春が過ぎた頃、祖父は随分と調子が良くなっていた。
最も親密に付き合っていた近所の人の前だけだったけれど、他人に顔を見せるようになったのは、大きな進歩だと思っていた。 以前のように、おどけて笑わせてみたり、日常の会話をしたりするようになった。
私は、高校に居た。 授業中、担任の先生に呼ばれて廊下に出る。 「おじいさんが亡くなったそうだ。叔父さんが迎えに来るそうだから、すぐに帰る用意をしなさい。」 突然の事に、信じられなかった・・・ いや、突然ではなかった。 「嗚呼、遂にこの日が来てしまったか・・・」 それが本音だった。
でも、どうして・・・ 調子良くなってきていたのに・・・
授業中、帰り支度をして校門に向かう私を、生活指導の先生が呼び止めた。 「何やってるんだ?」 「じいちゃんが死んだので帰ります。」 「祖父が亡くなったので帰ります。だろ! それは何だ・・・」 鞄に付けていた、後輩からもらった修学旅行のお土産のキーホルダーに目を付けられた。 チェーンをあしらったキーホルダーが気に入らなかったのか、没収されてしまった。 こんな時に・・・ この先生は知らない。 私にとって、祖父が父親同然の存在であることも、祖父の死因も・・・ 私は、反抗する気力などなかった。
自宅から車で20分程の高校に、叔父が迎えに来た。 車に乗り、暫く無言の時間が過ぎた。 おもむろに叔父が口を開く。 「じいちゃん・・・なんで死んだか分かるか?」 叔父のその言葉で、確信した。 「自殺でしょ?」
その日、回復の兆しを見せる祖父に安心し、祖母が病院に出掛けた。 兄は家に居たが、兄の部屋は、家の一番奥にあり、居間の様子は伝わらない。 ほんの2時間程度の間だった・・・ 祖母が家に帰ると、祖父がいない。 慌てて車庫に行ってみると・・・ 祖父が首を吊って死んでいた。
祖母はすぐに兄を呼び、二人で祖父を降ろし、布団に寝かせたらしい。 警察にはどう説明したのかは聞かなかったが、表向きには、心筋梗塞ということにした。 発見が早かったせいか、祖父の姿は綺麗で、舌も隠せる程にしか出ていなかった。
家族は3人になった・・・ そして・・ これから、自殺で残された家族の苦しみを味わうことになる。
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