back next new index mobile
me note diary

2004年01月08日(木) 堕胎

銀色のカプセルの中は、温かだった。
ただ、少し窮屈だと思った。
「聞こえるかい?」
聞き慣れた声が、カプセルの外側を、こんこんと軽く叩いた。
聞こえるよ。
応える代わりに、同じようにカプセルの内側を叩く。
しばらくの間、そしてそこは静かだった。
ドクン、ドクンと、心臓が脈打つ音だけ、聞こえる。

いつの間にか、眠りに墜ちた。
小さな女の子が、砂の城を作っている。
でも、あまりに海岸に近すぎて、積み上げたと思うと、すぐに波がさらっていってしまう。
終いに少女は癇癪を起こして、砂を派手に撒き散らしてそれを崩してしまった。

「可哀想に」
外で声がした。
「そう?」
「君のせいじゃないけどね」
そう、ぼくのせいじゃない。
「ところで、」
声が尋ねた。
「さっきのは、誰の夢?」
そう、それはぼくの夢じゃあなかった。
「知るもんか」
大袈裟に手を動かすと、紐状のものが絡みついた。
チューブだ。
ぼくの生命維持装置。
「しかしなんだね、こうして外の世界も見られず、自分の意思で動けもしない。あまつさえこの生命は、このチューブによってのみ、支えられている。生きている意味があるのかね?」
こんなのはつまらないと、思った。

こんなの、生きてるうちに入んないんじゃないの?

気紛れだった。
ぼくはチューブに手を苅テけた。



「……先生!」
「ああ。……可哀想に」
止めどなく流れる汗を拭いて、そこに転がった今は只の肉塊となった、かつて生命だったものを見つめた。
「へその緒が首に絡みついて生まれてくるなんて……」
若い医師が溜め息を吐いた。
そして考えた。死産だったと、伝えたとき、そんな気がしていたと、母親が呟いたことを。
「不完全な砂の城が崩れる夢を、みたんです」
その表情のどこかに、安堵があったように、思えてならなかった。


<<   >>


感想等いただけると、励みになります。よろしければ、お願いします。
管理人:サキ
CLICK!→ 
[My追加]




Copyright SADOMASOCHISM all right reserved.