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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2010年11月26日(金) ドクター・ボブの言葉の真意 ビッグブックの初版が出版されるまで、12ステップは人から人へ(スポンサーからスポンシーへ)と口伝で伝えられていました。しかし、その方法ではAAはじれったいほどの遅いスピードでしか広がらなかったでしょう。その間にも酒をやめられないアルコホーリクは世界の各地で命を落とし続けることになります。
そこで、初期のAAの人たちは本を書き、それを媒介として、12ステップという「酒をやめる方法」を全世界に伝えることにしました。その時AAメンバーはまだ40人しかいませんでした(本を書いている間に100人に増えたのですが)。
AAというのは、この100人が全米、全世界に散って、各地でアルコホーリクを助けてAAグループを作っていった・・わけではありません。AAの評判を聞いて、ビッグブックを買い求めた人たちが、その本の中身通りにステップをやって回復し、各地でグループを始めていった、というのが正解です。つまり初期メンバーの意図通り、本がステップを伝える手段になってくれたのです。もちろん本を読んでも分からないことがあれば、ニューヨークのAAオフィスに問い合わせするほかはなく、そうした手紙にはビル・Wの女性秘書たちが一通一通丁寧な返事を書きました。ついでに言うと、AAの月刊誌「AAグレープバイン」を創刊したのも女性たちでした。AAが広がったのは、本による伝達と女性の力あってのことでした。
ビッグブックがステップを伝える能力を持っていることを再確認させたのは、1970年代から始まったステップの再興運動でした。ジョーとチャーリーのBig Book Studyによってステップのやり方を学んだ人もたくさんいます。
このように「本によってステップを伝える」というのは、AAがその最初期から持っている基本コンセプトの一つなのですが、それに異を唱える人たちもいます。「そこを否定してどうするんだよ」と思うのですが、その人たちによれば、ステップというのはスポンサーからスポンシーへ直に伝えられていく以外ないというのです。もちろんそう考えるのは自由なのですが、彼らが根拠にしているのがビッグブックに載っているドクター・ボブの体験談の<ある部分>だというのです。しかし、その根拠というのが誤解に基づいているものなので、どこかでその誤解を解くための文章を書いて置いた方が良い、と思っていました。この文章はそのためのものです。
飲んだくれの外科医ドクター・ボブは、ニューヨークから来た株式ブローカーであるビル・Wと会って話を聞き、彼と同じやり方をすることで酒をやめました。これがAAの始まりでした。
酒をやめるように他の人からもさんざん説得されても酒をやめなかったドクター・ボブが、なぜビルと会って酒をやめられたのか? その疑問に対して、ドクター・ボブはこう書いています。
読者の脳裏に自然と浮かぶ疑問は、「その彼は他の人と何か違ったことをしたのか、あるいは言ったのか」ということだろう。(p.252)
彼はアルコホリズムの情報を私にくれ、それが役立ったのは疑うべくもない。何より大切なのは、彼は自分自身の体験からアルコホリズムなるものが何なのかを身をもって知っていた、私が話した初めての人間だったことだ。言い換えれば、彼は私の考えを話した。彼はすべての答えを知っていたが、それは本から得た知識ではなかったのだ。(p.253)
ドクター・ボブは医者であり、それまでもアルコホリズム(依存症)に関する本をたくさん読んでいたと書いています。にもかかわらず酒がやめられたのは、本ではなく同じアルコホーリクであるビルと出会ったからである、というのです。
そのことには疑いがありません。しかし、これをもってして「ステップはスポンサーから渡してもらう他はなく、本から得た知識で行うのは無理である」と結論づけるのは早計であり、誤解を招くだけです。
ドクター・ボブは、ビルと出会う前に、「このビール実験のころ、私は、見るからに落ち着いて、健康で、幸せそうに見える人たちのところに顔を出すことになり、大いに興味を持った」と書いています。この見るからに幸せそうな人たちとは、AAの回復の原理の基礎となったオックスフォード・グループの人たちです。
ドクター・ボブはオックスフォード・グループのメンバーでした。またビルの物語に出てくるビルのスポンサー(ビルの友人エビー・T)も、オックスフォード・グループのメンバーでした。もちろんビル・Wも含め、ビッグブックを書いた40人のAAメンバーは全員がこのグループのメンバーでした。AAがオックスフォード・グループから独立するのはその後のことです。
12ステップの中で、ステップ3以降のすべてのステップは、オックスフォード・グループから受け継いだものです。
そしてドクター・ボブはその原理について「手当たり次第に、ありとあらゆるものを読み、それについて知っていると思われるあらゆる人々と話をした」(p.250)とあります。つまり、ドクター・ボブは回復をもたらす霊的原理についてはとても詳しかったわけです。また、彼はオックスフォード・グループのメンバーから、酒の問題を解決するには霊的手段しかないことも提案されていました(つまりステップ2です)。
にもかかわらず、ドクター・ボブは「毎晩酔っぱらっていた」とあります。彼の得た霊的原理には何かが不足していたのです。
欠けていたものとは何か? それはシルクワース博士が発見したアルコホリズム(依存症)の情報、アル中は酒に対してなぜ無力なのかという病気の知識です。つまりステップ1です。彼は医者であるにもかかわらず、自分の病気のことは知識がありませんでした。そして、その知識を得たとき、回復に必要なすべてのピースが揃い、彼は酒をやめることができ、AAが始まったのです。
つまり、ビル・Wがドクター・ボブに運んでいったものは、ステップ1だったのです。2以降のステップに関してはドクター・ボブはすでに知っていたのです。
ということからすると、ドクター・ボブの文章を根拠として言えることは、本からではなく同じアルコホーリクからしか受け取れないのは、12ステップ全体ではなく、ステップ1のみである、ということが正しい。p.253の文章を根拠として、本からステップを受け取った人のステップを本物でないと主張するのは、単なる勉強不足、経験不足の露呈です。
では、本当にステップ1だけは本から受け取ることは無理で、同じアルコホーリクから受け取るしかないのでしょうか。
僕の経験でもステップ1にはAAミーティングで話を聞く経験がとても必要でした。同じ依存症の人から経験を聞き、自分も同じだと思うことが必要だったのです。そういう意味では同じアルコホーリクの経験に触れることはどうしても必要だったと言えます。
しかし、これについてもビル・Wや初期のAAメンバーたちは解答を用意しています。僕の使っているビッグブックは文庫版で、巻末にはドクター・ボブの物語しか載っていません。しかし、分厚いハードカバー版には、同じアルコホーリクの経験談がたくさん載っています。もちろんその経験談は、読んだ人がAAミーティングに参加したのと同じ効果を得るのを狙って収録されているわけです(表紙カバーのビルの文章を参照)。
そして、その狙いはあたりました。そうでなかったら、AAは今のように全世界に広がってはいなかったのですから。ドクター・ボブがビルからステップ1を受け取る必要があったのは、その当時はビッグブックがまだ書かれていなかったからです。
12個のすべてのステップは、ビッグブックという本から受け取ることが可能です。スポンサーではなく、本から受け取ったステップを「本物ではない」と非難されたとしても、その非難は相手の誤解が原因として片づけておけばいいでしょう。
もちろんステップをやったスポンサーが近くにいるのなら、その人に「ステップを渡してくれ」と頼むのが一番楽です。なにもわざわざ苦難の道を選ぶことはありません。しかし、手近に適任者がいないのなら、ビッグブックを読んでそのとおりに実践すれば大丈夫です。その時にあなたに必要なのは、「意欲と、正直さと、開かれた心」(p.268)です。
もし、あなたがビッグブックだけで回復できなかったとするなら、それは意欲が足りなかったか、正直でなかったか、心が偏見に満ちていたかのいずれかです。その場合にはスポンサーに手伝ってもらうしかありません。
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