先週、NHKのしゃべり場を見てしまった。ものすごく 久々にあの番組を観たが、とても微妙な気持ちになった。
一人だけ、話の輪の中で孤立しているコがいた。 皆がそれなりにとんがっている集団の中でも彼女はまた 特別にとんがっていた。
彼女が、彼女だけの言葉で、彼女だけの心を表現する時、 他者はほとんど観客にしかならない。何故だろう。
私も時々、誰かと話すときには心配になる。 会話というのは、誰かと共有してこそ会話なのであって、 一方的な言葉と感覚の押し付けは、まるでテレビを見せられて いるようにしか感じられないからだ。自分がそうならないか どうか、いつもとても心配だ。
…一人だけの世界でこんこんと話を続ける彼女に、唯一の大人 であるマヤマックスさんは言った。 「あなたは、まるで言葉遊びをしているようだ」と。
言葉は、自分の心を、内面を、感情を表現する為にあれば、 それはそれらを誰かに伝える橋渡しをしてくれると思う。
けれど、言葉が自分の心や内面を脚色するだけのものであったら、 それはただの遊び道具にしかならない。
発すればいいというものではなくて、口に出しさえすればいいのでも なくて。言葉は心を込めて、誰かに伝えるものであって欲しいと、そう思う。
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