ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2005年12月31日(土) 大晦日 今年は市内にある県立の青年の家が閉じました。
理由は老朽化と利用者減だそうであります。いつかそこでAAのイベントをやりたいという漠然とした願いを持っていたのですが、それも叶わずに終わりそうです。
市内といっても山奥だし、バスで行ける場所でもなく、利便性という点では「何でこんなところに建てたんだ」と疑問が残るものでありました。もしAAのイベントをやったとしても、駅との間の輸送手段に頭を悩ませることになったでしょう。
青年の家という公共施設がなくなってしまうのは残念ですが、あまりに不採算で利用の少ない施設が閉じられてしまうのは、税金を使っている限りやむを得ないとは思います。税金ではないが年金を使って保養施設をたくさんつくり、赤字を垂れ流していたのよりはマシかと思うのであります。
さて今日は大晦日でありますが、妻が寝臥せっていることもあって(というのは言い訳にすぎないのですが)掃除は行われません(毎年のことだ)。
「心の家路」的に今年を振り返ると、最大のトピックはサーバーの移転でありました。訪れていただく方にはほとんど違いがわからない(多少レスポンスが良くなったぐらい?)でしょうが、舞台裏ではPerlスクリプトの書き直しなど、なかなか面倒でありました。
年間6千円のレンタル費用は安くはないと思うものの、自宅にサーバーを設置したら、維持費用は月500円ではすまないでしょう。
テキストブラウザ対応や、携帯電話対応など、やりたいことはたくさんあったけれど、実現しないままに年を越します。ぐずぐずしている間に、携帯電話のほうでフルブラウザが一般化してしまうかも知れませんね。
さて、今年はメールで年賀状を出すという計画を企てています。
今までメールでの年賀状にはかなり否定的な僕でありました。
郵便での年賀状は、受付も1ヶ月ほど前から行われるし、仕分けや配送などもアルバイトを大量に雇ってインフラストラクチャーも整備されて行われます。だから、郵便システムかかる大量の負荷に耐えられる仕組みになっています。
10年以上前にインターネットメールを使い出した頃には、年賀メールを出すというのはまったくの非常識でありました。相手のメールボックスはフロッピーディスクの容量より少ないのが普通でしたから、皆が年賀メールを出せば、メールボックスが簡単にあふれました。年末年始だからといってインターネットのインフラが増強されるわけでもなく(これは今も変わらないか)負荷がかかりすぎれば、人々が休みを取っている間にシステムはダウンし続けるということにもなりかねませんでした。
しかし今やギガビットの通信網が張り巡らされ、サーバーは高機能で大容量になり、たかだか数十キロバイトのメールについて気にしなくてもよさそうな環境が整ったと判断しました。
一方で、住所は知らないがメールアドレスだけは知っている人の数は増える一方です。
というわけで、メールアドレスのリストアップもすまして、年明けを待っている状態です。
一年が過ぎ去っていきいますが、今日一日の生き方に境界はありません。
それでもひとつの区切りとして、皆様の来年が、良い一年であることをお祈りしております。
メールが届く人にも、届かない人にも、感謝をこめて。
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