right person - 2003年11月29日(土) 仕事が終わって病院からオスカーさんに電話した。 「今日ごはん一緒に食べに行くの?」。 サンクスギビングの日にメールをもらってそのまま放っておいたわたしの返事。車のことがゆううつなまんまで、そのままうちに帰りたくなかった。どこかで待ち合わせるのかと思ってたのに、オスカーさんはビレッジの自分のアパートの住所を教えてくれた。 大きな猫がいた。トミーって名前だった。トミーはうちのデカいお兄ちゃんチビよりまだデカかった。長さはおんなじくらいだけど、横にデカかった。笑っちゃうほど横にデカかった。話しかけても返事もしないで、無愛想なのかと思えばぐりんぐりんすり寄って来て、あんまり可愛くて首ねっこを両手で挟んでくちゃくちゃにしたら太い首を器用にひねって手をカプッと噛まれちゃった。 アパートは素敵だった。誰のアパートでも素敵だと思う。どこのアパートもうちより広くて、前に住んでた大きなアパートが恋しくなる。 壁に立てかけてあったキーボードを見つけた。「弾きたい弾きたい弾きたい」って大声になる。なんだかわかんないボタンやらスクリーンやらそういうのをあれこれいじって、オスカーさんは一番素敵なピアノの音にセットしてくれた。 バッハを弾いて途中でわかんなくなる。ショパンを弾いて途中でわかんなくなる。子犬のワルツ。わかんなくなって戻って進んで戻って進んで止まったら、オスカーさんがちょっと弾かせなよっていいながら、ぺらぺら弾いた。オスカーさんは14歳までピアノを習ってたって言った。わたしは17までやってたのに、まるで太刀打ち出来ない。子犬のワルツはほんとは「ミニッツ・ワルツ」って題らしい。1分で終わっちゃうから。「日本語の題は『子犬のワルツ』って言うんだよ」って言ったら「そりゃあ間違いだよ」って笑われた。 だけど確か、ショパンが子犬の駆け回るのを見ながら閃いて作った曲だって、わたしのピアノの先生は言ってたと思うんだけどな。 バッハの楽譜をどっかから持って来てくれた。子どもの時に弾いてたのと全くおんなじ楽譜だった。楽譜があれば、詰まりながらもどれも弾けた。なつかしくてなつかしくて止まらない。ジャズ・オルガンの音にしてくれたら、へたくそなのが素敵に聞こえた。オーダーしてくれたタイ・フードをおしゃべりしながら食べて、食べ終えたらまたキーボードに向かう。そのうちオスカーさんったらわたしにヘッド・フォーンを渡した。大笑いしながらヘッド・フォーンつけて、まだ弾く。 電話が鳴った。「きみの携帯だよ」ってオスカーさんがわたしのバッグを持って来てくれた。デイビッドだった。事故のことをどうなったか聞いてくれてから「今何してるの?」って言った。「オスカーさんんちにいるの」。 「オスカー?」 「うん。ほら前に話したじゃない。サルサのクラスメートで、わたしのタンゴの先生とお友だちの人。キーボード弾かせてもらってるんだ」。 ガールフレンドになってよって言われたことは話してなかった。 「Good!」。 デイビッドは何でも「Good!」って言う。オスカーさんちがどこなのか聞いたりして、ほんとは妬いてるくせにって思ったけど、わかんない。 またわたしの携帯が鳴った。 あの人だった。びっくりした。よそんちにいるのに、いっぱいおしゃべりした。 自分で始めた仕事がようやく余裕が出るくらい上手く行き出して、もう少ししたらちゃんと会いにいけるってあの人は言った。それから「今頃になって行っても嬉しくない?」ってあの人は聞いた。「なんで? もう3年以上もずっと待って待って待って待って、今でも待ってる」。今でも待ってる。待ってる。もう一度会える日。 キーボード、ヤマハのS80が欲しいんだ。中古でいいの。安いの見つかったらいいな。そんなこと話したら、あれはピアノの音が奇麗なんだよ、300ドル以下で見つかったら絶対買いなよ、って嬉しそうに言ってくれた。 オスカーさんといろんなこと話した。たくさん話した。恋の話も結婚の話もジーザスの話も家族の話も音楽の話もダンスの話も他愛ない話も。 帰りの地下鉄で思った。もしかしたら right person なのかもしれないって。 そんなことを思ったのは初めてだった。誰にも思ったことない。right person ってどうやってわかるんだろっていつも疑問だった。ほんとに、閃きみたいにそう思った。 だけどデイビッドがいい。なんでいいんだろ。みんなダメだって言うのに。 なんにもはっきりさせてくれなくて、なんにもはっきりしてくれなくて、ちっともわかんないのに。 -
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