あふりかくじらノート
あふりかくじら



 セクシー部の入部条件とは。

「セクシー系」か否かという分類があるとすれば、
わたしはまず前者のグループになるだろう。
誤解しないでいただきたいのは、別にそれを
目指しているというわけではまったくないということだ。

たまに意図的であるときは除いたとしても、
まったく何も意図していないのに、セクシーオーラが
出ているらしく、アイパワーも強烈らしいので、
ひとによっては脳震盪を起こす。(ちょっとウソ)
必要以上に「くじら波動」にやられてしまうひともいる。
いい意味でも、あまり歓迎されない意味でも。

それによって図らずも嫌な思いをすることもあるが、
それは仕方のないことだと思って目をつぶっている。

背は170センチあるし、まあちょっとダイエットは
必要かもしれないが、色んな意味で目立つ。

セクシーさの条件とは何だろう。

決してすごい美人でなく、肉感的でなくやせていても、
セクシーな女性はいる。
その女らしい物腰であるとか、長く細い髪であるとか、
華奢な腰つきとかが、女であるわたしにまで女を感じさせる。
そうすると、どうしようもなく負けた気分になる。
あの、自然で色っぽくないセクシーさはどこからくるのだろう。
まったく嫌味がない。
香水もにおわない。

それはおいておいても、正直に本音を申し上げると、
この身長もバデーも嫌いではないし、
むしろ身長150センチ台で色々とぺったんこな純日本的体型から
程遠くて良かったと思っている。
ほんとうにごめんなさい。


2004年07月31日(土)



 この街にも風が。

この街にも風がやってきた。
太古の昔から地球があって風が吹いていて、
それはアフリカまで続いているのに。

どうしてそれを忘れて、生きているのだろう。

空を見て、生と死を思うのは何故だろう。

2004年07月30日(金)



 冷蔵庫で眠る。

冷蔵庫の中で眠っている夢を見て、さすがにちょっとびっくりした。目が覚めて気づくと、部屋が暑かったからかもしれない。

ともかく、そこはごちゃごちゃと食べ物やら飲み物が入っているひんやりとしたあの空間で、わたしは何とその中仕切りの透明なプラスチックの上で(リアルにちょっとくもっている。まるで冷蔵庫を開けた瞬間のように)寝転がっている。
なんともシュールだ。

冷蔵庫の母性的なものには常々魅かれていた。
といっても、冷蔵庫には親冷蔵庫や赤ちゃん冷蔵庫などないのだから、母性などあったものではないのだが、ともかくその母胎的な存在感というか形状というか、中にもの(食糧であるところがポイントなのだ)がたくさん入り、それを守ってかつ保温してくれている、というアイディアが好きなのだ。

だから「冷蔵庫ポエム」も書いたことはあるし、よくキッチンに入ってきては冷蔵庫の活動する微かな電子音を聞きながら、その前に座り込んだりする。
そしてものを食べたり眠ったり、考えごとをしたりするのだ。
これは、いつどんなキッチンのある家に住んでいてもそうだった。

冷蔵庫は、古くてもいい。
ただ、安心の材料としてそこにいてくれれば、うれしい。

でも、フロンガスを排出しないものだとなおさら良い。

2004年07月29日(木)



 渇望するオレンジの快楽。

鮮やかなオレンジ色が目に付く夏。
誰かのスカート。
ホームに滑り込む電車。
某携帯の宣伝ポスター。
オレンジ色、とりわけ鮮やかなオレンジ色は
精神的快楽をもたらすと思う。
ときにそれをひたすら渇望するときがある。

最近、レトロな60年代風デザインの家具が流行し、
雑誌やカタログなどにちらほらと登場するように
なった革張りの色鮮やかなソファ。
それをホームセンターで見つけてしまい、
身体でオレンジ色を欲していたわたしは
それに直行し、すかさず姿をデジタル画像に納めた後、
寝転がりたい欲求を抑えておとなしくすわると
たくさん触った。

鮮やかなオレンジ色が滑らかに張られ、赤い縁取りと
ボタンがついている。
なんて、思い切りぜいたくなんだろう。
部屋に合うとかそういう問題の前に、ただ愛してしまった。

渇望するオレンジ色の快楽を前に理性なんてない。
(買わなかったけれど)
店頭で満たされて、にんまりした。

これで、あとは「南の島」と「いい男」と「美味しいラム」
または「上等なスコッチ」があれば申し分ない。

いずれも不足気味だが。


2004年07月27日(火)



 生活の質量について。

エタノールとグリセリンの割合が違う。
化粧水の「さっぱり」と「しっとり」。
夏場なので、無印良品の「さっぱり」のほうを
現在愛用している。
以前までの五倍の値がついたこぎれいなものは止めた。

バランス。夏と冬の、肌で感じる微妙なもの。

近所の元上司宅(新婚)を、元同僚たちと訪ねる。
ランチをいただき、冷たいお茶とぶどうをいただきながら、
たくさん笑って時間を過ごす。

彼女の家には新婚家庭の生活密度のようなものがあって、
そういう空気が肌で感じられる。
そして、わたしの辞めた会社でまだ勤めているひとの
あのオフィスの空気を感じ、新しい会社で勤め始めたひとの
空気も感じる。
わたしはといえば、すでに会社というものから遠ざかっている。
体質的なものまでもが、変わってきたようにすら感じている。

ひとと付き合うことが必ずしも質量の一致、または近似値を
必要とするものではないとしても、全く別の人生を歩んでいて
べつの価値観を持って生きていることが、不思議、そして
この空気の大切で絶妙なバランスなのだと思った。
こういうつきあいは、人生の中の粋なスパイスであり隠し味だ。

それから、おんなじ透明の液体でも配合バランスの違った
化粧水のようでもある。



2004年07月25日(日)



 海のある街まで。

海のある街が好きだ。
たいていそのようなところに住んできたからかもしれない。
どこ出身かと訊かれて答えに窮するような人生を
送ってきたわけだけれども、そのいずれの街にも
たいてい海があった。
(大阪の箕面市はなかったな。そういえば)

アンカレジ、浦安、横浜、エディンバラ。
ひたすら自転車をこいだりすれば、ちゃんと海までたどり着いた。
だから端っこのない街は、おちつかない。

そういう理由もあって、ボツワナに住むのは、
不安がないわけではない。内陸国だもの。
どこまでいっても海はない。
ケープタウンならやっていけそうだけど。

今日は、図書館からの帰り道、海沿いルートを選択した。
東京湾も、嫌いではない。
夏のひかりをたっぷり受け、深いシルバーブルーをたたえた
水面の輝きと、それをなでる海風には身体を吸い込まれる。
それだけで、なんと救われることだろう。

次に住む街もまた、海辺で、とても居心地の良い
図書館のある街にしようと思う。


2004年07月23日(金)



 妄想ビールの夕べ。

ひとりで日がな一日家にいて、PC画面をにらみ
キーボードを打ち続けているわけで、そんなのって
気が狂いそうになるのはあたりまえだ。

今日はひたすら社会生活をとりもどそうと、
1960年代ボツワナ共和国の小説に没頭するのはやめて
(そのまま脳天とろけそうだ)、実社会において
有益とは言えなくとも、まあ、真っ当な社会人的なことを
試みようと思い思いつく限りのところに履歴書等を送付し、
どこかとつながってみようと試みた。
要するに、新しい翻訳会社に登録した。
トライアル原稿が送られてきて、へこんだ。(あたりまえ)

もう正社員には戻れない体質ってことは、あきらめて研究者人生
まっしぐらのほうが身体と地球環境に良いのではないか?

そして、やっぱり図書館で延滞している犬養道子全集の
『人間の大地』を読み、1980年代エチオピアにおける旱魃と
惨い飢餓についての記述に眉をひそめ、涙をにじませる。
(この表現で、「アフリカ=飢餓」と結びつけるのは
 絶対におやめください)

どうも前進しないので、近所で小麦のビールを買ってきて500ml呑む。
元来が酒呑みなのに、呑んでないのがいけないのかな。

ああ、京葉線に乗って葛西臨海公園を眺めてにんまりしながら
アフリカに着いちゃったらいいのに。
そしたらたくさん写真を撮って、地酒を呑むのに。





2004年07月21日(水)



 ウォーター・プラネット

気温が体温よりも高くなり、消費が刺激され、
エアコンなどの電化製品はもとより、
飲料、とくにビールなんかが飛ぶように売れ、
冷やしすぎた部屋でクーラー病になる。

でも、水があふれて亡くなった人がたくさんいる。
大きな被害が出てしまう。

すべて同じ夏におこった出来事。

この地球上で
たったひとつの原因により
たったひとつの事象があるわけではまったくない。

とりあえず、暑さに不平を並べることだけはやめた。



2004年07月20日(火)



 小さなハンカチの木。

ハンカチの木という札がついているちいさな鉢を見て、
おもわず釘付けになってしまった。
うつくしく深い緑色の葉っぱに、白いハンカチのような
部分が鮮やかなコントラストを描き、そこにちりばめられた
黄色のちいさな星のような花。

ハンカチの木とは、一科一属一種の植物で、
(つまりオンリーワンということか)白い部分はもちろん
花びらではなく、苞(ほう)という機関なのだそうだ。

ネットでは、大きな樹木状のハンカチの木「ハンカチツリー」の
写真がたくさん出てきたが、わたしが出会ったのは
近所のホームセンターの植木鉢。とてもかわいらしいやつ。

今日という日にすこし元気を与えてくれそうだったので、
迷わず購入してつれて帰ってまいりました。

***************

写真はこちら → 
http://blog.melma.com/00103336/20040719192039

2004年07月19日(月)



 ウェディング・ハピネス&ブルー。

輝かんばかりの幸福にあふれた笑顔を見せてくれる。
そんな友人の姿に、わたしも心が温められる。
結婚するって人生の中で特別なことで、
わたしの心優しいうつくしい友人のそのような
幸福の瞬間を目の当たりにすることは、喜ぶべきことだ。

ただ、わたしはとてもブルーになってしまった。
彼女の結婚はほんとうに心から祝福している。
それだけは間違いない。

でも、いくつかの小さな行き違いがあって、
哀しいことに、わたしはとても惨めな気分をお土産として
持ち帰ることとなった。

結婚というのは特別なものなのだ。
誰をどのような形で招待し、どのようなパーティをするのか、
非常に細やかな気配りが必要なのだと思う。
だから、招待されたのだかされていないのだかという
中途半端な立場で出席する羽目になってしまったわたしは
(わたしが辞めた会社の元同僚だから仕方ないのだが)、
たったひとりで時間を過ごさなければならなくなった。
暗い気分になってしまったことが、残念でならない。

それでも、彼女への祝福の気持ちで、すべてを良しとしよう。

わたしが結婚するとき、いったい誰を呼ぶだろう。
わたしが祝福してもらいたいのは、誰だろう。
わたしにとって大切な友人って、何人いるのだろう。

一日中考えて、三人くらいは浮かんできた。

2004年07月18日(日)



 とっておきの香水はパリで。

どちらかというと、パリで香水を買うという
行為に魅かれてしまって、買ったのです。

クリスチャン・ディオールのジャドールというやつ。

もともと香水って苦手で、どちらかというとほとんどの香りが嫌で、
とくに、頭に振りかけているのではないかと
疑ってしまうような臭い男女はあまりにうっとうしい。

だから、香水は昔の彼にもらったものひとつしかつけたことがなかった。
その香り<エスカーダのトロピカル・パンチ>は今でも
愛しているのだけれど、2001年物なのでもうなかなか見つからない。

だから、あのうつくしいシャルルドゴール空港でほれ込んだ
そのディオールのジャドール(なんてややこしい)は
トロピカル・パンチしかつけたことのなかったわたしにとって
いってみれば奇跡的に良い香りであった。

ほんの少しスウィートな香りに、微かな柑橘が混ざる。
上品な感じ。

これに見合うような、いい女になりたいと思う。

香水の、贅沢。

2004年07月16日(金)



 翻訳のテイストを知れば。

どうにもこうにも、翻訳というのは
語学力や背景知識のみならず、センスと勘のよさと、
ときにユーモアやら言葉遊びのテクやらを
微妙にマッチさせて作られる。
ここに、翻訳の芸術性というものがある。

ということは、翻訳者によって訳は千差万別。
文芸ならなおさらで、そのひとが小説を読めば
十人十色のイメージを持つに決まっているのだもの。
犯罪的なミスを犯したり、作品を殺してしまったりすることもある。
現にベッシー・ヘッドの……(以下略)

だとすれば、翻訳という仕事は非常に重要だ。
わたしの小説を誰かが外国語に訳そうとするのであれば、
それは素晴らしいことでもあると同時に、
非常に恐いことでもある。
翻訳者が、わたしのソウルメイトであってくれれば良いのだが。
その文章のセンス、生き方、考え方。
あと、なんというか趣味みたいなもの。

わたしは、ベッシー・ヘッドの一方的ソウルメイトであるつもり。
だから自分が訳してる今の作品には、最新の注意を払う。
彼女を敬愛するから。(墓参りもしたしね)

あと少し、1960年代のボツワナの農村にいるつもり。


2004年07月14日(水)



 アフリカとはつながっているから。

アフリカと言って、何を思い浮かべるだろう。
貧困、内戦、飢餓、そういったものなのだろうか。
少なくとも日本のメディアが紙面を割く「アフリカ」像は
そのような方向性に偏っていることは指摘され続けて
久しいが、だが、それを批判し憂うだけで許されるのだろうか。

確かに、アフリカの日常は表面に現れにくい。
欧米に比べ、経済的政治的かかわりの薄かった日本では
なおさらである。

だが、同じ地球をシェアする現存種ただ一種の「人間」として、
どのような「違い」があるのだろう。
つながりを考えよう。
日本の援助は、どのようになされているのか。
それが、良い面悪い面を含め、どのような影響を与えているのか。

専門家などではない。
ごくごく普通の、一般の人がもっと知るべきこと。
批判をしていたって始まらない。
アフリカだって、かかわりがないわけではない。

仮にもものを書く人間のひとりとして、
わたしの役割もここにあるのだと思う。

*昨日、「TICAD市民社会フォーラム」に出席。
*詳細は、メルマガに書く予定。

2004年07月12日(月)



 イラク主権「移譲」って?

イラク情勢をめぐって議論を交わすシンポジウムが
母校で開催され、出席。

こんな世の中になって、たくさん人が死んで、
それでも遠い世界の出来事では済まされない。
と思うわけで。

主権「移譲」っていうことばについて
言われていた内容のみ、ここに記す。
「移譲」というのは「(対等のものに)譲る」という意味だ。
世の主権国家が皆原則的に平等だとするのなら、
主権はいつでもイラクにあったはずだ。
よって、もちろんアメリカが「主権」を持っていたという
わけではない。

言葉の表現。
香港返還の場合は、「主権回復」だった。
ここでは、「行政権の返還」などといわれるべきでは
ないだろうか。
無意識のうちに、「平等な主権国家」という概念を欠いて
イラクを低く見ている現れともとれてしまう。

おそろしや。言葉の使い方は気をつけなければ。

報道機関が「移譲、移譲」と騒ぐのに
むやみに便乗してはならぬといことか。


2004年07月10日(土)



 軽やかな自転車の女。

その女性は、いつも自転車に乗っていた。
実に軽やかに、小さな小さな身体よりも
ずっと大きな自転車にふわっとまたがり、
まるで水面をすべる笹船のようだ。

同じマンションの上のほうに住んでおられる
小さな小さな「おばあさま」だ。
ふわふわとやわらかく真っ白な髪の毛、
小さく曲がった背中、折れそうな骨格、
しわだらけの穏やかな顔はしかし、眼光が鋭い。

毎晩、図書館が8時に閉館すると、
帰宅するわたしとこれからでかける彼女が
マンションの玄関ですれ違う。
毎晩、きっちり決まった時間にお出かけなさる。
スーパーがしまる直前、買い物に行くのだ。

一人暮らしなのだろうか、名前も知らない。
でも彼女はわたしの名前を憶えようと必ずこう声をかける。
「あら、十三階のナガサキさんね」
わたしは答える。
「あ、いえ、ちがいます。九階の・・・です」
いつも同じひとに間違えられるのだ。
そして彼女はいつも謝りながらこう言う。
「あら、ごめんなさいね。お二人とも美人でいらっしゃるから」

何度もこのようなやり取りが続いていると、
ときには、彼女自身間違いを予測していることもある。
第一声がこういう場合もあるのだ。
「あら、ひとちがい、かしらねぇ、美人だから、ほほ」
(すでに省略形)

そして自転車に乗って去る。
颯爽と去る。
颯爽、ということばがよく似合う。


****************

・ウェブサイトのトップページ更新。
・しかもハーボットを入居させてみた。
・メルマガ販促計画か。


2004年07月08日(木)



 金色に輝く瞬間。

いつもの電車がカーブするそのとき、
ものすごくうつくしい空が見える。
光と雲と空気が見える。
夕暮れの贅沢な金色。
霞む大都会の姿。
晴れた日の遠い富士山。

この瞬間
世界とわたしは満たされて、
時空から解放される。

空高く、遠いところから
地球上の自分を見たような感覚におそわれる。
ほんの一瞬、カーブを通る瞬間だけのこと。


2004年07月07日(水)



 誰のための開発か。

こういう命題を、過去数年でいったい幾度聞いただろう。
アフリカと「参加型開発」とはという問題について、
わたしはまた考えている。

昨日は、前期最後だということで、また母校の
指導教官が担当する大学院の授業にゲスト出席した。
もちろんテーマは「参加型開発」なるものなのだが、
これほど胡散臭い言葉はない。
「我々」のプロジェクトにアフリカ某国の地域住民も
「参加」してもらう???
そもそも何のため、誰のための開発だというのだろうか。
「我々」とは?
「彼ら」とは?
上から下への力関係には根深いものがある。

そのことについて、日本人の「あふりかくじら」として、
何が言えるのだろうか。

まだまだ、世界は難問だらけだ。
くじらにできるのは、問題提起の部分だ。
少なくとも大学院の授業にお邪魔した夏の午後には。

2004年07月06日(火)



 オレンジ・シャーベット。

器械の中でぐるぐるまわっていた。
あれはたぶん、オレンジ・シャーベットだと思う。
半永久的に回り続けるあの器械のようなものを、
飽きることなく眺めた遠い日の記憶がある。

オレンジ色。

どうしてか、クリームたっぷりのケーキよりも
シャーベットを選びたくなる。
中華料理屋では、杏仁豆腐よりひんやりつめたい
あのシャーベット。
名前も良い。

だから、シャーベットのことを考えると
何となく幸せになれる。

人生をそういう風に方向付けたい。
ほんのすこしの幸せのあるほうへ。

*******

ようするに、今日もまた、犬養道子の全集と
向き合ったのである。
五・一五事件から太平洋戦争、ドイツまで。
あのことを、英国人の友人に説明しようとする
自分の姿を何故か一生懸命思い描きながら
何かを納得させるかのように。
日本人として、米国と英国に暮らした経験を持ちながら。

2004年07月04日(日)



 『マライカ』天使のこと。

『マライカ』というスワヒリ語の曲はあまりに有名だが、
それをあのボサノヴァの小野リサが歌っているというので
思わずアルバムを購入してしまった。
最近のお気に入りの一枚だ。

今回のアルバムは中東からアフリカにかけての曲を
彼女がアレンジしたもので、懐かしい「マライカ」が
あの眠たそうな柔らかい声に乗って流れてくるので、
とても幸せな気分になった。

「マライカ」とは「天使」の意で若い男が恋した
天使のようにうつくしい女性に求婚をするという歌だ。
だが、彼は若くてお金がない。婚資も払えない。
ロマンチックで、すこし哀しくて、でも愛らしい歌。

遠い国に思いをはせ、しかし、エディンバラ大学で
皆が歌っていたあのときの様子をはっきりと思い出す。
アフリカ研究者にも、アフリカへの愛情とか郷愁とか
そういう思いを抱くひとがたくさんいたほうが、
ほんとうはいいんじゃないかと思っている。

**************

『マライカ』MALAIKA(天使)

MALAIKA NAKUPENDA MALAIKA
MALAIKA NAKUPENDA MALAIKA
NAMI NIFANYEJE KIJANA MWENZIO
NASHINDWA NA MALI SIN, AWE, NINGEKUOA MALAIKA
NASHINDWA NA MALI SIN, AWE, NINGEKUOA MALAIKA

マライカ 僕の恋する天使
マライカ 僕のいとしい天使
いったいどうしたら良いのだろう 僕はまだ若くて
結納金も払えない ああ、君と結婚できたらなあ マライカ
結納金も払えない ああ、君と結婚できたらなあ マライカ

*************

メルマガにもう少し詳細を書いています。
→ http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000058315


2004年07月03日(土)



 図書館前で、待っています。

ただ、そんな言葉が天から降ってきた。
午前十時すこし過ぎ。
七月に入って夏本番だ。
開いたばかりの時間帯、図書館はまどろむような
空気に満ちている。

夏休みのイメージがあるのはなぜだろう。
図書館のこの席から いつも鮮やかな緑が見えて、
ガラスを通して草いきれのまぶしさが
伝わってくるよう。

電車に乗って遠くへ行く気持ちを
思い出しながら、キーをたたく。

誰かが電車の中で
人生について知らないひとに告白する。
そういう夏休みの風景を描きながら。

*******

メルマガの購読申込ボックスを下につけたの
お気づきでしたか。



2004年07月02日(金)



 Love is in the airのこと。

ヒュー・グラントのあの雰囲気に魅かれ、
『Love Actually』を蔦屋で二度も拝借し
深夜、ホワイトチョコレート色のお気に入りのクッションを
抱えながらひとりで泣いたり笑ったり、
愛について考え込んだりしている。

ちょうど、「空港」という場所について
みじかい小説のようなものを書いたばかりだったから
なおさらのことだった。

ほんと、愛は色んなところにある。
恋人というひとがいなくなったときから
そのことに気がつくようになって、
途端、人生がうつくしく感じられるようになった。
とても自由に、身体中で幸福感をおぼえるようになった。
世界には愛がいっぱいだってこと。

誰かに恋をすることを、わたしはポジティブに
とらえようと思う。
わたしの人生の中で大切なひとって、
けっこうたくさんいるのだから。

地球の反対側にいる懐かしいひとたちに
会いに行きたくなった。
いますぐ飛行機に飛び乗って。

 *「Love Actually」について*

愛する女性が親友と結婚してしまい、
その愛を隠し続ける彼がたまらない。
きゅんとして二度も涙してしまった。
あるひとにすこし似てたから。


2004年07月01日(木)
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