trust - 2003年08月03日(日) 昨日の午後、ジェニーとロッカウェイのビーチに出掛けたら、5分もいないうちに雨が降る。ロッカウェイはわたしと相性が悪いらしい。っていうより、一方的に嫌われてる。July 4th のときからこれで3回目。このあいだは、送ってくれるはずのブルースが「まだ帰らない」って言い出すから、ロシア系さんとのピアのタンゴの約束を2時間も遅らせてもらった上にタクシーで帰るはめになったし。 昨日はおまけに、慌てて荷物をまとめて車に乗り込んで、有料の橋を渡り終わったとたんに晴れ出した。 夜はサルサのパーティに行く。昨日はたくさん踊った。いつも来てる妙な格好のお兄さんが終わり頃ずっと踊ってくれた。すごく上手くて今までわたしなんか相手にしてくれなかったのに。悪いとこ直してくれて、それは嬉しかったけど、怖かった。「手の位置が低い!」とか「ターンの入り方が早すぎ!」とか「今テンポ遅れた!」とかガンガン言われてぶるんぶるん振り回されて、上手く出来たときは「よーし、よく出来た」って思いっきりニッコリ笑う。嬉しくてわたしも声出して笑うから、傍目には仲良く踊ってるみたいに見えてたらしい。一曲終わるたびに拍手もらっちゃったりして、びっくりした。プライベート・レッスン受けてるみたいだったのに。 ふらふらになったけど、おかげでなんか「きっちり踊らなくちゃ」って肩に力が入ってた部分がなくなった。ものすごくすっきりした。早くもっと上達しろしろ。 今日は教会で、涙が止まらなかった。 なんでかわかんない。涙が出そうになるほどスピリチュアルな気持ちになる、それとは違った。最近、教会でスピリチュアルな気持ちになり切れなかった。何かが胸のどこかに引っ掛かってるみたいで、いつも歯痒かった。もどかしかった。その歯痒さともどかしさがピークに達して、どこにも出て行くところがなくて、それで涙になって溢れ出したみたいだった。 生きてることは大変だ。だけどそれはほんとは些細なことで、天国に行けばどんな小さな悲しみも苦しみも痛みもない。憎しみもいがみ合いもなく、疑いも不安もなく、すべての人が100パーセント愛し合える。終わることなく尽きることなく。永遠の永遠の幸せの場所。わたし、そんなこと知ってる。あの娘が死んだときに知った。あの娘が教えてくれた。 だけど、たとえどんなにこの世で生きることの痛みがちっぽけでも、それをちっぽけだと思えないときがある。たとえちっぽけな痛みだったとしても感じる痛みは大きくて、痛みを感じるのも痛みを耐えるのも痛みから解放されるのも、必死の思いが必要だ。それに、ひとつ痛みが消えたらまたひとつやって来る。たとえちっぽけでも、抱えれば大きい。大きくて苦しい。 いったいそれをいくつ繰り返せば、あの娘に会いに行けるんだろう。 ミサのあいだ、教会の画家の人が大きな大きなキャンバスにジーザスの絵を描いていた。美しいジーザスだった。今まで見たことのあるどんなジーザスよりも美しいと思った。ジーザスの顔を初めて知ったような気がした。輝いた瞳に釘付けになった。涙が溢れたまま釘付けになった。くちびるがカダーにそっくりだった。それで少し笑えた。そしてカダーはなんて素敵な恵みを授かってるんだろうってまた思った。 ミサが終わってから、初めて「prayer ministry」のお祈りをしてもらいに並んだ。最近ずっと、ほんとにずっと、自分でお祈りするのが苦しかった。ひとりでお祈りし切れなかった。ルカデスって名前のその女の人は、まるで両手でお水をすくい上げるみたいにわたしの気持ちを汲み取ってくれて、わたしより小さなその体にわたしは吸い込まれてしまいたくなる。 「Trust him」。 その人を信じなさい。ルカデスはデイビッドのことをそう言ってくれた。「気持ちのコミットメント」のことを聞いたときに、Dr. スターラーもそう言ったっけ。「You have to trust him」。 trust。なんて美しい言葉だろ。美しい響きだろ。 -
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