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diary
2006年07月05日(水) 柩
「工事中」の看板がすっかり古く錆びた、ロープでくくった簡単なバリケードの中の空き地は、工事をしている風にはまったく見えず、雑草が生え放題になっていた。
一ヶ月、三ヶ月、半年、一年・・・・・・。
どのくらいそのままでいるのだろう。
雑草は芽吹いて生い茂り、虫の音が五月蝿く響き、いつか枯れ、雪が真っ白に覆い、それが溶けるとまた、芽吹いた。
「ヤァ、あれは柩ですね」
口笛を吹くように、彼が言ったので、ひとつ先の信号に気をとられていたわたしは、もう少しで聞き流してしまうところだった。
「エェ、なんですって?」
「柩です」
「ひつぎ?」
「そう、ホラ、あそこに」
「工事中」の看板がすっかり古く錆びた、ロープでくくった簡単なバリケードの中の空き地のど真ん中に、なにやら黒い、四角い箱がひとつ、置かれているのに、そのときわたしは初めて気づいた。
それは、なんと表現していいかわからない。
その黒い箱は、堂々と鎮座しているようでもあり、こっそりと置かれているようでもあり、大きくも見えたけれど、よく見るととても小さいような気もして、重そうで、軽そうで、圧倒的な存在感があるようだけれど、気づかず通り過ぎてしまうほどの自然な感じで、そこに「いる」のだった。
彼はふんふんと口笛のようなものを吹いている。
ヤァ、あれは柩ですね、と言った彼は、ただ事実を述べただけであって、その口調に、驚きや感動めいたものなど、なにひとつ、感じられなかった。
そしてそれは、不思議なようで、そのとおりのような気がした。
「いつからあそこにあったんでしょう」
わたしが聞くともなく口にすると、彼はさも当然のように答えてくれる。
「今気づいたのだから、きっと今からでしょうね」
「なにか入っているのでしょうか」
「そりゃあ柩ですから、入っているものは決まっているんじゃありませんか」
「からっぽ、ってことはないんでしょうかね?」
「からっぽだったら柩じゃないですね。ただの箱だ」
「あれは、どうなるんでしょう?」
「どうにもなりはしませんよ。なるようになるんです」
歩いて歩いていくと、信号はちょうど青に変わり、わたしは後ろを振り返ることもなく、すたすたと進む彼に遅れないよう、すたすたと横断歩道を渡った。
こんな話をすると、ひとは決まって気味悪がったり、その話のオチを聞きたがったりするものだが、これは特別なことじゃないんじゃないかと思うのだ。
もっと不気味な話はそんじょそこらに転がっているし、オチのない話を批判するやつの話は大抵、オチがないどころか面白みすらないのだから。
これはただの、わたしが見かけた「あるもの」のお話。
それだけですよ。
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サキ
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