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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2009年07月28日(火) mil この病気を何と呼ぶか(その1) 53.3Kg, 7.6%
晴れ
家路もそろそろ内容を刷新しようと思っています。思っているだけでは何も始まらないので、ぼちぼちネタを書きためていきます。新・家路のネタにはmilというprefixをつけて区別することにします。
産業革命が起こり酒の安定大量生産が始まるまで、この病気には名前がありませんでした。それはこれが病気だと認識されていなかったことを意味します。
1849年にスウェーデンの医師マグヌス・フス(Magnus Huss)がフランス語で『慢性アルコーリスム』(Alcoholismus chronicus)という本を出版し、初めてこれを病気として報告しました。フランスでは現在でも慢性アルコーリスムという病名がそのまま使われています。
フスはアルコールが神経を毒すことに注目しました。つまり砒素中毒や鉛中毒と同じように、アルコールを「毒」として捉えました。ですから、その病名が日本語に訳されるとき「慢性アルコール中毒」という言葉が選ばれたのは自然なことでした。
英語のアルコホリズム(alcoholism)は仏語アルコーリスムの翻訳です。アルコホリズムの患者はアルコホーリク(alcoholic)と呼ばれました。alcoholic は単に「アルコールの」という意味の形容詞でしたが、この病気の人を示す言葉としても使われるようになりました。この言葉が一般に浸透したのは、1935年にアメリカでアルコホーリクス・アノニマス(AA)が始まり、彼らがアルコホリズムという言葉を使いだして以降のことです。英語圏ではアルコホリズム/アルコホーリクという言葉が今でも最も一般的に使われます。
さて、これが病気と見なされる前は、大酒は不道徳の結果であり、欠陥を持った人の行いだと見なされていました。その汚名は今でもぬぐい去られてはいません。ましてやこの言葉が広がった当時は世間は偏見で満ちており、「アルコホーリク」はすぐさま人間的欠陥を意味する差別的な言葉になってしまいました。精神科医たちでさえ、ずいぶん後になるまでこの病気を人格障害のカテゴリに入れたままでした。
始まったばかりのAAでは、アルコホリズム/アルコホーリクという言葉への世間の偏見が本人の否認を呼び起こし、「自分がその病気だと認める」回復の第一歩を踏み出す妨げになると心配しました。そこで彼らは「問題飲酒(者)」(problem drink(er))という言葉を作り出し、最初の本に使いました。
このように偏見と差別で汚れた病名を、別の病名で置き換える努力はその後も続きました。例えばアルコール嗜癖(alcohol addiction)、強迫的飲酒(compulsive drinking)など、200以上の名前が作られました。世界保健機関(WHO)では1957年にアルコール依存(alcohol dependence)という名前を提案し、現在ではこれが正式な病名として使われています。
しかし世間の偏見が消えてなくならない以上、どんな新しい病名を提案したとしても、それが広がると同時に「悪徳」や「堕落」の意味を帯びてしまうのは避けられないことでした。この事情は海外でも日本でも同じでした。
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