父は死んだ。 葬儀に帰って来ていた母は、男の待つ遠い地に戻っていった。 これで家族は、母方の祖父母と兄と私、4人になった。
夏休みが明け、始業式、全校生徒の前で、校長先生が私の父が他界したことを告げる。 周りの皆が私の方を見る。 私は、ただただ恥ずかしかった。 皆の視線が自分に集まっていることが、ただただ恥ずかしかった。 皆が私を見て何を思っているかなど考えもしなかった。
父が他界してから、教師の目が変わった。 私の暗い表情ばかりを追いかけてくるようになった。
教師よりもずっと私を憐れみの目で見ていたのは祖母だった。 「時々暗い表情をします。」と教師に言われて、更に祖母は追い込まれていく。 「可愛そうな子」祖母は、私のことをよくそう言った。 私は「可愛そうな子」にならなければいけないような気になっていった。
中学1年生だった兄は、非行の道を走り始めた。 祖父母と妹しかいない家は、絶好の溜まり場となった。 いつもガヤガヤと騒がしい兄の部屋。 祖父母が注意すると、反抗する。 閉まっているガラス戸の向こうから物が飛んでくることもあった。 友達のことを悪く言った祖父母に怒り、包丁を振り回したこともあった。 流石にその時は、私も尋常ではない恐怖を感じた。 「お兄さんが、じいちゃんとばあちゃんを殺してしまう・・・」 本当に殺してしまうのではないかと思った。 結局兄は、最後に包丁をテーブルに突き刺し、部屋に戻っていった。 小学生だった私は、兄にには何の相手にもならないからか、この頃からほとんど口を利くことがなくなった。
祖母は、私に兄のことを愚痴るようになった。 そして、「お前だけが頼りだ。」と。 「お前だけはしっかりしてくれよ。」 「お兄さんは頼りに出来ん。お前がばあちゃんの面倒を見てくれよ。」 毎日のように、そう言い聞かされた。
兄を恨めしく思った。 けれど、兄のことは嫌いではなかった。 兄が羨ましかった。
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