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diary
2006年08月30日(水) モノローグ
彼女の言い分はまるで、洒落たヨーロッパの、ちょっと古い映画の台詞のようだったので、オレは正直(古い言い方だけど)、面食らったのだった。とは言え、洒落たヨーロッパの、ちょっと古い映画なんて、実はきっと、観たことがない。覚えているうちで一番古いのは確か「愛とは決して後悔しないことなんです」とラストシーンに、妻を亡くした男が言う映画だ。あれは確かに古いんじゃないかな。でも、あんなイメージじゃない。そう、イメージだ。そう、たとえばそれは、サガンの小説のようだ。そしてオレは、その中で中盤くらいに出てきて、ヒロインの無垢に苦しめられる、幸福な不幸者のようだ・・・・・・云々。
そんなことを考えているうちに、彼女は煙草を吸い終え、ピンク色のウェッジソールを翻し、軽く会釈をして、エレベーターに乗り込んで行ってしまったというわけだ。まったく、なんてこと。いつもいつだってそうだ。オレは独白に囚われすぎる。フキダシに入っていないフォントの多いマンガ、アフレコの多いドラマ、そんなのが大嫌いなくせに。オレはきっと絶対に、脱線が多すぎる。
いけない、昼休みが終わってしまう。
ことの顛末はこうだ。
オレはある女性を気に入って、彼女もオレを悪くは思わないようだったので、その、あれだ、交際を申し込んだのだ。そうしたら、彼女から振られてしまったのだ。なんてことだ、こんなに単純なことを記述するために、オレは一体何文字無駄にしたことだろう。舞台からは彼女すら退場してしまったではないか!それというのも・・・・・・そうだ、それというのも、彼女がオレの申し出を断るために言った台詞が、あまりにもドラマティックだったからだ。そう、覚えている。彼女は言ったんだ。
「残念ね。つきあっているひとがいるの。しかもあたし、しあわせなんだわ。タイミングが悪かったわ。違うときに言ってくれれば、あたしたち、きっと違うことになっていたかもしれないのにね」
「それって、カレに出会う前だったら、ということ?」
「いいえ、そうとも言い切れないわね。あたしの心もちが・・・・・・えぇとにかく、残念だわ。どっちにしろ、今ではなかったのよ。タイミングが悪かったわ」
そして彼女は煙草を吸い終えて、エレベーターに乗り込んだのだ。
どうだい?ものすごく、叙情的だろう?
舞台設定をもうすこしひねったらよかったのかな。オフィスの喫煙所ってのはやっぱり似つかわしくなかった。洒落たヨーロッパの映画じゃきっと、キャッフェかナイトクラブってとこかな。それともパーティ?
とにかくオレは、タイミングを外してしまったらしい。残念だ。でもきっと、一生をそのタイミングを図るために使っても、オレにそんなタイミングなんかこないって言いたいんだろう?ふん、わかってるさ。あたりまえだろ?だっていまどき、誰がそんなタイミングにぶつかるっていうんだい?キミかい?彼女自身だって、そんなタイミング、望んだこともないだろうよ。
そうしてオレは覚る。
そうか、オレはただ、振られたということだ。タイミングが悪くて。ふん、なんてわかりやすいエピローグ!
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サキ
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