心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2007年06月30日(土) また一つ年を取る

毎年6月の終わりになると、年を一つ取ることになっています。
小学校の頃、誕生日の絵日記にこたつが描いてあったことがあります。梅雨の夜は意外と肌寒く、それは冬の寒さとは違うものの、暑さに慣れた肌が暖房を欲しがるのは、現在でも変わりません。

28才の時に自殺未遂をして初めて精神科のご厄介になりました。翌年初めての精神病院への入院を経験します。31才でアルコール依存症の診断を受け、半年後に初めてAAのミーティングに出席しました。その1年後、32才の時にやっと酒が止まりました。

当時、AAグループを始めた頃の悩みの一つは、自分が若造(わかぞう)であることでした。若いということは、説得力がないということです。いや、僕が説得力がないのは若さ以外の問題だったのでしょうが、当時は自分の若さに責任をなすりつけるしかできなかったのです。
AA以外のところでも、若造と思われることは自分のコンプレックスの一つであり、左手の薬指に結婚指輪をしていたのも、妻への愛情ゆえではなく、俺は結婚している一人前だよと誇示するのが目的でした。中身に自信がなく、外面にこだわっていたわけです。

AAの会場にやってくる人も、病院メッセージの会場の患者さんも、年上のおじさんたちが圧倒的に多く、僕は若造のメッセージが届かないと嘆いてばかりいました。そんな時に、経験の長いメンバーが

「心配しなくても、ひいらぎが10年のソーバーを重ねる頃には、おじさんたちにもメッセージが伝わるようになるよ」

という言葉をかけてくれました。

考えてみれば、あれから10年以上確実に経っているわけですが、自分が説得力を身につけたかどうかは分かりません。ともかく、もう薬指に指輪はしていません。説得力があろうがなかろうが、自分の実力以上は発揮できないし、メッセージを受け取るも受け取らないも「相手の問題」と開き直って続けています。
それは、10年分の若さが失われたかわりに、10年分のふてぶてしさが身に付けただけかも知れません。まだまだ僕はひよっこで、成果ばかりを求めてしまいます。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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