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diary
2007年08月29日(水) マスコット・ガール
彼の鞄の中にはいつだって掌サイズの人形が入っている。何かのキャラクターらしいが、あたしにはわからない。いわゆる、ゲームセンターの景品のような、ぬいぐるみとマスコットの中間みたいなかたちのそれは、かわいいんだか、変なんだか。でも彼はそれをいたく気に入っているらしい。
「推理小説であったね。犯人の男がさ、くまのぬいぐるみを持っていて、それを犯行現場に落としてしまって、結局そこから身元が割れてしまうんだ。『点と線』だっけ?ドラマでやってた」
「『人間の証明』だよ。作者から違うじゃんか」
「あれ、似てない?まぁどっちでもいいや。ねぇそれ、なんか思い入れとかあるの?あの犯人のひとみたいに」
どっちでもよくねぇだろ。似てねぇし。たしなめてから、彼はちょっと考えた。
「こういうのは知ってる?やっぱりくまのぬいぐるみでさ、いろんな人の手を点点と渡ってくんだ。大人から子供から年寄りまでね。そのくまの中にはさ、実は爆弾が仕掛けられてるんだ」
「じゃあその中にも爆弾が入ってるの?」
「だったら、怖い?」
「ステキ!スリルある。爆弾犯人の恋人だなんて」
「爆弾犯は恋人は連れないんだぜ」
「じゃああたし、置いてかれちゃうの?」
「犯人が連れてるのは人質っていうんだぜ。それじゃだめかい?」
「そうね、その方がかっこいいや」
人質にされた少女は、いつか犯人を愛してしまうのでした。ふたりの愛の逃避行が始まるのです。
「おまえ、意外にロマンチストなんだな」
馬鹿にしてる?オンナノコはきっと、多かれ少なかれ、ロマンチストだと思うけど。
「で、なにが入ってるの」
「……わるいおくすり」
「え?」
「この中にはね、いけないおくすりが入っているの」
「えー」
爆弾よりもありえるけれど、爆弾よりもかっこいいかも。でも爆弾の方が派手だなぁ。そんなことを考えて一瞬ぼんやりすると、彼はちょっと不安そうな顔をした。
「あれ、爆弾の方が好きだった?」
オンナノコってわかんねぇな。とぼやいた。
「嘘だよ、信じるなよ」
信じちゃいないけどさ。
「てか、いつのまになんか入ってることになったんだよ?」
さぁ?だってその方がドキドキするもん。
「しらけた顔したくせにな」
やっぱりオンナノコってわかんねぇなと彼は繰り返した。
しばらくして、彼の鞄からいつのまにか人形は消えていた。どうしたのと聞くと、はとこが欲しいって泣くからあげちゃったという。
「さみしい?」
「さみしいってなんで?」
「ライナスの毛布みたいなもんだったかと思って」
「あんなぼろぼろじゃねぇし」
あたしはそこに爆弾が入っていることを想像して、ちょっとときめいた。小さな子供の玩具になった恐ろしい凶器。その子はそれがなんだか知らずに乱雑に扱うだろう。でも爆弾は眠ったように爆発しない。そういうことになっているのだ。きっとそれはいつか、また別のひとの手に渡り、さらに転々として、どこか思いもよらないところで爆発するだろう。ホワイトハウスとかね。あらら、海越えちゃったよ。
あたしは自分の夢想に酔っていたので、彼の一言を聞き漏らすころだった。
「オンナノコって、こんなもんなのかな」
「なにがよ」
「情が薄いって」
「あたし、そんなにあれ気に入ってなかったと思うけど」
「本当に、覚えてないんだからな」
「?」
「あれは、おまえがおれにくれたやつだったってこと」
「いつよ?」
「覚えてないくらい昔だよ」
そんなことがあったかな。
「本当に思い出さないんだな。悲しくなるな」
彼は心底悲しい顔をし、あたしは必死に思い出そうとする表情をしたけれど、心の底では幸せだった。だって、彼が覚えてくれていたから。
オンナノコはね、そういうの、きちんと覚えてて、忘れた振りをするんだ。
もちろん、覚えているさ。ただそれは、言ってあげない。やっぱり、オンナノコは不思議なイキモノなのだ。
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