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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2012年10月09日(火) 目標値(日本のAAメンバー数) 先日のポスターセッションで、日本のAAのメンバー数は5千人前後で、まだまだ量的成長の余地がある、という話をちらりとしたら、「では、目標は何人なんだ?」という質問をその場で頂きました。
え? なんですって? 目標値? 確かに、何かの目標は持たなくちゃならないでしょうが、団体としてのAAはそんなの決めたことはないんじゃないかな。とりあえず「個人的には10万人ぐらいになって欲しい」とか言って、その場を過ごしちゃったのですが、それなりに根拠のある数字を考えとかないとだめですよね。
AAは会員名簿も作らないし、自分がAAメンバーだと言えばその人はAAメンバーなので、正確な人数を数えるのは不可能です。ただ、そうも言っていられないので、それなりに数える手段はあります。オフィスに登録しているグループは年の初めに、代表者やミーティングの情報を書いた用紙をオフィスに送りますが、そこにはグループのメンバー数を書く欄もあります。その数字を積算すれば、登録グループ所属のAAメンバー数は勘定できます。それを元にしたのが約5千人という数字です。
もちろんこれには、ホームグループを持たないメンバーとか、自分はAAメンバーだと思っていてもミーティングに行っていない人は含まれない可能性大ですが、それは仕方ない事だと思います。(その人がAAメンバーだと名乗っていても、AAのほうじゃ勘定に入れてない、ってことが起こりうるって話)。
この数字が現実と乖離しているんじゃないか、という指摘もあります。登録用紙に多めの人数を書いたりして、水増してるのじゃないのか? という疑いです。2007年に関東でサービスフォーラムが開かれたときに、実行委員が全国のグループに直接連絡を取ってメンバー数の正直なところを聞いたそうです。連絡の取れないところは、その周りのメンバーから情報を集めて、そうやって集計した数が約4,500人でした。5年前で4,500人、現在5,000人。調査の方法のアバウトさを考えれば、概ねそんなものでしょう。
で、その5千人を何人にするのが目標か、という数字の話でしたね。
AAがそれなりにうまく機能しているアメリカには138万人のAAメンバーがいます(アメリカ・カナダのAAは一体なので、これは両国を合わせた数字)。
資料はここ、
ESTIMATES OF A.A. GROUPS AND MEMBERS
http://www.aa.org/lang/en/en_pdfs/smf-53_en.pdf
推参の方法は、日本とだいたい同じでしょう。
北米 1380 : 日本 5 (単位:千人)
276倍も違うぜ!
ただし、これは母数の違いを考慮に入れていません。日本とアメリカでは人口も違うし、たぶん有病率も違うでしょう。それを計算に入れないと。
アメリカの有病率ってどれぐらいだろう? と思って「prevalence alcoholism」でググったら、こんなのが見つかりました。
Prevalence, Correlates, Disability, and Comorbidity of DSM-IV Alcohol Abuse and Dependence in the United States
http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=482349
有病率ってのは診断基準によって違ってきますが、この研究ではDSM-IVのを使っています。alcohol dependence(アルコール依存症)の12ヶ月有病率は3.8%(男性5.4%、女性2.3%)、生涯有病率は12.5%(男性17.4%、女性8.0%)。すごい数字であります。さすがは「人口の1割がアルコール依存症になる」とか「誰でも親戚に一人はアル中がいる」と言われるお国柄。
アルコホーリックが多いのは「男性」「白人もしくはネイティブアメリカン」「若くて独身」だとあります。
アメリカの成人人口は2億5千万人ぐらい。カナダにおける有病率のデータは知りませんが、人口が少ない(成人人口2千6百万人ぐらい)なので、アメリカと合わせて、生涯有病率の数字を使ってテキトーに計算すると、アルコール依存症者の数は3千4百万人ぐらいとなります。「アメリカのアル中は3千万人」という数字を他で聞きましたが、だいたい同じ数字になりましたね。
さて日本です。厚生労働省の調査班が2004年に発表した調査では、日本のアルコール依存症の有病率は0.9%(男性1.9%、女性0.1%)。基準はIDC-10だから、DSM-IVとそんなに違わないでしょう。そして、日本におけるアルコール依存症者の数を80万人と見積もっています。
北米 34000 : 日本 800 (単位:千人)
42.5倍だ。
母数が42.5倍違うので、138万人を42.5で割った結果が3.2万人。日本のAAは、とりあえず3万2千人のメンバー数を目標にすればいいんじゃないかというお話。まあ、途中の計算が相当いいかげんなので、話半分に聞いて欲しいのですが。
さて、アメリカのAAですら、3千4百万人のアルコール依存症者のうち138万人しか「惹きつけて」いないのです。全アルコホーリックの4%にすぎません。アメリカのAAは良い結果を出していますが、それでも「この問題のほんの上っ面をかすめたにすぎない」(p.29)のです。
それでもアメリカのAAは健闘していると言えます。
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/aa-jso/data/newsletter/s09.pdf
に、ヴァリアント博士の話が載っていますが、アメリカにおけるアルコール依存症からの回復例の4割がAAを通じてのものだそうです。残りの6割のかなりの部分は回復施設を通じてのもので、施設の多くは12ステップをプログラムに取り入れています(もちろんそうじゃないところもある)。
日本に比べて何十倍もアルコホーリックが多く、しかもその1割しか酒をやめない、前の論文によれば治療を受けたことのある人も全体の1/4に過ぎない、それがアメリカの現実です。かくも彼の国の酒の害は深刻なのです。だからこそ、政府が施設に税金を投入して回復プログラムが進歩するし、優秀な頭脳が集まります。また、税金を投入しなくても良いAAは重宝がられます。(自助グループには公的機関の手が回らない部分を引き受けている側面がありますから、自助グループが盛んになれば政府の支出は減ります)。
アメリカのアディクション治療は日本より何十年も先を行っている、と言われますが、あちらには真剣に取り組まざるを得ない社会背景があってこそです。とは言うものの、日本にだって、まだ何十万人も未治療、未回復の人がいることも事実です。日本でも80万人のうち、4%ぐらいをAAが引き受けて、3万2千人のメンバー数、というのもあり得ない数じゃないと思いますよ。
ま、そういった数値目標がAAに相応しいかどうかはともかく。
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