父が帰ってきた。
子供だった私は、父が棺桶に入れられるまで会わせてはもらえなかった。 一晩海に沈んでいた父の姿は、そのままでは子供が耐えられる状態ではなかったのだろう。
ポンポン舟で通勤していた父は、いつもの様に舟で帰宅していた。 途中でスクリューに何かが絡まり、それを取り除こうとエンジンを切ってイカリを下ろした。 そのイカリのロープが足に絡まり、イカリと共に海へ投げ出され、イカリと共に海に沈んだ。
泳ぎは得意だったはずの父。 どうして抜け出せなかったのか。 まず、父は酒を飲んでいた。 どのくらいのアルコール量だったかは知らないが、アルコールが入っていると普段泳ぎの得意な者でも思うようにいかない。 しかも、足にはイカリのついたロープが絡まっていて、どんどん沈んでいく。苦しさでパニックにもなるだろう。 更に、父は安全靴を履いていた。 鉛の入った靴。どう考えても水泳には向かない靴だ。
さぞかし苦しかっただろう。 真夏とはいえ、夜の海の底は冷たかっただろう。
と考えるのは今になって。 当時、子供だった私は、そんなことなど一切考えもしなかった。
朝になって、無人のポンポン舟に気が付いた漁師さんが警察に連絡してくれたらしい。 イカリを引き上げたら遺体も一緒に上がってきたのだ。警察の方も、慣れた事かもしれないが、さぞかし驚いただろう。
人間は、死んで尚いろいろな人の世話にならなければならない。 一人で、誰にも迷惑をかけず、誰の世話にもならずに死ぬことは出来ないのだ。
いつの間に連絡がついていたのだろう。 父の葬式に、母の姿があった。 母は終始泣いていた。 子供心に不思議に思った。
「どうしてアナタは泣いているの?」
父のお葬式で、私は一度だけ泣いた。 火葬場で、スイッチを入れる時。
「ソレを押したらお父さん死んじゃう・・・」
父は、もう二度と帰っては来ない。
お葬式が終わった後、母も含めて家族で食事をしながら私は呟いた。 今でもハッキリと憶えている。 これがその時私が父の死で感じた全て。
「もう、家族揃ってご飯食べることは無いんやね。」
一瞬、皆の動きが止まった。
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