一橋的雑記所
目次&月別まとめ読み|過去|未来
※ホントは、081122。 ひっそりと、こそこそと、似ても似つかぬ2.5次元。 時々、考える事、考えざるを、得ないこと。 現実的な事。 多分、終わりのない不安。
心配なんかしたって仕方ない。 伝え聞く話だけじゃ、あの子のホントは一つも伝わらないから。 あたしは、いつもどおり、過ごすだけ。
このタイミングで、って思わないでも無かった。 長い付き合いになるあの人も、ちょっとだけ気まずそうに視線を逸らした。 でも、丁度良いのかも知れない。 一日中切れ目無く、お仕事が続いていれば、余計な事、考えずに済むし。 余計な事、かあ、って、少しだけ思ったけど。
お家の回線っていうかPCがご機嫌斜めで、帰っても何処も見に行く気になれなくてさっさと電源を落とす。そしたらする事なんて、台本の下読みとかデモのチェックとかそんな位しか無くて、ぼんやりとお風呂入ってぼんやりとお湯沸かしてぼんやりとお茶飲みながらソファにだらりと寝そべってみる。そろそろ肌寒いなあって思うけど、衣替えも何も手に付かなくて、ホント、この時期って面倒だ。 DSのアクセント辞書を傍らにマーカー持って台本と睨めっこしていたら、テーブルの上の携帯が出し抜けにぶるぶるっ震えて吃驚する。お仕事関係かなあと手に取って、もっと吃驚した。
――ご無沙汰してます。今から立ち寄っても良いですか?
絵文字も何も無い、滅茶苦茶そっけない画面に固まった。 一体どんな返事を返せっていうのだろう。 差出人の名前に間違いない事を何度か確認していたら、突然ピンポンが鳴り響いて、さっきの比じゃない位にびくっとする。 間違い無い。 でも、らしくない。 らしくない理由は分かるけどでも。 兎に角あたしは、思考を停止して立ち上がると、インターフォンは無視して玄関に向った。
「……すみません、いきなりで」
あの子は、いつもどおりのきらっきらな目であたしを見上げた。 ちょっとだけ、ほっぺたがほっそりして見えるのは気のせいかな。 開いたドアの向こう、敷居を跨がない位置で畏まったように佇む姿は、いつもどおりちっさい癖に、あたしの視界一杯を埋め尽くす存在感に溢れている。
「今日、愛媛から帰ってきて。あの、お土産があって」 「お土産?」 「生もの、だから、その、早く手渡したくて。あ、ゆかりさん、蒲鉾とか大丈夫でしたっけ?」 「蒲鉾?」
良く見たらあの子はおっきな旅行鞄を肩から提げてて、それを直に足元に置いたかと思うと、中から保冷バッグっぽいきらきらした袋を取り出した。
「そのまま食べても、煮物に入れても美味しいんですよ、これ。うちの母のお薦めで……あの良かったら」 「あ、うん」
困ったような笑顔のまま視線は落ちたまま、きらきらの袋を押し付けられて、ぼんやりと受け取ってしまったら、微妙な沈黙がその場に下りた。何とも、居たたまれない。
「……奈々ちゃん」 「あ、はい」 「折角だから、寄ってく?」
明日もお仕事だし、あの子の都合も良く知らなかったけど、でも、気付けばそんな言葉をあたしは、口走っていた。
「や、えと、あの、こんな時間ですし」 「タクシー待たせてる?」 「いえ、今日は電車で」 「なら良いじゃん、ゆかりちょうど、お茶してたとこだし」 「いや、でも……」 「蒲鉾、一緒に食べよ?」 「え?」
多分、何でも良かったのだと思う。 あの子を、今、引きとめることが出来るのなら。 玄関先で少し躊躇う素振りを見せた後、あの子は小さく頷いた。 ほっとしてくるりと背中を向けた一瞬、ドアを開いたまま足元の鞄の中からあの子が何かを取り出すのが見えた。小さく折り畳まれた紙、みたいなもの。 ちょっとだけ、知ってる。その中に入っているものの意味。 あたしは、見なかった振りで、そのまま先に奥へと足を向けた。
キッチンへ直行して、取敢えずお茶を沸かし直す。 蒲鉾に合う飲み物って何だろう。やっぱしお茶かなあと首を捻りながらティーバックを探す。紅茶は頂き物とか差し入れとかで葉っぱを貰う事多いけど、何故だかお茶っ葉を頂く機会は全くと言って言い程無いから、これは致し方無いと思う。
「あ、ゆかりさん、お茶なら私が」 「え?」
あたしの所に遊びに来る時の習慣からか、あの子がいそいそとキッチンにやってきて、ダイニングの椅子に鞄を置いて、背凭れにジャンバーを引っ掛ける。
「何でー。今日は奈々ちゃん、お客様なんだから」
いつもは何だって言うんだろう、って言ってから思いつつその肩を押しやろうとしたら、少しだけ唇を尖らせながら、あの子は首を振った。
「私が淹れたいんです」
何処か頑固な所のあるあの子が時々見せる頑なな態度。何もこんな時まで、と思わないでも無かったけどでも。
「分かった。ゆかりが淹れるよりも美味しいもんね」 「え、あの、そういう意味じゃ、」
素直に譲ったのに途端に慌て始めるあの子に、小さく苦笑い。
「褒めてるんだよ?」 「……っ」
吃驚したように目を見開いたあの子の顔に、ちょっとだけ失敗したかな、とこっそり反省。いつもらしくないのは確実に、あたしの方だ。
「だから、絶対美味しいの淹れてねー」 「あ、えと、はいっ」
ティーバックをはい、と差し出すと、反射的に上を向いて広げられるあの子の掌。いつもなら綺麗に彩られている筈の爪が、飾り気の無いまま指の向こうに白く光っているのが切ないなんて、あたしの勝手な思い込み。そういう事に、した。
折角だから、あの子がお茶の仕度している間にと、きらきらした袋から中身を取り出して、まな板とか出して包丁なんか握ったら、あの子はぎょっとしたようにこちらを振り返った。
「ええと、何してるんです?」 「蒲鉾、切ろうと思って」 「あの、包丁要りませんよ、そのまま食べられますから」 「え、そうなの?」
そういえば、板付いてないし真空パックだし、寧ろキッチン鋏の出番かな、と思いつつ包丁は仕舞い直して、食器棚からパン皿を一枚だけ取り出した。
「あのー、ゆかりさん」 「なにー?」 「茶筒とかって流石に持ってないですよね?」 「ちゃづつ?」
キッチンテーブルで蒲鉾のパックを切って中身をお皿に空けつつ振り返ると、銀色の袋を手にしたあの子がむう、と眉根を寄せていた。
「お茶の葉持ってきたんですけど、残りをどうしようかと」 「……あー、ええと、タッパでも良い?」
咄嗟に答えたあたしに、あの子は眉根を寄せたまま少し唸ってから、湿気させ防げたらいっか、って小声で呟いた。
「なーなちゃん、言いたいことあったらもっと大きな声でー」 「え、や、その、別に私は、」 「これで良いかなー?」
差し出した、レンジにも使える優れものな容器に、あ、大丈夫です、と応えてあの子はそのままあたしに背を向けた。
「あのさー」 「はい?」 「茶筒、買っても良いよ、せっかくだから」 「……はい?」
振り返ったあの子が、きょとんとした顔を見せる。 いつもよりちょっとだけ無防備な、疲れた顔。 あたしは、上手く笑えてる自信が無くて、少し俯いた。
「今度はいつお休みになりそう? 分かったら知らせて」 「……あ、はい」
酷くぼんやりとした声が返ってきたのを確認してから、あたしは、蒲鉾を乗せたお皿を手に、リビングへ向った。
……続くかもです(何)。
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