なごや博学本舗,『BUTTU TRICK BAR』,喫茶店,忍者屋敷,駅前モンブランホテル

 10:33発こだまで名古屋に向かう。
「ぷらっとこだま」という割引チケット+ビール1缶+名古屋ホテル1泊で14,200円也。
こだまは指定席で、絶対に乗り遅れてはいけない。途中乗下車は認められない。
途中で降りてもいけないっていうのは非常に不思議だ。
前夜は緊張してなかなか眠れなかった。

10:00に池袋駅に着く。ぎりぎりだ。
「ぷらっとこだま」はJR東海の商品のため、
東京駅のJR東海の改札から入場しなくてはいけない。
それがどこだかわからない。荷物を持って全速力で走る。やばいやばいやばい。

正規の改札は結局わからない。ぶっちぎる。駅員に「ここまでの切符は?」と聞かれる。
汗だらだらの必死の形相で「ハァ、丸の内線で来て、10:33発のこだまで、ハァ」。
間に合った。咳が止まらず、放心状態になって、
汗が引いて落ち着くまで30分ぐらいかかった。

なごや博学本舗のトークライブ会場マノアホールのある栄駅に着く。
駅からの行き方がわからない。出口もわからない。
迷っていたら電脳キツネ目組の人に出会って一緒に行く。

 植垣康「博」さんと宮崎「学」さんだから「博学本舗」。
本日のテーマは「拉致事件、よど号犯、『理想』が生みだしたものとは?」

よど号ハイジャックは「規模の大きな自転車泥棒にすぎなかった」と宮崎さん。
これも私はよく知らないけれど、時間が経つにつれてどんどん間抜けになっていく感じ。  

拉致被害者として帰国した5人は北朝鮮の51に分かれている成分表(階級)の
どこに位置するのか?という疑問は次から次へと広がる。
彼らの子供が実は日本人だったということで成分は下がるのだろうか?
北朝鮮の人々はみな自分の成分を知っていて、それは一生変わらないものなのか?
功績や懲罰で上がったり下がったりするのか?

鈴木宗男にくっついてロシア利権を貪っていたと言われる外務省のノンキャリアだった
佐藤まさるについて、マスコミとは違う視点で取材をしている宮崎さんの話など。

 2次会は店内の巨大大仏がサンタクロースの帽子をかぶりクリスマスツリーを持っている
『BUTTU TRICK BAR』。
宮崎さんや植垣さんへの質問は有料(名古屋っぽい?)。
1問100円。前回は1,000円だったらしい。どこかに寄付したそうだ。
ある男性の「理想の社会はないんですか?」という質問には
みんなから「ないない!」と声があがる。

 次はブッツ・トリック・バーのビルの前にある喫茶店でみんなでお茶。N君と話す。
「さっき、宮崎さんの話聞いて私泣いちゃったんだ」
ブッツ・トリック・バーで私は宮崎さんの後ろの席に座っていた。
宮崎さんは、タイのお土産を買った人が、それを渡す約束の前日に亡くなった話をした。
「覚悟の上だったんだな」と言っていたが、
タイで宮崎さんは「お土産はタイシルクのパジャマにしたんだ、いいだろう?」
と楽しそうに言っていた。
宮崎さんがお土産を買う、それほどの仲の人が、殺されてしまった。
「じゃあ、お土産は明日持っていくよ」と言ってたのに。
その話をする宮崎さんの後姿を見ていたら涙がポロポロ。

全然そんなこと知らなかった私は、タイから帰ってきて宮崎さんが
「疲れたなあ、年かな」としみじみ言うので
「高円宮みたいにならないように、休んでくださいね」
なんて言ってしまったのだ。ああ、本当に嫌な事言っちゃったなあ。

「そんなこと気にしなくて大丈夫ですよ」とN君。

 東京と静岡から来たキツネ目組の人たち6人で、「くのいち」Mさんのお家に行く。
静岡の植垣さんのアジト?に泊まった時に一緒だったMさんは「忍者」だ。
翌朝ドロンと消えていた。

このMさんはものすごく面白い人だった。
忍者で女優。出演した『マルサの女』や『猟奇娘』のヴィデオや写真集を見せてくれる。
ブラジルの、観光客や報道も入り込めないスラムで2年間暮らした時に撮影したヴィデオや
フランス人の元夫と四国でお遍路さんをやった記事も。
「忌野清志郎にほら貝の吹き方教えたのは私よ」とか。 

ガクトやオイカワミッチーのようなナルシストの若者が好きらしい。
ガクトのヌード写真と宮崎さんの選挙ポスターが並んで貼ってあるのが可笑しかった。

Mさんが「近所迷惑だから静かに」と何回も言ってるのに、植垣さんやRさんは
酔っ払って大きな声を出す。Mさんの魅力に興奮気味?

Mさんは泊まっていったら、と言ってくれたが、私だけタクシーでホテルに戻る。
2002年11月30日(土)

『BRIDGES』展,『MILLIBAR』,『檸檬屋谷中本店』

 30分遅刻。Uさんにあれほど「心を入れ替えて」と言われたのに、1ヶ月も持たなかった。

 檸檬屋の常連Yさんと、檸檬屋従業員で芸大先端芸術表現科日比野克彦ゼミの学生
OAちゃんの作品を見に中目黒『SPACE FORCE』。OAちゃんはおらず。
F君というゼミ生がYさんと顔見知りで、いろいろ説明してくれる。

目黒川と目黒川にかかる橋がテーマらしいが、よくわからない。
「初めて橋の上で立ち止まったのは何処ですか?」と問われても、わからない。
「欄干」とか「まんなか」とか?「水道橋」とか「吾妻橋」とか?

 Yさんと『ミリバール』。
最近は一人で飲み歩かないし、水曜日の映画も渋谷に出る事が少ないので久し振りだ。 
アルバイトのG君に、Yさんを「檸檬屋の常連で井上陽水の親戚」と紹介。
Yさんが「嘘ですよ」と言って、単に出身が隣町なだけと知る。数年間信じていた私。

 眠いので帰ろうかと思ったが、Yさんが『檸檬屋谷中本店』に行くとのことなので、
私も行ってみる。谷中店は『檸檬屋新宿』の開店前の大掃除以来。
「きれいになった、見違えるようだ」と聞かされていたが、そんなことはない。
いよいよ閉店の危機が迫っているとも聞いているが、今日は大賑わい。

住枝さんは「今日は桜井とYはデートだった」とず−っと言っている。
このようにして人は私とYさんをカップルだと思い込み、
私はYさんを井上陽水の親戚だと思い込んでいたわけね。
2002年11月29日(金)

『スーパー写真塾』,『SPA!』

 冴島奈緒さんのインタヴュー記事が出ている『スーパー写真塾』を探している。
コンビニにあるらしいのだが未だに(これを書いているのは12月5日)発見できず。
コンビニや本屋のそういうコーナーで、じーっとエロ雑誌を見つめたり、
タイトルを確かめるため手にとっているのはなんとなく気恥ずかしい。
どなたか持ってませんか?

 『スパ!』は写真家の北野謙さんが山崎努を撮ったとのことで見てみる。かっこいい。
66歳とは知らなかった。私が小学生の頃から好きだから、そのぐらいか。

北野さんからは

> あちこち地方に行ったので我が家のお酒が増えました。
> 日曜日に「落ち葉焚き会」をするので空けようと思ってます。
> 我が家の周りは雑木林。落ち葉が凄いんです。飲みに来ます?

なんて素敵なお誘い。しかし日曜日は名古屋か京都だ。残念!

 昨日も今日も4:30まで。眠い。昨日も今日も遅刻。まずい。
2002年11月28日(木)

『mister Donut』,映画『理髪店主のかなしみ』,タイかも?

 新宿松竹で『Dolls』を見ようと思ったら立ち見だと言うのでやめる。
1番館で見た人は「ガラガラだった」と言っていたのに。他にも当てが外れた人多数。
水曜レディースデイ効果か、松竹が動員見込みを誤って劇場が小さ過ぎたのか。

 仕方なく21:20からのテアトル新宿『理髪店主のかなしみ』を見ることにして
『ミスタードーナッツ 新宿靖国通りショップ』で時間潰し、
のつもりが禁煙席が無く、耐えられず。換気も悪くて最悪だった。今時珍しい。

『理髪店主のかなしみ』は危惧した通りくだらなくて美しくなくて、
ものすごくつまらない映画だった。
理髪店主の田口トモロヲが足フェチのMで、女の人に蹴られて喜ぶのだが、
全然蹴りが入ってない。
柄本明はSで、田口トモロヲの妄想で何度も殺される。怪演。そこだけ良かった。

 岡山の男性に、メールでタイ行の費用の算段を尋ねられる。
「散歩屋です」「詳細教えて」「教えない」「散歩やとは」「散歩同行業」
「もうちょっとなんかあるでしょうに」「営業トークしましょうか」
「あまりに素直なので拍子抜け。鴨せいろは食ったか?」「??鴨は嫌い」と返信して、
これって「散歩屋のお客様=いいカモ」ってことか?!と気付く。むかぁ〜。

と、思ったら前の飲み会で
「桜井さんが鴨せいろを知らないって事で、ちょっと話題になったんだけど」。
へ?そうなの? 全く覚えていない。怒りのメールを送らないでよかった。
大変失礼致しました。ゴメンナサイ。
2002年11月27日(水)

不快な人

 2週間掃除してない。洗濯物も溜まってる。だけど手をつけられない。
仕事から帰ってご飯を作って食べて片付けると、すぐ22時とか23時。
今週来週も週末は時間がないのでこのまま一気に大掃除か?

 嫌なことばかり言う人がいる。不快な顔をしても、ちょっと無視してみてもやめない。
何故私はその人が嫌なんだろうと考える。
一番は「ああせいこうせい」言われるのがむかつく。
でも同じことを好きな人が言ったとしても多分不快ではない。
全く理不尽にその人が嫌いなだけ。

不快な言動を止めさせる方法はあるか?

何故その人は嫌なことばかり言うのか。私だけに言うのか。誰にでも?
その人は私に嫌われたいのか、どう思われても良いのか、
あるいはもしかして好かれたいのか?

私はその人に嫌われたいのか、嫌われたくはないのか。
好かれたくは…ない。不快な言動がなければどう思われても良い。

じゃあ「あなたの言うことは全く面白くないし、非常に不快」と言ってみるか。
その人はどうするだろう。怒り狂うか、面白がるか、悲しむか、離れていくか。

反対の立場だったら?
私が好きな人に「あなたの言動は不快」と言われたら、何とか解決しようとするだろう。
嫌いな人に言われたら、離れる。どうでもいい人なら「あらそう」。

「静かに去るほうがいい」という人がいる。それが大半なんだろう。そして何も変わらない。
だったら私は言ってみようかな。
2002年11月26日(火)

あらさがし女王

 11時間寝ても眠い。仕事の量も、3時間しか寝てない日と変わらず。

同僚のW君によると彼がボケ大王でFさんはボケ女王、Yさんがリアクション大王で
Hさんがリアクション女王なのだそうだ。
「桜井さんはあらさがし女王ですな」とのこと。

メール、日記を書いて4:30まで。
2002年11月25日(月)

オーベルジュ『ルナロッサ』,『エプソンカラーイメージングコンテスト2002』

 3時間睡眠で出かける。4ヶ月ぶりの美味追求の会。予算が2,000円からとのことで参加。
溝の口の自然食フレンチ『ルナロッサ』。3,000円のランチコース。
「パンが酸っぱいね」と主宰のMさん。
オードブルは苦手なマグロスモーク。薄味なので、食べられた。
カブのスープのカブに味がしみていない。
メインの魚も味がうすーい。
デザートは甘かったけど、深い味はなかった。

本日参加の3人のうちのKさんが自由が丘に創作料理の店を開くらしい。
1月8日のオープンに向けて大忙し、美味追求の会参加も今回が最終回になるかも、とのこと。
9月に「店をやろう」と思い立って、すぐに行動に出たという。すごいなあ。

 帰りに、建築家修行中のyuhi君のお友達の写真家北野謙さんが
EPSONの写真コンテストに入賞したとのことで青山のスパイラルガーデンに作品を見に行く。
他のいろいろな人の作品もあって面白かった。
約束したわけではないが、yuhi君には会えず。

 家に帰ってご飯を食べて21:30。ちょっと寝るつもりが朝まで。しかも1時間寝坊。
2002年11月24日(日)

休日出勤,ドラマ『成りあがり』

 二日酔い。昨日会社を休んだので今日は一人出勤。13:00から20:00まで。
他人がいないと集中できるかと思ったらそうでもない。

 ドラマ『成りあがり』が始まる21:00までには絶対帰らなくちゃと思っていたが、
少し遅れてしまった。TOKIOの松岡が矢沢永吉を演じる。
初めて聞いた時はしっくり来なかったけど、悪くはなかった。

しかしファンとしては物足りない。なんか普通のバンドの成功物語っぽくないか?
今のTVドラマはこんなものかな。全てが作り物の感じ。

 日記を書いて、体操。他は何をしてたのかよくわからないけど、寝たのは6:30。
2002年11月23日(土)

「北朝鮮報道のあり方」を考える記者会見・討論会,檸檬屋新宿

 「よんどころない事情」ということで会社を休み、13:00から参議院議員会館で
「北朝鮮政権による拉致犯罪を糾弾し、真相究明を求め、在日 への嫌がらせ・暴力・脅迫行為に抗議する」記者会見。
10分遅刻。ものすごい人で、扉の外に溢れている。無理矢理もぐりこむ。
13:30頃には通行証がなくなるほど。

北朝鮮報道の実態として「平沢勝栄は恐らく意識的に『在日北朝鮮人』などと言うが
在日北朝鮮人なんて一人もいない。」とか
「『朝鮮人学校の生徒へのいじめはあってはならない』と言った後に、
朝鮮人学校の教室の金正日の写真が何度も何度も出てくる。
もう数年前から教室に写真など掲げていないのに。」とか訴えが続々。

歌手の女性が「この沈痛な空気の中歌うのは大変勇気が要りますが」と言って
『京成線』という歌を披露。
関西突破塾では悲惨な話にも涙一つ見せなかった、記者会見の呼びかけ人の辛淑玉さんが
目を真っ赤にして泣いていた。

 引き続いての討論会ではジャーナリスト達が登壇。中の一人が
「朝鮮総連を通じて在日へのいじめの取材をしたけど被害者に会えなかった」
と言ったら次々手が挙がり実態を訴え、
「今のマスコミの取材など受けたらその後どんな酷い目に会うかわからないからです!」とか
「マスコミの勉強不足は目に余る!」と声を荒げる人続出。

会場からの発言でわかったこと。
『週刊金曜日』の、曽我ひとみさんの家族のインタヴュー記事が
救う会やマスコミからも批判を受けたが、筑紫哲也は『ニュース23』で自分が『週刊金曜日』の編集委員をやっていることに全く触れなかったらしい。
発言者は、筑紫哲也が他の番組のアナウンサーやキャスターと変わらない、
まるで他人事のようだったと言う。

バンコクで宮崎学さんと「筑紫哲也はなんてコメントするんでしょうね」
「あの記者会見は『嘘を言うな』だな。売れると思ったからやったに決まってるんだから」
「売れますよね。あんなに取り上げられて」
などと話したことを思い出した。

私は「帰国運動」さえ最近まで全く知らなかったので、わからないことがいっぱい。
なぜ、ほとんどの在日朝鮮人は「南」から連れて来られたのに「北」への「帰国」だったのか?
なぜ辛淑玉さんは韓国籍取得に7年もかかったのに、
辛さんと同じ年ぐらいの女性は「望んでもいないのに韓国籍にさせられた!」のか?
ワイドショウで「北の人たちは逃げ出さないで残って、犠牲になっても国を変えるべきです」
と言うのは「死ね」ってことではないのか?

 時間切れで終了後、壇上のジャーナリストの中に、私が昨年通っていた『ノンフィクションライター教室』の講師だった野村進さんがいたのでご挨拶。
野村さんは会場の人に「私たち在日は日本人にとって何ですか?可哀想な人たちですか?
教えて下さい!在日はあなたたちにとって、何ですか?!」と聞かれて困惑していた。
これもわからない。「日本に住む、同じ人間でしょ」ではダメなのか?
彼はなんて言って欲しいのだろう?

 電脳キツネ目組10人ぐらいで檸檬屋新宿。宮崎さんがご馳走して下さる。
今日の報告とお話。私の稚拙な質問も丁寧に答えて下さる。

檸檬屋はこのところ悲惨な状況だったらしいが今晩は大賑わい。
住枝さんは元気なかったが、元気な頃の狂乱にともに苦労した元従業員のAちゃんもたまたま来ていて、楽しかった。
2002年11月22日(金)

Hちゃん,梅酢煮れんこん

 小学校5年生からの親友Hちゃんの誕生日。メールを送る。
「覚えててくれてうれしい」と返信。
覚えてるさ。Hちゃんの息子が字が読めるようになったら、二人の交換日記を見せてやろう。
Hちゃんはすっごい可笑しいから大好きだ。
郷ひろみの写真の股間に紙を張って「開けるとにおいます」。
紙を捲ると「プーン!!」と書いてあった。

Hちゃんの息子は「クレヨンしんちゃん」みたいだ、と聞いたが
彼女がクレヨンしんちゃんみたいな女の子だった。
当時からドラマ好きのHちゃんの今のお気に入りは『薔薇の十字架』。今度見てみよう。

 大地を守る会のレシピで梅酢煮れんこんを作る。おーいしーい。野菜が良いからか。
2002年11月21日(木)

やり直し,映画『彼女たちの時間』

 アルバイトの仕事はデータ入力。
今は4,000件あるデータを1日100〜250ぐらい処理している。
10月29日から始まってずーっとなので食傷気味。やっと半分か…と思っていたら、
トラブル発生。
初めからやり直しになる。溜息。やり直しを命じた上司のYさんが肩を揉んでくれる。

 本の企画書も書いてないのに映画など見ている場合じゃない、と思ったが
フラフラと映画館に向かってしまう。女同士の複雑な友情物語『彼女たちの時間』。
すごくつまらなかった。結局相手のことは全く考えず、自分のことだけ必死。嘘ばっかり。

 帰って洗濯して日記を書いたら4:30。体操もせず寝る。
2002年11月20日(水)

解決,タイ事情

 旅行会社Yさんと連絡がついて、ホテルの延長料金の件は無事解決の見込み。良かった。
ホテルと交渉してくれたKさんにお礼のメール。

 映画監督の高橋玄さんは妻がタイ人。タイではいかがわしい映画は上映されない、
とか玄さんお薦めのスイカジュースは、私はお目にかかれなかったが
ホテルなら何処にでもあるはず、とかいろいろ教えてくれる。

 本日も寝不足でフラフラだが頑張ってお風呂体操。横っ腹が筋肉痛。
メール、日記で4時就寝。
2002年11月19日(火)

成田,豊洲,体操

 バンコクでお昼と夜のライヴをご馳走してくれたMさんは、
バンコクからベトナムに発った。奢ってもらったのでお使いをいいつかる。
Mさんが買った、宮崎学さんお薦めのお土産物を、私が持って帰って成田から発送。

 冬服に着替えて顔を洗って、豊洲の会社に出勤。
案内所で聞いたら4回も乗り換えなくちゃならない。
京成で上野まで出ようかな、などと思っていたら、到着ゲートに人だかりが。
芸能人かスポーツ選手か?と野次馬根性で見るが知らない女性。北朝鮮がらみかな?

夜のニュースでわかったのだが、この女性は全く身に覚えがないのに麻薬密輸犯として
オーストラリアで10年間獄中にあった「メルボルン事件」の本多千香さんだった。
拉致されるのもショックだろうけど、被害者だ。
本多さんは晴れて無罪で帰国ではない。仮釈放だ。
「夢のよう」と言っていたが、悔しいだろうなあ。
ああ、私は無事タイから帰ってこられて良かった。

 帰国してそのまま仕事はさすがにきつい。
結局上野から営団地下鉄という経路にしたら11時になってしまった。
7時には成田に着いていたのに何でそんなに時間がかかったのだろう?
ほとんど寝ながら仕事。ボケボケ。

 夜、宮崎学さんから『アウトロー・ジャパン』の件で電話。
「疲れたなあ、年かな」などと仰っしゃるが、次から次へと原稿を片付けていってる。
タイのお礼を言う。「そうか、楽しかったか。みんなでまた行こう」はい!是非。

 太ってしまったがプールに行く暇もないので、お風呂で体操することにした。
本当はゆっくりお風呂に入る時間もないのだが、さすがにこう太ってはまずい。
眠くてたまらないが頑張る。汗だくで2:15頃寝る。
2002年11月18日(月)

タイマッサージ,イタリアン『OVVIO』,映画『モンスーン・ウェディング』,タイ料理『トンクルアン』,トラブル発生,NH916便

 今朝も鳥の鳴き声に起こされる。
カーテンを閉めたまま窓をドンドンやっても飛んでいかないので頭に来る。
思いっきり叩く。いなくなる。寝る。
離れたところでバルコニーの手すりをカンカン叩いている音が聞こえる。
従業員か誰かが手すりにとまった鳥を追い払っているのだな。目が覚めてしまう。

本日帰りの空港までタクシー同乗予定のD2さんと8時に朝食。
お互いの行動予定の確認と、待ち合わせを決める。

タラホテルのバイキングはなかなか美味しい。
97年に泊まったモンティエンホテルは歓楽街に近くて怪しげだった。
鳥の声ではなく工事の騒音に悩まされた。

 電脳キツネ目組Mさん推奨の、ノボテル・ロータスの前のタイ式マッサージ店に行く。
1時間200バーツ(約700円)。うまいし、安いし、マッサージ師同士でベチャクチャ喋り続けたりしないし、「チップ、チップ」と要求しないし、とても良かった。
部屋がものすごく寒かったけど。

 ウィークエンド市場にも興味があったのだが、
私はファッション発信地サイアムの方にする。
ここは渋谷のような感じの街で若者がいっぱい。
かっこいい美容院もあって、昨日の失敗が悔やまれる。

映画館が幾つかあるので、何をやってるか見てまわって
『モンスーン・ウェディング』に決める。

 上映までの時間にサイアム・ディスカバリーというファッションビルの中の『OVVIO』というカジュアルイタリア料理店でワインとスパゲティ。美味しかった。

 映画は100バーツ(約350円)、指定席制。
日本だと上映時間から予告編を見て、本編が始まるが、
タイでは予告編の後、本編前には全員起立して国王の表敬式があるらしい。
これはどんな映画でもやるのか?暴力的なのやいかがわしい映画でも?と思ったら
タイではいかがわしい映画は上映できないそうだ。

どうりで『モンスーン・ウェディング』でも妙なところでぼかしが入る。
出演者は服を着て部屋で普通に話しているだけなのに。
多分よくあるインドの男女が合体している置物かなんかが背景に見えているんだろうな。

英語の字幕もあるし、筋もだいたいわかるので『モンスーン・ウェディング』にしたのに
ところどころタイ語の字幕しか出ない。
???と思ったらものすごいインド訛りの英語だった。
上流階級はインド人同士でも英語を喋るのか?

映画は面白かったが、隣の人が鼻息ブービーしてうるさい。
たまたま空いていたので席を2個移動。
そしたら前の席の人が頻繁に携帯メールチェック。もう、眩しいじゃないか。

 タイ在住のKさん夫妻と待ち合わせしているトンロー駅に向かう。
時間が余ったので本屋、雑貨屋を覗く。

最後の食事はKさんお薦めのタイ料理店『トンクルアン』。
電脳キツネ目組の面々と総勢9人。
Kさんがいろいろ頼んでくれ、鍋を作ってくれ、タイの中国漢方薬の先生の話など。

 荷造りとお土産買い物のためこの食事に参加できなかったD2さんとの待ち合わせ(20:30)
があるので一足先に失礼する。ギリギリの時間になる。
荷物はまとめてあったのでチェックアウトして、タクシー呼んで、と思ったら、
ホテルのフロント女性が「チェックアウトは12:00よ。もう1泊分払って頂戴」と言う。

「なにー?出発まで部屋は使っていいって聞いてるよ」
「誰が言ったの?」
「旅行会社がペーパーくれた」
「見せて」
「日本語で書いてあるよ」
「とにかくチェックアウトは12:00なんだから延長分を払って」
「嫌だ」
「払わなきゃ帰れないわよ」
「なんだよそれは!」(日本語)

D2さんは「たぶん無理ですよ。お金貸しましょうか」と言ってくれるが、
借りたら返さなくちゃいけない。
フロント女性はD2さんのクーポン券を出して説明しようとするが、私は聞かない。
「私たちは一緒じゃない。彼女のケースは知らない。私は旅行会社から言われてる!」
ホテル側も一歩も引かない感じ。D2さんの飛行機の時間が迫っているので、
申し訳無いが一人で空港に行ってもらう。

困った。すがるような気持ちで先ほど別れたタイ在住のKさんに電話する。
フロント女性に「ここに電話して」と言ったら「1分20バーツ」と言う。にくったらしい!
(注:公衆電話は3分1バーツ)

Kさんに事情を話すとホテル側に交渉してくれて、一旦支払いをすることになる。
カードでもいいというのでサインをしたら領収書をくれない。
「旅行会社と話がついたらカード会社に請求しないから」
「でも1854バーツを4854バーツに書き換えられたりしたら困る」
「そんなこと絶対しない!信じてください」
「んー、なんか書いて。私は何も持ってないじゃない」
と言ったら冷蔵庫のミネラルウォーター代40バーツ(約140円)を支払わされ、
フロント女性が名前を書いた名刺をくれる。
まあいいけど。いや、いいのか?大丈夫か?なんでこんなことになるんだ?

 興奮状態のままタクシーで空港に向かう。運転手が横浜に4年いたことがあるらしく
いろいろと話し掛けてくる。こちらは気が動転していてろくな受け答えが出来ない。
「タイ好きですか?」「うーん、好きかなあ。まあ、はい、好きです」
「バンコクどうですか?」「空気が汚い」

 空港に着いてチェックイン。空港利用料が足りなくなったのでまた両替。
水を飲んで少し落ち着く。Kさんには大騒ぎして迷惑かけてしまったと反省。
私は前から知っているが、Kさんにしてみれば私などほとんど初対面の人間なのに。
だけど本当に助かった。有難うございました。

帰りの便の映画も、12歳ぐらいの少女が魔法のバッシューを手に入れNBAで大活躍、みたいなつまらないもの。
深夜のフライトなのに何故?いかがわしい映画が上映できないタイ便だから?

2時間ぐらいは寝ただろうか。7時ぐらいに成田着。
2002年11月17日(日)

THE IMPERIAL TARA HOTEL,シェラトングランデ・スクムビット,まりこ,パブ

 来る前にパスポートを見て気付いた。前回の海外旅行は97年のタイだった。
恋人と一緒だった。ラヴラヴで楽しかった。私の状況も変わったが、バンコクも変わった。
BTSという乗り物が出来て、移動がかなり便利になったようだ。
排気ガス対策になってるのか気休めなのか不明だったマスクをしている人が、
ほとんどいなくなった。

 宮崎さんとコーヒーショップで朝食。2人きりで緊張した。
昨夜の話、今日の予定、私がアルバイトをしている会社のことなど。
「煙草を吸ってくる」と席を立とうとするので「ここで構いませんよ」と言ったが
「禁煙なんだよ」。
BTSだけではなかった。11月4日からエアコンのある施設は全面禁煙になったらしい。
素晴らしい。しかし愛煙家の宮崎さんには居心地が悪そうだ。 

 部屋に戻って待っていたが、一緒に出かけようと言っていたRさんから連絡が無い。
Yさんの部屋に電話をかけたが出ないので、一人で美容院に行く。
旅行会社のYさんから「オリエンタルホテルかシェラトンホテルがいい」と聞いたので
一駅歩いてシェラトンホテルの美容室。
カラーリングが4,000バーツ(約14,000円)だと言う。高い!しかもカードが使えない。
やめようかと思ったが、他にどこに行けばいいやらわからないし、
両替を待ってくれるというのでやることにする。
両替は後でいいからと早速シャンプー台へ。

結構赤い色を選んだつもりだったが、たいして変わらない。
カットは鋏でもなく剃刀でもない、櫛の歯の間に剃刀がついている道具で
髪をつまんでジョリ。
「今晩はパーティーだからスペシャルなスタイルにしてね」と言ったのだが、
別に普通のショート。トータル4,355バーツ(約15,500円)はバカ高い!ああ、勿体無い。
どうせ失敗するならすごい安ところで、ものすごい変な髪形にされた方が良かった。

両替所に美容院のスタッフが連れてってくれると言うからついて行ったら
キャッシングマシーンだった。「使い方がわからない」と言ったら
観光客が並んで待つショッピングセンターの両替所へ。また美容院に戻って支払い。
無駄遣いしてしまった。
節約しようと、お昼はタラホテル近くで、25バーツ(90円弱)の麺に決める。

 ホテルに戻ったらロビーで「桜井!」と声をかけられる。電脳キツネ目組のMさんだ。
「飯食ったか?」「まだです」「ご馳走してやる」。ラッキー。
連れの女性に「ご一緒してよろしいですか?」と聞くと
「どうぞ」とのことなのでお邪魔する。
話しているうちに連れの方は東京新聞の記者で、男性と判明。失礼しました。

 午後から居酒屋『まりこ』で『マリコ TAKE OFF!』の真理子さんと宮崎さんを
取材すると言う。
Mさんが「一緒に来るか?」と言ってくれたので、見学させてもらうことにする。

見学とはいいながら、真理子さんが取材を受けている間2時間ほど、
私は買わなかったが、お土産を見に近くの店に行ったり、ずーっとMさんと宮崎さんと話す。
宮崎さんとこんなにゆっくり話したのは初めてで、ものすごく面白かった。
私は前に来た時に観光は一通りしたし、今回はお金もないのでショッピングはできない。
目的はほぼ、宮崎さんの出版パーティーのみ。
だから宮崎さんにとっては単なる待ち時間なのだろうが、私には至福の2時間となった。

でも話しているのはジャーナリズム講座のH君との喧嘩について。
「お前達はそういうレベルの話で喧嘩してんのか」と呆れられる。
「それはお前、脅かしてんじゃねえか」と笑われる。ああ楽しい。

 一旦部屋に戻って、昼寝をしようと思ったが鳥の鳴き声がうるさい。
カーテンをあけると手すりに九官鳥のような嘴が黄色くて身体が黒い鳥。
私はネズミより鳥が嫌い。窓を叩くと何処かへ消えた。

 着替えて再びパーティー会場の『まりこ』へ。
ヴィクター&ロルフのリボンのついた白いシャツと髪型をタイ人の女の子にも褒められて
すっかり機嫌を直す。

真理子さんには本にサインをしてもらって挨拶しただけだったが、
笑顔が素敵な優しそうな方だった。本を読むと女の逞しさを強く感じる。

今回の旅で田中義三裁判で無罪を勝ち取るのに多大な尽力と貢献をした女性たちのことを知り、直接お話することでも感じたことだ。
男性がみな「彼女(たち)はすごいんだ」と言う。
こういう出会いもあるので宮崎ファンはやめられない。
 
 『マリコ TAKE OFF!』を発行した明月堂のUさんに私の本の企画を相談。
アドバイスをもらう。

 2次会はMさんと旅行会社のYさんと通訳のSさんと、
ライブをやっている店に行こうということになったが、
お目当ての店がなくなっていたりして彷徨う。
諦めてホテルに帰る途中で、ライブをやっている店があったので入る。
ライブの中休みにかかるBGMの音量に耐えられず、出る。

 帰って寝る。
2002年11月16日(土)

NH915便,THE IMPERIAL TARA HOTEL

 9:30過ぎ、旅行会社からチケットが届く。
気候が全く違うので、どんな格好で行けばいいのかわからず荷造りに悩む。
パーティー用の夏服を着てみると、太ったなあと思う。

予定の電車には乗れず、でも飛行機の出発には余裕で間に合う。

17:25発のNH915便。隣の席の男性がスニーカーを脱いで裸足になり、臭いに閉口。

映画は『スチュアート・リトル2』。私は動物が嫌い。ネズミは特に嫌い。
動物の写真や映像なども好きではない。
動物をミッキーマウスのように現実離れした漫画でもなく、
自然な姿でもなく妙にリアルなまま擬人化した作り物は特に嫌い。
だからこの映画は私にとって最悪。ネズミの顔のアップの連続に気分が悪くなる。

今回の旅のきっかけとなった宮崎学さんの『マリコ TAKE OFF!』を読んだり
少し眠ったりして22:30頃バンコクに着く。時差はバンコクが東京の-2時間。

 リムジンタクシーでインペリアル・タラ・ホテル。
チェックイン後エレベータに向かうと1階のレストランに
電脳キツネ目組のRさんとYさんを発見。「お、来たのか」と言われる。
Rさんには「お金がなくて行けない」と言っていたので驚かれた。

Rさんの部屋で3人で飲む。
宮崎学さんやRさんは97年からタイで捕まったよど号ハイジャック犯田中義三の
偽ドル裁判の支援をしていたのだが、私は当時のキツネ目組の活動をよく知らない。
HPを見てもなんだかわからなかったし、それ程興味も無かった。
Rさんが「わからなくて当たり前」といろいろ説明してくれた。

ゲラゲラ笑ったりしながら話していると隣の部屋からドンドンと壁を叩く音がした。
「静かにしろってことだな」と、少し声を落としたつもりだったが、電話もかかってくる。
ヒソヒソ声で話すのも疲れるのでお開きにする。

 寝間着を持ってくるのを忘れた。下着で寝る。
現地通貨用財布も忘れた。飛行機のゲロ袋に日本円を入れて、
いつもの財布をバーツ用にする。
2002年11月15日(金)

遅刻

 朝の有楽町線で、途中駅から座って『噂の真相』を読んでいた。
気がついたら豊洲駅でドアがプシューっと閉じる。次の駅で引き返す。
豊洲駅に着いたらお腹が壊れる。20分遅刻。

 11月に入ったらすぐ書こうと思っていた、本の企画書もまだ書いていない。
ベゴニアさんのHPの件はどうなりました?と問い合わせあり。遅れてばっかりだ。

明日の飛行機には絶対遅れてはいけない。しかしチケットはまだ届いていない。
本日の夜間配達が無理で、明日午前中届く予定。大丈夫か?
2002年11月14日(木)

二十一世紀歌舞伎組『義経千本桜・忠信篇』,『まるや』

 文京シビックセンターにて市川猿之助一座の若手、市川右近,市川笑也らによる
『義経千本桜・忠信篇』を母と見る。
1階8列13番、普通のホールなので花道は非常に短く、ほぼ真横で出入りを見る。
着物の細かい模様まで見えて嬉しくなる。
それ程感じるものでは無いけれど、右近の汗の粒まで見えそうだった。

 終了後、お洒落和食バーという感じの『まるや』で軽く飲む。

 母には「これから年末は強盗が増えるから気をつけてね」と言ったのだが、
たかっているのは私だ。今日のチケットも飲み代もほとんど母持ち。申し訳無い&有難い。

12月の歌舞伎座(猿之助、玉三郎、勘九郎で三島由紀夫の『椿説弓張月』)も是非見たいが、財政的に無理。
年末年始に母に温泉に誘われているのだが、そっちはいいから歌舞伎にしよう
と提案してみようか。って全然反省してない。自分で何とかしなくちゃ。
2002年11月13日(水)

豊洲図書館,リブロ

 昼休み、豊洲図書館で宮崎学さんの『近代の奈落』を予約。
萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』を借りる。
本屋の無い豊洲だが、図書館が近いのは嬉しい。

 帰りに池袋西武リブロでガイドブック『歩くバンコク』を購入。
イギリス関連と焼物関係の本をじっくり閉店まで立ち読み。
2002年11月12日(火)

緊縮生活

 昨日ラジオ番組でRISEの、チャーの息子君が「今の所持金は8円っすね」と言っていた。
余裕の私。財布には2,000円以上ある。
ランチの予算を1日500円として、給料日の15日まで、なんとかなるだろう。
美味しいものが無い豊洲では毎日コンビニのお昼で悲しいが、お陰で安く済む。
2002年11月11日(月)

『日本怪死人列伝』,企画本

 読書。安部譲二の『日本怪死人列伝』は面白かった。
尾崎豊や力道山、新井将敬など謎の死因を安部譲二が資料をもとに推論する。
すごく意外だったのは、大相撲のヤラセを雑誌で告発した元力士2人が
同じ病院で同時に死んだ事件。
当時は相撲の世界はとんでもなく恐ろしいところなんだ、と寒気がした。
しかし安部譲二の推論では、二人一緒に行ったソープランドでレジオネラ菌に感染して、
共に糖尿を煩っていて体が弱っていたので急激に肺炎をこじらせて死んだ。
そうだったのか!…な?

 初めての書籍企画の準備。
昨年の今頃も「ノンフィクションを書く!」と意気込んでいたのだが、結局書けなかった。
今度の企画は実現する。
2002年11月10日(日)

『不逞者』

午後起きて読書。宮崎学さんの『不逞者』(1998年)、実は今頃読了。スミマセン。

思い出したが、先日電脳キツネ目組のMさんに「宮崎さん以外にどんな人が好きなんですか?」
と聞かれて、大事な人を忘れていた。矢沢永吉と中島義道。市川猿之助、佐高信も好き。

そのとき答えたのは「康夫ちゃん、宮台真司さん、勝新、清水健太郎、藤原竜也、高橋玄さん」。
やっぱり不逞者というかスキャンダラスなアウトローが好きなんだな、きっと。
2002年11月09日(土)

オゴウチ家

 3ヶ月ぶりぐらいにオゴウチ家にご飯を食べに行く。
娘のCは今まで歯磨きタイムはいつも号泣していたが、もう泣かない。「偉いねえ」と褒める。

今晩のメニューはカボチャソースのパスタと、さつまいものサラダ。
「うちでも芋づくしになっちゃったねえ」とオゴウチ君は言うが、
私には作れないメニューだし、断然美味しい。

オゴウチ君は大地を守る会の「原発とめよう会」の活動をしている。
誘われたので「かっこいい人いる?」と聞く。「うーん、あ、一人いる」とのこと。
明日も講演会があるらしいが、今週はお疲れなので次回覗いてみよう。
2002年11月08日(金)

エコロジー&ソリューションフェア,大地を守る会

 会社の女性2人と、有楽町の交通会館「エコロジー&ソリューションフェア」。
文具メーカーの展示会で、会議用ボードの最新製品が目立つ。
今更たまごっちみたいなものを作ってるメーカーもあって呆れる。
サンプルやお土産(入浴剤)や抽選プレゼント(皮製財布)などもらって、
Wendy'sでお茶して会社に戻る。

外出したため作業が進んでいないので、残業しようかと思ったが眠くてダメ。

 毎週木曜日は有機野菜の宅配『大地を守る会』が届く日。
「おまかせ野菜セット」500円は、豊作の野菜や規格外サイズのものが数種類送られてくる。
おまかせなので文句は言えないが、今回はさつまいも、里芋、ジャガイモがどっさりにコリアンダーが少し。今週は毎食、味噌汁も炒め物もイモイモイモだ。
2002年11月07日(木)

散歩屋,映画『OUT』

 タイツアー手配。ゼミ仲間のS君によるとタイは日本からの海外旅行先人気第4位、
飛行機を取るのが結構大変で思いついてパッと行けるところではないらしい。
でも何とかなった。

 散歩屋に動きあり。これがまたニコニコしてしまう。
言ってなかったかもしれないが、散歩屋はもちろんお客様の秘密厳守である。
10月の無料お試しキャンペーンでお問い合わせ「0」だったのも
日記にいろいろ書かれると思われたのだろうか?そんなことはありません。
というわけで昨日の夜からゴキゲン。

 丸の内プラゼールで映画『OUT』を見る。映画の日なのに、それ程混んでいない。
面白かった。『愛を乞う人』と同じ監督で原田美枝子主演。
実は同じ監督の『ザ・中学教師』もずっと前に見ていた。
『愛を乞う人』が一番好き。目が腫れ上がるほど泣きながら見た。
『OUT』は笑ってしまった。

 家に帰って日記、メールでまた4時過ぎまで。
2002年11月06日(水)

朝礼,タイ・名古屋・大津・大阪全部行く

 10月いっぱいで本社に戻ったUさんの
「11月から心を入れ替えて、遅刻をしないで」との言葉を、
1日は目覚し時計の電池切れで果たせなかった。
今日から頑張ることにして、フロア引越し以来初めて始業時の朝礼に間に合う
(既に始まっていたが)。
3時間弱しか寝ていないので非常に眠い。その前日は18時間眠ったけれど、眠い。

 本日が宮崎学さん『マリコ TAKE OFF!』出版記念タイツアーの申し込み締切日。
何とかお金を作る方法は無いかと考えてみる。ずーっと、考えている。

難しそうなので名古屋・大津ツアーに安く行く手段を検討。バスは安いが時間が合わない。
JR東海が「ぶらっとこだま」という企画をやっている。
東京-名古屋\10,580→\7,900、東京-京都\13,220→\9,800。ビール1缶付きの料金。
これにする。12月の大阪は往復バスにしよう。
それにしてもお金がない。困った。何とかしなくちゃ。

 夜になって、急転直下、何とかなる。素晴らしい!
昨日、ザ・ニュースペーパー公演が開演2:00ということを知った2:15よりも大きな声で
「やったー!」と叫ぶ。枕を抱きしめすのこベッドに倒れこみ、足をバタバタバタ…!うぉほっほ。

昨日、電脳キツネ目組のMさんと「やりたいことや欲しいものがあるならいつでもどこでも
『やりたい』『ほしい』って言い続ける事だよね」と話していたのが本当になる。ああ嬉しい。
2002年11月05日(火)

夢版『バトルロワイヤル2』,ザ・ニュースペーパー,『ルノアール』,『炙谷』

 12:00近くに起きる。18時間ぐらい寝たのだろうか?
素晴らしい夢を見た。まだ製作中の映画『バトルロワイヤル2』が夢の中で登場。
あまりに面白い映画でビックリ。主演はもちろん藤原竜也である。舞台は学校。
で、こういう夢は初めてなのだが映画を見る夢ではなく、目の前で出来事は起こり同時に
「これは夢だ、映画だ」とわかっている。どんどん進行する物語。
全部覚えておかなくちゃ、と思いながらだんだん目が覚めてくる。
そしてほとんど忘れてしまった。しかしなんだかとってもいい気分だ。

 のんびりランチを食べて、さて、今夜はザ・ニュースペーパーの舞台にゲストで宮崎学さんが出る。
もしかしたら休日だから開演時間が少し早いのかも、と思ってチケットを確認する。

ぎょぇ!開演2:00。「なにー?!」時計を見る。2:15。
「まぁじかよー!」と部屋を行ったり来たり。18時間眠り続けて汗だく、髪もグチャグチャ。
こんなんで出掛けられるか?ダメ?行くか?行こう!と決めて14:30には池袋駅着。

14:50ぐらいだろうか、シアター・アプルの席に着いた時はまた汗ダラダラ。
もうどうだっていいや。

宮崎さんの登場には間に合う。バリッとしたスーツで今日は一段とカッコイイ。
私はよく宮崎さんの魅力について話す時「オヤジギャグを言わないところ」
と言うのだが、やっぱり面白い。
ザ・ニュースペーパーも面白いけど、台本がない宮崎さんの方がセンスは上なのでは。
ニュースペーパーもあまり稽古はしないらしいが。

終了後電脳キツネ目組のBさんとMさんに会う。
Mさんと楽屋を訪ねたが宮崎さんは既に帰られたとのこと。

 Mさんと『ルノアール』で関西突破塾や宮崎さんについて。
それぞれの「タタカイ」の話になり、『炙谷』で続き。ご馳走になる。

BさんもMさんもタイでの宮崎さんの出版記念パーティーには行かないらしい。
「行きたいですよねー」と話す。
宮崎さんとは何の関係もないがバンコク好きのゼミ仲間S君に電話してみる。
「11月はバンコク行かないの?」
「異動でめちゃくちゃ忙しくなって年内は行けない」
そうかあ。

 帰宅後、朝の4時まで『アウトロー・ジャパン』の作業。
2002年11月04日(月)

『NEPTUNE』,『THE DUBLINER'S IRISH PUB』

*2日の日記を書こうとすると考え込んでしまってなかなか進まないので、後回しにします。

 電脳キツネ目組のMさんに乗り場まで送ってもらって、6:15のバスで伊丹空港へ。
7:10のJASで帰る。家に着いてシャワーを浴びて出る。
バスや飛行機や電車では少し寝たが、かなり眠い。

 母に何度も「遅れるな」と念を押された、父親の七回忌。辰巳のレストラン『NEPTUNE』。
辰巳駅に着いた時は約束の11:30で、また怒られるかと思ったら母が改札にいた。
最寄の駅だと聞いた辰巳から10分以上歩いて、実は東雲駅からだと1分と聞いて
「勘弁してよ!」と私が怒る。

父方の親戚は北海道からも来ると聞いていたが、キャンセルになったらしい。総勢15名。
『NEPTUNE』は母の40年来の友人がやっているお魚の美味しいレストラン。
メニューは和洋折衷。この店は築地に行く前の特別な魚が手に入るらしい。
刺身盛り合わせ、たらば蟹、あなご焼き、太刀魚のソテー、牛肉ステーキ、松茸ご飯、
あとはなんだったっけ?私はもらわなかったが、たらこと筋子のお土産もあった。
ものすごい量でみんな食べきれなかった分をパックに詰めてお持ち帰り。

始めに母が「彼がなくなって、退職して、落ち込んだけどなんとか前向きにやってます」
と挨拶。私は最後に「私も会社を辞めて、今はアルバイトをしながら修行中です。
母は夫と死に別れましたが私も内縁関係を解消しました。
親戚を前にしてカッコ悪いですが、和解することなく逝ってしまった父親の、
人の目を全く気にしないところや、好きなこと、やりたいことをやるんだというところを
受け継いでいるとも感じています。
次は14回忌?あれ?十三回忌か、…もみんなで会えたら、
家族が増えていたりしたら楽しいかなと思います」と言って御礼を述べて締め。

 母がまだ飲みたいようなので叔父二人と従兄弟と5人で池袋のライオン。
ここは『THE DUBLINER'S IRISH PUB』という、英国パブ風の店。
会計もキャッシュ・オン・デリバリーで、外国人客も多い。

T叔父とはよく会うが、従兄弟のTとは久し振り。
私は小さい頃よく彼を苛めていたが、今も大変おとなしい。
エレベータの営業マンだと言うので
「どっかのビル行って、ちょっといたずらして『うちに任せてくれれば』とか
言ったりしないの?」
と聞いたら「そんなあこぎなことはしません」。

母方の親戚は学校関係者が多いのだが、
K叔父はボランティアで私設の夜間中学を主宰している。
日本語を習いに来る外国人も多いらしい。
「優秀な留学生が多いとは聞いてますけど、カッコイイ男性はいますか?」と尋ねる。
「うーん、そうねえ」とのことなので今度下心満々のボランティアに参加することにした。
母は「私はどうも嫌だわ。ピッキングとか、聞くじゃない」。
「彼らは窃盗団じゃないでしょ!」と私。

 家に帰ったのは18:00ぐらいか?すぐに寝る。
2002年11月03日(日)

関西突破塾,『TOP RANK』,『金龍』

 初めて飛行機で大阪に行ってみる。
「特割」でチケット代は新幹線と変わらないが、空港までのアクセスを考えると
やはり新幹線の方が便利かもしれない。とりあえず今回はお試しということで。
会場の居酒屋『くねんぼ』に着くと「今日は遅刻しなかったね」とみんなに言われる。

 本日の関西突破塾のゲストは辛淑玉(シン・スゴ)さん。
初の女性ゲストで、宮崎学さんの妹分で、テーマは「拉致問題」。
「濃く楽しい話をしようと思う」とのことだったが、お話は壮絶、強烈だった。

「人材教育コンサルタント」らしい、会社の研修のような、ナレーターのような
淀みのない声と話し方で語られる、凄まじい暴力と日本社会の理不尽さと国家への怒り。

「みんな、驚くほど近代史を知らない!学生も、じいちゃんばあちゃんも全く知らない!」
と言われるといたたまれなくなる。
辛さんを日の丸振って植樹祭で歓迎する田舎の善良な人たちと、
「石原慎太郎は行動力があるから尊敬できる」と辛さんに食って掛かる学生と、
私はどれほど違うというのだろう。

私は友人に、北朝鮮拉致被害者の帰国ニュースについての考えを聞かれて

「国家とは、政府とは、個人に対してどこまでも残酷なのだなあと思います。
日本の戦争とか、中国の文化大革命とか、北朝鮮とか、古今東西
国家はむちゃくちゃなことをして国民を苦しめる行為を繰り返すわけですが、
私や私達の世代はそういうことを全く知らないか、知識でしか知らない。
国家に翻弄される民という実感はまるでない。
そういう時代なのに、そういう社会なのに、あの人たちは
人生を国家に利用されて、自由を奪われて、これまで捨て置かれてきたわけですから。
想像するのは難しいです。

でも、家族との再会の笑顔を見ていると、人間の強さ、
『生きる』ことの意味なども強く感じます。

彼らと家族が安心して暮らせるよう、本当の気持ちが語れるよう、
一日も早く北朝鮮が崩壊したらいいと思っています。」

とメールに書いた。まるで他人事で恥ずかしい。泣きたくなる。
辛さんや苛められている人に「頑張って」とか「日本人みんなが意地悪だと思わないでね」
と声をかけるだけの人と、同じ程度の想像力の無さではないか。
宮崎さんに「評論家になるのはやめよう」と言われても、
私は一体何をどうすればいいのかわからない。

アメリカがアルカイダを生み出してしまったように、北朝鮮を生んだ原因は日本にもある。
だから在日朝鮮人の問題は日本人が解決しなくちゃいけない、と宮崎さんは言った。
「失敗だったのは、石原の『三国人』発言で『石原辞めろネット』を立ち上げた時に、
辛淑玉を前面に立たせてしまって…」と宮崎さんが声を詰まらせると、
辛さんが「兄ちゃん(宮崎さん)がいたからできたんです」と繋ぐ。
「石原を敵に回すことになったとき、みんな引いていきました。
兄ちゃんだけが残って、お金も出してくれた。
そういう人がいてくれるのと、いないのでは全然違います」。
ああ、だから辛さんは妹分で宮崎さんは兄ちゃんなのか。

弱いものを叩くことで強そうに見せているだけの石原とは全然違う。
涙や家族に当り散らしているという「弱さ」を隠す必要のない「正直な強さ」に揺さぶられた。
確かに「濃く楽しい話」だった。

 そのまま2次会。質疑応答の後辛さんは帰られる。
個人的にお話したいことがあったので残念。
朝鮮学校に通っていたDさんの話を聞いたり、
主催者のTさんにマッサージしてもらったり(極楽)。

 3次会は、この夜2度も名前を呼び間違えてしまったMさんの行きつけの店『TOP RANK』。
9人ぐらい。ここではAさんとお友達の「ファッションブランド残酷物語」を聞く。

それからMさんたちと「愛」について。
岡山の男性は、私が喧嘩している(11月30日参照)Hさんの言うことがよくわかると言う。
MさんはHさんのメールを見て
「めちゃめちゃ感情的じゃないですか。大嫌いか愛してるかですね」。
「大嫌いでしょう」と私。
「ラヴレターなんじゃないの?自分自慢してない?」って、そんなわけないでしょう!
みんな屈折しているなあ。男心は複雑だ。

4:30、店を出る。寒い。6人ぐらいでラーメン『金龍』。
オープンカフェならぬ、オープンラーメン。
というより、海の家のような、葦簾のない屋台のような店。つまり外。寒過ぎる。
私は注文しないでみんなに一口ずつもらう。美味しかった。
2002年11月02日(土)

I got Mama,『I GOT MERMAN』

 なんと、目覚し時計の電池切れ。
これは「心を入れ替えてはいけない」というメッセージではないか?
しかし睡眠はたっぷり取れたので仕事はハイペース、のつもりがそうはいかないのであった。

 今日の宮本亜門『I GOT MERMAN』を一緒に見に行く弁護士Mに電話をすると
「え?チケットなくしたんでしょう?」
「だから発行証明書もらって…。もしかして予定入れちゃった?」
「連絡ないからダメになったと思って」
「オー、そうだったの…。なんとかならない?」
「電話する」
ああ、大失敗。私のメール「なんとかします。心配かけてゴメンネ」で
私は連絡済と解釈した。Mは「ダメってことだよね」と念を押すのをはばかった。
そして当日まで連絡をしない私!もともとチケットを紛失した私!

そして怒涛のピンチヒッター探し。チケット代7,350円が入ってこないと困る。非常に困る。
ミュージカルに興味のありそうな知人に連絡、会社の人にも声をかける。仕事も上の空。

頼みの綱は母である。母は宮本亜門を見たいと言っていた。しかし彼女は多忙である。
今日も予定が入っているようで、電話に出ない。折り返し電話が来る。
「行くわ。今四谷行って目白行って帰ってきたところだけど」
素晴らしい!ヨカッター。助かった。

Mに連絡。Mには本当に悪かった。「これからはもっと密に連絡取り合おうね」と約束。
さて、これで集中して業務にとりかかるぞ。

ところが、「大変困っているので至急連絡を下さい」というメッセージを聞いた人々から
続々と電話がかかってくる。「お陰さまで解決しました」「あらそう」
お騒がせして申し訳ありませんでした。

なんだかすごい1日だなあ、まだ何かあるかもしれない、と思いながらお茶をすすっていると
茶柱が立っている。ほほほ。一人で微笑む。

 『I GOT MERMAN』は何度も再演されている、シンプルだけど素晴らしいミュージカル。
私は宮本亜門のハデハデの大きな舞台のものを見ているが、
これが彼の原点なのだなあと感動。
母も喜んでくれて良かった。お寿司もご馳走になったし。

 「3日(死んだ父親の七回忌)は絶対遅刻しないでよ」と母に何度も言われる。
ううう、緊張する。
2002年11月01日(金)

抱茎亭日乗 / エムサク

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