一橋的雑記所
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2006年03月09日(木) |
オンリーイベント用下書き中。ネタバレ危険(何)。※ホントは070916. |
そんな感じで。 舞-HiMEオンリー用下書き中です。 書き下ろし用なので、ネタバレ回避したい方は。 見なかった方向でスルー願いますです(何々)。
ゆーても。 既にmixiで下書き済みやってんけども(えー)。
その分厚い封筒の送り主の筆跡には見覚えがあった。 時折あいつ宛てに届く時候の挨拶状でだったり。 ちょっとした贈り物の宛名でだったり。 記憶力には元々自信はあるけれども。 勿論、そういうのとは無関係な所で印象に残る。 流麗な筆跡。 それを目にしたあいつの顔が。 ちょっと見たこと無いくらい穏やかに凪ぐのを。 どことなくざわつく思いで眺めたのだって実は。 一度や二度では無かったから。
手にしたあいつが、一瞬、軽く息を呑んだのが分かった。眺めている私の方にさり気なく背中を向けながら、引き出しからペーパーナイフを取り出し、ゆっくりと丁寧に開封する。 世間知らずな私にも一目で分かったそれは、招待状だった。
「……静留?」
小さく呼び掛けると振り返る、いつもの穏やかな笑顔。
「ん?」
少し傾げられた顔に漂う、微かな憂いの色に気付けない私ではない。 けれど。
「……シャワー、先に使うぞ」
何を言えば良いのか分からなくなって、踵を返す。背中に届いた力の無い返事には、気付かなかった事にした。
いつもの食卓に、いつものように並べられた細々とした料理に黙々と手をつける。あいつもいつもどおり、大学での出来事やら週末の予定やらについて途切れる事無く話題を振り続けている。 その笑顔からは、ダイニングの壁に掛けられたあいつ用のレターホルダーの中身の事を気にする素振りは全く伺えない。それが却って気になってたまらないのは私の方だった。
「……なつき?」
苦笑いの滲む声に我に返る。 どないしたん? そんな声が聞こえるようなあいつの顔。
「……さっきの」
言い差して、レターホルダーへと視線を送る。あいつはまるでたった今気付いた、とでも言うように大きく頷いてみせた。
「前に話したやろか。うちが昔、随分とお世話になった人」
ああ、と頷き返す口元がどうしても苛立ちに歪むのを隠すように、椀を取り上げて味噌汁を一口啜る。 そのまま言葉を探しあぐねる私を置いて、あいつはほんのりと遠い目になった。
「9月の連休に、式を挙げはるんやて」 「……ふぅん」 「ふぅん、て」
苦笑を深くして、愛想無しやなあ、とあいつは小首を傾げる。
「せっかくやし、行ってこよかと思てますねんけど」 「行けばいいじゃないか」
口の中に詰め込んだ味噌汁の具である根菜を咀嚼しながらぶっきら棒に答える。何も一々、私の許可など必要のないことだろうに、と更に苛立ちが募る私の視線を受けて、あいつは不意に、目を輝かせた。
「なあ、なつきも行かへん?」 「……はぁ?」
楽しげに零された言葉に、危うく椀を取り落としそうになる。
「行くって……見ず知らずの奴の結婚式にか?」 「そやのうて」
口元に手を添えたあいつがくすくす笑う。瞬時に誤解に気づき、かっと頬に血が上った。
「なつきかて、三連休やろ?お式は土曜日の午後からやし。残りの二日、うちと二人きりでゆっくりしっぽり、なんてどないやろか?」 「ば……っ!」
いつもの悪ふざけかと反射的に罵声を返し掛けて、飲み込んだ。 真意を図りがたい悪戯な笑顔はそのまま。でも、その眼差しにはひどく真剣な色がある。
冗談、と口にすればあいつはいつものように「堪忍な」と返して本当に冗談にしてしまうのだろう。気付いて飲み込んだ言葉を溜め息に変えて、手にした箸と椀を卓上に置くと、私は軽く背筋を伸ばした。
「静留」
変わった気配に気付いてか、何、と問い返しながら居住まいを整えたあいつの眼差しを真っ直ぐに捉えて表情を和らげる。
「……寂しいのか?」
瞬間、思いついたままの言葉を口にすると、あいつの穏やかな顔が僅かに揺らいだ。
「それとも……心細いのか?」 「なつき、何を……」 「私は構わないぞ。お前の実家に挨拶に行け、だの泊まってけ、だの言い出さないのなら、付き合ってやっても」
言い放ちながらも胸の中にわだかまる複雑な思いがどうにも収まらない。のももやもやが癇癪に育たない内にと再び箸を手にして、私は厄介な焼き魚の身を解すのに意識を集中し始めた。
「……ほんま、かなんなあ……」
暫くして。 そんなことをぽつりと呟いたあいつの綺麗な指先が、淡い藤色の湯呑みを包み込むのが、見るとも無しに視界の端に入ってきた。
「そやね……うち、寂しうて、心細いんかもしれん」
自嘲含みの言葉の後、あいつはうって変わって楽しげに続けた。
「せやけど、なつきが気にしてはるようなことは、うち、なあんも思てませんえ?」
くっきりとした声で言われて思わず顔を上げると、いつものように楽しげに小首を傾げたあいつの笑顔がそこにはあった。
「せやから、なつきはやきもち焼かはること、あらへんよ」 「な……っ!」
今度こそ本気で叫び掛けた怒声はしかし、喉に絡んだ魚の解し身に阻まれ、私は派手に咳き込むはめになった。
その後は、死ぬ目に遭ってる私を甲斐甲斐しく介抱しつつ、嬉しそうにからかい続けるあいつをどうにも出来ないまま、ひたすら疲れる時間が流れ続け……夕食を終える頃にはぐったりとなってしまった。 せっかく浴びたシャワーも台無しになった私が汗を拭きふきソファに倒れ込むと、当然のように傍らに席を占めたあいつがその膝の上に私の頭を載せさせる。目を閉じ、されるがままにしていると、不意に、その手が頬に触れてきた。 黙ってされるがままに、柔らかな掌が頬を包み込むのをじっと感じ取る。
「……なあ、なつき」 「なんだ?」 「なつきは……、」
言い差して口ごもったあいつの脳裏に一体、何が浮かんだのか。 それに気付かずに居られない程度には十分な時間が私たちの間には、存在する。そのことを伝えるにはどうすれば良いのかなんてことにも私はとうに、気付いている。 だから、目を閉じたまま私は黙ってあいつの首筋に手を伸ばし引き寄せ抱き締める。 片手で頭を抱くように、もう一方で背中を包み込むように。 そう、昔、あいつが何度も私にしてくれたように。 そうして、あいつの意外に華奢な背中を撫で擦る。 宥めるように、慈しむように。
「……私が一緒に、居るだろう」
耳元に囁くと、あいつが小さく頷くのが分かった。
「それでも他に足りないことがあるのなら、言ってみろ」
本当は、あいつの不安や寂しさや、心から求めているものなんて私には何一つ、分かっていないのかもしれないし、こうしている今でさえ、何一つ満足に与えられてはいないかもしれない。 あいつが私に向ける想いと、私が抱く想い。その双方に同じ名前は付けることは出来ない。そのことを今でも何処かで私は、否定出来ないでいる。 けれども、でも。
「……堪忍」 「何でそこで謝る?」
口癖のような言葉に苦笑すると、首を振るようにしてあいつは頬を摺り寄せてきた。
「うちはホンマに、贅沢で我侭やから。足らへんもん数え上げだしたら切りあらへんなあ、思うたんよ」 「だろうな」
笑いながら返すと、いけず、と呟いたあいつの声が温かく緩んだ。
「なつき」 「ん?」 「おおきに」
背中に回されたあいつの腕に、力が籠もる。 負けないように私もこの両腕に、そっと、力を込めた。
― 了 ―
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