琴 星 商 事 日 乗
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2002年05月22日(水)
  ホネホネロック

 自慢じゃないですが、生まれながら骨がおかしいです。それも2ヶ所も。それで別段支障が無ければ一切構わないのですが、この世に生を受けて、干支が一回りする頃から、徐々に徐々に支障が出ております。
 最初の異変は、小6の春に気付きました。いえ、気付くきっかけがあっただけで、この時はまだ「骨がおかしい」なんて判定は下らなかったんですが。
 うちの小学校では、6年生は運動会で組み体操をします。補助倒立だのピラミッドだのと手首に負担が掛かることを色々とやったワケです。で、補助倒立の練習中、勢い余って倒れた時に、手首に痛みを感じました。でもその時は痛みもすぐ引いたし腫れもしなかったので、放っておいたのです。そして運動会も終わり、体育の授業でマット運動なんかしてた時。またしても手首に痛みが。補助倒立、開脚前転、手首に体重が掛かるようなもの全てで痛い。いつまでも痛いので、近所の外科に行ったところ、下った診断は「腱鞘炎」。湿布薬と赤外線照射(要するに温める)で治療することになりました。
 それで当座の痛みは引いたのですが、やっぱり時々痛みます。高校に入り、頻繁にワープロ(当時はまだパソコンなんて一般的ではありませんでした)を使うようになると、慢性的に痛み出しました。市販の湿布薬は高いし、こりゃあ病院行って処方して貰った方が良かろう。そう踏んで別の整形外科を訪ねると、レントゲンを撮られました。先生は自らの手も撮影し、私の前に並べて示しました。
「あのね、貴方、手首の、ここんとこの骨が普通より長いのよ」
「はあ」
「こっちが僕の、こっちが貴方のなんだけどね、ほら、ここん所、貴方の長いでしょ?」
「・・・ホントだ・・・」
「だから、この骨が神経に触って痛むのね。治療法は、削るしかないから、なるべく神経に触れないように、長時間無理な体勢を取らないようにするしかないねえ」
何て骨体(茶魔語でお送りしました)
 普通より骨が長い。それってつまり、早い話が奇形かよ! しかも削るしかない、と。削らないって恐いもん!!
 さてさて、そーゆーワケで痛みを抱えつつ時は経ち、大学3年の2月。俯せに寝っ転がった状態で(またしても)ワープロでレポート作成(しかも温泉で)していたところ、無理な姿勢が祟ったのか酷い腰痛に襲われました。帰京するなり再び例の整形外科を訪ね、今度は腰のレントゲン撮影です。先生は私のレントゲンをしばらく見つめ、こう仰有いました。
「・・・貴方、少し神様が手を抜いたみたいでね、ここ、第五腰椎が、骨盤にもなってみたかったのか、末広がりの形になっちゃってるの。だから、骨盤とぶつかって痛いのね」
先生何ですかそりゃあ!?
 私は神様が手を抜いて作ったと? 私の第五腰椎は骨盤にもなってみたかったと? そーんーなーー。
 というワケで、両手首+腰に異常を抱えたまま、湿布薬のお世話になりっぱなしの人生を送ることが決定している松本です。だって治しようないもんなー。


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・過去の「今日」。


2002年05月13日(月)
  家族の肖像〜うちのじいちゃん(母方)編〜

 うちの母方の祖父の話です。
 じいちゃんは明治末頃、東京の大きな商家の六男としてこの世に生を受けました。チャキチャキの江戸っ子です。六男だけに付いた名前は「六郎」。ちなみに下の弟は、流石のひいじいちゃんも「七郎」じゃなんだと思ったのか、名付けて「七郎兵衛」。長くすりゃいいってモンじゃないぞ、ひいじいちゃん。
 まあそれはおいといて。じいちゃん家がどれくらい大きな商家だったって、聞いた話じゃ何でも、谷中霊園(23区内にある大きな古い霊園。青山墓地下町版とでも思って下さい)にじいちゃんの祖父の銅像が建っていて、今も店があった辺りの商店街に店の名を残すとか。・・・ええ、まあ要するに今、店はありません。
 で、そんな大きな商家だったので、じいちゃんの兄弟は、長男から三男(ここまでは立派な名前も付けてたらしい)までは歩いていける距離の小学校に人力車で通っていたという成金っぷり。しかし、六男に「六郎」、七男に「七郎兵衛」などと名前を付けちまうひいじいちゃん。勿論、道楽者でした。呑む打つ買うで財を潰し、人力車で小学校に通学していた三男は寺へ奉公へ出され、七男は養子へ出される始末。ひいひいじいちゃんの銅像も谷中霊園で泣いてるよ、全く・・・。
 で、うちのじいちゃんですが、その後、ヤクザの一人娘と駆け落ちをしたそうです。時代を考えてみて下さい。明治末生まれの祖父が駆け落ち。大正末〜昭和初期のことでしょう。東京は震災の頃。さぞかし混乱していたことと思います。そんな頃のヤクザ。今の暴力団とは違います。義理です。任侠です。そんなところの大事なおぜうさんと駆け落ちしちまったじいちゃんは、挙げ句、伊豆は下田で心中を図りました。そして・・・おぜうさんだけ死なせてしまいました・・・。
 ハイ。もう一度良く考えてみましょう。時代は大正末〜昭和初期。ヤクザといえば義理と任侠。一人娘が駆け落ち・心中の上、あろう事か男だけが生き残る・・・・・・。
 当然、じいちゃんは二度と多摩川を越えることはありませんでした。じいちゃんはその後、下田でばあちゃんと出会い、何故かコックさんなんぞしながら三人の子供を作るも妻を早くに失い、自らもその5年後くらいに亡くなったそうです。遺骨も東京に戻ることなく、ばあちゃんと二人、下田のお墓に眠っております。
 ・・・気になるのは、おぜうさんの遺骨の行方です・・・(引き取りに来られたんでしょうかねェ)。


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・過去の「今日」。


2002年05月07日(火)
  怒ーはドーナツーのー怒ー♪

 朝、ホームへの階段を下りる途中で電車に出発されました。経験上、どーせすぐに来るだろーと駆け込み乗車はしなかったのですが、今日はちょっと違いました。待っても待っても(ものの数分だけどね)電車が来ない。いつもだったら3分も待てば来るハズなのにー。やっと来た電車に乗ると、車掌さんが放送で告げました。
「本日、雨と混雑のため9分ほど遅れております」!!
 んな理由で遅れる電車が何処にあるッ!?
 と思ったら、山手線含め他にも多々、同じ理由で遅れたへなちょこ電車があった模様(某T武T上線は20分も遅れたとか)。連休明けだからってへなちょこなのは、乗客なのか鉄道会社なのか・・・。

 怒と言えば、両面コピーを取るのに3枚に1枚は紙詰まりを起こす職場のコピー機にも怒り心頭です。


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・過去の「今日」。


2002年05月04日(土)
  おめでとう勝浦!! <画像あり>

祝・勝浦テレグノシス
NHKマイルC勝利!!!

 色々あったけど、勝ったー勝ったー勝っちまっただー。
 パドック撮って猛ダッシュでウィナーズサークル前に行き、そこで見てましたが、直線、叫びました。ゴール、絶叫です。ウィニングラン、発狂です(笑)。ウィナでフィルム1本以上使いました!
 勝浦クンのあんなに嬉しそうな顔、初めて見ました。デビュー6年目、7度目のGI挑戦での初制覇。遂にGIジョッキーの仲間入りです。本当におめでとう!(^^)!

 随分長いこと審議になってハラハラしたけど、あれは和田のが悪いと思うんだよね・・・だって、和田が内に斜行してテレグノシスの進路塞いだから、外に斜行せざるを得なくなっちゃったんじゃん・・・と思うんだけど・・・ま、過ぎたことです。

 何はともあれ、おめでとー勝浦クン! ダービーでも頑張ってね!

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・過去の「今日」。


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