先日、知り合いの男の人の車で家まで送ってもらった。 帰る方向が同じなので、時々乗せてもらう人だ。 彼の車では、奥さんに「帰るコール」する間は声を出さないでね、と 言われている。奥さんに余計な心配をかけないように、との配慮らしい。
私は彼を、とても、やさしい人だと思う。
先日そうして久しぶりに送ってもらうとき、彼は奥さんにいつも通りに 電話をした。けど、いつもとちょっと違って、奥さんは何か泣いている みたいだった。
彼のほうだけの片一方の話を聞いていると、どうやら奥さん、結婚指輪を なくしてしまって、泣きながら探していて、それでも無くって、困って いるらしい。彼は「また新しいのを買ってあげるからぁ〜。仕方がないでしょ」 と言って奥さんをなだめていた。
たったひとつのプラチナの指輪。それが無くなったくらいで一体何が消えて しまうというんだろう。私も以前付き合っていた人からネックレスをもらった 時、同じように首からぶら下げていい気になってた。まるで「売約済み」って 札が貼られた商品みたいだと思ったけど、それで彼が喜ぶならと思った。
本当なら、どうでも良い事。だけど、私も同じようにやはり「それ」を 無くしてしまったら、なんだかぽっかり小さく穴が開いたような気がした。
今の恋人は、そういう贈り物をしてこないから、とても好き。
物はいつか、消える。だからといって必死になって、普段からそんな小さな物 を気にかけなきゃならないのも、何か違ってる。
もう居ない人からの贈り物は、ただそれだけ、それしか残っていない確かな 「証」だから涙も出るし、気も使うけれど、いつも傍にいてくれる人からの 贈り物など、たとえプラチナの指輪でも、それだけでは心の隙間を埋める事 すら出来ないというのに。隙間を埋めるのは単なる「錯覚」。そうではなくて、 もっと確かな、この手に触れる恋人の肌のほうが、私には大切だと思う。
冷たいプラチナなどではなくて。
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