一橋的雑記所

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2006年03月10日(金) やっちまった……。※ホントは、070920.

初なのは(えー)。
時系列的には、StS開始前後。
なのはとフェイトちゃんが同室になってからって事で。












今でも、夢に見る。
掌に感じる、衝撃。
頬に触れる、熱い飛沫。
それが全てだったから。
掴もうにも滑り落ちる温もりを求めて。
何度も、何度も。
追い掛けて追い掛けて。




call me






「……ちゃん! フェイトちゃん!」

ずしん、と沈み込んだ後、一気に引き上げられる意識に、襲い来る眩暈。
ぐるぐると回るぼやけた視界の中、深い藍色が揺れる。

「……な、のは……?」

無意識にその名を呼んでから、それが彼女の瞳の色だと気付く。

「フェイトちゃん……」

ぶれる彼女の心配そうな表情に、少しずつ焦点が絞られる。ごくり、と唾を飲み込んだ咽喉が思いの外、痛い。

「どうした……の……?」
「……もう、」

やっとの思いで零した言葉に、彼女の表情が呆れた色に染まる。

「それは、私の台詞だよ!」

軽く頬を膨らませながら、彼女は少し乱暴に私の前髪をかき上げるようにして額に触れた。

「すっごいうなされてたよ?」
「私……?」

思わず呟き返したら勢い良く頷いてみせた彼女は、いつもより随分と幼く見えた。
そう、初めて逢った、あの頃みたいに。
気付いて、また、視界が歪む。

「フェイト、ちゃん……?」
「……大丈夫だよ」

応える声が、自分でも分かる位に震えている。その事実に、強く臍を噛む。

「私は、大丈夫」
「フェイトちゃん……」

さっきまで見ていた夢の事は覚えていない。けれども、何となく想像はつく。
崩壊する、閉ざされた世界。あの人の狂気を孕んだ儚い夢を閉じ込めた場所。永遠に目を覚ます事の無い、私の血と肉を生み出した源。差し伸べた手を最後まで拒んだのは、あの人の、余りにも哀しい、愛の深さ。
私が、求めて、得られなかったもの。

「大丈夫」

目を閉じて、深く息を吸って。

「大丈夫だよ、なのは」
「……駄目だよ」

呟いた私の言葉に被せるように、強い声。

「駄目だよ、黙って独りで、我慢しちゃ」

一つ一つ区切るように零された声に、驚いて見開いた視線の先、怖いくらいに真剣な眼差し。

「フェイトちゃんだって、分かってるでしょ? 泣きたい時に無理に我慢しちゃったら駄目だって」

差し伸べられた掌が、そっと頬に触れる。
いつだったか。
あの、優しい祝福の風を纏った魔道書の魂が空へ登ったあの冬。
二人で訪れた、その主である私たちの友人は。
自分が背負った罪や、自分が守るべき騎士たちの心を思って、涙一つ零さず耐えていた。
その笑顔が切なくて、哀しくて、私たちは。
私と、彼女は。

「……やだな、私」

それはもう、随分と前の事で。
でも、私の心を捉えて放さない記憶は、それよりも更に遠いもので。

「もう、大丈夫な筈、なのに」
「うん」

頬を滑る彼女の掌が、そのまま首を経て、肩を抱く。

「大丈夫だよ、今はもう。フェイトちゃんは」

でもね。
そういって、彼女は背中に回した手を軽く上下させる。

「消えないから。痛みとか、哀しみとか、辛さとかは、薄れたって、消えないから。降り積もるから。だから、我慢しなくて良いよ」

私の前では。
深い色の瞳が、真っ直ぐにそう語り掛け、柔らかく微笑む。

「……なのは……」
「うん」
「なのは……」
「うん……」

あの日。
何度も繰り返し呼んだ。
彼女の名前。
それは、私にとって、初めて手にした。
確かな光、だった。

世界の全てが足元から崩れ落ちて。
差し伸べた手は空を切り。
あの人は、私の想いを全て置き去りにして、虚無の淵へと、消えた。
永遠に、目覚めない、最愛の娘と共に。

それが、ただの拒絶では無かったのだと信じたい気持ちと。
決して、伝わらなかった想いの結末なのだと諦める気持ちとが。
いつまでも、いつまでもこの心からは消えなくて。
望まれて、でも、その期待に背いてただ、この世にある自分の生を。
疎ましく、重く思う心を捉える闇が消えなくて。

だから。
彼女の名前は。
私にとって。
文字通りの、光明で。

「な……のは……」
「うん、フェイトちゃん」

どんなに歳月が流れても。
多分、どんなに大人になっても。
消えない傷を、痛みを。
丸ごと知っていて、受け止めてくれた、彼女の名前が。
私には、文字通りの、光明で。

「なのは……っ!」

その温もりが、真実で。

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」

縋る私の名を呼ぶ、いつもの彼女の声が暖かくて。
そうして、私は、夜の淵から立ち戻る。
繰り返し訪れる夜でも、明けない事は決してないのだと信じることが出来る。

いつか。
私の名前が。
誰かの光になれたなら。
遠い時空の彼方に消えた哀しい思い出も報われる。
そう、信じる事が出来る。

「……なのは」
「なぁに?」
「ありがと……」

胸元に呟いた声に彼女の、いつもの照れ笑いが振り注ぐ。


私がこうして。
独りでも歩けるのは。
なのは。
君が居るからだよ。
君が、私の名前を呼んでくれたからだよ。

その掌を掴み取って。
私は、再び、眠りに落ちる。
やがてくる朝を、待ち望みながら。
その光を心から、信じながら。



― 了 ―



一橋@胡乱。 |一言物申す!(メールフォーム)

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