あふりかくじらノート
あふりかくじら

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■ 眠るときは、きちんと着替えること。

こういうときわたしは、描くことによって
生き延びるしかない。

たとえば今、半透明で濁っていてやわらかくて
それでも蒸し暑くて空気の薄い球体の中にいて、
わたしはそこでもがいていた。
闘っても闘っても、誰かが創り出した、あるいは
自分自身が創り出した重力が身体にのしかかり、
跳躍する脚は、その力を弾力で吸収されていた。

でもほんとうは、外を向いて、ひたすら誰かに
手を差し伸べて救い出される日を待っていた。
この、球体の厚みに、勝つ日を待ち望んでいた。

強がりを言っていたわたしのことばは、
本当は負けそうになっていた弱さとか焦りとか
幼い部分とか、そういうものを吹き消されたかと思うと、
とたんに真実味を増し、強烈に輝きだした。

あの人に会えて、わたしは人生を取り戻した。
ああ、あの生き方!
世界にはこんなにもたくさんの涙がある。
強さや美しさや血や残忍さがある。

生きていかねばならない。
この社会に、自分を問う。
自分が与えられた役割とは何か。

なんて美しい夜景なのだろう。
ほんとに、ヨハネスの夜景もうつくしすぎたけれど。


2002年06月22日(土)

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■ サンダル女のお馬鹿加減。

雨が降っている。
赤坂には、これでもか、とでも言わんばかりに
サンダルに足を突っ込む涼しい顔した女たちが
早足に泥水を跳ねる。

なぜそこまで強情になるのか。
子供のころに長靴をはいたことを、忘れてしまったのか。

雨が降っているのに。
雨が降っているのに。

かくいうわたしもサンダルだが。



・・・それにしても、サンダルに靴下を履くとか
靴だかサンダルだかわからない代物だとか、
そういうおきて破りだけはやめて欲しいものである。

2002年06月18日(火)

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■ ピアノの詩人と彼女の狂気。

イングリッド・フジコ・ヘミング。
その指先の、ショパン。

革命のエチュードは、ドイツのシュットゥットガルトで生まれた。
ショパンの影にはいつもリストが存在し、フジコはリストを
弾くために生まれてきたピアニスト。

ベルリンは寒く、彼女は聴力を失う。

曇り空の日曜日、わたしはすべての予定をキャンセルし、
「革命のエチュード」と「木枯らし」に脳を侵される。
ショパンの詩は、なぜにこれまでまっすぐなのだろう。
どうしてわたしは、こんなにもあっさりと
心臓を刺されてしまうのだろう。

なんて軽い音と、重たい響き。
ハンガリアン狂詩曲のようなフジコの人生。
リストにささげたショパンの情熱。

狂ったように、ショパンを弾いた。
鍵盤をたたいて、その心臓の傷口から、
わたしは開放される。

いつか、ラフマニノフを弾く日には
わたしは気が狂ってしまうのかもしれないと、
じつに冷静に考えてみた。

どうか、いまのわたしに向かって奏でないでください。
リストを、奏でないでください。

2002年06月16日(日)

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■ 赤坂に、雨は降るから。

大叔父が亡くなってひと月たつ。
あの、死の感触を忘れない。

豊川稲荷には柔らかい雨が染み渡るように降り注いでいて、
温かいうどんの、びっくりするくらいのしんとした哀しい味が
しみわたって、わたしはその音を聴いた。
初めてのお店は、ときに涙が出るほど懐かしい。

この街は、大叔父夫婦が何十年も暮らしたところ。
豊川稲荷の裏手から、時を隔てた呼び声がする。

くじらはこの街に回帰する。
アラスカと小笠原を行き来するその尾ひれのように、
わたしは雨降る日本のこの街から、アフリカをみてる。

会社で働くとは、どういうことだろう。
ひとつ、考えなくてはならない宿題を
わたしはかかえているのかもしれない。
もう、逃げられない。

死はそこにあって、わたしは生きて誰かに愛されることを
貪欲に求め続ける。
だから、書き続ける。

そろそろ、お昼休みもおしまい。
赤坂に、雨は降るから。


2002年06月12日(水)
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