのはやはり速い。もう7月が終わり、8月に入っている。

つい先日大学に入学したところだと思っていたが、もう院の卒業の年である。
ちょっと前に高校に受かったと思っていたが、もうすでに高校生に教える立場になっている。
ほんの少し前に、赤ちゃんベッドに入ってガラガラで遊んで、または遊ばれていたのに、
今は街中で赤ちゃんを見ると「かわいいなぁ」と全く逆の立場で考えてる。

それは大方言い過ぎだろうけど、それぐらい速いってことだ。
この流れから推測すると、この先も同様に速く時間が過ぎていくのは察しがつく。
俺は年老い、そして死んでいくのだろうか。

いや、「死んでいくのだろうか」ではなくて、「死んでいく」のだ。
ガンで死ぬかもしれない。事故で死ぬかも知れない。

もしかすると、モビルスーツ戦でやられそうになり、
「お前もみちずれだぁー」
なんて叫びながら、敵艦(ジュピトリス)に突っ込んで死ぬかもしれない。

それとも、キュベレイにマーク�兇�やられそうになっているところに、
お決まりのように助けに割って入り、自分が身代わりなってビームサーベルを受けてしまい、
「自分の乗ってた戦艦が、ラーディッシュかデニッシュかラディッツか忘れたが、
とりあえずを頼んだぞ!」
とかいう最後のセリフを言って爆発して死ぬかもしれない。

はたまたあるいは、アーガマが被弾したのでコツコツ消火活動をしてたら、
第2波の攻撃がやってきて、名前も無いキャラであるのに
「なにぃ?まただとぉー」
とか叫びながら、吹っ飛ばされて死ぬかもしれない。

どういう過程で俺が死んでいくのかは誰も解らないけど、結局死ぬっていうことだ。

キムタクもケビンコスナーも死ぬだろう。友達も死ぬだろう。父も母も兄弟も死ぬだろう。
みんな死ぬんだ。

死ぬっていうことを単に口に出すより、じっくり考えて文にしていくと、
とても客観的に感じられ、実感が想像できやすい。だからかなり恐ろしい。

彼らがこの世界から居なくなるってことは、本当に許せない事なんだけど、
ねじまげた理論でもいいから無理にでも自分に納得させねば、絶対先に進めないだろうな。

彼らが死んだ時、この不条理を俺は自分に絶対納得させることができないだろう。

死を経験していない人達にとっては、
死を納得することなど死というリンゴの皮1枚の味も理解した事にならないだろう。

そのリンゴを食べるまでは、味は誰にも解らないのだ。



2001年08月05日(日) メール

今日旧友にメールを送っていて、結構良い文章だったので無断転記してみます。
ただ書くネタがないからかもしれんけど、その痛い部分を突くのはカンベンしてね。
でもメールじゃないから、いちおう実名は布施明。その辺は突っ込まないで。

同じ教室で共に学んだ友へ くだらない毎日をもがいてる僕からのメールです。
―――――――――――――――――――――――――――――
送信者:しばやまけんいち
日時:2001年8月6日 11:23
宛先:36HR
件目:帰省?寄生?予感を実感。
――――――――――――――――――――――――――――――
お久しぶりです。
36HRML企画者のSYです。(メーリングリストは略してML)

TN君の帰省を受け僕の帰省の連絡です。
11日未明〜15日未明で帰省する予定ですが、結局予定は未定。
帰省し、実家で寄生虫のごとくゴロゴロと本を読む予感。
日記を欠かさず書いているが、最近筆がいい感じで進むのを実感。
わけもなくマリオが突然入るのは土管。

土管の中で、隠れコインを探すような感じで研究を進めていて、
ほんとに先の見えない感じでほんとにイヤになってたんですが、
先日ようやく結果が出そうな手応えを感じ、
助走幅は短いながらもBダッシュでしゃがんで滑り込んで、
入りこんでコインをいただきって感じです。

これでこの先も思うように結果が出てくれれば、キノコまで食べちゃうぞって思ってますが、
大きくなってしまってはただでさせ狭い部屋がもっと狭く感じてしまいそうなので、
チビマリオでここは我慢の時です。(僕の部屋は約5畳)

個人レス↓
TN君へ
> メーリングリストを作ってくれたSY君,そしてSM君,ありがとう。
ちなみに私は企画者であって、製作者はSM氏です。
この辺をはっきりさせとかナイト、のちのちビジネスの話があった時にもめて揉まれて、
厄介なことになっては正直ゴメンやからきっちりしときましょう。まぁそんなとこ。

MKTへ 実家には帰るのですか?それだけ。また連絡して。

それではみんな、次会う日まで売買。

PS:暇な人や暇ではない人は僕のHPで見ていってね。それでは。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
最後の文は結局誰にも当てはまる事です。実はココだけの話。



2001年08月04日(土) 小説2

「わたし、あなたのこと好きよ」
女は男に向かって唐突に言った。
女は化粧中であったので、鏡を覗きこみながら、マスカラでまつげを整えながら言った。

「うん。僕も君のこと好きだよ」
男は鼻毛カッターで鼻毛を切りながら答えた。
男は女の化粧をただ待つのも暇だから鼻毛を切っていたのだ。

女はその様子を横目で見ていたのだろう、
マスカラを持っている手とは別の手でテーブルをバンと叩きながら言った。
「わたしが真剣に言っているのに、鼻毛なんて切りながら答えないでよ!」

やれやれまただ。
とりあえず怒りたいという年頃なんだろうか。
どんなことにでも突っかかりたいという気持ちがミエミエだ。
ふうっ、と一息ついて男は女のほうに体を向き直して答えた。

「おいおい、ちょっと待て。自分のことは棚に上げてその態度か?」
「はっ、何が?」
「君は化粧しながら言った。僕は鼻毛を切りながら答えた。これのどこが違うというんだ」
「・・・」
「君は自分の都合で「化粧>鼻毛切り」かも知れないが、
 大きなカテゴリーでみると「化粧≒鼻毛切り」であることは間違い無い。
 だから決して君は僕には立てつく事はできないよ」
「そーだね、そだね。はいはい、そーでした。ごめんなーさーい」
これまた、女は化粧をしながら答えた。

意味も無く立てついた事を悪いと解っていながら、
しっかり謝らずに、化粧をしながら謝るとは結局解っていないな、と男は思った。
ここは当然責めるべき処だ。
が、ここで女の誠意の無い謝った態度の事を重ねて責めたら、
僕達ははなかなか抜け出せない泥沼に入ってしまって家を出るのが遅れてしまう。
と男は考えて、責めるのを止めた。

電車に乗っている時にでもこの事は言えばいいさ。
だって既に太陽は頭の真上を過ぎたし、土曜の午後より日曜の午後の流れは特に速いから。



2001年08月03日(金) 満足してる?

先日ヤフ−を眺めているとこんな記事があった。

このデータから他国が普通で日本が異常だと結論をづけるのは容易なことだ。
これほど豊かであるのに日本の国の子供はこの日本の社会に満足していないのだ。

少しも自分というものを確立もできていない存在であるのに、
個人を主張することが一番大切なことだと教えられ、
なんでも自分の思い通りになると勘違いし、
自分の底のない桶のような満足を求めていればこのような結果になっても当然だ。

彼らは自分の満足することが何かもはっきり解っていないのに、
今の社会では満足できていないと思ってる。
彼らに「どうすれば満足するの?」
と尋ねても大方ははっきりと答えられないだろう(僕の勝手な推測だが)。

どうすれば満足するかを解っている者だけが、
初めて満足していないことも解ることができるのではないだろうか。

当然ここでいう満足とは、人間社会においてまっとうに生きるという事が前提になっている。

だから、当たり前の事だが、殺人で満足するということは、成立しない。

日本の未来を考えた時、この問題は日本にとって最重要課題だと思う。
だからこの事態を率直に受け止め、僕達は早急に対処していかねばならない。

日本の未来を動かしていくのは僕達なんだから。
そして、その日本を受け継いでいくのは僕達の子供達なのだから。



2001年08月02日(木) 「健一」という名をつけられて・・・

僕の実家は京都府与謝郡岩滝町である。
そこは京都府なだけであって、みんなの想像するマイコや河原町のある京都ではない。
その町には駅すらコンビニすらない。そんな町で僕は産まれ、そこで育った。

僕は母親のおなかから産まれて出てきた時、左足か右足か忘れたが、
かたほうの足のつま先がすねにくっついているほど足首が異常な角度で曲がっていたらしい。

そのため、生後暫くはその足首を矯正するために、器具らしいものをつけていた。
生後まもない子は体も頑丈でないから、矯正は簡単なのだが、両親はこんな僕を見て
「この子には、健康が一番だな」
と思ったのか、僕は両親から「健一」という名を受ける事になった。

人間の赤子への命名は変なもので、命名されるものの意志や状態は無関係な事が多い。
赤ちゃんの状態に関わらず、生前1週間前に決まってたり、
流行の名前とかで「拓哉」などとつけられたりするものだ。

だが、人間の赤子とは別で、犬などは無関係でないことも多い。
だれも白い犬に「クロ」とは名前をつけないだろうから。

今、実家には「チョモランマ」という白い犬が居る。(エベレスト=中国語:チョモランマ)
その名と犬自身は、毛が白いからという理由もあって、決して無関係ではない。

ところで、今は居ないがちょっと前に飼っていた犬は「ポンタ」という茶色の犬だったが、
おとう(父・義男[読み:よしお])だけはいつも「コロ」と呼んでいた。
こんな小話を挟むところではないが、今でもこれに関しては心底???である。

というわけで、犬に対しての命名方法と人間の命名方法のスタイルは、
多くの場合異なっているが、僕は自分の生後の状態で名前が決まったという事は、
赤子であるが自分の状態が命名に関して少しでも両親に影響を与えたと思うと、
「健一」という単純な名前でも良いと思えてきたのでした。



2001年08月01日(水) 山月記(中島敦)

ちょっと待て!というほど暑い。
朝起きて当然ながらシャツが塗れている。当然涙ではない。同時にあの話を思い出す。

山月記(中島敦)で虎になった主人公の李徴が、虎になった事を苦悩して袁サンに言う。

「己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない」

暗に涙で濡れたんだというこの表現が非常に俺は好きだ。

高校の国語の授業でこの話を聞いたが、その時からずっと離れない。

昨日見た映画の結末や、読んだ小説の内容も忘れたりするくせに、
このように意外にいつまでも残って覚えてたりするのも不思議なものだ。

千と千尋の神隠しでも湯婆婆言っていたが、

「忘れているだけで、いつまでも覚えているものさ」

そういうものだろうけど、
1度でも思い出すと言う作業をしないと、
そういう思考のコネクトは構築されないような気がするのだが。

その1度忘れていた事を思い出すという作業は自分の内外問わず、
なにかしらきっかけが必要だろう。

そんなとこかな。あぁでも今日はとりあえず暑い。
だからこんなことはドウデモヨイ!


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