ケイケイの映画日記
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2018年03月11日(日) 「シェイプ・オブ・ウォーター」




祝!アカデミー賞、作品・監督(ギレルモ・デル・トロ)賞受賞作。元々デルトロのファンで、「デビルズ・バック・ボーン」以降の作品は全部観ています。なので今回手放しの祝福と言いたいところですが、めでたさも中くらいと言う感じです。いや嬉しいんですけどね。

1962年の東西冷戦時代のアメリカ。政府の極秘研究所の清掃係として働くイライザ(サリー・ホーキンス)。彼女は耳は聞こえますが、幼児期の傷が元で、口が利けません。毎日ルーティーンの日々を送る彼女ですが、ある日職場にアマゾンの奥地で「神」として崇められていた半漁人の「彼」(ダグ・ジョーンズ)が、運び込まれてきます。興味を惹かれたイライザは、人目を忍んで彼と逢瀬。やがて親密になっていきます。そんな時、サディスティックな研究所の主任でエリート軍人ストリックランド(マイケル・シャノン)の指示で、彼が解剖されると知り、助け出す決心をします。

この作品で何を一番の楽しみにしていたかと言うと、半漁人をダグ・ジョーンズが演じる事でした。ダグは
「パンズ・ラビリンス」のパン役が一番有名だと思いますが、私が一等好きなのは、「ヘル・ボーイ」シリーズに出てくる、やっぱり半漁人の、エレガントでインテリのエイブが大好きでした。その身のこなしの優雅さと言ったら、人間の男なんか目じゃなかったです(笑)。いっしょに「ヘル・ボーイ」を見に行った三男(当時小学生)に、「なぁなぁ、今度の映画なぁ!」と、ダグの事を熱く語っていると、「その年でそんなんに熱狂できるの、お母さんくらいやで」と笑われましたが(笑)。

今回の「彼」は、精悍にして野蛮、そして若々しくて惚れ惚れするほどピュアな雰囲気を醸し出していました。確かにクリーチャーの造詣でだいぶ左右されますが、身のこなしや体全体の表現力など、誰がやってもあの「彼」になったかと言うと、違うと思う。ダグが今年58歳になる事を考えると、15年近く前の「ヘル・ボーイ」で、大人の男性の優雅さを出していた事を思えば、立派に賞賛に値すると思います。

と、このような私なので、今回のイライザの彼への愛情には、理屈抜きでOKでした。彼女は紹介文では、孤独と記されていますが、決して寂しい女性ではない。同僚のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)や、ゲイの隣人ジャイルズ(リチャード・ジェンキンズ)らの、良き友人もいます。起床から身支度までのルーティーン作業の中の、イライザの自慰場面の挿入は、恋人のいない孤独ではなく、私はそれで性的処理を行っていると取りました。彼女は、外見ではない、口の利けない同士の逢瀬の中で、しっかりお互いの内面を見つめ、愛を育んでいたと思います。

それが証拠に、イライザに性的対象として興味を抱くストリックランドには、強烈に拒否するのです。現実での異種人種間の恋愛を、描いていると思いました。

世の中からも家庭でも虐げられる黒人女性ゼルダ、ゲイである事をひた隠しにしなければならないジャイルズ(アルコール依存は、ここから来ていると思う)など、当時の社会情勢ではイライザを含め、弱者中の弱者が結束して、「どこの名うてのスパイが集まってやったのか?」と、言わしめる奪還劇は、痛快でした。そして手助けは誰がしたのか?アメリカ映画で、こんなのを見たのは初めての気がする。本来の職業的矜持でしょうか?ここも現代に見習いたい事です。

サリー・ホーキンスが超絶可憐。年齢的には中年の役どころでしょうが、少女のような愛らしさです。その中に、貧しくハンデを追いながらも、自立して暮らす凛とした風情に、私は心惹かれました。ストリックランドに「美人ではないが、忘れられない」と言われるのも納得です。イライザは好んで「孤独」な環境に身を置いていた人だと、私は思います。あの奪還劇は、眠っていた彼女の情熱を、「彼」が呼び起こしたのだと思います。

マイケル・シャノンは、傲慢でサディストの役柄を魅力的に好演。質素でも心の豊かさの感じられる、イライザたちの暮らしぶりに比べ、砂糖菓子のようなストリックスの家庭。子供に愛情を示さない父。ルーティーンで父を労う息子。夫の指が縫合手術直後と言うのに、セックスをねだるブロンドの妻。心ここにあらずで、妻を抱く夫。愛情の見受けられない家庭は、幸せ=結婚生活だと言う価値観に、疑問を呈していると思いました。私は「テイク・シェルター」の、良き家庭人から、段々心を病んでいく彼が好きなのですが、今回のような癖のある役柄の彼も好き。きっとハリウッドで名を残す俳優となると思います。

その他オクタヴィアは、もうハリウッドのおっかさんだなぁと、感慨深かったです。ふくよかな黒人女性である事を武器に、情に熱い中年女性を演じて、抜群の安定感です。

とまぁ、大好きな作品である事は間違いないのですが、個人的に「スリー・ビルボード」の方が、作品賞には相応しいと思う事と、今回のオスカーは、メキシコ擁護が鼻についたので、めでたさも中くらい」との感情が残りました。まっ、ちっさな事です。

一番好きなシーンは、浴室を水でいっぱいにしながら、2人が抱き合うシーン。幻想的で美しい数々のシーンは、現実を映す暴力場面との対比にもなっていると思います。公開する劇場も、オスカー受賞で増えると思いますので、どうぞ楽しみにして下さい。


2018年03月04日(日) 「羊の木」




面白い設定だし、お友達各位、それなりに高評価だったので、期待していました。殺人事件で出所した人たちの扱い方が、あまりに雑で、折角俳優陣が演出に応えて好演しているのに、とても残念な気持ちになりました。監督は吉田八大。今回苦言が多いので、ネタバレです。

過疎化の強まる富山県魚深市。市役所に勤める月末(錦戸亮)は、上司の指示で、6人の男女の移住者(田中泯、北村一輝、優香、市川実日子、水澤伸吾、松田龍平)の世話をする事に。しかし彼ら仮出所してきた元殺人犯で、国の極秘のプロジェクトで、過疎化する町に定住させるために連れて来られた人々でした。それぞれ刑務所で取った資格を手に、仕事を得ます。事実を知らされた月末は、戸惑いながらも誠実に彼らに応対します。そんな中、同級生で月末が恋する女性、文(木村文乃)が町に戻ってきます。

まずこのプロジェクトに難があり過ぎ。上司と月末の2人だけの極秘と言うのは、如何なものか?最初にこんな案件があると、月末に相談もなしに、後出しで知らせるとは、これ如何に?そして何故月末?彼は善良で誠実なれど、愚直な男で、案件を知らないはずの後輩に出し抜かれ、色々情報を得るなど、些か鈍いところのある人です、適任とは思えません。そして、上司のパソコンから、すぐにこの案件を後輩が覘けるなんて、どこが極秘なのか?

真面目に更生しようとする人々に対し、中村有志や安藤玉恵の、心の篭った対応は素敵でした。しかし中村有志のところで働く水澤は、多分酒乱です。アルコール依存症かも知れない。殺人も酒の席なので、その事は警察ではわかっているはず。どうして事前に役所にだけでも知らせないの?水澤の失態は、それだけで防げたはずです。

月末の身体に障害のある父(北見敏之)を誘惑する優香。彼女が恋愛依存症なのは明白で、デイサービスで老人だらけの中、まだ男の残り香のある北見を見込んだのでしょう。交際に反対する月末に、「私は今後誰かを愛してはいけないのでしょうか?」と、涙ぐみますが、いけません。あなたは北見を愛しているわけじゃないから。手近にいた男が、北見だっただけで、他に若い男が見つかれば、そちらに行きます。なので、「僕が反対する話じゃなかったです」とか、反省するな、月末!今は親子の立場が逆転しているのだから、老いた父親が傷つかないよう、守るのもあんたの役目でしょ?元殺人犯で恋愛依存の女性と、自分の父親が付き合うのに、理解を示す脚本が謎です。

「愛してはいけませんか?」は、私はDVの恋人を殺めた市川実日子に言って貰いたかった。

サイコパスの龍平。もうこれが一番謎。どうして何の情報もなく、野に放つのか?北村一輝にしろ、龍平にしろ、アトランダムで選んじゃいけないでしょ?成功する人材を選りすぐるべきで、これを寓話としと観ろと言われたら、私は腹立たしいです。だいたいこの案件は、地方都市の活性化以上に、元受刑者の人権にも大いに関わる案件なのですから。一口に殺人と言いますが、全く同情できないものから、大いに情状酌量があるケースと、千差万別のはず。上々酌量組から選ぶべきです。

ラストの方の、のろろ様を使った顛末も、土俗的な言い伝えを踏襲したかったのでしょうが、私はギャグかと思いました。この始末の付け方も、すごく残念です。

俳優では、純朴で鈍感な冴えない好青年を演じて、錦戸亮が好演していたのに、びっくり。優香のフェロモンむんむんした演技も印象に残ります。他にも床屋での錦戸と水澤の髭剃りシーン、錦戸宅での、龍平とのの背筋が冷たくなる会話も良かったです。

と、折角良いシーンがあるのに、思いつきだけで起こしたような、杜撰なプロジェクトの中身が、私には最後まで許せず、結局乗れず仕舞いに終わりました。この設定は、中身をもっと吟味したら、実現するかも知れない案件です。人権に関わる事は、軽々しく扱わないで欲しいです。





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