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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2013年07月23日(火) 日本アルコール関連問題学会岐阜大会の印象(その1) 日本アルコール関連問題学会の岐阜大会に出席してきました。2日間の会場にいたのに、分科会やシンポジウムにまったく参加しませんでした。学会と呼ばれる場所には何度も行っていますが、こんなことは初めてです。唯一出たのが、昼食を確保するために聞いた認知症のランチョンセミナーだけでした。「いったいお前は何をしに行ってるんだ?」と言われそうですが、自分が学ぶためではなくAAの広報活動で行ったわけです。
前回に続いて今回もポスター発表を行いました。これは2001年から2010年の4回のメンバーシップ・サーヴェイの結果を比較したものです。これによって、この9年間で女性メンバーの比率が増加を続けていること(20%→27%)。女性の増加は全国7地域すべてで起きていること。また、収入の手段とソブラエティの長さの関係を見ることで、酒を飲まない期間が長くなるにつれて生活保護の比率が減っていく(つまり経済的自立を成し遂げていく)様子が分かりました。興味をお持ちの方はJSOにお問い合わせいただければ資料が得られると思います。この他、資料の配付やAA書籍の販売など、JSOスタッフや地元のAAメンバーが活躍されていました。
分科会やシンポジウムを聞かなくても、会場の中で人と接しているだけで分かってくることはいくつかあります。今回の大会では大きなトピックが3つありました。ひとつは、アル法ネットが取り組んでいる「アルコール健康障害対策基本法」の制定について。もう一つは、レグテクト(アカンプロサートカルシウム)の登場です。
アカンプロサートについては、服用するだけで飲酒欲求を抑える効果があるということで、発売前には「抗酒剤(ノックビンやシアナマイド)が過去のものになる」とか、「AAや断酒会が不要になる」などと言う人もいましたが、実際発売されてみると現場へのインパクトはあまりない様子です。その理由のひとつは、久里浜での治験で有意な差が出たとしているものの、それは従来の手法に追加して使った結果だからです。エフェクトサイズもそれほど大きくはないので、抗酒剤と併用するのが良いという医師もいました。このクスリがAAや断酒会の存在意義を否定するわけではなさそうです。
3つのトピックの最後は「飲酒量低減という治療目標」です。むしろこちらのほうが、AAや断酒会に与えるインパクトは大きいでしょう。実は一緒に参加した妻の気分が悪くなってしまい、救護室で横になって休む脇に付き添っていました。救護室はメインホールの楽屋が使われており、小さなテレビでメインホールの様子が中継されていました。スライドの内容は分かりませんが、音声だけ聞こえていました。
飲酒量低減というのは、ひらたく言うと「節酒」です。日本のアルコール依存症治療では、治療の目標は言うまでもなく「完全断酒」です。AAも断酒会も断酒を目標として掲げています。個人的経験からしても、アルコホーリクが節酒することは無理です。
しかし、世界的にも、歴史的にも、アルコール依存症の治療目標は断酒とは限らず、節酒も節酒の選択肢のひとつになっています。日本でもここ2〜3年ぐらい、節酒を選択肢のひとつにしたらどうか、という定言がされるようになってきました(その発信源は久里浜だという気がしますが)。
WHOの疫学調査で、20カ国でアルコール依存・乱用で治療が必要な人と実際に治療を受けている人の比率(treatment gap)を見たところ、78%が未治療だったそうです。これは調査対象となった8種類の疾患の中で一番悪い数字です。
The treatment gap in mental health care
http://www.who.int/bulletin/volumes/82/11/en/858.pdf
つまりアルコール依存(乱用)の人のうち8割近くが治療を受けていないということです。日本でも厚生労働省の研究班の調査で、アルコール依存症者(IDC-10の診断基準を満たす人)は80万人と見積もられていますが、一方の患者調査によれば実際に治療を受けている人は5万人に過ぎません。
80万人のうち75万人は治療を受けていない、つまり日本にも大量の未治療者が存在しているということです。彼らはなぜ治療を受けないのか。それには様々な理由がありますが、主な理由は「アルコール依存症者は断酒を嫌がる」ということです。治療側が断酒という目標だけを提示すると、彼らは治療を中断してしまい、未治療の状態に戻ってしまいます。
ひとつには中間的な目標として節酒を掲げるということがあります。これによって治療を受け入れやすくなることが期待されます。シンポジストの一人は飲酒量の低減が肝機能を向上させることを示していました。現在治療を受けている5万人は、重篤な(つまり重症の)アルコール依存症者が多いがゆえに、断酒という治療を目標を選ばざるを得ません。しかし、もうすこし軽症の人であれば、節酒を中間目標にした上で、最終的に断酒へと導いたほうが良い結果が得られるかもしれません。
さらには、あまり診断基準を多く満たさない人であれば、節酒を最終目標に掲げることもあり得るということです。実際飲酒量を低減させることにより、安定した緩解にいたる人もいる、というエビデンスも揃いつつあるそうです。軽症なら節酒も可ということか。
「渇望現象によって飲酒量のコントロールが不能になるのがアルコホーリクだ」というAAの考え方からすれば、長期に渡って節酒が可能だなんて信じられないかもしれません。僕の考えでは、操作的な診断基準の下では違う病気の人が混じってきている可能性も十分あるはずです。ジェリネク博士はアルコホーリクをいくつかにタイプ分けしましたが、その中でγ型(AAが本物のアルコホーリクと呼ぶもの)が多くを占めているのでしょうが、それ以外のタイプもあり得るし、中には飲酒のコントロールを回復する人がいる可能性は否定できません。(つまりアルコホリズムとアルコール依存症は違うということ)。
今後、断酒という治療目標だけでなく、中間目標としてあるいは最終目標として節酒を掲げることが日本でも広がる可能性は十分にあります。実際にすでにそれは始まっています(いくつかの医療機関で飲酒量低減という目標の治療が始まっているという報告がありました)。
日本のAAでは「アルコール依存症には重症も軽症もない」と言われます(他の国のAAでも同じことを言うのか知りませんが)。これは軽症だから節酒が可能というわけではなく、断酒するしかないことを説明するための言葉ですが、医療が節酒を指導するようになれば前提が崩れてしまいます。
新しい仲間が、私たちの生き方に何の喜びも楽しみも見つけられなければ、彼らは私たちのように生きることを望むはずがない。(p.192)
AAメンバーが、単に「酒を飲まない」以上の魅力を発信できなければ、新しい人たちがAAに魅力を感じてくれることはないでしょう。AAは特に重症の人たちが酒をやめるためにやむなく参加するところ、として扱われるようになるかもしれません。
「飲んでいた頃のひどい自分を正直に語ることで酒が止まり続けるんだ」とか言っていても、そんなやり方には魅力を感じてもらえないでしょう。また、「仲間の中で荷物(嫌な感情)を吐き出すことでスッキリするためのミーティング」にも魅力を感じてもらえないでしょう。なぜなら、節酒を目標にすることができるのであれば、飲める選択肢を選ぶのがアルコホーリクだからです。
12ステップを通じて得た新しい生き方の魅力を発信することで、「古い生き方のまま酒を飲み続けるよりも、新しい生き方を選んだ方が良いかも」と新しい人に思わせることができないと、AAは徐々に衰退し、忘れ去られていくでしょう。これからのAAは量だけでなく、質も追求していかなければならないのだと思います。
大会のプログラムとは関係なく、会場内の雑談でアカンプロサートの次の薬「ナルメフェン」について耳に挟みました。製薬会社のルンドベックだそうです。ネットで検索してみると、確かにルンドベックが nalmefene(商品名Selincro、セリンクロ)という薬をヨーロッパで4月から launch したとあります。
Lundbeck introduces Selincro as the first and only medicine for the reduction of alcohol consumption in alcohol dependent patients
http://investor.lundbeck.com/releasedetail.cfm?ReleaseID=757998
アカンプロサートが断酒を前提とした薬であったのに対し、ナルメフェンは飲酒量低減(節酒)のための薬です。大量飲酒者が酒を飲む1〜2時間前に1錠飲むと飲酒量が抑制される、という使い方をするらしい(つまり頓服薬だね)。そう遠くない将来に日本でも治験が始まるでしょう。そして、有効性が確認されれば市場に投入されるはずです。それを待ち望んでいる人は少なくないはずです。
僕は占い師ではないので未来を予測はできませんが、2010年代は日本のアルコール医療が断酒から節酒へと舵を切る時代になるのかもしれません。そうなったらAAも影響を受けざるを得ないでしょう。時代の潮流は変えようがありませんが、その潮の流れの中でAAという船はどちらを目指すべきか。ミーティング偏重を脱し、12ステップを通じた新しい生き方の魅力を備えていくしかないと思います。恐竜と同じで、環境の変化に対応できないものは死滅するしかないのですから。
印象(その2)はまたいずれ。
(ナムルフェン→ナルメフェンと訂正しました)
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