無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年01月31日(水) そうか、最近匂いに敏感になったのはそのせいか/『鉄甲軍団』(横山光輝)

 通院の日だが、風呂に入ってヒゲを剃る。
 シェービング・ジェルが切れていたので、直に安全剃刀(三枚刃)をあてるが、どう考えても皮膚までいっしょに剥ぎ取ってる気がしてならない。
 洗面器に湯を張って、剃刀を注ぐと、パアッと白黒まだらのヒゲが湯面に広がるのだ(汚ねえな)。白は当然「フケ」である。
 鏡を見ると、案の定、肌が荒れている。
 昔、お袋にヒゲを剃ってもらってた頃は(勘違いしないように。別にマザコンってワケじゃなくて、ウチの実家、床屋なのよ)、こんなことはなかった。理由は簡単で、お袋の使っていた剃刀が、自ら砥いだ「日本剃り」だったからである。
 非衛生的という理由で、今や床屋の剃刀は全て替え刃式のレザーに切り替えられている。しかしこれが大きな間違いで、職人が丹念に砥いだ日本剃りと、レザーの替え刃との刃先の粒子を顕微鏡で比べると、日本剃りの方が圧倒的に細かいのだ。レザーは殆どノコギリである。これで皮膚に引っかからないわけがない。
 「一度他人の肌に付いたものは不衛生」(確かに使用後の剃刀を手入れ・殺菌しないバカもいたかもしれんが)という思い込みが、却って肌を不衛生な状態にしてしまっている。なのに剃刀をきちんと砥げる職人はもういない。
 つまり、これがどういうことかと言うと、「床屋という職業は既に絶滅している」のである。なのに、そのことに世間は全く気がついていないのだ。
 未だに私に「床屋の跡は継がんの?」と聞くヒトがいるが、継ぐも何も、職業自体が存在しないのに継ぎようがないじゃん。
 ……私は今、無性に懐かしい。あの、剃り跡の肌触りのすべすべ感。ヒゲが伸びるまでに二日かかった深剃りのよさ。あの感触は二度味わえないのだなあ。

 耳鼻科でレントゲンを撮ってもらうと、なんと小学校の頃から一度として治ったためしのない鼻腔の中の蓄膿がきれいさっぱり消えていた。呆気にとられる、というのはまさにこのことだろう。何しろいかに洗浄しても薬を変えてもどうにもならず、私は一生「怪人鼻詰まり男」として生きねばならぬと覚悟していたのに……。理由は何かと考えた場合、答えは一つしかない。「漢方薬」のおかげである。数ヶ月前、薬を漢方に変えた途端、効果が覿面に現れたのだ。恐るべし、中国医学の神秘。
 ……なんか西洋医学がたどってきた道は何だったのか、という気がしちゃうなあ。前野蘭化と杉田玄白が泣いてるぞ。
 いや、なんにせよ、病気が一つ治ったというのは嬉しい。糖尿は相変わらずだけど。

 いつものごとく、帰りは「柳川屋」で櫃まぶし。このことばかり日記に書くものだから、帰宅した途端に、女房が起きてきて(今まで寝とったんか)、「うなぎ食って来ただろう」と恨みがましく絡んでくる。
 一緒に病院にまでついて来れば自分も食べられるのに、そうはしないのである。仕方なく焼きうどんを作ってやる。女房、肉を混ぜているので文句一つ言わずに食う。で、食ったあとまた寝る。これで女房はしょっちゅう「睡眠不足だ」なんて言っているのである。どれほどのウソツキであるかが知れようというものだ。

 マンガ、横山光輝『鉄甲軍団ほか八編』、時代物ばかりを集めた短編集。横山氏の描く線も、病気で倒れて以来、今や見る影もないが、こうして旧作を見るとやは昭和40年代前半頃までの氏の線は流麗で、物語自体も、忍者たちを主人公とし、時代の影に隠れて記録されずに終わった人々のエピソード、といった感じのものが多いのが私の好みにあっている。このヒト、信長とか秀吉とか家康とかを主人公にして描くと途端につまんなくなるんだよなあ。それは必ずしも本人の責任じゃなくって、昔は山田風太郎あたりの小説を元ネタにしてたのが、最近は山岡荘八や新田次郎に鞍替えしちゃったせいだとは思うが(^_^;)。

 『パワーパフガールズ』、『エノケンの豪傑一代男』、『松本清張のガラスの城』とテレビをナナメに見ながら、パソコンをパコパコ叩いているうちに眠くなる。
 んじゃそろそろ日記書いて寝ようかというころになって、女房起きてきて゜腹減った」とうるさい。仕方なくチャーハンを作ってやる。……なんだか、雛鳥に餌やるツバメの心境になってきたな。
 今日コンビニで買った『うる星やつら・桃の花歌合戦』で、丁度、巨大化してペンギンとなったツバメが学校の食料を荒らしまくる話が収録されていたので、何となくシンクロニシティ。
 実際、女房の普段の歩き方は、まるでペンギンのようにヨチヨチペタペタである。まっすぐ歩けよ。

 女房が久しぶりにパソコンでエロゲーを始めたので、日記も書けず、しかも寝ていると隣から「はあん」だの「うふうん」だの妙な声が聞こえてきてうるさい。なんでもう少し落ちついた生活を送らせてはくれんかなあ。……はああ(´0`;)。


2001年01月30日(火) 昨日・今日・明日/『火の接吻』(戸川昌子)

 今日になってようやく、『鴉』のアンケートを見る。
 辛辣な批評がある割りに、定連さんができつつあるのが嬉しい。厳しい意見は、共通してシナリオの独善性を指摘しているが(要するに「わけわからん」ということ)、もちろんある程度独善的な部分がなければ、芝居の個性が生まれるものではない。かと言って、「もっと明るいのやんないの……?」という意見を無碍に否定するつもりもない。
 まあベースになってる性格が暗いもんで、のーてんきに人生送ってるやつ見てると苛めてやりたくなるという悪いクセはあるが、全編それで押しとおすこたぁない(^_^;)。ちとやりすぎだったってのは間違いないことなんで、素直に反省いたします。こうたろうくんには直接、「明るい作品が書けないってのは逃げだよ」と言ってもらえたし。
 ロデムさんのシノプシスも形にしたいし、自前の脚本も三稿目に入ってるし、CASTさんとことの合同公演もやりたい。でもどれに取り掛かるにしても、今度はもちっと明るい、心にジンと来るもんにしないとバランスが取れんね。
 「エンピツ」の方からここにアクセスしていて、何を言ってるやらよく分らない方は、ホームページのコンテンツをクリックしてくださいな。

 DVD『六番目の小夜子』第一巻、1、2話だけ見る。後半録画し損ねていたのでまさかこれが発売されるなんて思いもよらず、もう嬉しいの何の。『愛の詩』シリーズの中でも出色の出来だったこの作品、最初は『ジュブナイル』鈴木杏と『死国』栗山千明の二大美少女共演に惹かれて見たが(^_^;)、NHK伝統の元気ヒロインを好演する杏ちゃんと、笑った顔が能面の「なぞの転校生」千明ちゃん、それに、臭いセリフなのに、それを実にカッコよく喋るヒーロー山田孝之という、主演三人のキャラクターの書き分けがはっきりしているのがまずは見事である。
 いわゆる「学校の怪談」ものの変形なのだが、学校の玄関に飾られた赤い花、突然落ちてきた電灯、校庭の隅の少女の墓、そして誰かから誰かへと伝えられて行く「サヨコ」の伝説……。フォークロアにリアリティを持たせるための小道具の使い方が実にバランスよく配置されているのだ。過去の「少年ドラマシリーズ」を含めてもベスト3に入れておかしくない完成度である。……何だか3、4話を見るのが楽しみなようなもったいないような……。

 小説『火の接吻』(戸川昌子)、本格ミステリのように見せかけて実はサスペンス、でも最後はやっぱり本格?という二転三転するドラマ展開だが、これは読者をトリックでだますと言うよりも、人間社会を一種の曼荼羅絵図として捉えている作者の姿勢が生み出す幻惑であるのように思える。
 連続する放火事件、その犯人、その罪を着せられた男、それを追う刑事、三人を巡る運命の糸の不思議さを、さほど不自然に思わせない筆力がスバラシイ。三人には当然本名があるにもかかわらず、作者は彼らをそれぞれ、創立者の孫、消防士、刑事としか記さない。その無記名性が逆に彼らの業を浮き上がらせることになっている。彼らは結局、たとえどんな名前を持っていようと、創立者の孫、消防士、刑事間のいずれかでしかないのだ。それどころかヒロインの「看護婦」の名前が判明したのは、実に最終ページ、彼女が看護婦でなくなった瞬間であった。
 実は戸川昌子の小説を読むのは初めてだったんだが(短編の『黄色い吸血鬼』は読んでたけど)、こんな乾いた、ハードボイルドな書き方をする人だとは知らなんだ。文章にリズムがあるんだよね。
 こうなったら、乱歩賞受賞作『大いなる幻影』も早いとこ読まねば。

 以前、別名義で書いていた「日記」の一部を、こちらの日記にUPする。
 まあ、いろんな「事情」があったおかげで、前のホームページからは削除せざるを得なかったわけなんだが、「差し障りがある」と指摘された部分、こちらで復活させるにあたっては一切削除しなかった。たかが一介のシロウト脚本家が書いた駄文ではあっても、表現に責任を持って書いたものを簡単に消してたまるか。
 文句をつけた連中がこっちの日記を見つけたら、またぞろ「性懲りもなく」と言い出しそうだが、今度はその心配はあるまい。と言うか、アドレス教えてもいないのに勝手に探し出してまで何か言うようなら、今度こそ本気で裁判になろうがどうしようが真正面から喧嘩してやるぞ。
 ……と言っても、相手に対して腹を立ててるわけではないのだなあ。自分の狭い価値判断でしか、モノを見ることができないのは、全ての人間に共通する宿業である。聖徳太子じゃあるまいし、普通の人が「広い視点でものを観よう」なんて言われたって、そんな器用なマネ、そうそうできるこっちゃないのだ。だから大抵、人はただ一つの価値にすがりついてしまう。
 思想、信条、信念、主義、アイデンティティ、ポリシー、何だかいろいろな言い換え方がされてるが実はこれ全部同じものだ。要するに「思い込み」。前の日記じゃ遠慮して書かなかったが、ここではハッキリ言っちゃうぞ。「この世に絶対的なものなんてあるか」
 私は今回、「国賊」とまで言われたが(^o^)、これは誇りにしてよいことだろう。それだけ私の批評に、彼らの思いこみを揺さぶるだけの力があったと認められたということだからだ。弾圧を受けない言葉に力があると言えようか……って、実はそんな大したもんじゃないってこともわかっちゃいるんだけどね。
 これは単に、自分の信ずるよりどころを揶揄された人々が怒っただけの話である。でも、私の軽いジャブにもならぬからかいにまで過敏に反応する人々の、その観念の脆弱さはいったいどうしたことだろう。宗教は大抵思想的な穴を埋める言い訳を用意しているものだが(例えば、「なぜ神様は人の苦しみを救わないのか?」という疑問に対して「神様は人に試練をお与えになっているのです」と答えるような)、今回、そのような言い訳がアチラの方々にはまったく用意されていなかった。
 私がからかわぬでも、そのような高野豆腐のような地盤の上にある思想などは簡単に崩れる。と言うか、もう崩れちゃってるってことが、見える人には見えちゃってんだよなあ(-_-;)。
 ……ご愁傷様である。結局、私は彼らを哀れんでいるのだ。
 今後、残りの日記も随時移行させて行くつもりである。いちいち過去ログ見る人もそう多くはあるまいが、おヒマならご参照いただき、現代の「国賊」の文章を楽しんでいただきたい。


2001年01月29日(月) 癒し癒され恋焦がれ。/アニメ『地球防衛企業ダイ・ガード』13巻ほか

 「癒される」という言葉があまり好きではない。
 この言葉、昔、斉藤由貴が尾崎豊と不倫していたころ(^o^)、「私たちは癒し合える仲」と言ったあたりから急速に広がっていった。当時のテレビコメンテイターが「宗教の人は変わった言葉を使うねえ」と言っていたのが、今やもうテレビはみんな「癒し系」である。
 私が気に入らないのは、癒されるためにはまず本人が傷つかねばならず、つまりは癒されるためにワザと傷ついてみせる連中がやたらと多いのが気に入らなかったのだ。
 ……テメエ、甘えてんじゃねえぞ。そんなに「優香」の胸で泣きたいか。
 私はどっちかっつ〜と巨乳過ぎない程度の美乳が。ああ、いやいや。

 でもそう言いながら、私も多分突っ張っていたのだなあ。何気なくかけられた「元気ですか?」の一言が身に染みる日もある。今日はそんな日であった。

 テレビのニュース、今日は新大久保駅での列車事故のことばかりである。酔っ払いが線路に落ちたのを二人の若者が線路に降りて助けあげようとしたが、そこに電車が突っ込んできて三人とも死んだ。何だか森総理まで被害者の葬式に参列する騒ぎになっているが、言っちゃなんだが、線路への転落事故死者は、ほかにも数限りなくいる。今回の件のみ、ことさら大きく扱うというのは、ちと問題がなくはないか。いや、扱うなということではなく、こういう事故は初めてじゃないんだから、何でもっと昔に対策措置が取れなかったかってことだ。
 留学生が死んだということで報道している様子が見えるのが、却って、その辺の問題を曖昧にしてしまっている。日韓の友好の架け橋となるべき若者が亡くなったということはもちろん悲劇である。しかるに、ニュースでインタビューを受ける韓国の若者たちが、一様にニコヤカに「彼は私たちの誇りです」と語るのはなぜなのか。それがアチラの民族性だとすればそれはそうと認めるしかないが、しかし日本人にとってアレは相当に違和感を覚える風景であるように思う。美談で終わらせてどうする。今回の件ではっきり判ったのは、駅の構造によっては、線路に落ちたのが列車通過の直前でなかったとしても、助からないかもしれないってことなんだぞ。
 「酔っ払い天国を許すな」なんて的外れなこと言ってたコメンテイターもいたなあ。そりゃ、その意見自体には賛成してもいいが、この件に適当な意見じゃあるまいに。「たかが酔っ払いのために前途有望な若者が死ぬとは」なんて発想は逆にその若者の「誰であろうと目の前の危険にさらされた人の命を助けたい」という意志を踏みにじるものではないのか。
 まあ、ドラマのキャラクターとしてはそなんこと言ってるやつは敵キャラにピッタリで重宝するがね。「君は優良種だよ」ってのと同じだし(^o^)。

 クローンネタが続くなあと思っていたら、ついに人間のクローン製造(?)が地中海近くのどこかで行われるとか。日本人カップルも中にいるそうである。
 既に「倫理に反する」なんて言ってるやつもいるらしいがそれが差別なんだってば(-_-;)。生まれてきた子供の人権を認めんつもりかい。……でも日本も六月に人間のクローンを作るなって法律、施行させるんだよなあ。世界で4ヶ国だけだぞ、そんなアホやってるの。
 もしも生まれながらに損傷のある子供が生まれたらどうすんだって言ってるけど、それを克服するためのクローンなのに。自然に生まれてくる子供にだって、そういう子はいるんだし、ンなこと言ってたら、自然分娩だって犯罪になるじゃんかよ。

 DVD『エクセルサーガ』への12巻、観る。いよいよ次巻は最終回ということで定番の主人公記憶喪失ネタ。しかもシリアス(ちょっとだけギャグ混じるけど)。これは原作にもあったが、これで締めるとはなかなかよく考えている。
 「ダイテンジン」も復活したし、最後まで福岡ネタで通してくれることを望もう。
 DVD『地球防衛企業ダイ・ガード』13巻(完結)。一話のころは、「ヘテロダインの正体は何か」ってことで引いて行くのかと思っていたが、途中からそういう方向には向かわないという感じにうまく移行していった。要するに「エヴァ」に見せかけといてきっちり『ウルトラマン』やってくれたわけだ。いや、『鉄人28号』かな。コクボウガーって完璧に「ブラックオックス」だったし。もちろん『パトレイバー』なくしてもこの作品は生まれ得なかった。本当にいいとこどりの(もちろんいい意味の)アニメシリーズで、ここ数年のアニメの中では出色であった。
 「人間ドラマ」が中心なんで、実はこの作品、必ずしも怪獣ものにしなくてもいい設定だったりする。「サラリーマンだって平和を守れるんだ!」ってキャッチフレーズ、一つ間違えば「国民皆兵主義」になっちゃうからね(^_^;)、特に主役が最初は何も考えてないやつにしか見えなかったし、内心危惧してたんだが、ギリギリの線で踏みとどまってくれたのはよかった。
 チラシによれば「ダイガード二世」が建造中とあるが、パート2は作らんほうがいいと思うがなあ。1の拡大再生産にしかならんだろう。

 CD『ウルトラシオシオハイミナール』聞く。ルイ・フィリップって男だか女だか分らない声で不思議。野宮真貴の歌もよかったけど、一層しっとりした感じ>これも「癒し系」の曲かな?(^_^;)

 女房が寂しがってやたらと引っ付いてくる。しばらくほっといて日記を書いてたが、大概うるさいので今日はこの辺にしておこう。
 それにしても、日記が以前のものと違って。8000字は書けるというのが最高だな。


2001年01月28日(日) 宴のあと

 居間で寝るとさすがに寒い。というか、居間で落ちただけだけど。
 どうやら寝ている間に女房がタオルケットをかけてくれたらしいが、屁のツッパリにもならん。寒さで目覚めると6時。予定より早起きである。昨日の夜は日記を書けなかったことでもあるし、パコパコとキーボードを叩く。
 7時過ぎ、女房とよしひと嬢、起きてくる。7、8時間は寝ていただろうか、公演前で眠れないかと思ったら、そうでもないようだ。さすがに二人ともベテラン、度胸が据わっている。

 女房とよしひと嬢は現場に先発。私は今日も使いっ走りである。近所のほか弁でスタッフ分の弁当を取ってくるように女房から頼まれる。何の気なしにいいよと引きうけたら、軽く40食分くらいある。……「バスと地下鉄乗り継いで来い」って、こんなん持って乗れるか。タクシーでアクロスに乗り付けると、8時30分、もうメンバーはほぼ揃っている。
 ふなちゃん、眠りながら何が嬉しいのか笑っている。
 赤ん坊が表情を出せるというのはどう言うわけかな、と言うと、女房が「やっぱり真似をしているんだよ」と言う。塩浦嬢は「マネですかねえ?」と疑問顔。女房が「生まれつきだったら、例えば、ニヒルに赤ん坊が笑ったら怖いじゃないスか」と言った途端、鴉丸嬢が、「こんなか? ……フッ」と、顔マネをする。……これが、いかにも赤ん坊がホントにニヒルに笑うような感じでウマイ。こういう「動き」の突っ込みが出きるところ、鴉丸さんもコメディの脚本書ける才能あると思うんだがなあ。
 とか喋ってるうちに、9時にアクロスの方が円形ホールの鍵を開けてくれる。
 ……さあ、いよいよ準備だ。ってところで続きはまた明日書くっす。今日はもう眠いんで。

 んで、続き。
 荷物を運びこんだあとは、メンバーのみんな、めいめいに準備を始める。
 演出の鴉丸さん、昨日のうちにホワイトボードに日程表を書きこんでいるので、それを覗くと、本当に細かく数十分刻みで本日の予定が書かれている。
 「通しリハーサル、午前1回、午後1回」。……無理じゃねーかあ?(・・;)……と思っていたら、ホントに無理だった(^_^;)。時間に余裕があるようでも意外とバタバタしちゃうものなんだよなあ、そこがどうしても素人の限界って気はする。
 私はビデオカメラのセッティングをしたらあとはする事はない。……はずだったのだが、隣のベスト電器に電池だのなんだのと何度も買い出しに行かされる。年寄りをあまりコキ使わんで欲しいなあ。
 今一つ眠りが足りない気がしていたので、円形ホールの床にゴロリと寝転がる。女房が「ちっ。こいつ寝てやがるぜ」と舌打ちして横を通りすぎる。本番の最中にウトウトしたらマズイから今のうちに寝てるんだよ、と言い返してやろうかとも思ったが、言い訳じみてるので止める。ホントにただ寝てただけだし。塩浦嬢に死体と間違えられてハラをつつかれた。……なんか塩浦嬢にはいつかもハラをつつかれたことがあるような気がするが腹フェチか。

 12時、友人のこうたろう君から携帯に電話、福岡空港に着いたとのこと。
 うわあ、東京から本当に来てくれたんだ。何だか信じられないなあ。
 午後の通しリハは2時からなら、充分余裕があるな。それまでに帰って来れればいいか、といそいそと出かける。
 地下鉄中洲川端駅で待ち合わせる。再会、開口一番のこうたろうくんの挨拶が「メールでしょっちゅうやり取りしてると久しぶりって感じがしないな」……うーん、実はこちらからはここしばらくメールを送ってないのでなんとも面映い。
 リバレインの「柳川屋」で話題の(^o^)「櫃まぶし」を食べる。東京人のこうたろうくんの口に合うかどうか心配だったが、美味しいと言ってもらえてホッと胸をなでおろす。

 こうたろうくんを円形ホールに案内して、「どうだ、ここがあの『エクセルサーガ』の『アクロス』本部だ!」……まあ、あまりそういう紹介のし方を世間の人はしないだろうが、オタクは地方都市を全てそういう観点で見ているものである。西鉄福岡駅や城山ホテル(元某ビール)はラドンが襲った場所として有名(^o^)。
 こうたろうくんもノリがよく、床を見て「穴はそこか?」(^o^)。こういう会話ができるのがオタクの醍醐味というものであろう。

 こうたろうくんが市街征服のための散策に出ている間(^o^)、リハを撮影しつつ、カメラポジションを模索する。前半は上手側から撮った方がいい絵が撮れるのだが、後半は下手から撮らないと絵にならない。迷った挙句、下手から撮ることに決定。ああ、やっぱりもう一台カメラが欲しいなあ。……って、多分次回公演のときにゃきっとそうなってんだよ。

 開演時間がいよいよ近づく。劇団CASTの藤井さんから祝電が届く。ああ、こういう繋がりが増えるのがネットのいいところだ。マスコミは未だに孤独なオタク連中の閉塞的かつ淫靡な遊びのようにネットを報道することも多いが、どんな技術だって、結局は使うものの知恵次第だ。……ということも私はアニメやマンガで学んだ(^o^)。オタク万歳であるヽ(^。^)ノ。
 直前になると、もうキャスト、スタッフはピリピリしてくる。用事のないヤツが楽屋をウロチョロしてるのは顰蹙ものなので、立ち入らない方が無難。ひたすらカメラチェックに専念する。
 もう一台のカメラ撮影をお願いしたロデムさんと打合せをしながら、次の公演に使うかもしれないシノプシスを見せてもらう。正直言って、使えないヤツだったらなんて言って断ろうかと思ってたんだが、とんでもない。シノプシス段階でも充分面白く膨らませることが可能な設定である。しかも「今度はオムニバスにしようか」と女房とチラホラ相談していたのだが、ズバリそのもの。……シンクロニシティってあるよなあ。改作の許可も得たし、もしメンバーのみんなの興味を引けたら、これで行けそうな気はする。
 今度のは難しくないぞ。演劇集団 P.P.Produce初の感動大作になるやも知れぬ。

 客入れが始まる。まあ身内の関係者が殆どだが(^_^;)。
 AIQからもHさん、Tさん、見に来てくれる。ああ、ありがたい。
 よしひと嬢のお友達もお二人、わざわざ北九州から来てくれる。ああ、ありがたい。
 福岡シンフォニックのUさんも彼女はご一緒じゃなかったけど来てくれる。ああ、半分ありがたい。
 北九州大学の方々や、藤田君のお友達も、気づかなかったが観に来てくださったらしい。もう三拝九拝、感謝感激雨霰。

 ついに本番。出来はいかがであったか。
 評価はお客さんが決めるものである。従ってここに私の感想は書かないが、ただ言えることは、表現者は常に過去を忘れず、かつ、未来を目指すということである。その意味で、みんな素晴らしかった。
 そう、「お楽しみはこれからだ!」

 撤去、搬出、手際よく1時間で終わる。こうたろうくんにまで手伝わせちゃったよ、お客さんだってえのに(^_^;)。
 後始末はスタッフに任せて(おいおい)、こうたろうくんと連れ立って、中洲の「十徳や」で五島盛りを食べながら歓談。芝居についての厳しい批評も頂く。やっぱり一度は「明るく楽しい東宝喜劇」を書いてみないとシナリオの実力はつかないよなあと実感。
 こうたろうくん、地鶏の炭火焼が痛くお気に召したよう。昼のうなぎも炭火焼だったから、東京人を接待するには炭火焼が一番と判明(^o^)。……ホントか?
 このまま別れがたく、つい自宅までこうたろうくんを誘う。女房、よしひと嬢を交じえ、深夜までシティボーイズライブDVD『夏への無意識』や『王の鳥』を見る。「面白いものは(映画でも小説でも)一本あればあとは要らなくなる」というこうたろうくんの意見、確かにその通りである。……そういうドラマが作れたらいいなあ……いや、作らねばねば。

 こうたろうくんが帰ったあと、よしひと嬢に「こうたろうさんって、いい人ですね」と言ってもらえたのが、実に心の癒される一言であった。何気ない一言が優しいんだよなあ、よしひとさんは。……ということで、君は耳にしなかったこの言葉を最後にこうたろうくんに送ろう(^o^)。
 よしひと嬢も明日は帰る。しばらくはウチに泊ることもない。芝居のあとの、少しずつ、少しずつ、寂しさが隙間風のように入りこんでくる瞬間を、私も女房も感じている。
 もちろん、その寂しさを埋め合わせるために次の芝居を作っていくわけではない。祭りのあとの、次の祭りはまた別の祭りだ。だからウチはプロデュース形式を採っているのだ。


2001年01月27日(土) 祭りの前

 徹夜である。何で徹夜する羽目になったかというともう、バカバカしいったらないんだが、理由は知ってる人は知ってるよな。何年か経ってここを読み返したら、「このとき徹夜したのって、何でだったっけ?」と首を捻るに違いないくらい馬鹿げた理由のせいである。
 一晩経って考えると、バカのために振りまわされてる自分の方が情けなくなってくるんだけれど、まあ、腐ってばかりもいられない。この日記のコンセプト自体を変えるつもりはないので、私は日頃思っていることを適当に書き連ねて行くだけである。
 夜を徹して考えたことは、「バカ」というのは社会に対して「無菌状態」にあることとほぼ同義であるのかもしれない、ということだ。私が見た「バカ」の慌て振りは、さながら、迫り来るペストの恐怖に怯えて城門の中に逃げこんでくる民衆を虐殺した城主や、核の驚異にシェルターを自宅の庭に埋めている人々の姿に似ていなくもない。
 してみると私はペストか核なみに扱われたと言うことでもあるが、随分過大評価してもらったものである。客観的に見れば私の存在なんてせいぜい一過性のインフルエンザか花火ぐらいの危険性しかないと思っているが、それとも連中には「いやいや、油断をするとインフルエンザでだって命を落とす」と思われているのだろうか。でもはしかやおたふく風邪だって、いっぺん、かかっとかなきゃならないものだろうに。汚れた社会に出ていくのに、「免疫」を作るための経験は誰しも通らねばならない通過儀礼ではないのか。
 そのように理解することができない被害妄想の神経衰弱を相手にせねばならぬということもある程度社会に生きる人間として不可避なことでもあろうが、そんなやつらばかり蠢いてるところがあるとは若い頃の私は想像もしていなかった。私はこの国はもうちっとましなところだと思っていたんだが甘かったのだなあ。
 世間に毒を振りまき、免疫を作る努力は、ビートたけしを始めさまざまなコメディアンほかの人たちによってなされてきた努力であるが、世間は意外とそう言った毒をいつのまにか中和し、無菌状態に戻していっているのかもしれない。
 「ウィルスにだって人権はあるぞ!」……ないのか。

 というわけで体調が今イチだったので、朝から練習に参加するのは控えて、昼から参加。初めて通しの芝居を見たが、セリフ覚え悪し段取り悪し、どうなるんだいったいという感じだが、まあ今更言っても仕方がない。
 ビデオ撮影が今回の私の仕事なので、扱い方を女房に習う。前の機種よりも扱いやすく、これは便利。
 練習後3時半、メンバーは全員荷物を持ってアクロスへ。私だけが大道具をあとから搬入するので、ダーリンカーを待って居残りである。1時間ほどパピオの玄関で待ちぼうけだったが、その間、やたらと通りすがりのガキンチョやカップルがこちらをジロジロ見る。まあでかいテーブルやイスなんか山積されてる隣で文庫本読んでる変なやつがいれば気になるのはわかるが、頼むからさっさと通りすぎてくれ。
 5時前、ダーリンのオデッセイでアクロスへ。あとはもう何だかバタバタである。私もビデオテープや延長コード、差し入れのお茶などを買い出しに走り回される。会場ではセッティングその他がうまくいかず、怒声が飛び交う。まあいつものことだ。
 あまり詳しくその辺のことを書くと多少差し障りもあるので(^_^;)、今日はこの辺で。
 帰りもダーリンカーに送ってもらって帰宅したのが10時。疲れ果ててはいたが、まだ衣装にアイロンをかけねばならぬとかで、女房、結婚以来殆ど使った事のないアイロンを取り出す。……家事しないにもほどがあるよな、やっぱり。DVDでシティボーイズライブ『夏への無意識』を見ながら、あとはすぐに寝る。
 明日は明日の風が吹くっと。


2001年01月26日(金) 夢の通い路

 初書き。
 とりあえず知り合いにしか見せないつもりなので、何書いたってよさそうな気はしてるが、どこから誰がこれ覗いてσ(^_^)の正体暴露するかわからんし(^_^;)。職場に関することは一切書きませんので、楽しみが半減すると言う人もおりましょうが(いないか?)、そこんとこはご了承下さい。
 まあ、ぼちぼちやりまっさ。心配してくれた友達、仲間の皆さん、私は元気ですのでご心配なく。
 これから私は有久幸次郎という名前で演劇集団 P.P.Produceに関わっていきますのでよろしく。

 仕事から帰って、女房と以前の日記を削除した理由に関して、口論。
 でも大した喧嘩じゃないし、他人のことで言い争ってたんで不毛だなあとすぐに止める。
 友人のこうたろうくんに携帯電話の番号を教える。ついでに以前の日記を削除した理由を説明したら、「私家版作ってくれ」と激励される。友達ってありがたいなあ。意地を張っちゃいるが、味方が誰もいない状態というのもつらいしね。
 女房も、私を批判はするが力強い味方である。
 女房が私をなじるのも、私の日記がつまんないことに原因があるという。日記を公開するというのは、たとえそれが私的なものであっても、役者としての活動にほかならない。それを面白くするためには自分の恥を晒す覚悟でやらねばならない。従って、批判の対象となるのは、その私の表現の技術に限定されねばならない。
 女房の批判がありがたいのは、まさしく内容は問わず、その芸について批判してくれる点だ。この日記、し切りなおしで面白いものになるかどうか。そのためにはこの日記の感想も読者の皆さんから是非お寄せ頂きたいと思っている。
 忌憚のないご意見をメールでお寄せ下さい。


2001年01月25日(木) 思い出したが私は電話恐怖症だった/映画『アヴァロン』ほか

 朝から一日雨。
 天気予報だと二、三日はぐずつくらしいが、公演当日は晴れてくれないものか。雨が降るとなると、搬出搬入が大変だしなあ。

 〆切をじわじわ延ばしながらもぽつぽつ仕事を片付ける。大半が書類仕事なんだが、半年もすりゃあただの紙くずになるのにな。

 今日から私も携帯電話持ちである。
 巷の人々の携帯マナーの悪さを見るにつけ、携帯買う気にどうしてもなれなかったのだが、公演が近くなり、いざと言うときに連絡が取れないと困るから、と女房に押し切られてしまった。でも一番安いやつで、ほぼ着信オンリー、こちらからかけられるのは女房くらいという便利なのか不便なのかよくわからん代物である。
 一応の操作の仕方を女房に習いはするが、もともと必要を感じていないものだけに、使い慣れるのには時間がかかりそうである。
 番号知りたい人はその旨、メールででもお知らせ下さい。
 ……それにしても、ディスプレイに顔出してるこの「くまちゃん」は何なんだいったい(+_+)。。

 女房とシネ・リーブルで『アヴァロン』二度目の鑑賞。女房、今度は寝ずに見られた模様。
 押井作品と川井憲次の音楽とは今や切っても切り離せなくなっているが、今回も出色のコンビネーションである。映画を見終わったあと、つい、「あーばーろん♪」と口ずさんでいたりするのだ(もちろん、『攻殻』の時は「あーがー、舞えばっ♪」と歌っていた)。
 CDをカウンターで売ってるものと見てみたが、テレカとポストカードくらいしかない。売りきれたのか、まだ発売されていないのか。メイキングDVDを買うかどうかは未だに悩んでいる。HPと連動していて、パスワードをインプットすると隠し映像が見られるということだが、そういうハッタリかましてるやつに限って中身はつまらなかったりするからなあ。
 仕方がないので『独立少年合唱団』のサントラを買う。ぽーるしゅか、ぽーれ♪

 夜10時、父から検査入院が終わったと電話。「見舞いにも来ないで」と立腹されるが、入院前に「気遣いされたくない」と見舞いを断ったことは忘れているのだ。反駁しても仕方がないのでウンウン頷いていたら、話の流れで私も検査入院することになってしまった。でも仕事休む時期をいつにするかなあ。

 CS『むっつり右門捕物帳・鬼面屋敷』見る。右門役のアラカン、ホントにむっつり喋らない。エノケン・金語楼のコンビというのも珍しい。


2001年01月24日(水) せがた三四郎、落つ。/映画『疾風! 鞍馬天狗』

 一昨日、クローンがどうの、と書いていたら、昨日、イギリスで「人の複製に繋がらないクローン技術の人間への応用」を認める法律が世界で初めて成立したとか。……ややこしい言い方だが、要するに「拒絶反応のない、臓器移植用の臓器を、本人の細胞から作れるようにする」というもの。
 日本じゃまだそこまで進歩的にはなれないだろうが、できるだけ早く法律を成立させて、あの非人道的極まりないドナー・カードとやらを廃絶してほしいものだ。
 こう書くと、私が臓器移植に反対しているように思われるかもしれないが、ちょっと違う。
 他人が「事故死」するのを待ち望み、その臓器を手に入れたがるような根性がマトモだとは思えない。
 『ブラック・ジャック』あたりでよくあったよな、臓器がほしいために他人を殺そうとする話。
 「偶然」に頼っているとは言え、臓器移植は「他人の死」を望まねば成立しない治療法なのである。そんな腐れた治療法を、どうして積極的に推奨できるだろう? 他に方法がないから仕方なく許容されてはいるが、もっといい治療法があるなら、そっちに切り換えた方がいいに決まっているではないか。
 遠い将来には、人間の完全な複製も作られるようになると思う。子供がいない人間が自分の複製を子供として欲しがることもあるだろう。法律がいかに縛りを掛けようとも、人の思いを踏みにじることはできないのである。

 朝、ニュースで今週の映画ランキングが紹介されている。何と『アヴァロン』が5位のスタート。どうせジリジリ下がって行くだろうが(^_^;)、押井作品としては快挙ではないか。

 今日も仕事中、何度も睡魔に襲われる。どんなに充分睡眠を取っても、午前中眠気が取れることは滅多にない。ウトウトしながら仕事してるから、また多分あっちこっちにミスがあるんだろうなあ。
 でも最近はあまり上司に呼び出しを食らっていない。忙しくてこちらに構ってるヒマはないということなんだろうが、だったらこれまで、ツマランことで呼び出しかけてたのは何なのだ、全く(-_-;)。

 仕事の合間に『キネ旬』読む。
 『ゴジラ×メガギラス』、配収が8億程度で昨年なみとか。作品自体の評判がよいというが、実際は「ここでゴジラ映画を途絶えさせてはならない」というファンの思いが肯定的な批評を作り出しているに過ぎない。一般のファンはそんな提灯記事には乗せられなかったということだ。

 帰宅して、テレビをつけた途端、セガ、ゲーム機生産業界から撤退、ドリームキャスト生産中止のニュースが。
 湯川専務が常務になった時点で先は見えてたんだが、まあ、よく持った方ではないのか。特にゲーマーというわけでもない私にしてみれば、DVDが見られるだけ、プレステ2のほうがずっと魅力的だった。テレビでも冷蔵庫でもそうだが、家電機器は「家族で使える、楽しめる」というのが条件なのである。ゲーム機器はその点、付加価値をどれだけつけられるかが勝負どころだったが、負けるべくして負けた、というのが真実だろう。
 なくなると思うとちょっと欲しくなるが、買っても遊ぶソフトがないし、どうしようもない。

 女房、練習に行っているらしくていない。コンビニで買ってきたおでんをおかずに夕食。同じセブンイレブンなのに、店によってロールキャベツを置いているところと置いてないところがあるのはなぜだろう。コンビニも店ごとに特色つけるよう指示されてるんだろうか。
 アニメ『ギア戦士電堂』『パワーパフガールズ』、漫然と見たあと風呂に入る。ウトウト眠っていたらもう夜。

 女房、12時前に帰って来る。
 私の書いてる日記を見て「最近、『まぬけ日記』じゃない」と文句をつける。別に私は話を面白くするために「まぬけ」を演じているわけではないのだが。日記がまぬけになっているのは私自身がまぬけなだけだからだし、今でも私は充分まぬけなことを書いてると思っている。なのに、女房の目にはそう映らないらしい。
 この辺、真面目なことを書いてるつもりで、必ず「まぬけ」をさらけ出す女房の日記とは正反対なのである。……だから練習日記を書けって言ってるのになあ。私よりずっと面白いこと書いてくれると思うんだがなあ。

 夜食にと、土産に買っておいた餃子をやるが、「おかずはあっても、めしがない」と文句をたれる。こちらはてっきり晩飯は食ったものだと思っていたのだ。女房と私は生活時間帯がずれているので、食事はめいめいで勝手に取っている。餃子はあくまでサービスのつもりだったってぇのに。
 叱ると女房、ふてくされて寝床に行く。だから負ける喧嘩を売るから負けるのだ。素直に食ってりゃいいだけなのにバカなやつ。

 CS『疾風! 鞍馬天狗』見る。嵐寛寿郎の天狗、往年の殺陣の凄惨さはないが、立ち居振舞いは他の追随を許さないだけの威厳さを備えていた。


2001年01月23日(火) ハードな日/『時の果てのフェブラリー』(山本弘)

 マルセ太郎さん、なくなっちゃったか……。一回だけ、何かの機会にこの人の舞台、見たことあるような気がするんだが、記憶の彼方。こないだの福岡公演が殆ど最後だったんだろうなあ。行っときゃよかった、というのはこういう時に思うのである。
 学生のころ、映画でも芝居でも、見たいと思ったら食費を削ってでも行っていたものだから、「お金がないから」という理由で好きな映画にも行かないことが私には今一つピンとこない。映画なら二食、舞台なら六食くらい抜けば行けるではないか。
 社会人になった今は、ここまで極端な考え方はしなくなったが、女房の食いっぷりを見ていると、つい、「ああ、こいつの食費がかからなんだら」と計算してしまうのである。せめて自分の食費くらい自分で稼げ。四月以降は小遣い渡さんからな。

 高知の成人式で橋本大二郎知事に「出ていけ!」と怒鳴られた新成人たちが謝罪したとか。知り合いの政治家に説諭された結果だということだが、つまりは自分では決意することができず、親からの説教も聞かなかった挙句に、という事だね。だいたい十日経って謝りに来たってのが遅すぎる。
 私ゃ別に成人式に意義があるなんて思ってないけれども(自分の成人式だって出てない)、半分以上が「学生」なのに成人扱いするのはおかしいな、と思っている。社会人でもないものをなぜオトナと見なさにゃならんのだ? 成人を18歳まで引き下げようか、という話もあるらしいが、だったら大学も18歳までに卒業できるように教育制度を変えなきゃ筋が通らんじゃないの。
 昔と今とじゃ若い者のレベルが下がってるっていうけど、理由ははっきりしてる。学生が増えたからだ。試しに「社会人」だけの成人式を開いてみればいい。まず今回のような事件は起こらんと断言してやるよ。

 職場でもどうやらこの日記、結構見られているらしい。今日も「ゼリー風呂」がどうの「撮影」がこうのと若い子からからかわれる。覗いていただいてるのは嬉しいんだが、職場の私とHPでの私は別人格なので、お間違えなきように。
 口の悪いやつが「職場の悪口書いてることバラそうか」とキョーハクしてきたが、なあに、そんなときのために固有名詞は一切出してない。だからそいつのことをここで「唐変木のトンチキのテレスコステレンキョー」と言っても、全然問題ないのである。……というか、学のないやつだから何を言われてるかも分るまいな(^o^)。

 職場の女の子から、誕生日を聞かれたので答えると、「あ、私と同じです」と言われる。どうも初めから私の誕生日を知っていたらしいのだが、どうやって知ったのだろうか。このHPでも覗いてるのかな?
 「親近感わきます」と言われたが、若い子にそう言われるとどうも照れくさい。実のところ、自分の誕生日、あまり好きではないのだ。これが女房のように「敬老の日」というのだったら、ギャグにもなるが、「大晦日の1日前」というのは、どうにも座りが悪い。もう一日二日、お袋が私をひり出すのを待ってくれりゃキリがよかったのにな。
 年末の忙しいときでもあり、子供のころはまともに誕生日を祝ってもらったことなどなかった。下手をするとクリスマスと誕生日と正月をまとめて年明けに祝われる。なんとも損した気分になったものだった。

 溜まった仕事そっちのけで本に読み耽る。
 山本弘『時の果てのフェブラリー 赤方偏移世界』、と学会会長としての山本氏しか知らなんだが、不明であった。題名と後藤圭二のイラストだけに誘われてこの本を手に取った読者は面食らうだろう。確かに主人公のフェブラリーは11歳の美少女だが……。メタ・チョムスキー思考によるオムニパシー、世界各地に重力異常を起こす「スポット」の存在、あっ、これはハードSFではないか。
 物語の展開自体は、実はあっさりしている。帯にある通り、「一人の少女の成長が世界を救う」それだけだ。でもそれだけの「物語」を支えている「設定」がSFしてるのがいいのだ。「物体が虚数次元に移動すれば時間が速くなる」なんて実はよく分らんのだが(^_^;)、彼我の時間差によって引き裂かれた者どうしが最後に生み出すドラマは、SFファンにしか味わえない感動をもたらしてくれるのだ。
 あと、作中に紹介されてた「四次元の指が現れる」SFって、手塚治虫の『そこに指が』だな? 題名だけワザと隠すなんて、オタク心をくすぐる手段をちゃんと知ってるんだなあ(^o^)。

 マンガ、小畑健『CYBORGじいちゃんG』1巻、ああ、そうかそうか、小畑さんて、昔、にわのまこと(『THE・MOMOTAROH』)のアシスタントしてたんだ。初期の頃のコマ割りのテンポが速過ぎてかえって面白味に欠けてたのはにわのさんのモノ真似だったからなんだな。
 『ヒカルの碁』を見ていると、とても『Gちゃん』描いてた人とは思えない。人ってホントに成長するんだなあ。

 帰宅して、アニメ『地球少女アルジュナ』『地球防衛家族』見る。どちらもそれなりに面白いが、今一つ燃えるものがない。どこか既成作品の模倣の匂いがチラチラするのだ。
 それでも「地球防衛隊はなぜ正体を隠すか?」→「銃刀法違反だからだ」のギャグはまあまあ笑えた。演出がたるくて大笑いとまではいかなかったけど。グループ・タックのアニメはギャグがどこかもたつくところがあるんだよなあ。
 NHK総合『ドキュメントX・ゴジラ誕生』、こういう番組は大抵、円谷英二エライ、に終始しかねないのだが、今も生きている当時のスタッフたちの証言を丹念に拾い集めている点が良心的で、見ごたえのあるものになっていた。映画は監督一人で作れるものではないことを、番組スタッフが理解しているのが嬉しい。「ゴジラにはモデルになった人物がいる」とは昔からよく言われていたが、その人の写真を公開したのはこの番組が初めてではないか。ああ、これは録画できてよかったなあ。 

 『鴉 あるいは賢者たちの舟』のパンフレット、ようやく完成。女房に見本を見せてもらう。パンフというよりも小さ目のプレスシートという感じだが、チラシと合わせれば少しはお客さんに「芝居を見に来たな」という気持ちになってもらえるかもしれない。
 公演が終わったら、このHPのインタビューや紹介なんかも殆ど消すらしいから、パンフに転載しておけばいいのにとも思ったが、予算の関係もあってページが取れなかったもののようである。
 今回、『九州ウォーカー』には記事が載ったが、『シティ情報ふくおか』にはメールを送っても無視されてしまった。宣伝力を考えると、結構、痛手である。どうせお金は取らないから関係ないんじゃない、と言われそうだが、私たちが欲しいのはお金ではなく「感想」や「批評」なのだ。できるだけ多くの人に見てもらいたいんだけどなあ。
 でなきゃ、予算がない中、パンフまで作るもんかい。

 女房、突然『アヴァロン』をもう一度見に行きたい、と言い出す。先日は隣で時々イビキが聞こえてたからなあ。私ももう一度見返してみたいシーンは多いので、明後日あたり、今度はシネ・リーブルに行ってみようかと相談。キャナルは音声はいいけど、グッズが少ないしなあ。その点、シネ・リーブルは必ずサントラCDもカウンターで売っているのだ。
 でも、仕事帰りだし、今度は私のほうがぐっすり眠りそうだな(^_^;)。


2001年01月22日(月) 月曜の朝は仕事に行きたくないのよ/『キノの旅3』(時雨沢恵一)

 7時間は眠ったはずなのに、仕事中、やはり眠い。本気で一編医者にかかったほうがいいかもと思いつつ、「ただの怠けです」と言われる確率も大(^_^;)。

 時雨沢恵一『キノの旅』、2巻が本の山の中に沈んでいるので先に3巻を読む。それで問題を生じないのは、これがキノという少女と、エルメスという喋る二輪車の旅行記だからである。元になった設定はもちろん『ガリバー旅行記』で、キノたちが巡る国がそれぞれに、現代日本の戯画化、あるいは理想化された社会として描かれている点も同様。芥川の『河童』の正当な後継とも言えるのではないか。
 特に「同じ顔の国」のエピソードでクローンを肯定的に描いたのは小説としては初めてだろう。世間では人間のコピーを作ることが人道に反するかのような宣伝を行っているが、なぜそれが宗教的プロパガンダに過ぎないと分らんのか。『6デイ』のような設定は科学を知らぬバカの世迷言だ。記憶の伝達が行われないのに、同一人物ができるわけがない。
 ここでクローン論を一席ブチ出すと、また4、5回かかるので割愛。みんな、自分の頭で考えて、洗脳されないように気をつけようね。

 上司のタテマエと精神主義を延々聞かされた会議の席上で、神妙な顔して頷きながら今日も勤務時間超過。要するに「仕事は多いが、根性で乗り切れ」と言いたいのだ。じゃあ根性がないやつは乗り切らなくていいんだ。こりゃらくちん(^o^)。

 帰宅したら女房、8時からまた練習に出かけるとか。迎えが来るというので待っていたが、9時になっても来ない。女房が痺れを切らして連絡つけると、何と迎えの阿呆は『アヴァロン』を見に行っていた。
 前に確か「時間には気をつけます」とか言ってたくせに、もう記憶がすっ飛んだらしい。練習より映画を優先させたということでやる気のなさは証明されたな。
 しかし、こういう猿を使っても演劇を成立させられるのか、というのも我々劇団の挑戦なのである。お客さんにはご期待頂きたい。

 ロデムさんから、「自分の書いた脚本を見て欲しい」という電話。劇団内で脚本を書こうという人間が少ない中、願ったりかなったりである。上手下手よりまず書いてみること、演じてみること、それが芝居の第一歩なのだ。

 アニメ『犬夜叉』、舞台が現代に戻ると話が途端に矮小化してしまう。原作を無視して、オリジナルな展開を考えてもいいと思うんだが、スタッフが原作ファンに気兼ねしてるのかな。でも26話で終えるためには適当なオチをつけなきゃならんと思うが。
 『名探偵コナン』、平次ママ登場。でもパターンがコナンの両親、蘭の母親登場のときと全く同じ。原作者自身、あまり物語の「引き出し」が多いほうではないのだ。キャラクター増やすのもそろそろ限界ではないか。
 『世界まる見え! テレビ特捜部』、インド魔術探訪の旅のレポーターを、あの奇術師コメディアンコンビ、ペン&テラーが担当している。どうもレギュラーらしいので、日本でもようやく知名度がアップしてきたのか。マンガ『サスケ』でも紹介されていた「ヒンズー・ロープ」、普通は「木の上からテグスでロープを引っ張りあげる」というトリックを使うものだが、今回は平原でそれを行うと言うのでちょっと期待して見てみた。ところがカメラアングルは固定されたまま、上空や周囲を一切映そうとしない。こんなんじゃどんなトリックだって撮影・編集で可能じゃないか。ちょっとガックリ。
 『スーパーテレビ特別版 誰も知らない乙武洋匡24歳の素顔』、『五体不満足』がベストセラーになった波紋を、現在の乙武氏の活動を追いながら描くというもの。乙武氏本人は自分の虚像が一人歩きすることにショックを受けてきたらしいが、そんなん言うたってしゃあないやん、というのがこの番組を見たときの素直な感想である。
 テレビ放送も含め、マスコミ報道というものは基本的にヤラセである。送り手は常に受け手の欲する「虚像」を察知して、それを送り出しているのである。つまり、この日本において障碍者をいかに扱うかということについては、既に「マニュアル」ができているのだ。
 乙武氏の著書は、本人が障碍者であるにもかかわらず、その「マニュアル」から逸脱するものであった。だから、マスコミはこれまでやっきになって「障碍に負けずに明るく生きる乙武クン」を演出してきたのだ。結果的に、彼がどんなに声を大にして「『かわいそう』なんて言わないでくれ」と言っても、世間は「かわいそう」と「がんばれ」の声をかけ続けてきたのである。
 だって、そう言わないと、世間は乙武氏を差別しなければならなくなるじゃないの。世間ってのはそんなに融通の効くものじゃないのよ。

 女房、12時に帰宅。1時間程度しか練習できなかったそうだが、いたしかたあるまい。テレビでCS『SNL』を見ながら寝る。……って日記書いてるじゃん。


2001年01月21日(日) 日曜の夜は出たくないのに/『トガリ』(夏目義徳)1巻ほか

 夕べは帰るなり三人とも泥のように眠っていたので、朝方『仮面ライダークウガ』の最終回を見逃した。でも私は『ウルトラ』ファンの世代ではあっても『仮面ライダー』世代ではないし、ましてや今回の新作はビデオ画像で今イチ乗り切れなかったので、「ま、いっか」。
 次回作の「アギト」、製作発表がスポーツ誌に載っていたが、隣の水着のね〜ちゃんの記事の方がバカでかかった。……面白くなるのかなあ。

 昨日録画しておいた『幻のペンフレンド2001』第3回見る。まだテキの本郷令子は出てこない。
 ふとこのテレビ化の機会に原作を読み返してみようと、本棚を探してみたが無い。ハッと思い出した。眉村卓作品は高校のころ、読んだあと母校の図書館に寄付していたのだ。し、しまった、もう文庫では手に入らないかも。どこかの文庫で改めて帯付きで再版してくれないだろうか。

 昨日買ったマンガをまとめて読む。
 夏目義徳『トガリ』1巻、表紙の印象で買ってみたが、これが意外と拾いもの。前半こそまだコマ割りがぎこちないが、後半どんどんテンションが上がる。現世の「咎」を狩るため、地獄の殺人鬼を復活させる、というのは定番の設定としても、主役が決して人間を殺せない、とシバリを掛けたのはなかなかの工夫。
 高橋留美子『犬夜叉』19巻、アニメ化こそされたが、話の展開はもう煮詰まっている。こういう妖怪退治もの、『鬼太郎』のように現代のフォークロアとして描くならともかく、ただの対決ものにしちゃうと、スポコンと大して変わらない。『どろろ』みたいに最初から48匹と限定してりゃいいんだけど、結局、敵をどんどん強くしていくしかなくなるのだ。そろそろ潮時だぞ。
 藤田和日郎『からくりサーカス』16巻、しろがねってエレオノールって名前だったのか。これも話のテンションは第一部で終わっちゃってるんで、今はもう謎解きばっかりやってて、一向に盛り上がらない。だから新たな敵ばかり増やしたって、意味ないんだってば。
 トーベ&ラルス・ヤンソン『ムーミン・コミックスN:7 まいごの火星人』、最初のアニメシリーズで、署長さんは髭を生やしたミムラの一族だったのに、原作ではヘムルだった。なぜだろうと思っていたら、マンガ版で署長さんの部下に髭ミムラがいたのだ。多分アニメではヘムレンさんとの差別化を図るために、こちらのキャラクターを署長に「昇格」させたのだな。30年目の発見(^o^)。

 10時になると同時に、『ラ・テラス』のチケットの電話先行予約を申し込む。「ピクニック」の会員になっていれば、更に先行予約もできるんだろうが、そうなると舞台を最前列で見たくなり、結果的に毎回1万円以上も使うことになる。S席避けてA席でも比較的前の方ならSと大して差はない。まあこのへんが無難なところか。

 AIQのロデムさんから電話。今日のお誘い、丁重に断る。ベイサイドプレイスで毛皮ショーということだったが、仮に行っていても冷やかしになっちゃうから、かえって迷惑だったかもしれない。
 実は以前も知り合いの女の子に誘われて毛皮ショーに行き、何も買わずに帰ってきたことがある。何だかシティボーイズの「毛皮男たち」のネタみたいだな(^_^;)。

 友人のこうたろうくんから、劇団へのカンパが届く。
 昔の私だったら、意地を張って断っちゃうところだが、今は素直にありがたい。何しろこの意地っ張り、つまりは誰の世話にもなりたくないという下らんプライドのために、私は大学の卒論提出の日に風邪引いて寝こんでいながら、友人の誰にも助けを求めず、一年を棒に振ったことがあるのだ。
 そのあと、こうたろうくんに「なんで言わなかったんだよ!」と本気で怒られた。反省することの少ない私だが、そのときばかりは後悔した。自分のバカさ加減を恥ずかしく思ったのも初めてだったかもしれない。
 ……と反省したフリしてながら、実は未だに自分のバカが治ったとも思えない点が申し訳ない(^_^;)。
 女房も「これで当日の昼の弁当が買える!」とイジマシイこと言いながら感謝してましたので、劇団一同を代表してお礼を申し上げます。
 ありがとう、こうたろうくん。
 
 昼飯は納豆を炒めて目玉焼きを落とし、キムチの汁をまぶして蒸し、ご飯にかけて食べる。人によっては「なんじゃそりゃあ!」と叫びそうだな。でも安上がりで美味いんだが。

 よしひと嬢から、押井守のエッセイ、『犬の気持ちは、わからない』を入手した話を聞いていたので、天神まで出て福家書店を回ってみたが、売り切れ。ううむ、この手の本は1回売りきれると店頭に並ぶまでに時間がかかるからなあ。いつの日か手に入れられるのかな。
 石川賢『ゲッターロボ』が大判で出ていたので、もしやと思って買ったら、やはり単行本未収録作ばかり。幼年誌に掲載されたものの復刻だったのだ。拾いものだが3500円は高すぎるぞ(・・;)。

 「ビックカメラ」のカード、ポイントがたまっていたのでタダでDVDと生テープを買う。
 その足でベ○ト電器にも回り、シティボーイズのDVDが出ているか聞いてみたが、先方の手違いで入荷が遅れている。それなのに初めは「入荷してる」と言い張ってたんだからヒドイ話だ。ベ○ト電器は値段も高いし客あしらいも下手なのであまり利用したくないんだが、ほかにDVDの品揃いのよい店がないのだ。……殿様商売やってると、いつか足元掬われるぞ。

 夕方6時に「パピオ」にたどりつく。練習が丁度終わったところだったが、今日は愛上さんもふなちゃん連れて来ている。女房はふなちゃんがグズって泣き出すと、いつも「お前のかあちゃんはお前を捨ててもう帰ってこないぞ〜」と言いながらあやすが、それに合わせてふなちゃんも泣き声を張り上げるので、もしかしたら本当に言葉がわかっているのかもしれない。
 今日は、もしかしたら私が急遽、声のダビングをしなければならなくなるかも、という話だったが、其ノ他くんの都合がついたのでその心配はなくなった。まあ彼の顔に私のダミ声は合わんので、これは代役にならずに済んで、よかったことである。
 入れ替わりはあったが、今日は全員が揃った由。昨日決まった変更点も含めてほぼ最後の確認を行ったらしいが、例によって例のごとく、飲み込みの悪いのが一人いたとか。そりゃ「おめえができねえから演出でカバーしてんだよ」って言われりゃ腹も立とうが、芝居はシビアなものである。それでふてくされたり、演出に逆らう行動とったりするのなら、「バカ」の烙印を押されるのは当然である。
 日記や掲示板への書きこみもしなくなった癖に、某所には未だにメールしてるらしいし、こりゃやる気がないと見なしても構うまい。

 今日は早く帰って、パンフをバソコン使って作らねばならぬので、どこにも寄らないつもりだったが、女房が「肉」に拘ったので、比恵の「萬風」で焼肉。
 タコの活造りを注文するが、吸盤が口蓋に吸い付く感触を楽しむかどうかで、愛好の士かどうかを分別できる。女房もよしひと嬢も一口食べただけ。うーん、やっぱりゲテモノ食いは私だけか。

 帰宅して、(タダで)買ってきたDVD『ロボットカーニバル』を見ながら、睡魔には勝てず寝る。夢現にパンフができた旨、聞こえるが、もはやそれはカスミの彼方。明日からまた仕事だし、だから日曜の夜は出たくないのよ。


2001年01月20日(土) 英雄、果つる島/映画『アヴァロン』ほか

 夕べが遅かったので、今朝は起きられるかと心配だったが、何とか7時には起床。外はやや小雨がぱらつく程度だったので、えい、ままよと傘を持たずに出る。
 行きはよいよい帰りは怖い、帰りはだだ降り、ずぶ濡れになる。
 こういう時、死んだお袋は大抵、「濡れて帰りたかったんだろう」と言って、やや蔑むような視線を私に向けたものだった。まあ、たまにカッコつけて「哀愁漂うロンリーガイ」を演じたい時があったのは事実である。でも中年になっちまった今はただの面倒臭がりにすぎない。
 それにしても女はなぜこうも簡単に男の「ええカッコしい」を見抜いてしまうものなのか。……似合ってないからだって? ハイ、そうですね、ごめんなさい。いや、それより、そういう男を責める時の女に、大抵、「容赦」というものがないのはなぜなのか。
 例えば、私がアニメキャラのセリフを口にしたときの女房の嫌悪感と来たら、なぜそこまで激烈に怒るかと言いたくなるほどに憎々しい。
 「粋にやろうぜ、粋によ」
 「粋でもないやつが粋なフリすんな」
……そりゃそうだけどよ(-_-メ)。男を立てようという意識がマジでゼロだな。
 だから、私は女房との間に「甘いムード」一つ作ろうとしないのだが、もちろん女房はそれで納得してくれるのだろう。

 昨日の日記をつけ、風呂に入って、雑誌『不滅の名探偵』読む。手塚治虫の旧作ミステリマンガが二本収録されているが取るに足らぬ出来。
 なぜこんなもんいきなり買ったかと言うと、高野文子のイラストエッセイが載っていたからだ。主婦業に忙しいのか、高野文子のマンガは北村薫作品のイラストでしか見られなくなっていたので、これだけでもこの雑誌、買った価値はあった。しかし主役の双子、高嶋兄弟をモデルにしていたとは……(・・;)。
 広告で『博多殺人事件』を秋乃茉莉さんがマンガ化していることを知る。ああ、どうせ内田康夫だし、と思いつつもこれは買うべきか買わざるべきか……(+_+)。

 夕方から待ち合わせて映画に行くつもりなので、昼飯はピザクックからドリアとウィングガーリックと骨付きフランクを注文。でも睡眠が足りないのか、食欲がなく、ドリアをまるまる残す。「頼んだものは残さない」私にしては珍しいことであった。

 AIQのロデムさんから展示会のお知らせが来ているが、期日が明日。本番直前でそりゃ無理だわ(+_+)。行けずにどうもすみません。

 夕方6時半にパピオで女房たちと合流。鴉丸嬢、桜雅嬢のほかに、昼過ぎまで塩浦嬢もいたそうだが、バイトに行ったとかで会えず。土産(何の土産か聞き忘れた)のクッキーとやらが残されていたので、一つ貰う。余りこの手のお菓子を食べる機会はないが(というか、医者から止められてるんだが)、つい出されたものに手が伸びるのは仕方がないと漱石も言ってるので私ごときの克己心が萎えるのも無理のないことであろう。
 よしひと嬢、なぜか一心に『ウォーリーを探せ!』にハマっている。何でも最後の演出で、絵本を使うことにしたとか。詳細は聞いていないが、脚本段階でそのような描写はなかったはずだから、何かまた問題が生じた上での改変だろうと推察する。

 女房、よしひと嬢の話によれば、今日はその改変も含めて、練習が驚くほどスムーズに進んだとか。
 「足引っ張るやつがいないと楽なのかな?」と皮肉を言ってみたが、
 「別にそう言うことではないです」と反応。
 まあ、ギリギリの線で見捨てられてはいないようだが、「彼」についてやる気がない、何も考えていないと認識されている点は変わらないようだ。
 ナルシストだの自己愛人間だのと言われる人々が現代社会で排除されがちな点については実のところ同情している。誰にでもそのような傾向があるにもかかわらず、社会においてはそれを抑圧せざるを得ず、逆にそれを全開させているような人間は「やっかみ」の対象となるからだ。
 つまり我々は鏡のように「彼」の中に「自分」を見ているにほかならない。この世界から逃げ出したい。本当の自分はここにはない。どこかに、自分が自分として認められる世界がある。我々は常にそんな風に思い、自分を慰めている。……しかし、それも結局は「他者」の評価を求めている行為に過ぎない。
 大抵の人間はそこで自分の「逃避」行為に気づき、恥ずかしくなって社会に立ち向かう意志を持つのだが、更に「逃避」を繰り返せば、結局その人に対する「評価」は確定する。
 勘違いしてはならない。本当の自分などと言うものは存在しない。人の評価は他者が、あるいは世界が決める。それがいやなら「世界を革命するしかない」のだ(^o^)。
 今回の芝居、実はそういう芝居だったりするのだが(『ウテナ』じゃん)、今日いきなり、よしひと嬢に、
 「『彼』は『環』そっくりですね」
と指摘されて、苦笑。さて、彼に世界の革命は可能だろうか。

 一日、間を置いて日記書いてるとやっぱり記憶が前後するな。
 土曜の昼間はテレビで『車椅子の弁護士水島威・婚約者に殺された女?』を見ていたのだが、感想書くの忘れてた。でも大した感想ない(^_^;)。
 弁護士が半身不随、という設定がストーリーに全く絡んでこないのが欠点。途中で何度も犯人から襲われても手出しできない、というだけじゃ脚本に芸がないぞ。特に宇津井健のオーバー演技じゃサスペンスがまるで感じられない。

 7時半にキャナルシティに到着。福家書店を回り、食堂街で定食屋に入る。にゅうめんセット、とろろにイクラ、海苔が入ってミニ丼も付いて、これで800円とは安い。女房とよしひと嬢も、天丼のエビがデカイと、ホクホク顔。
 女房と、「にゅうめん」は「煮麺」と書くか「温麺」と書くかで論争。女房、「温麺」だと譲らないが、辞書には「『入麺・煮麺』。『にめん』の転」とはっきり書いてある。女房には負けとわかった勝負でも絶対に意地を張り続ける悪い癖があるのだ。常々これには閉口させられているが、余りむだな時間を取らせるなよな。たまには素直に負けを認めて見せろ。

 食事のあと、「スターバックカフェ」でデザート……のつもりが、女房に「適当に何か注文してくれ」と頼んだのに、何を聞き損なったのか、自分の分だけ注文して、私の分はナシ。
 こいつには自分がちょっとでも金を払う立場になると、途端に無意識で金を使わないですむように動く悪い癖があるのだ。たまには自分から「おごってあげようか」ぐらい言って見せろ。

 9時、悠々とAMCに向かうが、時間を見間違えて、始まるのが10時50分。仕方なく1時間ほどジョイポリスで遊ぶ。UFOキャッチャーでミッキーの鍋敷き、たれぱんだのモビールをゲット。でもよしひと嬢はたれぱんだはキライなのであった。納豆だの蜘蛛だのトロロだの、糸引き系は全部ダメだということだが、たれぱんだがなぜ糸引き系?
 そのあとようやく『アヴァロン』を見るが、既に体力の限界で女房は半睡半醒状態。映画の内容は思いきり今度の芝居とかぶっていた。しまったなあ、客にアニメファンでもいた日にゃあ、「押井」のマネなんて言われかねないなあ。
 見終わってよしひと嬢、「思い出しました。『アヴァロン』って『アーサー王』の島ですね」と言う。ああ、もう私はそんなことも忘れとるがな。もう何十年も昔、岩波少年文庫で読んだキリだものなあ。


2001年01月19日(金) DESERT MOON/『パタリロ!』(魔夜峰央)71巻ほか

 今日はちょっと重大な仕事があった。
 仕事とというものは基本的に成功して当たり前、失敗したら周囲から散々叩かれるという性質のものではあるが、今日のは絶対に失敗できない類のものである。
 でも実のところ、同僚がみな頭を抱え、難しいと口々に言い、ため息をつくことの多いこの仕事、私には大して苦痛ではない。どちらかと言うと楽な方だ。
 私にとって難しい条件がつくのは、完全に成功してもいけない、ということだ。……どういうことかと言うと、同僚の「やっかみ」を回避せねばならぬ、ということなのである。
 若かりし頃は私も若かった(当たり前だ)。仕事はできればできるほどいい、と思っていた。で、真面目に仕事に取り組み、あるときある仕事で大成功を収めた。それこそ、周囲の誰もが成功を喜び、私の努力を労ってくれた。……一人だけ、それが気に食わなかった人物がいる。私の直属の上司である。そいつは報告書にデタラメを書きこみ、私の業績がさも失敗であったように改竄してしまった。
 そうせねば自分の上司としての立場が保たれない、と焦った末の行動であることは見て取れた。怒るより先に気が抜けて、そいつと特に喧嘩などはしていない。でもそれがかえって相手には自分が蔑まれたように感じたのであろう。そいつの私に対する陰での足の引っ張りはその後も続いた。
 その上司とはとうの昔に別の部署に別れている。しかしそれ以後、私は真剣に仕事に取り組んだことがない。常にある程度手を抜いている。一生懸命になったところで、仕事を妨害されるマイナスを考えると、結果的に大した差は生じないからだ。
 今日もそこそこ手を抜いた仕事。失敗というほどでもなく成功というほどでもない、まあまあの出来。こういう技術は我ながらうまくなったものだと思う。

 でもね。
 たまにはさ。
 真剣にさ。

 いや、いかんいかん。それは、甘い罠。出るくいは打たれるのだぞ。どんなに人あたりがよさそうに見えても、いざというときに変心するのが人間というものだ……って、なに私ゃ『こころ』(漱石)してるんだ(^_^;)。

 今回の仕事に関して、反省会があったが、みなさん真面目にやってるフリして、いかに手を抜いたかを語る語る。でもいつもは長引く会議が、お互いのミスをさほど追及することもなくあっという間に終了したのはなぜかな〜? みんな自分が適当な仕事しかしてない自覚が少しはあるのかな(^o^)。

 帰宅したが女房はまだ練習から帰って来ていない。郵便受けを見ると友人からの届け物の不在通知が入っている。困ったなあ、連日女房は練習に出かけているし、私も休日は予定が立たないので、受け取る時間がないのだ。
 ともかく問い合わせ先の「児童音声受付センター」とやらに電話してみる。女性、やや中年に差し掛かりか、という感じの声で(なぜ若いのを使わんのかな。いや若けりゃいいと言ってるわけではないが)、受付番号だの郵便物の種類だの、再配達日などを聞いて何番を押せと指示してくる。……不思議だなあ、聞いているうちに段々腹が立ってくる。言葉に感情があるようでいて、実際にこちらに応対しているわけではないことが分るのがイライラする原因だろう。
 「やあ、デイブ」
 「気安く呼ぶなバカヤロー!」
 「はっはっは、感情が高ぶっているね、デイブ」
 「テメエのせいじゃ、おんどりゃあ!」
 ……ボーマン船長がHALをぶち壊したくなる気持ちも分るのである。
 荷物は日曜日に受け取ることにしました。こうたろうくん、気を遣わせてごめんなさい。

 女房の携帯に連絡を入れても全く繋がらないので、仕方なく一人で食事にいく。昔馴染みの本屋で取り置きの『世界の文学』などを買って、更に博多駅の紀伊國屋を廻り、ヤマダ電器で生ビデオテープを買う。
 食事は「ザ・めし屋」でシメサバとかつカレー丼にワンタンスープ。なんかスゲエ取り合わせだが、今サバが暖冬のため品薄とか聞いて、衝動的に食べたくなったのだから仕方がない。
 どうせ夜中にならなきゃ女房も帰って来ないだろうと、スープをすすりつつ、買いこんだ本に読み耽る。

 魔夜峰央『パタリロ!』71巻。どうせしり切れトンボで終わるだろうと思っていたアスタロト編、やっぱり予測通りで終わる。『パタリロ!』が本当におかしかったのはせいぜい7、8巻までだっちゅーのに私はなぜ71巻まで買い続けているのであろうか。……なんとゆーか、南都雄二、しょーもないギャグがかえって面白いってこともあるんスよ(今のも71巻にあったギャグ。ホントに『別花』読者の何人が理解できるのだろうか)。
 高岩ヨシヒロ『松田優作物語』4巻、今気付いたが、森田芳光は松田優作と組んでしか傑作を作っていない。あとはせいぜい秀作ドマリか明らかな駄作である。こういう切り口を見せてくれただけでもこのマンガはただの実録マンガ以上の価値があるだろう。
 日渡早紀『宇宙なボクら』3巻、一作ごとに絵柄を変える日渡作品、もはや『アクマくん』や『早紀ちゃん』シリーズの片鱗はカケラもない。
 主人公の天湖を陰で苛めていた真犯人、いよいよ今巻より登場。といっても正体バレバレだったんで、あまり引かずに全巻のうちにバラシといてもよかったように思う。日渡さんは『ぼく地球』もそうだが、ストーリーテリングは必ずしもうまくない。
 ただ、少女マンガ家の多くが「語り」よりも「思い」で見せることが多く、結局二作目以降が続かないのがしばしばであるにもかかわらず、日渡さんはまだ「思い」だけでここまで続いている。以前ほどの輝きはないが、やはり注目してよい作家だと思う。……女房はあまり読んでくれないけど。
 羅川真里茂『しゃにむにGO』7巻、私がスポーツマンガ(しかもテニス!)を読んでいるなど滅多にないのだが、ひな子さんと池やん監督が好きで読んでいるのだ(^o^)。少女マンガも絵が向上したなあ、と思うのは、この人、肉のつけ方が絶妙にうまいのだ。いやね、当たり前のことなんだけどね、足ケガして杖ついてるひな子さんの肩がちゃんとくいっと上がってんのよ。日常の描写を大事にしているマンガ家さんは大好きだ。……でも逆にテニスしてるときの絵が静止画みたいでうまくないんだよなあ(^_^;)。『エースをねらえ!』が絵はどヘタクソでも迫力があったのは、テニスシーンの絵が「生きて」いたからだよな。
 長谷川町子『別冊サザエさん』1、2巻、サザエさんの短編シリーズ、四コマよりこちらの方がアニメに近いが、サザエさんが『ハートブレイクホテル』を歌うシーンなどはマンガ版でしか読めまい。

 荷物が増えたので、女房に頼まれた土産は買わず、勝手にめし食って来いと電話。女房とよしひと嬢、11時頃ようやく帰宅、カップラーメンを買ってくる。新製品だそうだが、味噌ラーメンと謳っていながら匂いは明らかにとんこつペース。部屋中にブタ臭さが充満し、思わず顔を顰める(博多人がみんなとんこつ好きだと言うのは世間の偏見で、あんな戦後の闇市から発祥したようなゲスな味を嫌う昔ながらの博多人も多い)。
 私の子供の頃は、カップラーメンはおろかインスタントラーメン自体、チキンラーメンと出前一丁しかなかった。よしひと嬢ですら「うまかっちゃん」(最近は東京でも売ってるらしいが博多独自のとんこつラーメン)世代。隔世の感があるなあ。


2001年01月18日(木) はな゛がつま゛ってくるしい/アニメ『ジャックと豆の木』ほか

 すみません、また風邪引いてます(誰に謝ってんだ)。
 確かに昨日は2時ごろまで起きてたので、睡眠は不充分ではあったが、やや寒気がする程度で、体がキツイ(この博多弁もそろそろ全国区かな)というほどでもなかったのに。
 然るに体力は確かに落ちていたのだろう。朝方、いきなりゾクゾクっと来て、眩暈と頭痛が同時に襲ってきた。
 早引けして帰宅すると、女房は外出中。ああ、珍しく買い物に出かけて家事でもする気なのかなあ、と待っていたら、帰って来るなり「なんでいるの!」となじられる。しかも食料は自分の分しか買ってない。……やっぱりこいつはそういうやつなんだよ。
 栄養剤を買って来てくれ、と頼むと、「なんで外にいる時に電話しないの!」……こいつはどうして病人に要求ばかりするかな。金を渡すと、5、6百円もするバカ高いやつばかりを5、6本買ってくる。以前から「安静にして寝てたいんだから、とりあえず栄養補給できればいいのだ」と言っていたのに、記憶力がない。でも今日は自分で食事を作る元気もないので、これで凌ぐしかない(パソコンする元気はあるのかよ)。
 女房の相手をしていると気疲れするので、無視して横になって寝る。その間に、何か食事でも作ってくれるかと思ったら、自分もグーグー寝ている。しかもいきなり悲鳴を上げる。……どんな悪夢を見てるか知らんが、いきなり「にぇぇぇぇぇ!」とか叫ぶな。おかげでゆっくり眠れんわい。

 チャンネルNECO、日本映画専門のCSなのに珍しくアニメ『ジャックと豆の木』を放送している。杉井ギサブロー監督のこの作品、隠れた名作と評判だったが未見だった。なるほど、今見ても充分堪能できるほどのハイレベル。
 作画はディズニーに倣いキャラクター別にアニメーターを立てている。この方式、日本じゃ珍しい。天空の王国に、魔女と巨人、捕われの姫を設定してスケールを大きくしたのもいいが、何よりミュージカル仕立てなのがいい。しかも声優陣が市村正親・山本リンダ・西村晃・樹木希林! ああ、サントラCD化しないかなあ。
 『くらげが眠るまで』、イッセー尾形は言わずもがな、永作博美が意外とコメディエンヌとして頑張っている。適度にブスな演技をしているので臭みがない。ただ、会話の間が今一つぎこちないのが難かも。

 夕食はほか弁ですき焼きうどんを買って来てもらう。ちょっと味が濃すぎ。卵を落とせばよかったな。


2001年01月17日(水) 雪が溶けて川になって流れていきます/『これから』(夏目房之介)ほか

 タイトルの雪ネタはこれで終わり。

 読書補遺。
 マンガ、安田弘之『ショムニ』(文庫)全3巻、実は江角マキコ主演のテレビ番組の方は殆ど見ていない。高橋由美子の「未来が見えます!」とか言ってたか、キレた演技は記憶のスミに残ってるが。
 こういう組織の中の「ハミダシ者」ネタは映画『独立愚連隊』から『パトレイバー』に至るまで、エンタテインメントのツボを抑えた設定なので、ある程度は必ず面白くなる。
 問題はその組織に集うキャラクターをどこまで個性的にできるかということだ。が、3巻Part2に至って、その方向への展開を作者は放棄してしまったようだ。それはそれで定型に収まりたくない作者の自由だから構わんのだが、定型の中でどこまで楽しませてくれるか期待していた向きにはこの完結のし方は不満だろう。
 でもカナさんはやっぱりいいな。「眼で魅いて、胸でつかんで尻にしく、身の程知らずの虫はおあづけ」女はこうでなくちゃな。テレビじゃ櫻井淳子が演じてたって?(・・;)
 マンガ、高橋留美子『うる星やつら・おみくじこわい』、単行本持ってるけど作者のインタビューが載ってるので買い直し。しかし高橋さんも老けた。私より年上だから当たり前だけど。
 世間がガンダムだナウシカだと言ってた頃、一番ハマってたのが『うる星』だった、というのはやっぱり、私が根っからギャグ者だったってことなんだろうな。

 山を越えたらまだ雪が残っている。ある程度積もっていればそれなりの風情もあるが、地面のデコボコや植木のスキマにかろうじて残っている白茶けた氷の固まりは既にただのゴミである。職場の若い衆が庭を掃いている様子を見ていると、何となく寂寥感を覚える。
 みんなから昨日はどうやって職場に来たのかと聞かれるので、「歩いてきた」と答えると驚かれる。でも車も通れず自転車も滑って転倒しかねんとなれば、歩く以外に方法はないがな。もっとも歩いていても何度か滑ってコケかけたが。

 なんだか今日はやたらと若い子から変な質問を受ける。
 「(自分が)汚い人間だって自覚ありますか?」
 どういう脈絡だったかは忘れたが、世間話の中でこんな風に聞かれた。身もフタもねえ質問してきやがると思いつつもさらりと「あるよ」と言うとまた驚かれる。
 「俺がこの仕事ついてるのは合法的に詐欺ができるからだよ」と言うと笑われちまった。まあ、私の仕事を知っていれば、納得して首肯される方もあろう。もともとこの世の職業の殆どが法律下で保護された詐欺みたいなもんだと思うが。
 「ウチに遊びに行っていいですか?」と聞かれたので「いいよ」と言うとまたまた驚かれる。だからなんでそういちいち驚く? 遊びに来るというよりは女房を見てみたいらしい。こないだいいトシしてトラの帽子被ってることも話ししたりしたからなあ。動物園の動物を見てみたい感覚なのであろう。

 職場でまた変な噂が流れた。私が女性二人をはべらして博多駅で豪遊していたと言うのである。ハンナ・バーベラのケンケンのトレーナーを着ていたというから、私に間違いないのだが(^_^;)、「女性二人をはべらして」って誰と誰だ。そんないい目にあった覚えはないぞ。大体「ケンケン」着て女誘うやつがいるのか。……オタクにはいるか。
 多分、こないだ『独立』を見に行ったとき女房とよしひと嬢が一緒だったからその様子を誰かに見られたんだろうが、既に大分噂に「尾鰭」がついている。そのうち背鰭に胸鰭、コバンザメまでついてくることであろう。次にどんな噂になってるか、楽しみだ(^o^)。

 ビートたけし『初級人間学講座 〇事問題講義 偽善の爆発』、仕事の合間に読む。ビートたけしのこの手の「時事放談」は居酒屋のおっちゃんのクダマキをそのまま文章化したようなものだから、ギャグとしてはレベルが低い(レベルが高いと弾圧受けるからね)が、それをとやかく言っても仕方がない。むしろたけしの「処世術」に感心してしまう。
 以前、たけしの発言について「女性差別的」と女性団体が抗議したことがあったが、特にたけしが謝罪するわけでもなく、ウヤムヤに終わってしまった。たけしの毒抜きされた「軽さ」が、たかがギャグの一つや二つに目くじら立てんでも、という雰囲気を世間に作りだし、団体もそれ以上責任を追求できなくなったのだろう。
 「日本は軍隊を持て」という発言も時代の変化もあろうが、今や咎められもしない。昔、横山やすしが同じこと言ったときには散々マスコミが叩いたくせに。
 でも軍隊持ったって、人間が使いものにならなきゃ話にならんけどな。

 夏目房之介『これから 五○代の居場所』読む。
 夏目さんより10歳以上若い私が「じじいになること」について語るのもおこがましいが、夏目さんといい、ビートたけしさん(この人にさん付けは似合わんが並べた片方に付けんのも変だ)といい、東京人というのはどうしてこうも「偏屈じじい」になることを憧れとするのであろうか。ボケ老人になって周囲をハラハラさせたい、という願望すらある。
 私なんぞはまだまだ修業が足りないので、ボケてヘンなことを言ったり行動を取ったりするのが怖かったりする。今だって職場で居眠りして起き抜けに「あちゃらかぱー」とか言い出さないか心配してるのに。 

 帰宅すると女房は寝ている。せっかくコンビニに寄っておでんを買って来てやったというのに。
 最近のセブンイレブンのおでんは具が豊富になっていてお気に入りである。以前はスジさえ買って置けば女房は際限なく食っていたが、ハンバーグや牛肉まであるのだ。肉一筋の女房には堪るまい。
 女房、匂いで起きてくるかと思ったが布団にくるまったままである。ただ「メシ食うか?」の問いかけにだけは反応して「食う、食う」と寝言を言っている。四六時中モノ食ってるやつだが、やはり寝てても食ってる夢を見ているのであろう。

 先週から始まったテレビQのアニメ、『パワーパフガールズ』が面白い。
 OPから、マザーグース「女の子ってなんでできてる?」のパロディだが、確かに今時の女の子はいろんなものでできてそうである。
 今回のエピソードは、「アメーバーブラザーズ」というチンケな悪党三人組がデカイ悪さをして正義の味方、パワーパフガールズに相手をしてもらおうと悪戦苦闘する話。でもやることといったら、道路にゴミを落としたり、公園の芝生に入ったりするだけ。
 こういう悪さをしようとしてもできない悪党、というギャグは伝統的なもので、米映画にも『三悪人』『三人の名付親』『俺たちは天使じゃない』などたくさんある。黒澤明の『隠し砦の三悪人』もその系列に入ろうし、『網走番外地』にも、ム所の連中がチンケな悪事ばかり披露して、最後に嵐寛寿郎が「へいちょっとコロシを」といって、小悪党どもがビビる、というギャグがあった。マンガでは鳥山明が「どうだハナクソ付けてやったぜい!」とかやってたギャグが一番近いか。さてはスタッフ、鳥山アニメを見てるな?
 アメーバだから単細胞、という意味も掛けてるんだろうな。こういう「ルーティーンギャグ」は決して手抜きではなく、基本のなぞりなのである。これは子供向け無害アニメに見せかけつつ、コメディマニア垂涎のギャグ満載アニメであった。こんなんが民放で見られるたあ、いい時代になったもんだ。
 あ、これアチラ製のアニメなんだが、ナレーションの小堺一機、明らかに『トムとジェリー』の谷幹一のセンを狙っている。いやあ、気が入ってるなあ。

 『ワンピース』、オリジナルエピソード。設定的には相当無理があるが、原作も既に無理のある設定になっているので、原作を貶めているとは言い難い。まあ矢島さんが声アテてるし続けて見ようっと。

 岡田斗司夫さんの「新オタク日記」が最近ハイペースで更新されている。立教大学での講義が学生に大ウケのようでメデタイ。
 「創造性は必ずしも人を幸せにしない」「ものを作る動機は『不安』である」なんて、誰でも考えてるもんだと思ってたがなあ。今時の学生はそんなことも考えずに生きて来たのかと思うと、そっちの方が不安だな。
 大体大した人生経験もない教師や親から「個性がない」と言われた程度で劣等感に苛まれているというのが情けない。だから「個性がない」と言われるのだ、ってこれじゃ堂々巡りだな。
 でも岡田さんから見て若い人たちがみんな既成概念の範疇内でしか行動できないようにしか見えないのは仕方ないのではなかろうか。大抵の人間は変化とか進歩を嫌い、単調で平凡な日常と安定を求めるものだからである。
 第一、大人が本気で個性ある人間を求めてたことが今までに一度でもあったか。そう言って若者をおだてておいて、出て来た杭は打つ、それが大人のやり口ではなかったか(某CMみたいね)。
 だから私は社会的には常に平凡を目指しているのである。でないとウラで好きなことできないものな。

 夜になって、女房起きてきて、AIQで知り合ったロデムさんに電話、公演時の照明の手伝いを依頼する。どうやら快諾していただけたようでありがたい。そのあと福岡シンフォニック合唱団のUさんにも同様の依頼電話、こちらも快諾。どうやら男手は足りてきたようである。
 Uさんに『独立少年合唱団』の話をしたら興味を示されたよう。忙しいので見に行けるかどうかは分らないということだったが、マジメを絵に描いたようなUさんがアレを見てどんな反応を示すかと思うとちょっとワクワクしてしまう。いけないオトナだなあ。

 深夜まで、三谷幸喜とビリー・ワイルダーの対談が放送されるので起きていたが睡魔には勝てず、ビデオをし掛けて寝る。でもそうするとなかなか見ないんだよな。こうしてまた一本テープがたまっていくのだ。

 はい、これで今日は打ち止め。


2001年01月16日(火) 雪の白樺並木、夕日が映える/『風の歌うたい』(吉田秋生)

 積雪30僉∋各擦倭瓦禿犒襦■複辧▲丱垢箸發防堋漫△気△匹Δ靴茲Α⊃場に行く手段がないぞ♪っと。
 と言っても今日はサボるにサボれぬ仕事があるし(いや、仕事はいつでもサボっちゃダメだってば)、とりあえずタクシーには乗ったものの、道路は大渋滞、どうにも身動きできやせぬ。
 仕方なく、タクシーを降り、歩いて行く。どうせ上司も、雪だし遅刻はしゃあないな、と腹を括っていることであろう。そう開き直って山道を行くと、状況が客観的に見えて実に面白い。
 大体、昨日の今日だと言うのに自動車乗りは馬鹿ばかりである。タイヤにチェーンも巻かず、ツンツルテンのタイヤで山道を登ろうとし、溝に落ちるわ他の車に追突するわ、坂道を何台もの車が前進しながらずり落ちて行く様子などただのギャグである。中にはチェーンをつけたはいいものの、不慣れなため却ってタイヤに絡まって身動きできなくなってるやつもいる。
 タクシーの運ちゃんは「雪が降ることって少ないからチェーンなんかみんな持ってないですよ」と言い訳していたが、だから馬鹿なのである。昨年の17年ぶりという大雪を忘れたのかね。結局、喉元過ぎればなんとやらで、ダサいチェーンなんぞ巻きたくないと考えてケチったツケが来ているだけなのだ。
 で、みんな困ってるのに決して助け合おうとしないのな。滑って先に進めないのに、車を降りて後ろから押してやろうともしない。お互いに相手の方が阿呆だと思ってるから優しい気持ちも起こらんのだろう。もちろん、私も見捨ててさっさと通り過ぎる。世間ってホントにスバラシイ。
 結局、職場には二時間遅刻。モチロンお咎めなし。散歩もできたし、そう悪い日でもなかったかな。

 帰りも山道で苦労したくないので、早退。山を越えると福岡市内はもう雪が溶けかかっている。昨日作った玄関前のミニ雪だるまももう見えない。儚いなあ。
 せめて三日雪が続けば、世間の自動車人も観念して自分の足に頼ろうって気になるかもしれないのに。そうすりゃ少しは空気もきれいになるだろうよ。

 マンガ、吉田秋生『風の歌うたい』、コンビニで売ってる雑誌形式の例のシリーズの一冊。しまった、文庫で持ってた『きつねのよめいり』と中身同じだった。
 吉田秋生は大友克洋の絵の影響を受けて線が均質化する以前の、昭和55年ごろが一番好きだった。だから『バナナフィッシュ』も『ヤシャ』も私は今イチはまれないのである。


2001年01月15日(月) 雪は降る、貴女は来ない/『ウルトラマン対仮面ライダー』(池田憲章・高橋信之)

 うひゃひゃ、雪だ雪だ雪だ。
 日本海側は全国的に概ね雪、福岡市内では5僉∋慨嵒瑤任10僂寮兩磴世修Δ福A襪粒阿ら表を見ると、いつも渋滞の道路が閑散としている。スリップ事故が多発しているのはお気の毒としか言いようがないが、自動車に頼りきっている現代人が、少しは自分の無力さに気づく機会にはなるだろう。
 てなこと言って余裕かましてる場合ではないのだ。私の職場は山の向こうの更に向こうの山の中にあるので、この雪では自転車で行くのは不可能。慌ててタクシー会社に電話するが、どこも話し中で繋がらない。外に出てようやくタクシーを拾うが、当然スピードは出せずノロノロ運転。職場に着いたのが始業時刻から15分後、堂々たる遅刻だ。
 でも私以上に遅刻してる同僚がいてホッとひと息。「この雪じゃ仕方ないです」とお咎めもなし。チッ、こんなことならもっとゆっくり来てもよかったぜ……ってぐーたらしてるんじゃねえよ。

 仕事の合間に池田憲章・高橋信之編『ウルトラマン対仮面ライダー』読む。編者が「そんじょそこらの研究本とはワケが違う」と自負してるワリには中身はウスい。「ウルトラマンを初めて見たとき、こんなヒーローってあるのか?」と驚いたと言っているが、時代の一証言としての価値はあるとしても、絶対的な価値判断とは言えない。

 帰宅すると女房がやたらと「気分が悪い」とうるさい。暖房つけてるのに寒気がしてたまらないそうだが、そりゃあ「下半身裸」でいれば、いくら部屋を暖かくしてたって無意味だろう(-_-;)。隙間風は下から来るしな。
 何度注意しても絶対に下を履こうとしないで、いつも腹を壊し、体調を崩しているので、私もいい加減こういう馬鹿には付き合っちゃいられない。無視していると、スネて私に摺り寄り、ウルウル涙目で芝居がかった声で言うのである。
 「ああ、あの優しい貴方はどこへ行ったの?」
 ……もとからいねーよ。だからパジャマかジャージぐらい履けって。
 メンバーの前など、公共の場では、私に対してツンツンして因循姑息、乱暴狼藉の限りを尽くしている女房であるが、家の中だとこんなものである。外面に騙されないように。
 当然女房は飯も作ってないので、私一人で買い物をし、うどんを作ってやる。肉も卵もモヤシも入れてやったから栄養はたっぷり。これで私のことを「優しくない」なんてゴタクを並べてやがるのだから、いかにウチの女房がクサンティッペであるかは明白である。

 テレビのニュースは、どのチャンネルも鳥取の新生児略取事件の犯人逮捕の報道。ともかく赤ちゃん無事でよかったよかった。
 当初から動機は「子供欲しさの犯行」と囁かれてはいたが、更に男がらみとは定番過ぎて拍子抜けである。しかも犯人が超ド○ス。こりゃ、女性週刊誌の格好の餌食だわ(^_^;)。
 こういう情動的な犯罪やキレた犯罪はニュースになるが、ミステリーにあるような、計画的かつ知的な犯罪はニュースにならない。理由は簡単で、理知的な犯人はまさしく何の痕跡すら残さぬ完全犯罪を成し遂げているからである。
 マスコミも余り馬鹿にばかり関わってんじゃないよ。見逃してる事件、いくらでもあるだろ。

 読書補遺。
 豊田有恒『日本SFアニメ創世記 虫プロ、そしてTBS漫画ルーム』、山本暎一の『虫プロ興亡記 安仁明太の青春』と併せて読めば、まさしく昭和30〜40年代のテレビアニメ創世記の喧騒と混乱が見えてくる一冊。星新一・柴野拓美・平井和正・広瀬正・筒井康隆・小松左京・眉村卓・光瀬龍と、綺羅星のごとく登場してくるSF作家たちの名前に圧倒される。自分がつくづく幸せな時代に生まれ育ったのだなあ、という感慨と同時に、物故作家も多いことに思わず吐息。
 『鉄腕アトム・イルカ文明の巻』でアニメ史上空前の42%の視聴率を取ったことについて、手塚治虫が「どうして俺の脚本より豊田の脚本の方がヒットしたんだ」とぼやいていた話などはいかにも一番病の手塚さんらしくて可笑しい。『宇宙少年ソラン』盗作騒動や『宇宙戦艦ヤマト』設定変更の紆余曲折など、新たに知った事実も多い。
 ……今気づいたが、今度のウチの芝居、豊田さんの『タイムスリップ大戦争』にもインスパイアされてるな。刷り込まれたSFマインドは思わぬところで発現するものである。
 『バトル・ロワイアル THE MOVIE 完全攻略ガイドブック』、MOOKとして、なかなか上質の出来。写真やスタッフ資料が豊富なだけでなく、シナリオ(採録台本)も収め、また、識者のコメントも的確。
 特に小峯隆生氏が、「バトルで最強な武器は銃ではなく手斧」と指摘しているのに思わず首肯。本来オタクたるもの、この映画が青少年に有害かどうかという話題より、こういうディティールに拘った話題を展開させることの方に意義を見出すべきものなのである。うーん、やっぱり生き残るべきは光子だったんだよなあ。


2001年01月14日(日) 雪の断章/アニメ『ポール・グリモー短編集〜ターニングテーブル〜』

 今日は外は雪。多分市内では初雪。女房とよしひと嬢は寒い中を練習に出かけたが、私は部屋の中でぬくぬくと過ごす。
 午前中は殆どパソコンの前で日記を書いたり、サイトを覗いたり。

 DVD『ポール・グリモー短編集〜ターニングテーブル〜』見る。グリモーのアニメに接するのは『王と鳥』が初めてだと思っていたが、この『ターニングテーブル』、以前広島アニメーションフェスティバルで見ていた。多分、グリモーの追悼特集だったのだろう。
 初期作品や短編であるせいか、『王と鳥』ほどの先鋭さはないが、グリモーがディズニーとは全く対極の暗いペシミズムに満ちた作品を作りつづけていたことは分る。改作前の『やぶにらみの暴君』も一部が紹介されていて、声を当てているのはアヌーク・エーメ! 本人もまた、つなぎのシーンで幻のごとく登場する。しかも背景には『やぶにらみの暴君』の日本版ポスターが!
 グリモー監督自身が実写の世界からアニメの世界へと消えていくラストも切ない。そのうちこの作品の感想も広場にUPしよう。

 女房とよしひと嬢、帰ってきたのが11時。おい、14時間も経ってるぞ(・・;)。塩浦嬢が参加できるのが3時からだったので、パピオの1階でずっと練習していたのだそうな。二人とも泥のように疲れきっていたがそりゃそうだ。

 私「練習はうまくいったのか?」
 女房「……よしひと姉さまに聞いて……」
 私「藤田君はどうだった?」
 よ嬢「……ノーコメントです……」
 ……いったい何やったんだ藤田。

 二人ともお腹をすかしていたので、スパゲティを作ってあげる。口に合うかどうか自信がなかったが、美味しいと言ってもらえてほっと胸をなでおろす。

 BSで映画『十三番目の人格 ISOLA』。劇中劇の『雨月物語』の方が面白い。
 CSで『SNL』、アンディ・カウフマンが太鼓のパフォーマンス。タモリ風のハナモゲラで歌う芸はやはり絶品。 

 読書補遺。
 正月からこっち、つい書き忘れていた本についてまとめて書く。

 マンガ、西岸良平『三丁目の夕日』、お年玉スペシャルということで、昭和30年代の学習雑誌の付録、双六と福笑いが付いているので買ってしまった(^_^;)。
 基本的に同時代に描かれない風俗ものは小説だろうがマンガだろうがノスタルジック過ぎて好きになれない。『るろうに剣心』みたいに時代考証デタラメな猿マンガになるからだ。30年代なんて埃っぽいだけだがな。

 『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版』6巻、初収録は『絶滅の島』別バージョン。アニメ化されたのはこちらの方だったのか。

 小花美穂『パートナー』3巻(完結)、『こどものおもちゃ』一作で終わるかと思ったら、意外としぶとく生き残っているな。でも絵も構図もキャラクター設計もストーリー構成もありきたりで決してうまいとは言えない。『こどちゃ』の初期は結構少女マンガのタブーに挑戦するかのような意気が感じられてよかったのになあ。

 佐々木淳子『那由他』1巻、昔、彼女にこのマンガを勧められて、絵も構図もキャラクター設計もストーリー構成もありきたりで決してうまいとは言えない(同じやん)とケチョンケチョンにけなし、別れる原因になったことを思い出した。今見返すと、まあまあ面白いやん、と思うようになったが、昔は若かったので仕方ない(当たり前だ)。すべからく、モテようと思ったら女の子の好きなものを貶さないことである。

 藤原カムイ『H2OImage』3巻(完結)、ラストが『エヴァ』だ。って、こっちの方が描かれたのは早いんだが。それにしても巨大な母の胸に抱かれたいというイメージって、そんなに魅力的なのか? 母親というのは安らぎの場所でもあろうが、同時に牢獄でもあると思うんだがな。

 衣谷遊『AMON デビルマン黙示録』2巻、なんでアモンが最初っから不動明の性格してるんだ。『デビルマン』の下手な続編やインサイドストーリーはオリジナルを貶めかねないからやめた方がいいんだがなあ。

 永井豪『凄ノ王』5、6巻(完結)、少年マガジン連載時より、更に百ページ以上を加筆。でも収拾がつかなくなっただけ。永井豪のファンがスゥッと離れて行ったのがこの作品からだったよなあ。実際、線が固くなり、女の子の絵に魅力がなくなってきたのだ。いま吉川英治の『神州天馬峡』を漫画化してるが、絵の方は見るも無残である。

 泉麻人『気になる物件』、まあ要するに『VOW』あたりで取り上げてた変な建造物の解説集だったりする。この手のパイオニアは赤瀬川原平さんで、『超芸術トマソン』は本当に笑わせられたが、泉さんには残念ながら赤瀬川さんほどのフザケた洞察力はないので今イチ面白くない。
 福岡の物件も紹介されていて、「大橋の『巨泉』というスナック」……だから面白くないってば。
 「路上観察学会」は今どうなってるのかな。


2001年01月13日(土) 正月の半ばに/『天才伝説 横山やすし』(小林信彦)

 特に記念日ではないが、書きたいことがドカンとあるので書く。うざったいと思う方もおろうが、自分とこのHPで遠慮したって仕方がない。うっかり読んで疲れた人は野良犬に噛まれたとでも思って諦めて下さい。

 やっと体調も安定。
 と言っても夜中に何度も目覚めてしまうのは昨日と変わらないのだが、原因が病気のせいではなく、隣で寝ている女房のイビキやエルボードロップのせいであるので、これはまあ仕方のないことであろう。
 おかげで二度寝三度寝をした末、朝4時にはもう眼が冴え冴えとしてしまった。仕方なくパソコンに向かい、昨日の日記などをつけたあと、あちこちのサイトを覗く。
 唐沢俊一さんが11日付けの日記で「笑いと差別」について論じている。「笑い」が必然的に差別性を内包していること、「差別はよくない」式のタテマエと「差別ってどうしてもしちゃうよな」というホンネとは実はどちらも人間社会では不可欠なものだということ、大まかに言えば、その二点についてコンパクトにまとめている。
 でも実際にはこのホンネ派とタテマエ派との間には、男と女の間以上に、暗くて深い川があるのである。ホンネ派が「差別はなくならない」と言えばタテマエ派が「貴様は差別を容認するのか!」と激昂するし、タテマエ派が「差別はなくせる」と言えばホンネ派が「そりゃ妄想だよ」と揶揄する。両者ともに、どうしても中庸に立てないのだ。
 したがって唐沢さんがどんなにその中庸を説いたところで、両者には馬耳東風にしかならないことは解りきっている。特にタテマエ派にとって、「差別撲滅」は自己のアイデンティティと深く関わっている場合が多いので、自説を絶対に曲げようとはしない。それを変にいじくって崩壊させてしまうと、パニックに陥ってしまいかねないのである。
 実は私の職場には、このタテマエ派の方々がゴマンといらっしゃるので、どちらかと言うとホンネ派の私は発言には常に注意しておかねばならないのだ。全員を敵に回して言葉で勝つ自信はあるが、あとで逆恨みされて村八分、つまり差別反対派から差別・迫害されまくるのは解りきっているので(^_^;)、できるだけ沈黙を守るようにしている。
 卑怯なやつだと思う方もあろうが、バカには勝てんのである。

 女房、7時になってようやく起きてくる。寝たのが夕べ10時ごろだから、まるまる9時間寝通し。人の体に青痣こさえといて、いい気なものである。

 朝7時、CSで『怪談おとし穴』を録画しながら見る。中身は現代版四谷怪談なのだが、主演が私の大のご贔屓、故・成田三樹夫。後年、TV『探偵物語』で「工藤ちゃ〜ん」の名ゼリフでコミカルな演技もこなしていたが、もともと徹底的に冷徹な悪役が似合う人だったのだ。TV『江戸を斬る 梓右近隠密帳』の由井正雪と映画『伊賀忍法帖』の果心居士の二つが私のフェイバリット・ミキオである。

 映画を見ながら友人にメールを書いていると、隣室にいた女房が、突然、「お願い、助けてぇぇぇ」と、気の抜けた声で私を呼ぶ。何事かと思って覗いて見ると、女房はDVDを見ながら、自分のHP用の『花嫁はエイリアン』のデータ作成をしている。映画の中に、過去の名作のシーンがいくつか挿入されているのだが、それらが何か解らず、嘆いていたのだ。
 「ねえ、これ何の映画か解る?」
 「ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンのキスシーンだな」
 「だから何?」
 「『カサブランカ』」
 「あ、ありがとう! 他のは?」
 「……なあ、おい」
 「何?」
 「エンドクレジット見りゃ、引用された映画全部わかるんじゃないか?」
 「……おお!」
 まあ、間抜けなやつだと知っちゃあいたが。でも『カサブランカ』くらいは分らないと演劇人としてちと恥ずかしいと思うがな。ちなみにあとの引用作品は『オペラハット』『泥棒成金』他でありました。

 女房、あれだけ寝ていながら、「眠い眠い」を連発して練習に出かける。
 朝食はカレースパゲティ。自宅で作るスパゲティは、ソフト麺に限る、が持論である。適度な固さに湯がくのが難しい棒麺に比べ、ソフト麺は少しくらい炒めるときに焦がしても、却って香ばしいくらいで、男の手料理には持ってこいだからである。麺は予め少量の焼肉のタレで炒めて下味をつけているので、インスタントのわりには味に深みが出て美味しい。
 あとでこの日記を女房が読んだら、「一人で美味いもの食いやがって」と怒るかもしれないが、自分だって外で美味いもの食うこともあるんだろうから、おあいこである。
 
 風呂に入り、昨日買ったばかりの歯ブラシで歯を磨く。毛先が山型、しかも柄が湾曲しているので歯にフィットして使い易い。この「柄を曲げる」ってアイデアだけでも特許を取ってるんだろうな。単純なことだが、最初に思いついたやつはやはりサスガとしか言いようがない。

 午前11時、郵便局を回り、博多駅の紀伊國屋へ。目的は夏目房之介『これから』だったが、つい他の本も物色。まあ、いつものことだけど。
 つい目が止まって、うっかり買ってしまったのが小林信彦『天才伝説 横山やすし』(文庫)である。ああ、単行本が出たとき、「どうせ文庫になるだろうな、で、マニアックな小林信彦のことだから後日判明したいろんな事柄を加筆したりするんだろうな、今買うと損するぞ」と思いつつ結局買っていたのに。案の定、加筆があり、森卓也の解説まで付いているのだ。こうして私は無駄に金を本屋に落としていく。ううう(T_T)。

 買いこんだ本を持って、早速マクドナルドでファンタを飲みながらまずは『天才伝説』を一読。
 以前単行本で読んだときにも思ったのだが、小林氏の「自分の見聞したことに基づいてしか書かない」という姿勢は、一見良心的だが、客観性を欠く場合も生じるという欠点を併せ持つ。東京人である小林氏には関西の芸人について書くことはもともと不慣れで、本当は本人もやりたくなかったのではないかと推察する。小林氏の『唐獅子株式会社』が横山やすし主演で映画化された関わりがなかったら、多分、小林氏の書く日本の喜劇史の中に「やすきよ」が登場することすらなかったのではないか。
 小林氏はまだしも、一般の東京人は関西芸人について驚くほど知らない。テレビ放送がないから仕方がないのだが、博多に住み、関東関西どちらの番組も平行して見ながら育ってきた私にしてみれば、東京人の無知ぶりは「それで『笑い』について語れるつもりか」と憤りたくなるほどだったのである。関東関西、どちらの笑いが上か、などという不毛な争いをしたくはないが、まずその存在を知らないことには話にならない。
 私が大学にいた頃、東京人で、松竹新喜劇、吉本新喜劇の存在を知らなかった人が殆どだった。
 漫才についてもそれは然りで、あの80年代の『花王名人劇場』を中心とした狂乱の漫才ブームが、例えば福岡ではそれ以前からのずっと「地続き」のものだと認識されていたのに対して、東京ではほぼ突発的かつ衝撃的に迎えられていたように思う。
 別に「やすきよ」は「漫才ブーム」で出て来た人ではないし、確かに「花王」で漫才のトリをよく務めてはいたが、関西漫才師のベスト、と地元の誰もに認められていたわけでもない。東京人がその辺を錯覚するのは、結局、「それ以前」を知らないからだろう。
 『天才伝説』の中にこんな笑える一節がある。
 1974年、大阪にいた小林氏が知人に誘われる。
  「『さ、ハザマ・カンペイを観に行きましょう』
   『ハザマ・カンペイって何ですか?』」
 小林氏にすれば、正直に自分の経験を語っただけだろうが、「1963年から大阪の芸能を見ている」わりにこの程度の認識だ。
 後年、吉本新喜劇が東京に進出し、間寛平の独特のボケぶりもようやく東京で知られるようになったが、彼の旬が20年前に終わっていることは関西以西ではとっくに分っていることだ。東京人は「カンペーちゃん」の残りカスを見て喜んでいるのである。
 いや、70年代当時ですら、間寛平は「カカ、カンニンナ、カンニンナ」などの一発芸で受けてはいたが、芸人としての評価は必ずしも高くなかった。吉本で言えば先輩だから当たり前なのだが、岡八郎・花紀京の芸の深みに敵うものはなかった。相方との絶妙の呼吸でこずるい悪党を演じたときの花紀京は、ルーティーンに見せつつ着実に観客の笑いをコントロールしていた。
 逆に間寛平はその全盛時ですら、舞台上でつい「素に戻って」笑いの間を外すことも多かった。彼の不幸はそんな場合も客にはウケていたことだ。他の吉本のメンバーに比べ、寛平が東京進出に出遅れたのは、芸ナシの自分をどう売るか模索していたからに他ならない。
 『天才伝説』の加筆の中で、小林氏が上岡龍太郎の「やすきよが漫才史の上で過大評価されている」という言を引き、「東京の人間にはなかなか漫才の歴史が掴めない」と書いているのも正直ではある。実際、あの漫才ブームの中で本当に実力があったのは、東京ではセント・ルイスとビートたけしだったろうが、関西では恐らく中田カウス・ボタンとオール阪神・巨人である。
 ただ、カウス・ボタンの芸は実にテレビの電波に乗りにくい。ビートたけしの毒舌は「批評」であるが、カウスの芸は詐欺師・犯罪者を体現して見せるので、「こいつ、ほんまやっとるんちゃうか」と一瞬錯覚してしまうのである。「やすきよ」よりやや後輩ということもあったのだろうが、評価の高さに比べ、テレビの露出度は少なかった。
 花紀京やカウスの芸を見ている人間にとってはビートたけしの悪党ぶりもそれほどショッキングではない。私がビートたけしに驚嘆したのはその毒舌に対してではなく、相方を無視し間を外しても「狂気」でそれを補い漫才を成立させている点にあったのだ。
 『天才伝説』、解説の森卓也氏は名古屋人、小林氏よりは関西芸能に詳しい。まるで小林氏の無知の間隙を埋めるかのようにエピソードを語っていくあたりも面白いが、要はその批評のし方だ。
 「全盛期の時、きよしは、もっちゃりした個性を生かし、全速で飛ばすやすしと観客の間をつなぐ役廻りをしていた」
 この「もっちゃり」という表現が小林氏にはできない。森氏は、これらのエピソードをいくら紹介しても「全て小林信彦に収斂される」と謙遜しているが、だったら最初から書かねばよいので、これはヨイショである(^_^;)。全く、食えないジイさんであることだ。

 エドワード・ゴーリー『ギャシュリークラムのちびっ子たち』読む。
 内容は現代版マザー・グース『10人の小さな黒ん坊』と言えばいいだろうか、ただ淡々とアルファベットにのせて子供たちが次々と死んでいく。当然その数26人(^o^)、しかもそれだけでオチはない。いやあ、あっさりしてて小気味いいなあ。ゴーリーの絵本、『うろんな客』『優雅に叱責する自転車』と三冊しか邦訳されてないのがもどかしい。もっと読みたいぞ!
 でもこの本、置いてあったのがしっかり子供用の絵本コーナー。おいおい、いいのか紀伊國屋。

 帰宅して便所掃除すると、もう4時。女房に電話をして5時半に待ち合わせして映画を見ることにする。
 それまでにたまっていたビデオを少しは消化してみようと、先週から始まっているNHK教育ドラマ愛の詩シリーズの『幻のペンフレンド2001』第一回を見る。
 ビデオテープが残っていないために、往年の少年ドラマシリーズは全て名作であるかのように思われているが、リアルタイムで見ていた私にすれば、本当に名作と言えるのはせいぜい数本である。
 大体、ドシロウト同然の新人中高生を使ってドラマ作りしてるのだ。そうそう傑作揃いになるはずはない。特撮のチープさは、当時においてすら何考えてんだNHKと言いたくなるくらいで、例えば合成は必ずと言っていいくらい「ズレ」ていた。
 それでも私が欠かさず見ていたのは、かわいい女の子が出ていたからである(おいおい)。まあクラスに一人くらいはいるちょっと美少女ってレベルなんだけどさ、それが却って身近で、思春期の私はドキドキものだったのだ。
 今回の谷口紗耶香と加藤夏希の両ヒロインも若かりし頃なら燃えていたであろうかわいらしさである。さあ、果たして全12回録画しきれるか。

 聞けば、NHK少年ドラマシリーズ、好事家の間に残されていたものがDVD化されるとか。
 第一弾はなんとあの『タイムトラベラー』最終回! 後に原田知世、南野陽子、内田有紀、中川奈奈とヒロインを代えて映像化され続けた筒井康隆『時をかける少女』の初映像化作品である。30代後半から40代にかけての世代にとっては主人公の芳山和子といえば島田淳子(浅野真弓)であり、たとえ『ウルトラマン80』で眼の下にクマ作って現れようが、グラビアでヌードになろうが、永遠のヒロインなのである。
 このほかにもこのシリーズは、池上季美子、上原ゆかり、伊豆田依子、斎藤とも子、杉田かおる、紺野美沙子、古手川祐子と、数多くの美少女を輩出してきた。その全てが見られぬとしても、一部だけでもこの21世紀に復活するとは、なんと幸福なことであろうか。

 そうこうしているうちに待ち合わせの時間。慌ててバスに乗り込むが、ズボンをうっかりはき忘れてしまい、慌ててタクシーで引き返す。おかげで時間に15分遅れてしまった。理由を話したら女房に「パンツいっちょだったの?」と聞かれる。んなわけあるか。ジャージだよ。

 新しくできたお好み焼き屋でヤキソバを食べたあと、シネリーブルで『独立少年合唱団』を見る。ベルリン映画際で新人賞、と聞いていたので、相当感動的な話なのか、と思っていたら、これがヤオイ一歩手前の大怪作。
 「ボクがキミでもいいじゃないか。キミはボク、ボクはキミだよ」
 ……よかないわい。
 予告編の段階で女房は「ヤオイの話だねえ」と言っていて、私は「そんな馬鹿なことがあるか」と一笑に伏していたのだが、まさか女房の直観が当たるとは(-_-;)。さすがのよしひと嬢も「趣味に合わない」と言っていたが、男の私はひたすら気持ちが悪いだけだった。

 帰宅して『キカイダー』最終回と『幻のペンフレンド』第二回を見る。
 今回のシリーズ、何か物足りないな、と思っていたら、ロボットは出てきても、下っ端の戦闘員が全く登場しなかったのだ。まあ「ダーク、ダーク」と叫びながら迫ってくるのもアニメじゃやりにくかろうが、おかげでダーク基地の巨大感がちっとも出ていないのであった。残念。
 『幻ペン』、主人公の兄貴が「レトロ趣味」というのがおじさん世代と若者をつなぐ設定として秀逸。脚本は寺山修司の天井桟敷にいた人だとか。これから結構面白い展開を見せてくれそうで楽しみである。


2001年01月12日(金) 一陽来復

 唐沢俊一さんの「一行知識掲示板」を覗いてみると、「人間は『蜘蛛』のようなカサカサ系と『蛇』のようなヌメヌメ系を嫌う人間の二種類に分けられる」と書き込みがある。なんでも手塚治虫先生のお言葉とか。可哀相に手塚先生は新婚旅行で浴場に蜘蛛がいたために、奥さんと一緒にお風呂に入れなかったそうである。
 ウチの劇団のよしひと嬢などは典型的な蜘蛛嫌い&爬虫類好き型だろうが、翻って私はどうか。小さな蜘蛛は平気だが、大きな蜘蛛はダメである。子供の頃、朝便所に入ると壁にタカアシグモがべたっと張りついてるのを見て硬直し、学校に遅刻しかけたことも多々ある。
 蛇はと言うと、動物園のガラスケースに入ってる分には平気。でも山道歩いてて道を蛇に横切られた日には、それが毒蛇であろうがなかろうが立往生。泉鏡花『高野聖』には蛇がドサッと頭上に落ちてくるシーンがあって未だに読み返せない。「川口浩探検隊」シリーズもその手のシーンが多くて実はあまり見てないのだ。
 つまりどっちもダメなのかというと、私は「虫の腹嫌い」なのである。表を見てる分には、蜘蛛だろうが蛇だろうが、ゴキブリでもカメムシでも平気なんだけど、ひとたびそいつが腹を見せ、あまつさえ私の手の甲あたりを這ったりして、と想像すると……ああ、もうダメだ。
 私がゴキブリをつぶせるのは表を向いているから。殺虫剤で殺すのがイヤなのは、もがき苦しんで腹見せるからである。
 だから女房が「ゴキブリ出た! 早く殺して!」なんて悲鳴あげてたりすると、つくづく、女はいいなあ、男に甘えられて、と思うのである。たまには自分で殺せよ。

 ようやく体調元に戻る。仕事も全てシメキリ瀬戸際でUP。何だか努力してるなあ、俺。でも自分で自分を誉めるような見苦しいマネはしない(^o^)。
 近く「人権」についての講演の仕事があるので(ホントに私は何の仕事をしているのでしょうね)資料を読むが、これがタテマエだらけの「僭称語は使うな」式の「臭いものにはフタ」的発想で塗り固められたものばかり。笑えるのはそんな資料を提供しておきながら「臭いものにフタではいけない」と誰もが堂々と主張していることである。矛盾に気づかんのか(^_^;)。

 帰宅後、女房とスーパーで休日用の食料を買いこむ。外はそろそろ雪も降りそうな、流石の私もそろそろコートを着るかなあと肌寒さを感じるほどであった。冬だなあ(今更)。


2001年01月11日(木) 一週間が長いなあ/映画『ノース 小さな旅人』

 このところの体調不良、風邪かとも思っていたが、どうも体のバランスそのものが狂っているらしい。自律神経失調症ってやつか? ともかく充分に睡眠がとれない。寝ちゃ起き寝ちゃ起きを繰り返してりゃ、体バランスも狂うわな。
 今日はついに腹に来た。自分でも限界だと分ったので早退しようとしたが、急な仕事を入れられて断念。やはり体調を崩して休んだ同僚の後始末である。いや、私も無理して仕事してるんスけど、という言い訳は成りたたない。夕方にはもう頭がパァになっていて、何もおかしくないのに顔がニヤニヤしてくる。あぶねーぞ、オレ。

 帰宅して、風呂と便所と寝床を往来して過ごす。
 具合が悪いときこそ、女房に甘えたくなるところだが、ウチの女房はいわゆる「内助の功」なんて言葉とは全く無縁の存在である。薬を買って来てくれと頼んでも「正露丸飲めば?」の一言。正露丸が頭痛に効くか。どうせ飯も作っちゃくれまいと自分でチャンコ鍋を作っていたら、器に移す時に眩暈がして、右手に熱湯を浴びてしまった。すぐに冷やしたので大したことはなかったが、手の甲全体がヒリヒリ痛い。弱り目に祟り目たぁよく言ったもんだ。

 CSで『ノース 小さな旅人』見る。親にほったらかされた子供が理想の親探しをするという筋だけは知っていて、要するに『青い鳥』パターンの「幸せは身近に」ってやつだろうとタカを括っていた。それがどうしてどうして、民族・人種差別ギャグのオンパレードである。テキサス男は大メシぐらいのノータリン野郎だし、ハワイアンは拝金主義者だし、エスキモーは姥捨て民族だし、フランス人はジェリー・ルイスの喜劇しか見ないバカだし、中国人は全員弁髪だし、アーミシュは……。笑う以前に呆れた。よく上映できたな、こんなもん。でも女房はダン・エイクロイドが出てりゃ満足なのであった(^_^;)。

 ひと寝入りして持ち帰った書類仕事をこなす。仕事をウチに持ちこんだのは数年ぶりだが、職場では眩暈がしてミスしそうだったので窮余の策である。ああ、休日までまだあと一日仕事があるのか。どうせ明日もいきなりの仕事があるのだろうな。

 ああ、それからハナの女子大生さんへ。キカイダーの原作マンガでは、アレはツンツルテンでした。同じ原作者による『サイボーグ009』や『仮面ライダー』ははただの改造人間なのでバッチリです(何がや)。
 しかしホントにシモの話が好きだねえ。


2001年01月10日(水) 史上最悪の日/アニメ『プロジェクトA子』

 何を大げさな。
 でも、実際にコンディションは最悪で、夕べ寝つけずに何度も風呂と布団を行ったり来たりしたのも原因だろうが、1時間寝ては眼が覚めてを繰り返し、CD『ちんちろまい』を聞きながら、「小松政夫の歌はやっぱりいいなあ」と思いながらウトウト、でも寝つけずにDVD『チャーリー』を吹替えで見て、「山寺宏一は天才だ!」と叫んでウトウト、しかしやはり寝つけずに、朝になってみると、頭痛はひどいは、屁は止まらないは、悪寒はするは、鼻血は出るは、顔はむくんで青黒いし、目はまともに開かず、本を呼んでもパソコンに向かっても眩暈がして焦点が合わないは、自分でもよくこれで仕事に行けたものだと感心、年の初めで仕事が重なってなけりゃあ、絶対休んでるぜ(ここまで一文。誰の文体模写か分るかな?)。
 でも、こういう役立たずが無理して仕事に行ったところで、周囲の足を引っ張るばかりである。案の定、ミスが続出。書類を何度も書き直すが、そのたびにまたミスが増える。余裕がある時はここで落ちこみ、自分の無能を呪い、便所の穴に首突っ込んでガス自殺したくなるものだが(今時汲み取り式の便所なんてそうそうあるかい)、そんなヒマもない。ともかく仕事をこなしていかねば、おっつかないのである。
 本当は今日は、月に一度の通院の日であったが、それも延期。しかし仮に行ったところで、検査結果は最悪であったろう。これ以上クスリが増えるのはご免である。今のところ医者に行く時間もとれないので、これはもう、本気で何とかせねばまた再入院である。いかに仕事を効率的にサボるかというのは、職場にとっては迷惑この上なかろうが、私にとっては死活問題なので諒とせられたい(誰がするんだ)。

 帰宅してそのままぶっ倒れる。4時間ほど寝て、起き出してみると、頭痛は継続中だが、少しはマシになっている。CSファミリー劇場で懐かしのアニメ『プロジェクトA子』をやっている。これ、宮崎駿から「セーラー服の女の子がメカ戦やるようなアニメばかりやってちゃダメだ」と酷評されたせいで評価が低いが、実はコメディとして脚本が結構キッチリ作られてる。A子の正体が○○と見せかけて実は○○というオチもニクイ。長江健二や向井亜紀が声優出演してるのはご愛嬌だが、新人時代の林原めぐみがチョイ役出演してるのも実はポイント高し。
 ……って具合が悪いならアニメ見てねーで寝てろってば(-_-;)。


2001年01月09日(火) 仕事初め

 そうなんスよ、今日が実は仕事初めなんスよ……って、いきなりなんでこうドカドカと仕事が来るんだ。私は他の同僚より比較的仕事が少ない方ではあるが、それにしたって量があまりに多い。原因は上の連中の計画性のなさにあるんだが、それを反省してる気配すらないのが致命的だな。
 もともとウチの職場は、愚痴を垂れまくる人間が多いんだが、今日もあちこちで朝から晩までヒステリックに喚いたり、ブツブツ言ってる連中が目白押しである。こういう環境をなんとかしなきゃと誰もカケラも思ってないところが既に正常な感覚を見失っている、と考えてんのは、逆にそれだけこちらのほうが周囲からは異常だと思われてるってことなんだろうな。やれやれ。
 ともかくも黙々と仕事。でも到底勤務時間内に終えられる仕事量ではない。なんかもう、シメキリ過ぎたってかまうものかという感覚で仕事してるぞ、いいのかよう。

 帰宅して風呂に入ると落ちる。ハッとして目覚めるがまた落ちる。あ、マジで疲れてるぞ。大丈夫か?
 それでも活字中毒の私は『キネ旬』や『トンデモ世紀末2000』を再読したりするのであった。


2001年01月08日(月) 成人の日スペ……じゃないよ

 エノカナもうハタチかあ。……って別にファンでもなんでもないけど。ウチのメンバーでは其ノ他君が、もう何年も前からハタチだったが、このほどやっとハタチになった(意味わかんないヒトのために、前者の「ハタチ」は「自称」ね。世間はともかく、ウチのメンバーの中でも、ちょっと婉曲表現したり、考えオチを書いたりすると、「わかんない」という反応が来るので、いちいち注を付けとかないといかんのだ。……面倒臭えなあ)。

 自分のハタチのころを思い返すと、ひたすらバカだったとしか言いようがない。その頃のアルバムが残っていて、いちいち写真にコメントをつけているのがもう、青春真っ盛りという感じでバカ丸出しなんだが、これがメンバーの女性陣の間で妙に受けている。しかし男性陣は痛いところを突かれるのか、笑うに笑えないヒトが多いようだ。
 しかし、役者たるもの、過去の恥もまた自分の芸のコヤシと考えねばならない。どうもウチの男性陣はプライドだのポリシーだの、愚にもつかん自分を守ろうという意識の方が強くて、芝居は基本的に恥を人目に晒すものだという自覚ができていないようだ。
 いっそのこと次の芝居、うちの男ども全員で『フル・モンティ』やったらどうかという気もしてくるが、上演禁止になりかねんのでそれはできない。でも、その覚悟ができてこその演劇である。
 私が脚本までは書いても演出面で口を出さないようにしてるのは、学校のクラブ活動の延長みたいなオアソビに付き合う気はないと思っているのだということを自覚してもらいたい。『CAST』の藤井さんとの合同公演を考えているのは、そういうオアソビ気分を払拭してもらいたい気持ちもあるからである。
 掲示板の方に合同のし方の具体的なアイデアがなかなか書きこまれてないけど、出そうと思えば10や20は軽く出せるのを控えているのだ。やりたくないならはっきりやりたくないと表明すること。こちらもやる気がない者と協力態勢は取れない。
 ともかく「こんなこと言ったら自分が悪者になるんじゃないか」みたいな感情でノラリクラリした行動をとるやつは演劇をやる資格がないことは明記しておく。芝居は善人にはできない。悪人がやるものである。

 明日から仕事なんで、本を読みまくったが、とても日記には書ききれないので、今日は日頃思ってることの感想文みたいになった。本の感想も気が向いたら明日以降に書くかもしれない。


2001年01月07日(日) ああ、あと三日休みが欲しい(贅沢)/アニメ『人狼』ほか

 ああ、やはりその日のうちに日記書かないと、昨日何があったかなんて忘れてる。もう午前中のコトは覚えてねえ。
 ……って、午前中はぐっすり寝てたのだ。「練習に行くよ〜」という女房の声は何となく夢うつつに覚えてるが。

 DVD『人狼』、ブックレットも充実、絵コンテが完全収録なのが嬉しい。dts仕様なのもスゴイがウチには5.1チャンネルの設備がないので何の意味もないのであった。二枚組で、メイキングDVDが一枚余計についているが、DVD一枚に収めることはできなかったのか。アニメは他の映画に比べて暴利を貪ってる感が強い。

 もう今月はDVDは買うまいと思っていたのに、シティボーイズのライブが発売中と知りまたまた天神へ。昨年公演の『ウルトラシオシオハイミナール』を購入。基本的にはWOWOW放映のものと同一だが、別アングルで撮影されたものを切り換えて見られるのがミソ。よりナマの舞台に近い臨場感を得られるわけだ。
 福家書店を回り、練習後の女房たちと合流、ビブレでよしひと嬢の舞台用の衣装を探す。とは言え、探しものが下着なので男どもは所在なげに待ちぼうけ。……大体、外から見えるわけでもないのになんで下着まで新調せねばならん。それともそんなシーンがあるのか。書いた記憶ないぞ。……でももしあるならちょっと嬉しいか? あ、いや決してスケベな芝居ではありませんのでお客さまがた、誤解なきよう。
 待つ間、藤田、其ノ他両君と「大体女は買い物が長いんだよなあ」と悪口言いまくり。でも女性陣が戻った途端、
「待たせた?」「ううん、全然(はあと)」……男って悲しいよな。
 天神コアで会食しようとしたが、其ノ他君、エレベーターに乗った途端、人いきれで気分が悪くなり食欲がなくなる。仕方なく鴉丸さんが付き添って、残りのメンツだけで「さぼてん」でトンカツを食う。食欲の前に人は非情となるよい例。其ノ他君、ご免。名前通り本当に「其の他大勢」扱いしちゃった。

 その後解散、女房とよしひと嬢と連れ立って、キャナルシテイで映画『13デイズ』を見る。パンフレットを買うのに「『じゅうさんでいず』下さい」と言ったら、「『サーティーンデイズ』ですね」と言い返された。そりゃそうだが、訂正せんでもいいやん。

 マンガ、ウエダハジメ『フリクリ』1巻読む。アニメ版のイメージに捕われず、自分の絵柄でダイナミックにストーリーを展開させてるのが好印象。


2001年01月06日(土) ああ、今日は土曜か。今気づいた(^_^;)。/映画『ビッグムービー』

 昨日買ったDVD『ビッグムービー』、女房と二人で見る。
 スティーブ・マーティンを初め、SNL関係のコメディアンの映画が劇場公開されない今の状況は腹立たしくて仕方がないが、本作もマーティン&エディ・マーフィという強力タッグなのに、ビデオ発売のみ。
 確かに、後半、ギャグのレベルが落ちはするけど、充分佳作。宣伝のしようでは充分ヒットさせられるはずなのに。

 女房が練習に行ったあと、部屋の片付け。でも既に収納場所はないので、散乱する本をサイズごとに山積みするだけ。こういう時は大抵、片付けそっちのけでつい本に読み耽ってしまうもの。気がついたら二十冊以上ハシゴ読みで、そら終わらんわな。
 CD『ゴジラVSデストロイア』をかけ、伊福部サウンドに乗って活動再開、何とかひと通り歩ける空間を作る。

 明日の新年会、塩浦嬢の都合が悪くなったとかで中止。何となく未練が残るので鍋を作る。雑煮にしようかとも思ったが、冷蔵庫には、死んだお袋が最後にお土産にくれた台湾モチが残っているだけ。日本のモチと違って、そうそう腐らんと聞いてはいたが、確かに5年経ってもまだ食える。ただ煮るのに30分以上かかるので、今日はただの肉鍋。
 塩浦夫妻が練習後、ウチに来るというので、食べてもらおうかと思っていたが、女房から電話で「ジョイフル」に誘われたのでそれも中止。まあ、男の手料理よりゃレストランの食事のほうがいいやな。

 ダーリンの車で大道具を運んでもらう予定だったが、せっかく来ていただいたので、本やビデオを見ていただく。ダーリンがウチに来るのは初めてだったので、あまりの汚さに閉口されるのではないかと女房が心配。まあ、閉口はしないが驚嘆はされた模様。

 アニメ『キカイダー』12話、今までで一番ミツ子がエロティック。斜め上からのアングルを多用し、女体の曲線を強調しているのだ。……スタッフにエロビデオを見込んでるヤツがいるな(^o^)。でもジローとミツ子がまるで×××しているように見せる演出はやりすぎ。
 ドラマ『菜の花の沖』1話、若き日の高田屋嘉兵衛を竹中直人が演じているが、22歳には見えん(^_^;)。今のところただのスケベエとしてしか描かれていないのだが、史実もそういう人だったのだろうか。

 帰りにダーリン、ビデオ『アンネの日記』『奇跡の人』を借りて行く。塩浦嬢はマンガ『ガダラの豚』1・2巻。……好みがえらく離れてるなあ(^o^)。


2001年01月05日(金) やっぱウチはカカア天下か

 昨晩、風呂に入ったが、ふと、初風呂であったことに気づく。
 気ぜわしかったせいだなあ……って、ボンヤリしてただけじゃないか。あ、いや、もちろん、日頃は毎日入浴しております。休日などは二度三度。信じて(+_+)。

 一日ウチにいるつもりだったが、昨晩、エロの冒険者さんから、スティーブ・マーティン主演のコメディ『ビッグムービー』のDVDが発売されていることを伺って、慌てて天神ベスト電器まで買いに行く。「ビックカメラ」の方が安価だということも知らされてはいたのだが、LIMBの店員さんとすっかり顔馴染になっちゃってるので今さら河岸を変えにくいのだ(「河岸」は「かし」って読んでね)。
 ついでに『フィーリング・ミネソタ』も購入。別にキアヌとキャメっちのラブロマンスなんか興味もないんだけど、ダン・エイクロイドが出てんのよ、チョイ役で。だからダンフリークの女房へのお土産。ああ、気がつけば女房のご機嫌取り。
 更に、4月4日発売の『ブルース・ブラザース』も予約。でも価格未定って、単品じゃないのか?(・・;) ウチには既にエアチェックしたVT、セルVT、LD、LDデラックス版と『BB』があるのに、購入は絶対条件。これだからマニアはよう(T_T)。吹替版が再放送されたらそれも録るんだろうな。

 帰りに自転車屋に立ち寄り、パンクしていた自転車を修繕。1250円って、えらく中途半端な値段だが、何か部品でもつけたのかと思ったら、空気入れのゴムのふたがなくなっていたのだった。……って、もしかしてそれが250円?

 帰宅してみると、演出の鴉丸嬢、鈴邑・愛上夫妻(+ふなちゃん)、芝居の最後のツメの打ち合わせ中。そばにいるとつい一言、二言、三言と口出ししてしまうが、脚本家が後からどうこう言うのはよくないと判っていて、ウッカリ。反省(+_+)。
 主演二人とも電話連絡。ようやく最終調整がついた模様。練習は残り数回しかないが、あとは各員のギリギリまでの努力に期待するしかない。ま、がんばって、と脚本家は逃げの姿勢(こらこら)。
 鴉丸嬢がマンガ版『フリクリ』のファンだった(というかハル子のファン)と初めて知る。いやはや、身の回りにファンがいないなあと思って実はちょっと寂しかったのだ。あまりに嬉しくて1〜5話まで一挙上映、フィルム・マラソン。
 おかげでみんなの帰りを遅くしてしまった。どうもごめんなさい。


2001年01月04日(木) ああ、つい映画見てると作業が進まん/『快傑ライオン丸』1巻(一峰大二)ほか

 ようやく年賀状を書き終わる。と言ってもメンバーの諸君のとこには出してない。女房と連名で送るつもりだったのに、さっさと先に出されてしまったのだ。二通別々の名前で送るのも仲が悪いみたいなので、メンバーのみなさん、家内のハガキの名前のとこに、私の名前も書き足しとってください。
 パンクした自転車を自転車屋まで持って行くが、まだどの店も開いていない。予め電話すればよかったのだろうが面倒臭かったのだ。仕方なく手近な自転車置場に置いて帰る。

 マンガ、一峰大二『快傑ライオン丸』1巻、往年の特撮番組のマンガ版だが、岡田斗司夫さんが女性ファンとの間でやり取りしていたように、今やその設定を話すだけでみんなに笑われてしまう。確かに、時代劇で主人公が忍者で、クライマックスにライオンの顔に変身してジャンプして敵を胴切りにする、なんてお笑いかもな。でもそれはドラマのケレン味というものなのだが。ボーナストラックとして、『スペクトルマン』の未収録短編が掲載されているのも見所。
 長谷川裕一『クロノアイズ』2、3巻、昭和40年代のヒーローSFテイストを味わいたい人にはオススメのマンガ。今時タイムパトロールものかよ、という御仁もおろうが、基本的にヒーローの条件は「困っている人がいたら助けずにはいられない」それだけである。たとえ悪の帝国が「正義などなんになる?」と嘯こうが「じゃかましー!」と鉄拳制裁してくれてこそ、読者はカタルシスを覚えるのだ。進化した知能を持った恐竜や、オーパーツの解明、織田信長対宮本武蔵の対決など、タイムスリップもののツボを押さえた設定も惜しみなく繰り出しているのがスバラシイ。

 DVD『メイキング・オブ・ゴジラ2000』、スタッフがいろいろ言うとるが、オルガのタコデザインについては誰も何も言わない。あれがどれだけゴジラファンに愛想をつかせる原因となったか、スタッフもわかってるんじゃないか。……なぜ誰も止めなかった(-_-;)。
 DVD『ジュブナイル』、本編を山崎貴監督、鈴木杏ちゃん、林原めぐみ嬢の三人で解説してくれるのも嬉しいが、擬音字幕が付くのも傑作。「グオオオオ」とか「ズダーン」とか画面に書き文字が出るんだもんなあ。しかし再度見返してもこれは少年ドラマのツボを抑えた傑作だ。何より「タイムパラドックスは有り得ない」と開き直ってドラマを作っている監督の度胸が立派なのだ。


2001年01月03日(水) 初夢。……初夢だってば/『雲竜奔馬』5巻(みなもとたろう)ほか

 体育祭の今日、ボクは体操服を忘れてしまった。もう、校庭には全校生徒が整列している。
 先生に「どうしたらいいですか?」と聞いたら、先生は虫ケラでも見るような目でボクを睨み、「学生服のままで出るんだな」と言って嗤った。そんなことができるはずがない。僕は泣きそうになって俯いた。
 先生はさすがに可愛そうになったのか、「2千円出せ、近所のスーパーで体操服買って来てやる」と言った。ボクは仕方なく、2千円を渡した。
 でも、本当は、体操服を買って来てほしくなどはなかったのだ。だってウチの学校、男子もブルマーなのだ。イジワルな先生のことだから、きっとサイズの小さいピチピチのブルマーを買ってくるに決まってる。
 ボクは急いでウチに帰ろう、と思った。ウチに帰れば普通のパンツがある。自転車に乗って、海岸ぞいの山道をボクは走った。山間にあるイキな一軒家がボクのウチなのだ。
 ウチに入るなりボクは驚いた。空き巣だ。家中、家財道具がシッチャカメッチャカにひっくり返されていて、足の踏み場もない。
 ボクは慌ててパンツを探した。どこにもない。あちこちひっくり返してるうちに時間はどんどん経っていく。もう、体育祭には間に合わない。よく考えたらパンツじゃブルマーの代用にはならないのだ。ああ、これが夢だったらいいのに。
 しかたがない。ボクは体育祭から逃げて芸者になることにした。だって私、女の子なんだもん。
 今日は初めてのお座敷、キレイなおべべに髪もきちんと結い上げて、取っておきの簪をさすの。鑑の前の私は内藤洋子か吉永小百合みたい。
 お座敷の障子を開けて「こんばんわ」と挨拶。
 「遅いじゃないの、みなさんお待ちだったのに」
 「おお、可愛い子が来たな、初々しいのう」
 ちょっと私も照れ笑い。早速音曲が始まって、お姉さんたちと一緒に踊る。ああ、みんなが私を見つめているわ、なんて晴れやかなのかしら。うふふ。

 ……見ちゃったものは仕方がないが、これが21世紀の初夢……(T_T)。

 年末から年始にかけては時間が過ぎるのが遅い気がしたのに、もう三が日は終わり。つまりは年末年始はずっと起きていて、この二日は寝てばかりいたということなのだが。いい加減、滞ってる仕事に手をつけないと、時間がもうない。
 と言いながら、今日もHPの書きこみやネットサーフィンしてる間に時間はどんどん過ぎて行く。年賀状の返事も書かねばならないのに私は何をやっているのか。

 朝からテレビで冬休み東映アニメフェアの放送あり、結構熱中して見る。
 『デジモン』第一作、ポケモンより出来がいい、という評判は聞いていたが、果たしてそう断定していいのか。『02』を見たときも思ったが、これは子供向けアニメでも大人向けアニメでもない、オタク向けアニメになっているのである。ラストのデジモンどうしの対決が、団地の間で行われるのは、怪獣映画のクライマックスが都市の中で行われているのを連想させられるし、鳴ってるBGMがラヴェルの『ボレロ』で、まるで『ネオ・ファンタジア』だ。これは『エヴァ』がクラシック曲を使いまくってたのに倣ったのだろう。でも悲痛なだけでカタルシスに欠けるんだよねえ。次の新作を見に行くかどうかは微妙だ。
 『ゲゲゲの鬼太郎・お化けナイター』過去のテレビシリーズの中で一番原作に近いようでいて、どこかあのつきぬけたユーモアに欠けるのが不満だったが、映画版も同じ。水木しげるは静止画の魅力が大きいので、動かせば動かすほど味わいが薄れるのである。後は旧作の『ドラゴンボール』に『Dr.スランプ』。
 『学校の怪談』、絵柄がアニメ絵で雰囲気が出ていない。もう少し泥臭いほうがこの話には合うと思うんだが。これじゃまるで『ぬ〜べ〜』だよ。

 マンガ、みなもと太郎『雲竜奔馬』5巻読む。上田馬之助が上田馬之助だったのには大笑い。……何のことか解らんだろうが、歴史上の剣客である上田馬之助のキャラクターを、現代のプロレスラー、上田馬之助(金髪に髭の小男)として描いているのだ。こういうイタズラ、みなもとさん好きなんだよなあ。

 夕方から、福岡シンフォニック合唱団のUさん、彼女と一緒に年始に来る。彼女ができたことを随分恥ずかしがっていたが、その辺の心情はちょっと私にはよく分らない。彼女の方も「なんでそんなに恥ずかしがるのか」と不満そうである。
 まあ、このHPで公開したことでもあるし、今後は堂々としてもらいたいものだ。


2001年01月02日(火) 眠い一日/ドラマ『不思議の国のアリス』ほか

 昨晩は鈴邑君たちを交え、徹夜で新年会をやってたようなものだった。女房が作ったモチ抜きの雑煮(とは言わんか)をみんなで分けて食べたあと、私は睡魔に勝てず就寝。鈴邑君たち、午前3時ごろに帰ったそうだが、挨拶できなくて申し訳なかった。

 朝8時に起床。何とかNHK教育『浪花少年探偵団』の時間に間に合う。OP、山田まりやの大極拳と“シャバダバ”音楽がマッチしていてカッコイイ。
 実写ドラマ『不思議の国のアリス』見る。豪華キャストで、チェシャネコなんかウーピー・ゴールドバーグだが、これがモロ人面ネコ(^_^;)。キチガイ帽子屋はマーティン・ショート、首だけ拡大して合成しているが、テニエルのイラストにソックリでこれは適役。他にもジーン・ワイルダー、ベン・キングスレーら、芸達者を揃えているが、肝心のアリスがトウの立ったブス。う〜ん、惜しい。

 女房を起こすとなぜかいきなり機嫌が悪い。
 「変な夢見た」
 「どんな?」
 夢の中で女房は、ペンダントと雑誌を持っていて、その二つは実は女房の娘だそうである。で、「あなたの子よ!」と私に迫るが、私は「そんなん俺の子じゃねえ!」と認知しなかったとか。
 で、目覚めて私のことを「ヒドイ奴だ」と怒っている。
 ……そんなん俺のせいじゃないやん!

 午後2時から博多座で塩浦夫妻と『墨東奇譚』観劇(「ボク」はサンズイに墨)。塩浦嬢、またもやウサギ耳をつけている。女房もウサギ帽子をかぶってきてればペアっぽくて笑えたろうに、ちょっと残念。

 塩浦夫妻と別れたあと、父と待ち合わせして博多駅一番街で食事。たまには、ということでトンカツ定食をおごる。父、浴びるように酒を飲むが、入院控えてるのにいいのか。
 父、「いいの!」
 ああ、そうかい(~_~メ)。
 そのあと鞄屋で女房に手提げバッグをプレゼント。一昨日、入籍記念日に女房からはワイシャツを貰っていたのに、私は何もあげなかったので、お返しである。

 予定はなかったが、女房が「映画を見たい!」と突然言い出したので、父と別れたあとキャナルシティまで足を伸ばして『グリンチ』を見る。でもさすがに体力は限界。映画の最中もしょっちゅうウトウト。
 女房が声をかけても生返事ばかりしているので、ますます立腹される。女房は塩浦夫妻のラブラブぶりが羨ましく、私にもそんなムードを求めるのだが、私ゃもうトシなんだよう(T_T)。


2001年01月01日(月) 2001年元旦スペシャル

 新世紀をどう迎えるか、というのは随分前から決めていた。
 どこにも出かけない。ウチに妻といる。テレビで紅白歌合戦を見、年越し蕎麦を食べながら、カウントダウンを聞く。
 平凡がいい、と考えたからではない。私が寄って立つところはウチだからだ。
 WOWOWのサザン・オールスターズの年越しコンサートを見ながら、21世紀を迎えた。
 隣でのん気にそばを食っている女房に、「ありがとう」と言った。
 「いきなり、どうしたん?!」
 女房が驚く。
 「いや、21世紀を迎えられたら、お前に感謝しようと思ってたから。俺、自分が2001年迎えられると思ってなかったし」
 「なん、それ、2001年までに自殺してるかもって意味?」
 女房の眼がキツクなる。女房は「私だけが不幸です」みたいな落ちこみぶりっこが大嫌いだからだ。
 「まあ、それもあるけど、頭のケガのことがあるから。俺、お前に生きる勇気もらったし」
 そう言った途端、涙がどっと流れた。慌てて女房の前を離れて逃げる。
 「どこ行くん!」
 「……泣き顔見せたくないんだよ!」
 私は風呂に飛びこんでいた。新世紀に泣きながら初風呂浴びることになろうたあ思いもしなかったぜ。

 世の中へらへらとテキトーに流されて生きて行くのが自分のモットー、と思っていながら、案外私は、結構気を張って生きて来たらしい。緊張の糸がフッと切れ、涙が止まらなくなった。
 これは、何の涙か。
 適切な言葉は見つからないが、私は女房の胸の中で泣きたかったのである。藤子・F・不二雄の『やすらぎの館』のように甘えたかったのだ。
 でも、女房は、大晦日に私がUPしたヘタクソな詩モドキの日記を読んで、ヒトコト言った。
 「これ、21世紀バンザイ! ってことか?」
 途端に涙が止まり、私は笑い出していた。意図的か、天然なのか知らないが(多分後者)、女房は結婚してまる九年、私を笑わせるばかりで、ただの一度も私をまともに泣かせてはくれない。
 でもだから私は勇気を出せた。そこが、自分に甘え、目の前の障碍から逃げている男を、ただ甘えさせることが愛情なのだと勘違いしているバカ女と、女房との差である。
 もっとも女房は別の意味で馬鹿なんだが(^o^)。
 妻にするならお笑い芸人に限る。夫もまた、哲学者になり損ねてお笑いの相方になってしまうのだ。
 ……言っとくが俺がツッコミでお前がボケだからな、女房よ。

 午前1時、氏神の日吉神社に初詣。
 いきなり自転車がパンク。休みの日で助かった。平日の朝だったら通勤の足を失って立ち往生しているところである。
 破魔矢とお札、女房の勧めで鞄につけるお守りを買う。

 ひと寝入りすると、夢を見る。細部は忘れたが、私は戦隊ものヒーロー5人のうちの一人で、悪の組織に攫われた紅一点を助けに行くような話だった。初夢は二日の夜、三日の朝に見るものを指すので、これはまだ初夢ではないが、夢までオタクだ(^_^;)。

 昼、再度起きてキャナルシティまで買い物。
 元旦で、通りを走る自動車は少ないが、福袋目当ての買い物客は多い。女房も早速うさぎハウスでミッフィの福袋をゲット。その間に私はまた「百鬼夜行」のフィギュアを買う(あとで女房から中ユビ立てられるが)。福家書店に寄って、一峰大二『快傑ライオン丸』1巻を探すが売り切れ。マイナーなマンガだから、品自体が少ないのかなあ。代わりに大友克洋『気分はもう戦争』新装版を買う、って、21世紀最初に読むマンガがこれかい。
 方々へのプレゼント類を買い歩くうちに、何だか急に疲労が襲ってくる。映画を見るつもりだったが、今日は諦めて帰宅。女房は新年早々「予定が狂った予定が狂った」と不満たらたら。おまけに私がふらついてミッフィの袋を落としてしまい、中に入っていたコップが割れてしまった。
 ゴメンよう、悪気はなかったんだよう(T_T)。
 なんだか新年そうそう女房に頭が上がらない。

 帰宅してHPの掲示板を見ると、お兄ちゃん(仮名)からやっと「真摯に受けとめます」との書きこみが。まあ誰ぞにつつかれてようやく頭が動くようになったんだろうが、未だに歯車のネジが二、三本外れてる感じは否めない。
 女房、再び頭に来て返事を書きこむ。
 この一連の書きこみ、劇団メンバーの反応を見るのが第一目的であった。だからプライバシーに関わる部分があるにもかかわらず、日記による公開を私も止めなかったのである。ただし、本当にヤバイ部分は女房は巧妙に隠している。読解力がある人間ならばそれに気付き、女房がどれだけお兄ちゃん(仮名)に愛情深いかは気づく仕組みになっていたのだ。
 案の定、あれを「ヒドイ」と感じるメンバーは殆どいなかった。気づかぬはお兄ちゃん本人ばかりである。あまりバカが続くと私も動かざるをえないし、このへんでいい加減自覚してほしいもんだが。

 女房がお兄ちゃんについての日記の書きこみの件で、みんなの反応が気になるようなので、年始の挨拶の意味もあって、よしひと嬢に電話。
 さすがに大人だけあって、「しげさんがやってなければ私がやってますよ」との反応。女房もホッとする。実際女房は、みんなから総スカンを食らう事も覚悟の上だったのだ。
 人と人との係わり合いはおママゴトではない。傷つく覚悟なくして対話はなり立たない。もちろん、これは喧嘩をしたがってるわけでもない。「人を傷つけるな」とか「迷惑をかけるな」とかいうタテマエだけの自己中心主義から抜け出せということだ。
 ……てなことを話していたら、よしひと嬢、「私も昔、藤原さんから随分傷つけられましたから」。覚えがないので「どういうこと?」と聞くと、「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○って言ったんですよ」
 ひ、ひええええええ!
 そ、それこそとてもここには書けない。私は人非人である。ゲスである。ゴクツブシである。それこそ劇団の全メンバーから吊るし上げを食らっても仕方がない。汝自身を知れとは私がまず自覚せねばならぬことであった。

 夜、年始に鈴邑、愛上夫妻、鈴邑君の妹さん、ふなちゃんを連れて来る。本来鈴邑君夫妻は今回の芝居のオリジナルキャストであったが、ふなちゃん誕生のため、配役が変更されていた。最近の日記を見て、自分たちが抜けたあとのことがやにわに心配になったらしい。
 日記には書かなかった裏事情も含めて話をした末のみんなのヒトコト。
 「……兄ちゃんは……しょうがないねえ」
 しょうがないんだよ。
 ふなちゃん、生後三ヶ月と少しだというのに、もう半年の重さだとか。人見知りせず、何か珍しい物を見るとじっと見つめている。「百鬼夜行」のフィギュアをじっと見つめる様子は将来のオタクを予見させるかのようだ。でも夫妻は娘をオタクにゃしたがるまいな(^_^;)。
 鈴邑君、なんとゴジラシリーズを今まで1本も見たことがないというので、『ゴジラ2000』を早送りしながら見せる。部分的には興味を覚えたようだが、ラストのゴジラ対タコにはやはりガクっと来る。「殴り合う擬音がゴム」って、その通りだもんなあ。
 鈴邑君、以前、鴻上尚史の演劇セミナーに行っていたときの話をしてくれる。鴻上さんに「演出とはなんですか?」と聞いたときの答え。
 「待つことです」
 誰しも考える事は同じ(^_^;)。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)