心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2012年09月20日(木) ロシアン・ルーレット

アルコール依存症の人には、二つの状態があります。一つは、「コントロールを失った飲酒」を続けている状態。もうひとつは、つまり酒をやめ続けている状態(「断酒」)です。

この両極端の中間もあります。飲酒のコントロールを取り戻した時期があった、という人もいますし、飲まない日々を続けているのに細かなスリップ(再飲酒)を繰り返す人もいます。けれど、長い年月の先には、「コントロールを失った飲酒」か「断酒」のどちらかに落ちついていくことになります。

何ヶ月、何年かAAミーティングに参加し続けて酒をやめたのに、その後、来なくなってしまう人たちがいます。その人たちは、その後どうなるのでしょうか?

酒を飲んでしまったがために、AAに顔を出しづらく感じ、来なくなってしまう人がいます。一方で、酒を飲まないままAAを離れていく人たちもいます。AAを離れても、人はすぐに酒を飲むわけではありません(そうであれば話は簡単なのですが)。再飲酒は、何ヶ月か、何年か、あるいは十年以上先かも知れません。中には一生飲まずに過ごす人もいるのかもしれませんが、その確率はずいぶん低そうです。

僕は十数年前に、精神病院のアルコール病棟を退院しました。同じ病棟に入院していた患者(いわば同期の仲間)は二十人近くいましたが、今でもなんとか無事にやっているのは断酒会かAAにいる人だけで、他は鬼籍に入るか、どこかの施設にいるか、飲んだくれを続けていると伝わってきます。それが、十数年という時の試練を経た結果です。

もちろんこれは、僕の周囲のローカルな結果に過ぎません。広い世間には別の傾向を出しているところもあるのかもしれません。依存症の研究の多くが、長くても数年の期間しか対象を追跡していないのが残念です。なぜなのか尋ねてみたら、調査にたずさわる医師が転職してしまうと、対象を追跡し続けることが出来なくなるからだと教えられました。確かに、開業でもしない限りは転職を繰り返すのが、今の日本の医師のありようかも知れません。

なだ・いなだは依存症を糖尿病と同じような「養生の病気」としました。一生養生を続けていかなければ再発が待っている病気という意味です。

上に書いたように、AAを長く続けていると、来なくなった人がその後どうなったかという話に触れる機会が増えます。「飲んでしまったなら、またAAに来れば良いのに」と思うのですが、そう簡単な話ではなさそうです。おそらく戻って来れなくないのには、罪悪感が関係しているのでしょう。僕自身、AAの最初の一年でスリップしたときに、ミーティング会場の敷居を高く感じたものでした。

「再飲酒したら、また断酒をやり直せば良い」という考え方があります。それは間違いではありません。飲んでしまったら、またやめればいい。

だが、「何度でもやりなおせる」という考えは間違いだ、ということはハッキリしています。それは「コントロールを失った飲酒」と「断酒」の間を自由に行ったり来たりできる、という考え方につながります。実際には、自由に行ったり来たりできません。そのことは、AAに戻って来れなくなった人たちの姿が明らかにしてくれます。彼らの中にも、もし飲んだらまたやり直そうと思っていた人がいるはずですが、いざ実際に飲んだときに、やり直すことはできなかったのです。

つまり、スリップ(再飲酒)というのはロシアン・ルーレットみたいなものなのです。シリンダーに何発実弾が入っているかは人それぞれ。たいていのスリップから素面に戻ってこれる人もいれば、次のスリップが命取りになる人もいるでしょう。でも、確率が高かろうが低かろうが、繰り返していれば、いつかは実弾を引き当ててしまいます。

「またやり直せば良い」はすでに飲んでしまった人にかける言葉です。素面のうちからそんなことを考えている人は、飲んだら自分の気持ちががらっと変わってしまうんだってことを忘れています(過去の経験から学べていない)。

次に酒を飲んだら、それっきり二度と酒をやめられず、一生そのままという可能性はゼロじゃない。ミーティングに通い続ければ、いろんなことが学べますが、長く通わないと見えてこないこともあります。これもその一つです。だからこそ、今回のソブラエティがいかに大切なものであるか。今しらふでいるからには、それを感じて欲しいと思います。粗末にして良いものではありません。

「再飲酒したら、また断酒をやり直せば良い」という考えを<自分自身に対して>思うのは、ある種の強迫観念(obsession)だろうと思います。(この場合の強迫観念とは、真実でない考えが頭を占めること)。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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