心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2011年09月16日(金) 社会資源としての当事者グループ

10年ほど前に「社会資源としてのAA」という言葉がしばしば使われたことがありました。
保健関係者向けのAAパンフレットが翻訳出版され、その中にそんな言葉があったのが発端でした。この言葉には、なんとなく立派そうな、人の役に立ちそうな響きがあり、「社会資源として」という言葉はAAを行政機関に広報する際のキャッチコピーとして使われました。

そもそも社会資源とは何を示すのでしょう。ググってみると、こんな定義が見つかりました。「社会資源とは、利用者の要求の充足や問題解決のために、効果的に利用する様々な有形、無形の人的、物的、制度的資源のすべてを指している」

どうやら社会福祉の分野の言葉のようです。社会資源を利用するのは問題を抱えた当事者だけではありません。福祉の分野の援助者も、問題を抱えた人に社会資源の存在を紹介することによって、社会資源を「利用」しているのです。

AAのような相互援助・自助グループが社会資源であるためには、利用のためのハードルはなるべく低くなくてはなりません。社会資源というキャッチコピーを使った結果、「AAは社会資源たりえていない」という批判も寄せられました。社会資源だと言うならば、AAがどこに存在し、それをどう使えばいいのか、援助者に十分な情報が提供されていなければなりません。

当時はアノニミティ(無名性)に関する誤解がメンバーの中にずいぶんありました。例えば公民館の部屋をミーティング会場用に借りるためには、利用者登録が必要になります。それには住所や氏名や電話番号が必要になりますが、匿名性を盾にとってその開示を嫌い、AAのニックネームを登録用紙に書いた上に、電話番号は公民館の担当者にしか教えない・・というまるで秘密結社のようなことが横行していたのです。(そのくせ行政の提供するサービスには依存しているのです)。地元の保健所や精神病院がAAの存在を知らないという事例も結構ありました。

秘密結社は社会資源ではありません。批判を受けたことは良いことでした。

僕はAAメンバーである以外にも、アディクション関係の他の団体にも所属して活動していますし、アディクションの施設とも関係を持っています。相互援助・自助グループの情報を集めて社会に伝える活動もしているのですが、様々ある自助グループの中には以前のAAのように連絡先がわからないところもあります。住所氏名はともかくとして、せめて電話番号やメールアドレスぐらいは広く社会に開示して欲しいものです。

話は変わって、先日地元のAAの地区委員会に参加していたときのことです。病院メッセージのやり方の改善が話題になっていました。AAの委員会は「AAメッセージを運ぶためのもの」ですから、ふさわしい議題でした。AAでメッセージを運ぶ対象と言えば病院などの医療機関、刑務所などの矯正施設が挙げられます。この時も、まだ未開拓の病院があるという話がありました。

しかし、見落としていることがあります。アルコール依存症の人で医療機関にかかっているのは、ほんの一部に過ぎません。矯正施設ともなればもっとわずかです。

平成20年(2008年)の厚生労働省の患者調査によれば、「アルコール使用<飲酒>による精神及び行動の障害」で医療機関を受診している患者は5万人です。社会にどれだけのアルコール依存症者がいるか、という調査はさまざまありますが、厚生労働省が2004年に行った調査では約82万人とされています。他には200万人以上とか、500万人以上という調査結果もありました。数が違うのはどこまでを依存症と見なすか基準の違いによるものです。

仮に最も少ない82万人という数値を採用するにしても、ここから総患者数5万人を引くと、77万人が残ります。この77万人は医療機関にかかっていないので、AAがどんなに熱心にメッセージを病院に運んでも、この人たちには届きません。AAはボリュームゾーンをあえて避け、ニッチにメッセージを運ぼうとしているわけです。AAのメッセージを運ぼうとするならば、この77万人にどうやってメッセージを運ぶかを考えねばなりません。

アディクションセミナーもリカバリー・パレードも、この77万人にリーチアウトするための手段です。アメリカでは様々な回復擁護運動に対し、AAが団体として協力参加しているそうです。「協力すれども従属せず」の方針を貫く限り、こうした参加は12の伝統の範囲内です。しかし日本AAではそうした動きは極めて鈍いと言わざるを得ません。

前述の地区委員会でこの77万人のことが話題になることはありませんでした。メッセージのことを熱心に話し合うAAメンバーでさえ、世の中に多くのアルコホーリクが苦しんでいることにまるで思いが及んでいません。慣れ親しんできた考え方ややり方を変えるのは簡単なことではないかもしれませんが、そこを変えていかなければAAは秘密結社にとどまるでしょう。

おそらくAAは変わることができます。この10年間を見れば、アノニミティに関する考え方も、ステップへの取り組みにも、何らかの変化がありました。その変化は急激ではなくゆっくりしたものですが、着実に変化していきました。まだ十分ではありませんが、この先も変化を続けていくでしょう。だから、メッセージの運び方についても、良い方に変われると信じています。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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