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2007年07月13日(金) TRUE ROMANCE
「ねぇ、魔法が使えるとしたら、なにがしたい?」
ハードカヴァーの本からほんの少し目を上げて、彼女が聞いた。ぼくと彼女のつきあいは長くて、この質問だけで、ぼくは彼女が何の本を読んでいるのかわかってしまうほどだ。
「魔法なんて、そんな御伽話の中だけだよ。それより、夕飯、ピザにしない?」
「あたし、おなか減らない。それより魔法を使えるならなにがしたいのか、あなたの意見聞きたいんだけど」
ぼくと彼女のつきあいは長くて、こんなふうに質問を繰り返すとき、彼女は少し怒ってるって、ぼくは知っている。ぼくはピザを諦めて、つきあいの長い彼女すら、聞いたことのない話をしようと、オーディオのリモコンボタンを押した。ビリーの声が小さくなった。J−POPしか聞かない彼女の部屋に、なぜ腐ったリンゴのアルバムがあるのか、つきあいの長いぼくも知らないことはある。
「最強の魔法って、なんだと思う?」
質問に質問で返されることを彼女は嫌うのをぼくは知っているけれど、この流れならば大丈夫。魔法のことばかり考えている彼女は、すぐに考え込んだ。最強の魔法ね、と小さく三回呟いた。それから困った顔をして肩をすくめた。
「神様のつかう魔法だわ。でも名前がわからない」
唯名論を信奉する彼女らしい。それから彼女はその名前を自分でつけようと、それらしい名前を並べ立てる。でも、どれもお気に召さないようで、十数秒で諦めた。ねぇ、正解を教えてよ。
「最強の魔法はね、言霊使いのつかう魔法さ」
「コトダマツカイ?言霊使い!ステキね、でもそれこそ御伽話だわ」
「なんで?」
魔法なんて、全面的にそうじゃないのかなどと言ったら、きっと彼女は機嫌を悪くするだろう。
「だってそんなの怖すぎる。喋ったことがぜんぶ本当になってしまうなんて。リアルじゃないわ」
魔法にも、リアルなのとそうじゃないのがあるらしい。彼女理論は彼女の中で、非常に論理的なロジックがあるらしいが、ぼくにはやはりこれもまだ未知だ。
「言霊使いはね、いたんだけれどね、みんな死んでしまったんだ」
「戦争があったのね。言霊使いどうしの。で、反逆者みたいのがいて、みんな滅んでしまえ!とか言ったんだわ。ね、そういうことでしょう?」
「いいや、言霊使いはめったなことを言っちゃいけないからね、極めて温厚でやさしくて、いつでもみんなのことを考えているようなひとだったから、誰かと争うようなことはなかったよ」
「じゃあ自殺しちゃったのね。やさしいひとっていつもそうだわ。すべて自分のせいにして、それで自分さえいなければなんて言って、死んじゃったんでしょう?ねぇ、あたし、そういうひと大嫌いだわ」
「そうだね、ぼくもそういうのはよくないと思うけど。でも、それも違うんだ。自殺なんてしたら、ほかのひとがきみみたいに思うのをちゃんと知っていたからね。自分のこともちゃんと大事にするやつらなんだ」
そう、きみのように。
「じゃあなんで死んでしまったの」
どうやら彼女は不服らしい。困ったな。この結末じゃ納得してはくれないだろうと、つきあいの長いぼくにはもうわかってくる。
「言霊使いは神様じゃない。ぼくらと同じ人間で、しかもそういういいやつだったからさ、ついうっかり、言っちゃったんだ。死ぬほど疲れたとかなんとかね」
「それだけで死んじゃうの?」
「だって言霊使いだもの」
ふぅん、と彼女は目を落としてそれから伸びをした。
「ちょっと感動的な話だわ。でも、あたし、おなか減った。ねぇ、ピザ、なんにしよう?」
ぼくはすぐに立ち上がった。デリバリーピザのチラシを探すため。
「クリスピーがあるとこのにして」
もちろんわかってる。
「それから、骨なしのチキンがあるとこの、だろう?」
「よくわかるのね」
そりゃあわかるさ。ぼくらのつきあいは長いのだから。
「じゃあダイエットコーラをふたつ頼んで。乾杯しましょう」
「なにに?」
「もちろん、ふたりで過ごす、二日目の夜のために」
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