夕方、もういちどリダイヤルを押す。 空港で聞いたこの番号。
呼び出し音が鳴る。 保留メッセージが流れて、すぐ切れた。 ・・・切られた?
彼は最初から、日本で会う気などなかったのだろうか。 だからといって、電話に出てさえもらえないなんて。 そんなに私はきらわれてるの?
こういうときは決まってあの人の声が恋しくなる。 そう思っていると不思議と電話をくれる彼。 まるで私が落ち込んでいるのを知っているように。
彼と話してだいぶ落ち着いた。 この前はあんなにひどいことを言ったのに それでも私を励ましてくれるのね。
ありがとう、大好きよ。
夜になっても彼の電話はいまだ留守電。 きのう残したメッセージは ちゃんと聞いてもらえたのだろうか。
イヤな予感が頭をかすめる。 数ヶ月前に知り合った年下の男のコ。 彼は私との約束をすっぽかし、 それ以来、電話には一度も出てくれなかった。
彼はもう、私と会う気なんてないのかもしれない。 旅行中だけの遊びだったのかもしれない。 あの日の約束は本物だと信じていたのに。
落ち込んでいると、ケータイが鳴った。 彼からのコールを期待して息が詰まる。 けれども声の主は、別の友達。 「おかえり」のひとことを言うために 電話をくれたことがうれしかった。
彼とはもう会えないのかな。
斜め前に座っている女のコたち。 「男好き」のオーラは、明らかに彼らのことを狙ってる。
ああいうタイプの女のコって大キライだ。 わざとらしくてイライラする。 彼女たちはすでにお気に入りがいるらしく 自分たちから彼らに声をかけたらしい。
飛行機を降りると、思わず彼の姿を探してしまう。
荷物を受け取って、彼の連絡先を聞く。 彼は私のケータイの番号をメモに控える。 そして、さっきの女のコの集団のほうへと近づく彼。 嫉妬というか、嫌悪感。
どうしてあのコたちのほうへ行くの? 旅行中、ずっと一緒だったのは私なのに。
抱きしめてくれたじゃない。 キスしてくれたじゃない。 あれはもう「過去のこと」なの?
私と彼は朝まで一緒のベッドにいた。 トイレに立って戻ってみると、 床で寝ていた彼の仲間が目を覚ましていた。
「ずっと寝てたよ」とウソをつく。 本当のことなんて、言えない。
チェックアウトを終えて荷物を預け、大英博物館へ。 この旅行ももうすぐ終わりだ。
帰りの飛行機は、友達の隣りではない。 友達同士で席の離れてしまったコたちを優先してたら 私と友達は前後の席になってしまった。
ひとりで眠り、ときどき彼のほうを見る。 通路をはさんだ隣りの女のコと話す彼。 嫉妬する私。
今朝みたいなことがあったからって 彼女を気取るつもりはないけれど。 それでもやっぱり、気になっちゃうよ。
友達が体調を崩して、お昼すぎまで部屋にいる。 午後からセントラルでお買い物。 アフタヌーンティーのあと、またすぐ部屋に戻る。 最後の夜だというのに、二人そろって調子がおかしい。 きっと疲れのせいだろうけど。
友達が眠っているので、私も夕食を見送る。 彼らが戻ってきたら、一緒に食事に行こうと思い、 ドアの隙間から部屋に手紙を差し入れておく。 それも虚しく、彼らが戻ってきたのは夜中だった。
彼らが来て、ひとりが私たちの部屋の床で寝てしまった。 そしてもうひとりが来て私の友達を連れていき、 私は思い出したように荷物の整理をはじめた。
ベッドにいた彼は、私を強く抱き寄せた。 そして、何度も唇を重ねた。
床の片隅で眠る彼の仲間がいなかったなら。 部屋が私たち二人きりだったとしたら。 私たちはどうなっていたのだろう。
集合は6時半だったのに起きたら6時45分。 ドアをノックする音と名前を呼ぶ声で目が覚める。 二日酔い気味の私。 きのうのメンバーはみんなぐったり。
ロンドンに着いて、市内観光。 タワー・ブリッジを眺めながらサンドイッチのランチ。 ホテルに戻ってシャワーを浴びて、ひとやすみ。 そして留学中の友達との待ち合わせ場所へと向かう。
1年ぶりに会う友達はたくましかった。 彼女が私に向けてくれる笑顔は、私をとても安心させた。 抱いていた引け目がちょっとずつ小さくなった。
夢の実現のために努力を怠らない彼女。 彼女は私の目標だ。
パンケーキを食べ、コーヒーを飲み、 彼女の残り2週間のイギリス生活の無事を祈る。 今度は日本で会おうね。 またいろんな話をしようね。
朝からハイテンションで凱旋門へ。 地下鉄の中でも友達とのおしゃべりは止まらない。
凱旋門に登ったあとは、お買い物。 中途半端な英語と片言のフランス語を駆使して、 ルイ・ヴィトンの本店でバッグと小物をお買い上げ。 カフェでサンドイッチとカプチーノのランチ。 セーヌ川をクルーズしたあと、セーヌ左岸へ。
荷物を置くために一度ホテルの部屋に戻る。 まだ夕食をとっていない彼とその仲間のひとり。 気の合う4人でディナーに出かける。
食事から戻ると、残りの6人が衝突するトラブル。 もうひとり仲間を呼び、ワインをあけ、延々と続く愚痴を聞く。 うとうとしていると、私は眠ったと思い込んだひとりが 彼に私とのことを聞いていた。
「何もあるわけないだろ」 きっぱりと答える彼。 そう、あれは私たち二人だけの秘密。
ベルサイユ。 ずっとずっと憧れつづけた町。
目の前に広がる宮殿。 この場所に貴婦人たちが集っていたと思うと なんだか不思議な感じがする。 その場所に私は今、立っている。
その後、広大すぎるルーブル美術館へ。 ミロのヴィーナスよりもサモトラケのニケに感動。
夕食を終え、ホテルに戻り、 用があって彼の部屋に内線をかけ、彼が私の部屋に来る。 ラウンジに降りて、向かい合ってソファに座る。 絶えない会話と笑い声。
私の口をふさぐタバコの匂い。 ねえ、そんな目で見つめないで。
部屋に戻って時計を見ると4時だった。
歩き回るうちに知り合った日本人の女のコ。 けれど、友達との二人の時間を邪魔された気がして ちょっと鬱陶しく感じてしまう。
パレ・ロワイヤルで私は二人とは離れて歩く。 カフェテリアでのランチ。 知らない人と食事を共にするのは苦手。 情けないほど心の狭い私。
女のコと別れたあとも歩き続ける。 カフェで経験した甘すぎるショコラ。
夜、彼らの仲間のひとりから内線が来る。 4つに分散している彼らの部屋。 そのひとつを訪ねるが、彼はいない。
内線で彼を呼ぶ。 みんなでワインをあけながら過ごす時間。
仲間が別の部屋に行き、二人きりになった一瞬。 あのときのぬくもりを忘れない。
早朝、ホテルのロビーに集合。 彼らが部屋に戻って、まだ数時間。
ローマからパリに向かう飛行機。 睡眠不足のせいもあって、ぐっすり眠る。
パリに着いて市内観光。 エッフェル塔、凱旋門、チュイルリー公園。 ずっと憧れていたフランス。 この旅行中、いちばん楽しみにしていた街。
パリではじめてのランチ。 なつかしい響きのフランス語。 そして、例の彼らも同じ場所に来ていた偶然。
ホテルの近くのレストランでディナー。 部屋に戻って、彼らに会いたいと思っても どこが彼らの部屋なのかわからない。
今日も一緒に過ごせるかと思っていたのに。
もういちどバチカン市国に足を運ぶ。 この前ほどではないけれど、いいお天気。 まるで写真でも見ているような 現実感のない世界。
くだらない話で笑いあいながら おだやかな広場をゆっくりと横切っていく。 哀しいくらいおだやかな午後。
トラットリアでローマ最後のディナーを取る。 ワインを飲みながらの楽しい時間。
部屋に戻ってしばらくたって、ノックの音。 ドアを開けると見覚えのある例の彼。
もうひとりの男のコにまとわりつかれる友達。 そして、当然のように私の隣りには彼がいる。
ローマ最終日の夜、 彼らは朝まで私たちの部屋にいた。
明日は日曜日。 キリスト教の「休息日」。
バチカン博物館を見学できるのも今日しかない。 とりあえず何もかもに圧倒される。 当然のように宗教関係のものがほとんどで、 知識のない私は友達に解説してもらってやっと理解。
その後、ちょっとお買い物。 同期の彼へのお土産にネクタイを選ぶ。 ロンドンにいる友達へのおみやげは 私とおそろいの小さなバッグ。
夜になって、例の集団の2人の男のコが 私たちの部屋に来た。 朝食のあと教えた部屋番号を覚えていたらしい。
この2人じゃなくて あの彼が来てくれればよかったのにな。
青空に浮かび上がるサン・ピエトロ大聖堂。 絵や写真で見覚えのあるコロッセオ。
これらが刻んできた気が遠くなるほど長い歴史は 私には想像することさえできない。
太陽の光がまぶしくて、あたたかい昼下がり。 コロッセオからしばらく歩いて パンテオンやトレビの泉、スペイン広場をまわる。
この友達との旅行は本当に楽しいと思う。 香港に行ったときは腹立たしいこともあったけれど 今回はそんなこともなさそうな予感。 どんなことも楽しめそうな、そんな気がする。
2年足らずのつきあいではあるけれど 今まででいちばん、感情をぶつけあった友達だ。 笑ったり、ケンカしたり、怒ったり。
私のこと、いつまでも見捨てないでね。
半年ぶりの成田第二ターミナル。 無機質な空気と人ごみ。
チェックインの直前に見つけた男のコたち。 何度かすれちがうその集団のなかで 私はひとりの人を追っていた。
飛行機に乗ってからもその姿を探してしまう。 ちょっとの期待を抱きながら。
・・・あ。
うれしいハプニングが待っていることを 強く強く、願ってみる。
ローマのホテルで彼の正面のソファに座る。 たくましい体つきと低い声。
そろそろ私にもハッピーが訪れても いい頃だと思わない?
不思議な匂い。 薄れていく罪悪感。
どんどんと新しい世界がひらけていく。 普通に生活していたら きっと出会うことのなかった人たち。
私の知らない大きな世界。 それに次々と引き合わせてくれる友達。
彼のアパートはとても素敵な建物で 自分がいる場所に錯覚をおぼえそうになる。
適度に散らかった部屋。 当たり前のように存在するセンスのいい家具。 香水やタバコの匂い。
この人と同じ場所で生活している友達。 私とは住む世界のちがう人たち。 意気地なしの私には憧れることしかできない生活。
どうやら私も風邪をひいた。 デートのはずだったのに。 ほぼ同時に風邪をひいてしまうなんて。
あの日、好きだと言ってくれた彼だけど まったく覚えていないらしい。 「お前は俺と結婚するよ」というセリフなんて カケラも覚えていないらしい。
かなり酔っていたけれど どこから覚えていないんだろう。
ずっと隣りにいたことは? 手をつないで歩いたことは? ふたりで一緒に帰ったことは?
うれしかったのに。 全然覚えていないなんて、悲しすぎるよ。
好きになりかけちゃったのに。
彼が熱を出した。 よって、明日のデートも延期。
内定者で、同窓生。 その関係が微妙であることはわかってる。 けれど、彼のことを考えてしまう。
この人とつきあったらどうなるんだろう。
強引さに弱い私。 彼なら私を引っ張っていってくれる気がする。
好きになれるかな。 好きになってもらえるかな。
そんな想いを抱えながら 仕事の終わった男友達とデート。 私のまわりにはなかなかいないタイプの男。
ファミレスで数時間、いろんな話をする。 男の人の隣りってやっぱり心地いいと思う。
きのうの彼の影が頭から離れない。 あんなことを言われたら気にせずにはいられない。
家に帰ってから電話して 月曜日のデートが決まった。
うれしい。
デートの約束だけでこんな気持ちになったのは とてもひさしぶりかもしれない。
今日は卒論の発表会。 私はゼミにあまり顔を出していなくて みんなともいまいち馴染みきれなかったけれど それでもこの2年間はそれなりに楽しかった。
卒業したらもう会わなくなっちゃうのかな。 せっかく出会って仲良くなったのに そんなのさみしすぎるよね?
スーツ姿のあの人に会えるのが楽しみで 出席を決めた今日の会合。
交わしたのは挨拶程度の短い会話。 さみしさを押し隠して、はしゃぎ続ける弱い私。
気づいたら私の隣りにいた別の同期。 みんなからちょっと離れて2人で歩く。 つないだ手のぬくもりがからだじゅうにしみわたる。
ひさしぶりのこの感覚がうれしくて そっと彼の手を握り返す。
「お前は俺と結婚するよ」 駅のホームで言われたセリフ。 酔っているとわかっていてもうれしかった。 この人を好きになりたいと思った。
おねがい、この手を離さないで。 私のそばにずっといて。
映画を観に行く。 相手に彼女がいることを知りながらも こうしてデートを重ねる私たち。
不思議なことに恋愛の予感は感じられない。 こんなにも頻繁に会っているのに。 ふたりきりの時間を過ごしているのに。
彼女へのアリバイ工作。 それが危うくバレそうになっても 私には全然関係のないこと。
隣りに男の人の存在を感じるとき 私のさみしさはちょっとだけ影をひそめる。 その甘さにすがるように 複数の男友達とデートを重ね続ける私。
こんなことをしても どんどん虚しくなるだけなのに。
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